【生魚=毒】だと言われる異世界に転生した寿司職人レンジ~師匠に託された伝説の包丁を使って、エリュハルトの食の常識を『旨い』で覆します!

小宮めだか

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2巻 2章~凍りの包丁と冒険者ギルドと天ぷらと

孤児院と生魚

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 孤児院の前の広場にはたくさんの子供たちで溢れ、小さな複数のテントが並び様々な食材や衣類、簡単な日用雑貨等が並び、俺の感覚で言うなら、ちょっとした小中学校のバザーのような印象だ。
 ジャングルジムやブランコのような遊具があるのが見えて、比較的幼い子たちが多いように見える。年齢が高くなると手伝いに入るからなんだろうな。

「フィオナねぇちゃんだ! 会いたかったよ」

「フィオナ。こっち来てよー。一緒に遊ぼうよ」

 フィオナはすれ違う子供たちと嬉しそうに抱き合ったり、ハイタッチしたり、頭を撫でたり……にこやかに笑うフィオナを横で見ながら、俺まで満たされて笑顔になっちまう。

「フィオナ嬢ちゃんは愛されてんなぁ。嬢ちゃんの優しさってやつが身体から染み出ているのがオイラにも分かるぜぃ」

 グリューンは俺の頭の上でニヤニヤとそんな事を呟いている。
 するとなにやら鳥肉のような食材を真剣に揚げていた、フィーム族の年配の女性が近づいてくる。なかなかいい体格をしている肝っ玉母ちゃんといった風情だ。

「イゼルナさん。お久しぶりです。ちょっとご無沙汰してしまってすいませんでした」

 丁寧にフィオナが頭を下げている。そうか。聖なる山に行っていたから、その時は交流会には参加できていない訳か。

「あら。あらあらあら……フィオナ !あたしゃ夢でも見ているかねぇ」

 今にも泣きそうな顔になって、俺とフィオナを交互に見るおば様。もしやこの話の流れのパターンは……

「どうしたんですか? どこか体の具合でも悪いのですか? 」

 フィオナが心配そうに声をかける。いや、フィオナたぶん、絶対そうじゃないぞ。

「やっとフィオナにも彼氏ができただなんて! あたしゃこの子はいい子過ぎて、婚期を逃すんじゃないかと心配していたんだよ。良かったよ。ホント良かった」

 目が点になるフィオナ。
 あはは……ぜったいそういう展開になると思った。半笑いの俺。
 次の瞬間、顔をぶんぶん横に振り、両手を体の間であたふたと交差するフィオナ。

「いえ、そういう関係じゃないんです! いやですわ、イゼルナさん。彼は一流の料理人で、今日の交流会でその腕を奮ってもらおうと思って来てもらったんですよ」
 
 俺は驚きの声を上げる。

「え、そうだったの! 聞いてないぞ。あ、いや。別にいいんだけどよ……というかフィオナ。俺に向かって一流はやめろ。背中が痒くなる」

 俺は一介の寿司職人ってだけだ。一流の料理人とか言われると自分で笑ってしまうわ。
 そのフィオナの料理人という言葉を聞くと、イゼルナさんは目を輝かせて俺を見上げる。

「いやぁ……こんなにイケメンなのに料理人ですって。それでフィオナとはどこで知り合ったの? やっぱり教会の方なのかしら。あとでおばちゃんにこっそり教えてね」

 ばっちりとウインクをしてくるイゼルナさん。こういうおば様って俺は割と嫌いじゃないんだけどね。場を明るくしてくれてすごく有難いしな。

「もうやめてください。ホントそんなんじゃないんですってば! 」

 顔を真っ赤にして俺の顔を何度も見返すフィオナ。俺も照れ笑いを浮かべる。グリューンは頭の上で笑い転げている。

「とりあえずその話は後にしてだな。フィオナ、何を手伝えばいいんだ」

 腰に下がった神の包丁、『萌炎』を意識する。考えてみれば普通の料理の時でも神の包丁を使っている俺も変だよな。普通なら勿体なくて使えないよとか考えるんじゃないのかな。

