【生魚=毒】だと言われる異世界に転生した寿司職人レンジ~師匠に託された伝説の包丁を使って、エリュハルトの食の常識を『旨い』で覆します!

小宮めだか

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2巻 4章~包丁の共鳴と幻妖蜘蛛とアリーゼと

醤油と酢② Seasoning wasn't made in a day.

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「レンジさん。目を覚ましたんですね」

 フィオナの心配そうな声が聞こえる。俺は突っ伏していた机から顔を上げた。

 「レンジ、大丈夫か。いきなり気を失ったから一瞬ヒヤッとしたぞ」

 俺は自分の頭に手を置きながら、周囲をゆっくりと見渡す。

「ガルム。俺はどのくらい気を失っていたんだ……」

「10分くらいよ。全く、気を失うなら失うってちゃんと言ってよねぇ。いきなりはやっぱりビックリするじゃない」

 ガルムの代わりにエレノールが口を開く。お前、それって絶対無理だろう。

「夢を見たんですね。レンジさん。奇妙な、なんて言ったらいいんでしょう。鉄が擦り合うようなそんな音が耳の奥に聞こえました。あれはいったい……」

 俺はびっくりしてフィオナを振りむく。神の包丁同士の共鳴現象とホムラは言っていた。おそらくコーマの持つ包丁と、萌炎が何かしらかの理由で共鳴したんだ。
 でもその共鳴現象を、フィオナが傍に居るってだけで感じるものなのか……?
 俺の頭にもたげた新たな疑問、それを遮るようにグリューンが俺の頭の上に乗ってきた。

「コーマは帰っちまったぜ。ブラウ・ヒメルに会わなくてオイラは良かったけどな」

 凍りの包丁とコーマ・ドルーマン。そしてその使い魔のブラウ・ヒメル。

「全く……ひとつ謎が分かったのに、更に分からないことが増えるってどういう事よ。もっとこう、世界は単純にできてねぇのか」

 俺は独り言を呟きながらその場から立ち上がる。だが少なくともこれだけは分かった。
 氷雨古廐。今はコーマ・ドルーマンと呼ばれているあいつ。俺を一度殺めた男。奴に会って俺はもう一度確かめなきゃならない。

「レンジ。言いたくないなら言わんでもいい。お前が落ち着いたらで構わんが、ワシたちはお前の仲間だという事を忘れるな」

 ガルムの力強い言葉にはいつも救われる。俺は小さく頷く。

「今はすまねぇ。俺に整理する時間をくれ。必ず俺が見た事は皆に言うからよ」

 今はまだ、コーマにもすぐに会うつもりはねぇ。そしてもうひとつ、ホムラの言った言葉。そう六花連合共和国に、行かなければならないって事を。
 俺は、強い決心を感じさせる眼差しをギルドの入り口に向けていた。


✛ ✛ ✛ ✛ ✛ ✛


 そんな事があったのだが、それはそれ。
 俺はあれからもほぼ毎日ファルナート市場に顔を出している。市場に行って、その帰りにエレノールの家に寄り、市場で買ったものや味見したもの、思いついた調合法を試す日々。

「あらレンジさん、今日も早いのね。また新しい調味料を探しているの? 」

「レンジ。いい塩が手に入ったぞ。今度また店に寄ってくれ」

「こっちのチョリはどうだ、この間のは酸っぱ過ぎるってレンジ言っていたからよ」

「ちょっと手伝ってくれねぇか。代わりにうちの肉、持って行っていいからよ」

 ファルナート市場を歩くたびに、様々な露店や商店、井戸端会議をしているおばちゃんたち、はては遊んでいる子供たちまで、段々と俺という存在を認識しだしている感覚。 

 「う~ん。これだよ、これ。いい感じじゃないか」

 俺は豆屋の可愛い看板フィーム族お姉さんが持たせてくれた大豆のようなものと、小麦の入った袋を抱えて、ホクホク顔でエレノール宅に向かう。
 今日も喧々諤々けんけんがくがくなエレノールとの応酬が俺を待っているぜ……ちょっと長くなると疲れるんだけどな。あいつが凝りだすとなかなかに職人肌だってのが最近分かった訳で。
 俺とエレノールは市場から持ってきた大豆と小麦を蒸したり、煎ったりしながら配合の分量を色々と試していく。この時、俺の魔法『熟成ラッセン』を使う事で、難しい工程や特殊な菌の培養という手順を簡略化しようというのがグリューンの考えだ。

 元々『熟成ラッセン』の魔法は、魚を長い時間を掛けて寝かせたり、様々な手間を掛けなくても、魔法の力で美味しく食べれるようにしたいと考えて思いついたものだったんだけどな。
 そうか。『熟成ラッセン』の効果を『旅人の知恵包みトラベラーズラップ』に性能として持たせたら、低温熟成とかがうまくできるんじゃないか? いやいや。そんな性能を施したら更に面倒ごとに巻き込まれそうだしなぁ。ガルムに怒られるのも嫌だし。
 グリューンも俺の横で真剣な表情で、俺たち二人の醤油づくりの様子を眺めている。

「相棒。醤油麹菌こうじきんなんてもんは、エリュハルトにはないよな」

「あるのかもしれねぇが、直ぐに手に入るもんじゃないと思うぜ」

 エレノールは俺とグリューンの会話を聞きながら、醤油の試作品をペロッと舐めている。

「うわっ、なにこれ。ちょっと塩味が強過ぎない? また失敗か……」

「う~ん。たぶん配合の分量とか混ぜ方とか。『熟成ラッセン』だけではどうにもならない要素があると思うんだ」

 何度目になるのか、俺とエレノールのため息が研究室内にこだまする。すると扉をノックする音が聞こえて、フィオナが顔を出した。

「レンジさん、エレノール。ちょっと休憩にしませんか」

 振り返るとガルムも来ていたようで、飲み物の入った袋を持って俺たちを手招きしているのが見えた。

「そうね。レンジ君。ちょっと息抜きしましょ。かなり煮詰まってきていたし」

「そうだな。俺も頭が真っ白だよ……」

 俺がエレノールの研究室に来ている日が、チーム4人と1匹の集まる日になんとなく決まっていた。正確にはチーム名すら決まっていないし、ギルドでのチーム登録も済ませてないけどな。
 なかなか、この調味料作りは長い戦いになりそうだぞ。俺はそんな実感を持っていた。


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