【生魚=毒】だと言われる異世界に転生した寿司職人レンジ~師匠に託された伝説の包丁を使って、エリュハルトの食の常識を『旨い』で覆します!

小宮めだか

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2巻 4章~包丁の共鳴と幻妖蜘蛛とアリーゼと

魅了されたフィオナ~Glühende Klinge

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 虚ろな瞳でフィオナが俺たちへと体の向きを変える。俺の目にはラスモフィスが紡ぎ出す糸に絡めとられ、フィオナが全身を操り人形のようになってしまったかのような、痛々しい姿に感じられた。

「フィオナ! 俺たちが分からないのか。フィオナ! 」

 俺は必死に叫ぶ。しかしもちろんその声は当のフィオナには全く届いている気配はない。
 歯ぎしりをするようにしてガルムが叫ぶ。

「レンジ。よく聞け。あぁなってしまってはラスモフィスの魔力が途切れるまでは、奴の操り人形も同義だ。フィオナは拳聖流の使い手。いつもは彼女の性格上抑えて使っているが、ワシの見立てでは実力はかなりのものだと見ている」

 エレノールがそれを聞いて、同意するように頷く。

「あたしとレンジ君でラスモフィスの相手をする。ガルム! フィオナをなんとかして……たぶんガルムじゃないと抑え込めないかもしれない」

「ふ……! エレノール、簡単に言ってくれるな。なんとかしてみようぞ。フィオナの師グラーチスと一戦交えた時を思い出すな。あいつの強さも底が無かった」

 俺はもう一度フィオナに視線を戻す。いつも明るくて、でも周囲の事を考えて悩み、自分の意思を抑え込んでいる様なところがあるフィオナ。ブチ切れた時の戦闘力が恐ろしいのは周知の事実。それが目の前に敵として立っている。

「レンジ君、集中して! あなたの身体能力を向上させるから、なんとか頼んだわよ」 

 エレノールの足もとに広がる魔紋の文様。地を這うような声で錬成が始まる。
 頭の上に乗っているグリューンが呟く。

「レンジ。直接炎がダメなら違う力を想像するんだ! 相棒の包丁の力を見せてやれ。お前の想像したとおりに、萌炎はその姿を変えることができるんだぜぃ」

 くっそ、グリューン! いっつもお前はそうやって焚きつける事ばっかり言いやがって。
 炎がダメなら別の力。どうすりゃいいんだ……考えあぐんだ俺の頭の中に、過去の創元師匠との記憶が過る。


 ✛ ✛ ✛ ✛ ✛ ✛


「蓮司! 『手返し』を何度教えたら分かるんだヘタクソ! 」

 分かってはいるんだ、分かっている……でもうまくできない。
 俺は音を上げそうになり、頭を下げて寿司を握る手を止める。

「ほれ。握る手を止めたってなんも進歩しねぇぞ。握って握って握りまくれ。それしかヘタクソに道はねぇ。握らない時間、下手になるだけだぞ」

 厳しい師匠の一言。もう世は令和のはずなんだがな。なんだこのコンプラ無視の世界観は。昭和か!
 握っている時間が長くなるだけ、魚介の細胞の変質や脂が溶け出しすぎてしまい、シャリの風味と食感が崩れる。それだけ人間の体温、つまりは『熱』の概念は繊細なんだ。

「手の上でシャリを転がす時間を極力短くするんだレンジ! 指先を使って音感よく形を整えんかい。こうだこう」

 傍で師匠の芸術的ともいえる素早い握り。まるでシャリが、師匠の指の間を泳ぐように、舞うように握られていく様。俺は魅入られたように師匠の腕から目が離せない。

「蓮司。見ているだけでは駄目だ。すぐやれ、今やれ、さぁやれ! 」

 くそ。スパルタ師匠め! 絶対ロクな死に方しやがらねぇぞ。俺は歯を食いしばり、もう一度握りに集中する。

(熱……熱が伝わらないように、すばやく形を整えるんだ)

