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第十四話
しおりを挟むどうしてこんなことになった。父王の激昂ぶりが理解できない。ただ単に、婿入り前の息子が妊娠したから怒った、とは思えない。
「さむ……」
俺は冷えた地面にぺたんと座り込んで、両手を擦り合わせる。まだ暖房が上手く起動していないのか、肌寒い。
このまま、ずっとここに監禁されるのだろうか。そして赤ん坊もろとも死ぬのか。
「タクス……」
愛する人の名前を呼んだ時だ。
「痛いですっ、それが淑女に対する扱い方ですか! 騎士様のくせに!」
ほどなくして、王立騎士を罵るマーゼの声が聞こえてきた。
牢屋越しに俺は身を乗り出す。荷物をたくさん持ってきたらしいマーゼは、王立騎士から荷物検査をされている。ティーカップセットやら、二本の羽根ペンやら、液体の入った小瓶やら……とにかく、たくさん。あれでは、王立騎士の方も一苦労だろう。
勝ち気なマーゼの様子に、俺はつい笑みがこぼれた。昔からマーゼはこういうところがある。だから婚期を逃してしまったのだと、本人は愚痴っていたな。関係あるのかはちょっと分からないけれど。
孤独な状況の中で、マーゼの姿を見ることができて、なんだかほっとした。
「シルフィ様! 大丈夫ですか!」
ようやくこちらまでやってきたマーゼが、気遣わしげに俺の前にしゃがみ込む。地面に座っている俺の『お腹』を不安そうに見つめた。
「……お話は聞きました。ご妊娠されたとのこと。それなのに、このような劣悪な環境に追いやるなんて……っ」
声に怒りを滲ませるマーゼまでもが、牢屋に一緒くたに入れられた。たくさんの荷物とともに。一緒にいてもらった方が安心できるんだろう、王立騎士たちは。
彼らにも守るものがある。そう思うと、強くは糾弾できない。悪いのは結局のところ、父王だ。
「……シルフィ様。実は、羊皮紙を持って参りました」
「そうみたいだけど、それが?」
「お手紙を書きませんか、タクス様へ。助けを求めるのです」
堂々と言ってのけるマーゼに、俺は思わず苦笑してしまった。そりゃあ確かにタクスに助けを求めたいところだが、こんなところで手紙を書いても、届けられる人がいない。何よりも、王立騎士たちの検閲に引っかかって手紙を処分されるだろう。
「気持ちは嬉しいけど……ん?」
荷物をガサゴソと焦っているマーゼの手に、透明な液体が入った小瓶があった。
「マーゼ。それは?」
「これは柑橘類の果汁です」
「果汁……」
なぜ果汁を持ってきたんだというツッコミはさておき、俺ははっとした。そうだ。いいことを思いついた。
「マーゼ、やっぱり書くよ。タクスに手紙を。っていっても、『別れの手紙』だけど」
もうこの方法しか、今の俺には残されていない。
善は急げ、だ。俺は牢屋の隅でひっそりと手紙をしたためた。表向きは、タクスへ別れを告げる内容を。
『ありがとう、今まで。
ブレずにここまで生きてこられたのは、タクスのおかげだ。
レイス食堂で食べたご飯、おいしかったよ。』
末尾は俺の名前で引き結び、完成だ。丁寧に折りたたんで、封筒に入れた。王立騎士の一人を呼び出し、確認してもらう。
「手紙だと? 怪しい手紙じゃないだろうな」
粗暴な口調の王立騎士だったが、中身を検閲した途端、目を涙で潤ませた。多分、大まかな話は父王から聞いているんだろう。恋人に別れを告げる手紙に感極まったようだ。
「渡してくれないか? 最後だから」
「う、む。そうだな。問題ない。届けさせよう」
横柄な王立騎士は、牢屋がある部屋を出て行く。代わりにやってきたのは、女性の王立騎士だ。珍しいなと思うが、いないわけじゃない。騎士に性別は関係ない。
「お体の具合は大丈夫ですか?」
敵ながら、心配そうな顔をしている。妊娠しているからだろう。同じ経験を持つ身として案じているに違いない。
「じきに、お医者様が参ります。……ご覚悟なされた方がよろしいかと」
悲しげに目を伏せて助言すると、女性の王立騎士もまた立ち去っていく。
俺はそっとお腹に手を当てた。
「……覚悟なんてするかよ」
この子は絶対に俺たちで守ってみせる。
■■■
『好きだ。ようやく気付いた。俺もタクスのことが恋愛相手として好きだったってこと。振り回して、ずっと待たせてごめん』
ボヘナの街で、シルフィから告白された時、本当に嬉しかった。俺はシルフィのことが本気で好きだから。
仕事を終えて王都港に戻ってきたタクスは、意気揚々と営所に向かっていた。しばらく休暇なので、シルフィとまた会える。楽しみだ。
「シルフィ……元気にしてるかな」
最近、ますます寒くなってきた。風邪などを引いていなければいいが。
シルフィの顏を思い浮かべながら歩いていると、正面から王立騎士が近付いてきていることに気付く。ただ、見知った顔ではないので自分に用があるわけではないだろう。ただ、普通に挨拶の言葉をかけた。
「お疲れ様です」
さらっと通り過ぎようとしたが、王立騎士が「待ってくれ」と呼び止める。タクスは怪訝に思いながら、立ち止まった。
「なんでしょうか」
「こちら、シルフィラスア殿下からの君宛ての手紙だ。別れの挨拶が書かれてある」
「は?」
別れの挨拶? どういうことだ。
訝しむタクスに王立騎士は手紙を押し付けるように渡し、さっさと立ち去っていった。タクスは呆気に取られつつも、ひとまず手紙の封を開ける。
がさっ。
中の羊皮紙に目を通したタクスは、目を見開いた。頭を鈍器で殴りつけられたような衝撃に襲われる。それは確かに別れを告げるような内容だったから。
「シルフィ……どういうことだよ」
好きだって告白してくれたのに。一緒に幸せになるんじゃなかったのか。
聞きたいことは山ほどある。会いに行きたいが、後宮に引きこもられていたらタクスは会いに行けない。どうしたものか。
もう一度、手紙を見つめた。ぼんやりと遠目に眺めていると、ふと奇妙な文字の羅列を見つけた。
『ありがとう、今まで。
ブレずにここまで生きてこられたのは、タクスのおかげだ。
レイス食堂で食べたご飯、おいしかったよ。』
「……『あぶれ』?」
頭の文字を縦読みすると、『あぶれ』と書かれてある。あぶれ、あぶれ、……炙れ? もしかして、火で炙れという暗号文なのだろうか。
タクスははっとして、慌てて営所の自室に戻った。引き出しからライターを取り出し、羊皮紙を下から炙ってみる。すると、少しずつ見えていなかった隠し文字が浮かび上がり始めた。
すべての文章を読んだタクスは、表情を強張らせる。――これは。
タクスは急いで支度をし始めた。羊皮紙を放り出して。ひらりと舞い落ちた羊皮紙には信じられないことが書かれていた。
――『王城の牢屋に監禁されている。助けてほしい』
なんと、シルフィから助けを求める手紙だったのだ。
■■■
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