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第四話
翌日のことだ。
「――え!? レズウェル様が後宮で暮らすことになったんですか?」
ウェズに昨夜のことを話すと、ウェズはびっくりした顔をしていた。が、レズウェルのあまりのバカ真面目さ加減に「ぷっ」と吹き出す。
「ふっ、あはは! なかなか大胆ですね。まさか同居することになるとは思いもしなかったでしょう、陛下」
「笑い事じゃない。はぁ。面倒なことになった」
生活費を納めてくれるのなら国庫の負担にならないのでいいが……あの野郎、今朝もミゼルに自分がパパだと口を滑らせていた。ミゼルだってなぜか、ほぼ初対面のあいつの方に懐いている。俺の方が愛しているし、可愛がっているはずなのに。
ウェズはくすくすと笑った後、こほんと咳払い一つして、宰相補佐官としての顏になった。手に持っていた書類を、俺に突き出す。
「こちら、目を通してサインをお願いいたします。それでは、私も仕事に戻りますね」
「分かった」
ウェズが去った後、書類を一つ一つじっくりと見ていく。しかしどうにもレズウェルの顏が頭から離れず、途中からぼんやりとしてしまった。
「結婚しなくても養う、か」
俺はぽつりと呟く。
責任感の強い男なのかもしれない。最初は深く考えずに案件に応募しただけで、本来はきっと真面目でやっぱり誠実な男なんだろう。
確かに……俺のアルファの父とは違う人種なのかもしれなかった。
「もう少し優しくすべきか? いやでも……」
「陛下!」
政務室の扉が勢いよく開き、息を切らして入ってきたのは――なんと、レズウェル。噂をすればなんとやらだ。
「なんだ」
仕事の重要な話かと思って、表情を引き締めた俺の下へ、レズウェルはつかつかとやってくる。目の前に差し出したのは、……ん? なんだこれ。
風呂敷に包まれた、箱形の何か。怪訝な顔をする俺に、レズウェルは笑顔を弾けさせた。
「朝、お渡しするのを忘れていました。こちら、お弁当です」
「へ?」
「よければ、食べて下さい。おいしいですよ。料理には自信があるので」
それじゃ、とお弁当残してさっさと立ち去っていく。
俺はぽかーんとしてその背中を見送った。扉が閉まってから、文机に置かれたお弁当とやらを見やる。
「……」
作ってくれたのか。わざわざ。なぜかは知らないが、俺のために。
「変な奴……」
ぽつりと呟きつつも、心の中はじんわりと温かくなる。
お弁当なんて初めて作ってもらった。父上でさえも作ってくれなかったから。
まだ午前中だが、風呂敷をほどく。中身を確認してみると、具材たっぷりのサンドイッチやフルーツが詰め込まれた庶民的なお弁当だった。おいしそうだ。
レズウェル・シセド。悪い奴ではなさそうだ。まぁ、王立騎士どもは大概そうだが。
さすがは脳筋集団。人柄のよさには定評があるらしい。これなら、ミゼルに父親として接してもらっても悪い影響は出ないかも?
フルーツをひょいとつまみ食いし、お弁当の蓋を閉める。文机の引き出しにそっとしまい込む。
正午の鐘が鳴ったら、食べよう。
***
一方、王立騎士団本部にて。
「レズウェル、陛下とはあれからどうなんだ?」
先輩の王立騎士に聞かれて、レズウェルは「うーん……」と考え込む。どう、と言われても。昨晩から暮らし始めたばかりだし、まだよく分からない。
「まぁ、ぼちぼち仲良くやってるかなぁ。昨日は怒らせて蹴りを入れられたけど」
「……それは本当に仲良くやってるっていうのか?」
ツッコミを入れる先輩の王立騎士のことは、さておき。
レズウェルは、フリューゲリム陛下の顏を思い出した。お弁当を渡したら、とてもびっくりした顔をしていた。家族にお弁当を作ってもらうのがそんなに珍しいんだろうか。
(……って、そうか。陛下はお金持ちなんだから)
お弁当を作ってもらう必要など、これまでなかったのかもしれない。自分の貧乏な家庭事情とは違う。余計なことをしたんだろうか。
(でも)
フリューゲリム陛下の美しい顔を振り返り、頬がカッと熱くなる。間近で見たら本当に綺麗だった。初夜の時は薄暗くてあまりよく見えなかったが、明るい日の光の下で見たらさながら女神のようだ。
(昨夜、一緒に寝られてたらよかったのに……って、おい! 何を変なことを考えてるんだ、俺!)