 師匠は俺の肩に手を置き、静かな口調で呟いた。

「蓮司。おめぇならできる。ワシはなぁ、おめぇのことを信じているんだ。きっといつかやってくれるってな」

 師匠の想いが俺の耳にも伝わる。俺は深く息を吸い込んだ


✛ ✛ ✛ ✛ ✛ ✛


 そうか。熱が伝わっていく感覚か! 口の中で体温と混ざり合い、ネタとシャリが同時にほどけて旨味と風味が混じり合うような感覚だ。
 こう……そうだ。食材に熱が伝わっていく感覚を研ぎ澄ませ!
 包丁を顔の横に地面と水平に構え、俺は意識を集中させる。包丁の柄から刃先に伝わるような大きな熱伝導をイメージする。炎を凝縮して、それを刃と成すんだ!

焦熱の刃グリューエンド・クリンゲ

 俺の頭の中に浮かんだキーワード。その言葉を呪文として唱えると、力強いオレンジ色の光に包まれた熱を発する刃へと包丁が変化していく。

「相棒! 俺の名前みたいでカッコいいじゃねぇか!! 」

 頭の上で、うるさく叫んでいるグリューンは放っておくことにする。それどころじゃねぇと何度言えば分かる。

(くそ……ごっそりと魔力が持って行かれる感覚があるな。腹減りバロメーターが一気に下がった感じだ。これは速攻で決めないとヤバいかもな)

 俺は目の前でパキパキと10本の腕を鳴らしている。奇怪な幻妖蜘蛛を睨みつける!

「やってやんぜ。見てろこんにゃろう! エレノール援護頼む。ガルム、フィオナは任せたぞ。グリューン、カバーしてくれ」



『汝、吹きすさぶの颯の主となれ。スサード・オン・ベルルザーク! 緊迫を解き放ち、風のごとき軽さを与えん。『俊足付与スウィフト・エンチャント』』

 今まさに蜘蛛に切りかからんとする俺の体に、エレノールの強い魔力が宿る。体が軽くなったような感覚。追い風のなか走っている様なそんな印象だ。

「これはいいな! レンジ。このまま一気に畳みかけるぞ」

 そうか。俺とガルムに導術の力を宿したのか、すごいな。さすがβ級導術士。

『身体能力の上昇が認められます。敏捷性に+2の効果を確認。効果は3分ほどで消失。繰り返す。効果は3分ほどで消失』

 久しぶりに聞いたな。エレノールのコンピューターモード。目が緑色に光って、導術に集中している姿がかっこいい。
 ラスモフィスは俺の体に宿った導術の力強さに気付いたんだろう。不快な叫び声に似た音を10本の触手のような腕から奏でると、一気に俺との間合いを詰めてくる!

「腕が左右から襲い掛かってくるぞぃ、相棒! 」

 グリューンの大きな警告の声、分かってるって! この今の身軽さなら余裕綽々よゆうしゃくしゃくさ。
 俺を左右から挟んで捉えようと詰め寄ってくる10本の腕を、前にステップするようにして軽々と躱す。そのまま熱の刃で蜘蛛の腕を薙ぎ払う!
 焦げたような『ジュッ』という音がして、避けそこなったのだろう3本の蜘蛛の腕が宙を舞う。

「グギュギュグギュ! 」

 苦しそうな叫び声をあげて、蜘蛛が腕を奮わせて一瞬でその場から後ろに下がる。

「させるかよ! 」

 俺はそのまま風のように蜘蛛の傍に一気に走り寄った。よし! このタイミングならその腹にある瞳を一刀両断できるんじゃないか! 

「相棒! 」

 グリューンの俺を制するような声と同時に、蜘蛛の瞳のすぐ真下が大きく開き、白い糸状のモノが俺の体に大量に吐き出される。

「うぉ! なんだこの糸。くっそ! 」

 俺とグリューンが激しく藻掻く。しかし藻掻けば藻掻くほど、絡みあう様に粘着力が強くなる。ニヤリと蜘蛛が笑ったように俺には感じられた。


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