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第四話 猫のぬいぐるみ1
しおりを挟む「メリン。今日からここがお前の家だぞ」
「あい」
クオードが住まう集合住宅の一室。クオードが腕の中にいるメリンに優しげに笑いかけると、メリンはこくこくと頷く。
メリンを連れて王都に帰ってきた俺たち。道中、俺も一生懸命メリンと仲良くしようとしたけど、相変わらずメリンは俺に対して素っ気ない。原因が分からぬまま、あれから一週間近く経ってしまった。
クオードもそのことに気付いたようでメリンを諫めてくれたけど、言うことを聞く気配はなかった。無視まではしないけど、すっごく悲しい。
仲良くしていきたいのになぁ。
「……じゃあ、クオード。今日はもう帰るよ」
もう夕暮れ時。まだまだ一緒にいたいけど、明日の出社の支度もある。しばらく家を空けていたし、帰らないと。
「ああ。ありがとうな。気を付けて帰れよ」
「うん。メリンも、またな」
メリンの頭を撫でようとして、けれど嫌そうにまたそっぽ向かれた。俺はしょんぼりとして、伸ばした手を引っ込める。
すかさず、クオードが叱りつける。
「こら、メリン。フィラおにいちゃんにご挨拶は?」
「……」
とうとう無視。クオードは諦観のため息をつき、困ったような顔で俺を見る。
「フィラ、ごめんな。院長先生の話によると、頑固なところがあるらしくて。あとは人見知りも激しいらしい」
「そっ、か。大丈夫だよ。それなら仲良くなればいいだけの話なんだから」
めげない。仲良くできるように頑張るぞ。
ひとまず今日は帰るけど、明日、王立騎士団本部の託児所に顏を出そう。クオードが働いている間、そこに預けることにしたそうだから。
俺は努めて笑顔で手を振って、クオードの住まいを出た。
翌日、職場に出社すると、早速ミリムが情報を掴んだらしい。作業をする俺の隣に並んで、いつものようにお喋りを始めた。
「フィラ先生、聞きました? クオードさん、小さな弟さんを引き取ったらしいですよ」
「……へぇ、そうなんですか」
もう知っているけど、知らないふりをするしかない。もう、そろそろ交際していることをみんなに伝えてもいいだろうに。
さもクオードについてなんでも知っているというような顔のミリムが腹立たしく、同時に悲しくもある。どうしてずっとこんな思いをしないといけないんだ。
現状を打破するためにも、早くメリンと仲良くなって、そのあと結婚だ!
「クオードさんの弟さんなら、きっと可愛いでしょうね。こう、目鼻立ちがくりっとしていて」
「どうなんでしょうね」
「興味ありません? クオードさんの話題の時って素っ気ないですよね」
察しているのなら、いちいち話題にするな。
と言いたい気持ちをぐっと堪え、俺は「そういうわけじゃありませんよ」と無難に返すほかなかった。ミリムは笑顔になって、またクオードについて語る。
「クオードさん、ご両親がお亡くなりになったそうで。仕事で大変な中、小さな弟さんを引き取るなんてさすがクオードさんですよね。真面目でお優しいっていうか」
「そうだな」
その点に関しては、食い気味に賛同した。兄弟とはいえ断ることもできたそうなのに、クオードは引き取ることを選んだ。あいつの優しくて責任感が強いところが好きだ。
ミリムは共感を得られて気分がよくなったのか、いつも以上にお喋りが続いた。クオードとは関係のない話題も多い。毎日のように話しているのに……よく話が尽きないよな。
結局、上官である医務局長に叱られて、ようやく仕事を始めていた。俺もとばっちりを食らって小言を言われるという。
『ミリムのことは無視していいのですよ。お喋りが過ぎますから』
いちいち付き合う必要はないと言われても……無視するのは心苦しいんだけど。だって、精神年齢的には祖父と孫ほど離れているわけだし。何よりも悪い子じゃない。
板挟みの身はつらいなぁ。
「あれ、フィラ先生?」
今日も一日、軍医としての仕事を終えた後、託児所に顏を出すと、迎え入れてくれたのは保育士の同僚だ。初老のオメガ男性で、保育士としては大ベテランの先生。
俺は、にこりと笑った。
「お疲れ様です。メリンに会いたくて顔を出したんですけど」
「ああ、メリン君か。今、積み木で遊んでいるが……でも、どうしたんだ、急に。クオード君と特に仲がいいわけでもないだろうに」
「え!?」
あ、そういえばそうだった。クオードとは、職場ではほとんど関わりがないんだ。
まずい、どうする。どう理由を作ろう。
悩みに悩んだ末、俺は閃いた。――そうだ。
「将来、結婚して子育てする時のために子どもに慣れておきたいなって思ったんです。ええと、ダメでしょうか」
こんな不純な動機では怒られるかもしれない。こわごわと保育士の先生を窺うと、先生はあっさりと「構わんよ」と目尻を和ませた。
「子どもの相手をしてくれる方は大歓迎だよ。本部内の人が相手ならどんどん相手をしてもらってほしいと思っていると、クオード君からも聞いたから」
「そうですか! じゃ、じゃあ、メリンと遊ばせて下さい!」
俺はぱっと顔を明るくして、いそいそと託児所の中に入った。部屋の隅っこで積み木でお城らしきものを作っているメリンの姿を見つけ、明るく声をかける。
「メリン!」
メリンは俺に気付き、俺の方に顏だけ向けた。が、それだけだ。あっさりとまた積み木遊びを再開してしまう。
……笑ってさえくれない。しょんぼりするしかない俺。
先生も苦笑いだ。
「人見知りが激しい子だそうだから。私も懐いてもらうのに時間がかかった。気にするな」
気にするなと言われても……メリンの動きをじっと目で追っていると、先生には笑顔を向けている。どうしてなんだよ……。
俺はがっくりとしながらも、気を取り直して鞄からおもちゃを取り出した。昨夜の帰り道、立ち寄ったおもちゃ屋で購入した猫のぬいぐるみだ。メリンにあげようと思って。
「メ、メリン! これ、あげるよ」
おずおずとメリンの傍に近付き、ぬいぐるみを差し渡す。メリンは一瞬ぱっと笑顔を浮かべたものの、……相手が俺だからかな。また仏頂面に戻ってしまった。
ぬいぐるみだけぐいっと受け取り、あとは知らんぷりだ。さすがに先生が「お礼を言いなさい、メリン君」と窘めたけど、ぷいっと顔を背けるだけ。
「い、いいんですよ、先生。まだ小さいんですから。あはは」
自分にも言い聞かせるように言って、俺は乾いた笑いを浮かべる。口端が引き攣っているのが自分でも分かる。
な、なぜ……? どうしてこんなにも俺にだけ冷たいんだ。
やっぱりよく分からないまま、その日は諦めてとぼとぼと帰った。
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