小休憩中とはいえ、職場なのに。騎士ともあろう者が、浮ついたことを考えるべきではない。いや、でも。
(また抱きたいなぁ……)
そして今度こそ、フリューゲリム陛下のことも気持ちよくして差し上げたい。そうしたら、もしかしたら優しくしてくれるかも……。
「いてっ」
「何を妄想しているんだ、青二才」
頭をぺしりと叩かれた。はっと顔を上げると、目の前にいるのは、レズウェルが所属する第三師団の騎士団長だ。年齢は五十路過ぎになる。
「まったく……たるんでいるな。俺の気配に気付かないとは」
「う……す、すみません」
まさか、桃色なことを考えていたとは恥ずかしくて言えない。おとなしく叱られるほかなく。
「いいか。お前はもう父親なんだから。しっかりしろ」
「は、はい!」
レズウェルははっとする。そうだ。自分はもう一児の父親だ。強くなって出世もし、ガンガン稼がないと。
いつか、ミゼルの結婚資金に充てるために。
休憩時間も終わりだ。レズウェルは慌てて鍛錬に戻ったのだった。
***
「ん、おいしい」
正午の鐘が鳴ってすぐ、俺はレズウェルからもらったお弁当を食べた。
卵サラダがぎっしりと詰まったサンドイッチは、ほんのり甘い。黒胡椒も少し効いていて、何個でも胃袋に納められそうな勢いだ。
俺の向かい側に座っているウェズもまた、自炊して作ったお弁当を食べている。こちらはカツサンドだ。あっちもうまそうだな。
俺がじっと見つめていることに気付いたウェズが、にこりと笑う。
「交換しますか?」
「するわけないだろ。あいつが俺のために作ったものなのに」
「ふふ、相変わらず変に律儀ですね」
と言いつつ、ウェズは嬉しそうに笑っている。俺が立派な大人に成長したことを喜んでいるような表情だ。俺はもう二十歳を過ぎているっていうのに。いつまでも子ども扱いするなと言いたい。
「レズウェル様、いい子ですね」
「……そうだな」
「どうです。ご結婚されては」
「それは嫌だ」
レズウェル個人のことを嫌いなわけじゃない。ただ、漫然とオメガ以外の男子全般が嫌いなだけ。それでもやっぱり……そうあっさりと心を開けるわけはない。
「だいたい、結婚なんて面倒だ。いざという時、ワンナイトできなくなる」
「レズウェル様にお相手してもらったらいいじゃないですか」
「ビッチ王の異名を広めるためには遊び歩かないとダメだろ」
冗談めかして言うと、ウェズは頭が痛いようだ。こめかみを押さえ、「だからそれだけはやめて下さいよ……」と嘆きの声を上げる。
ビッチ王の何がそんなにいけないのか。個人の自由だろうに。
と、その時だった。
――ゴォオオオオオ!
「「!?」」
休憩室の開けっ放しだった窓から、丸い物体が凄まじい勢いで飛来してきた。白と黒のボール……あっ、サッカーボールだ!
と分かった時には、目の前のお弁当にサッカーボールがリバウンドして、お弁当を滅茶苦茶にしていた。コロコロと床を転がるサッカーボールには、黄色い卵サラダがべっちょりと付着している。
そして。
「……」
俺は無言のまま、そこに座ったままでいる。向かい側のウェズはぽかんとして、けれどすぐに腹を抱えて爆笑し始めた。
「あっはっは! 大丈夫ですか、陛下!」
「……笑い事じゃないんだよ」
低い声で唸り、俺は鞄からハンカチを取り出す。美貌と評される自分の顔に飛び散った卵サラダをハンカチで拭いながらも、サッカーボールを寄越した主に怒りを覚えた。
一体誰だ、ここまでボールを飛ばした奴は。
レズウェルが……せっかく、俺のために作ってくれたお弁当だったのに。ぐちゃぐちゃになってしまった。
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