「相棒、いいんじゃねぇの。使ってこその道具だぜ。魔法の包丁だ何だって言ったって、使わなければ意味のない代物よぅ」

「だからお前は俺が言ってもねぇのに、なんで考えている事が分かるんだって」

 俺はぐしゃっとグリューンの頭に手を乗せて、何度か強めに頭を触る。わははっと誤魔化すように笑うグリューン。

「そうですね。実は……その事で見て欲しいものがあるんです」

 急にフィオナが小声になり、真剣な表情をしたのが分かった。
 なんだなんだ。見て欲しい物って言われてもよ。
 俺とグリューンは目を見合わせて、フィオナの真剣な表情の理由が分からずにお互いに首を傾げる。フィオナは周囲を警戒するように見渡し、ゆっくりと手招きをした。
 そうなんだ。実はこれこそフィオナが俺をここに連れてきた理由だった。


✛ ✛ ✛ ✛ ✛ ✛


「これは、魚介類じゃねぇか! 確か毒って……どうしてこんなにあるんだ」

 俺はフィオナの目配せに導かれて、孤児院の厨房に足を踏み入れる。
 そこにあったのは俺にしてみれば珍しくもないもの。でもこの世界にとって、それは大変な代物のはずの物だった。

「これは海老! イカもあるじゃねぇか……おっと名前はたぶんそうじゃないんだろうな。どうして魚介類がこんなにたくさんあるんだ。だって生魚が毒だって言っていただろ」

 そうなんだ。案内された厨房の中に積まれたもの。それは豊富な海の資源、魚介類だった。地球でいうならばイカやエビといった類のそれは、海水の中に入れられて無造作にその場に置かれていた。

「これは、王都には海産物を扱う業者もあって、その業者が無償で提供してくれているものです。一般にはあまり出回る事はありません。無償だからこそ、孤児院のような場所に提供されています」

 おいおい……熱を通せば食えるからって。なにか? 自分たちが喰わねぇものを他人に、親のいない子供たちに回してるって事か!

「おいフィオナ……それって。いや……でもよ」

 俺は一瞬怒りで言葉が詰った。グリューンもさすがにニヤニヤするのをやめて、神妙な顔つきでその海産物を眺めている。

「レンジさんの気持ちは分かります。ですから、もしかしたらレンジさんなら。何か美味しく食べれる方法を考えてくれるんじゃないかって。刺身をわたしに作ってくれた時のように。美味しいものをあの子たちにも食べさせてあげたいんです」

 俺はフィオナのまっすぐな視線に心打たれる。
 たぶんこのエリュハルトでは魚介類をちゃんと調理するやつなんて殆どいないんだろう。更にそれを美味しく食べようなんて思う奴は絶対に居ない訳だ。
 なんだそれ。寿司職人としてそんな状況、黙っていられるわけがないじゃねぇか。

食材探知レベンスミッテル

 俺はそう魔法を唱えた。すると俺の直感に訴えてきたイカやエビの情報。全く毒素なんて感じない。地球と同じように食べれて、同じ調理方法で問題がないと告げている。
 すっごい腹が立ってきた。なんだか煮えくり返っているぞ。俺はむずむずとした心の痒みとでもいえばいいのか、そんな感情が沸き上がる。

「フィオナ。この厨房に小麦粉はあるな。ちょっと俺に考えがある」

 俺の真剣な表情に打たれるように頷くフィオナが見えた。
 このエビやイカを使って……たぶん生のままでは受け入れられない。それじゃあラベルク村で刺身を出した時と二の舞になってしまう。さっき外で肉を揚げていた様子を思い出して、俺はある事を思い立つ。それは遠き故郷、日本だと当然の調理法。

「フィオナ! 天ぷらを作ろうと思うんだ。絶対子供たちに美味しいって言わせてやるからな」

 俺は高らかに宣言する。
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