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第六話
ユーリズニア王国の赤ん坊には、生後百日頃に「お食い初め」というイベントがある。子どもの健やかな成長と、一生食べ物に困らないことを願って行うものだ。
ホワイトシチューを少し食べさせるその行事を、ミゼルもとうとう行う。そのため、知り合いのあちこちからお祝いの品が届いた。
「わぁ、すごいですね。どれも……高そうだ」
お祝いの品を検分していると、レズウェルがひょっこりと顏を出す。ミゼルのことを腕に抱っこした状態で。
そう。アンティークの食器だったり、あるいは薔薇の大きな花束だったり……と、レズウェルの言う通りどれも高額そうなものだ。
けれど、俺はそれらの品物を冷めた目で見ていた。贈り主が亡き両親の知り合いの家ばかりだからだ。あの両親と懇意にしていたのだと思うと、それだけで不快な気持ちになる。実際には悪い人たちではないはずだが。
「ん? シセド男爵家からもか」
「はい。両親に報告したら、お祝いの品を贈るからと嬉々として言っていました」
「ふーん」
シセド男爵家は、レズウェルの実家だ。やはり貧乏であるようなので、庶民的な物だろう。きっと。
箱を開ける前はそう思っていた。けれど、赤いリボンをほどいて箱を開けると、……俺はぽかんとしてしまった。
「なんだこれ……」
デニム生地のベビー服。それはまぁ別にいい。問題なのは、あちこちに穴らしき亀裂が開いていることだ。まさか新品を破いたわけじゃないだろうし、ということはお古なのか? だとしたら、礼儀知らずにもほどがある。
一体なんのお祝いの品なのか分からず、怪訝に思う俺に、レズウェルが楽しげに話してくれた。
「ああ、それ。ヴィンテージものですね。奮発してくれたんだなぁ」
嬉しそうに笑っているが、ヴぃんでーじ? なんだそれ。奮発したということは、案外高価な物なのか? いやでも、こんなにボロボロなのになぜ。
「ヴぃんてーじって、なんだ」
「ええと……一定の価値を持つ中古品のことです」
「やっぱり古着なのかよ!」
ひとの息子の大切なイベントに、本当に中古品を贈りつけるなんて。
憤慨する俺を見て、レズウェルが慌てふためく。
「あ、いや、でも数十万円はしますし……その、両親に悪気はないかと」
「え、数十万円もするのか? ――これが!?」
信じられない。なぜこんな物にそんな高値がつくのか。意味が分からないが、貧乏家庭にとって痛い出費だったことくらいは分かる。ということは、正真正銘よかれと思って贈ってきたということだ。レズウェルの言う通り、悪気はないのだろう。
いやでも、だからといってなぜ、古着……。
最初こそ呆気に取られつつ憤然としていた俺も、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。とんだポンコツ男爵夫夫だ。
「ふっ、あはは! 面白いんだな、お前のご両親」
「え、あ……あ、ありがとうございます」
俺の機嫌がよくなったことで、レズウェルはほっとしている。一緒になって笑っていると、ミゼルも楽しそうに、にぱっと笑顔を浮かべた。くっ、可愛い!
「あー、あー!」
「ん? 着たいのか、ミゼル」
ミゼルがヴィンテージとやらのデニム服に、必死に手を伸ばしている。
俺は少し考えたが、決めた。よし、この服を着せて「お食い初め」をしよう。一風変わった記念日になるはずだ。
「レズウェル。お前、ミゼルをこの服に着替えさせろ」
「え? いいんですか?」
「ああ。面白いからこの服でイベントをやる。じゃあ、俺は買い物に行ってくるから」
「え!?」
広間を抜け出そうとすると、レズウェルは慌ててついてきた。
「ダ、ダメですよ! 一人でお出かけになるなんて! 俺も行きます!」
「いつもお忍びは一人だ。問題ない」
「ダメです!」
しつこく制止されたが、俺は構わず宮殿を出て行く。レズウェルは宮女たちにミゼルを預けたらしく、一人であとをついてきた。
俺の隣に並び、一緒に舗装された道を歩く。なんなんだ。鬱陶しいな。
「あの、ところで何を買いに行かれるんですか?」
「お食い初めの材料に決まってるだろ」
さも当然のことのように答えると、レズウェルは驚いていた。
「え、ご自分で買われるんですか」
「ああ。可愛い愛息子のイベントだ。自分で用意したい」
「……」
レズウェルは意外そうな顏で、俺の横顔を見つめている。あまりにも無遠慮に眺めているものだから、俺は顔をしかめた。
「なんだよ。そんなに人の顏をじっと見つめて」
「……いえ、すみません。そうですね。やっぱり子どものイベントですもんね」
なぜか微笑ましげな顔をしているレズウェル。「俺も行きます」と改めて宣言して、さりげなく俺と手を繋ごうとしてきた。が、俺は意地でも繋がせなかった。
後宮の敷地を出て、市街地へ続く道を歩きながら、俺たちは会話を続ける。
「ところで、予算はどのくらいなんですか?」
「ん? ざっと五万円くらいだ」
「ご、五万円!?」
レズウェルはぎょっとし、なぜか立ち止まった。拳をぎゅっと握り、勇気を振り絞って俺に物申す。
「高すぎます! そんな贅沢なもの、ミゼルの教育によくありません!」
「は?」
俺も立ち止まって、レズウェルを振り向く。ミゼルの教育によくないってなんでだ。一般的な王侯貴族なら当然の金額なのに。
怪訝な顔をすると、レズウェルは真剣な顔で言う。
「金銭感覚が俺たち庶民とズレすぎています。ミゼルは次期国王になるかもしれないのに、それではよくないのではないでしょうか」
「……お前だって貴族ではあるだろ」
しかしまぁ、生活がすっかり庶民と同じということなのか。
率直な言葉に俺は驚いたものの、むっとした。金銭感覚がズレていると言われても、王族なのだから致し方ないことだろう。何よりも、我が子にたっぷりとお金をかけることの何が悪いというのだ。
「別にいいだろ。一生に一度のイベントくらい」
「俺は反対です。庶民と同じように行うべきだと思います」
「お前に口を挟む権利なんてあると思っているのか。ただの同居人のくせに」
「違います。俺はミゼルの父親です」
ぶつかり合う俺たち。睨み合っていると、俺はふといいことを思いついた。そうだ。
「……だったら、決闘して決めよう。俺は魔法を使うが、お前も剣を使って戦え」
「へ!?」
なぜか焦るレズウェルに、俺は意地悪く笑いかける。
「天下の騎士さまが逃げるわけないよな?」
「!」
レズウェルはふと真顔になる。剣の柄を握り締め、「……分かりました」と頷く。
周りには誰もいない。それはそうだ。実質的にはまだ後宮の敷地なのだ。入れるのは王侯貴族くらいしかいない。
俺たちは対峙する。魔法を放つ構えをとる俺と、剣を構えるレズウェル。
風が吹いた。青葉茂る葉っぱがひらりと舞い落ちた瞬間。俺は即座に風属性の初級魔法を発動させた。
――ゴォオオオオオ!
放たれた風魔法はぐるぐると螺旋状に渦を巻き、真っ直ぐレズウェルのところへ突き進む。いつぞやと同じく、レズウェルを吹き飛ばすはずだった横殴りの竜巻は……ん!? おかしい。どこにも当たらずに霧散してしまった。
「俺の勝ちです」
「!」
気付いたら、背後にレズウェルが立っていた。剣の刃を俺の首筋に押し当てて。
俺は驚嘆した。――いつの間に。
「……」
俺はそっと息をつく。両手を上げ、白旗を上げた。
「参った。お前の勝ちだよ」
表面上は飄々と言いつつも、内心では歯噛みする。くそっ。まさか、こんなにも身体能力の高い奴だったとは。てっきり、弱いのかと勘違いしていた。だてに王立騎士ではない、ということか。
レズウェルは剣を俺から離し、腰に下げた鞘に刃を収める。
「それじゃあ、俺の言う通りの予算にしてもらえますね?」
「……いくらだ」
「ニ千円です。俺が出します」
「に、二千円!?」
それしか使えないのか。なんだそれ。早まった真似をしてしまった。
――ごめん、ミゼル。
しょんぼりとしつつも、負けは負けだ。おとなしく従うほかなく、俺はとぼとぼとレズウェルの後ろをついていった。
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