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第十五話
タクスは暗号文に気付いてくれただろうか。
牢屋の一室で、俺はマーゼが持ってきてくれた毛布にくるまっていた。マーゼも寒いだろうに、俺に譲ってくれたのだ。お体をお大事にしてください、と。
「タクス……」
もし、暗号文に気付いてもらえなかったら。ただ単に別れを告げる手紙を書いてしまったことになる。俺たちはもう……破局だ。
でも、たとえそうなっても、この子だけは。絶対に無事に産んでみせる。そして一人でも立派に育てるのだ。
牢屋に入れられてもう、かれこれ数時間経つ。タクスは……今頃何をしているのだろうか。確かそろそろ王都港に戻ってきた時間ではないのか。
助けにきてほしい。俺たちを連れ出して、どこか遠くに行きたい。
「タクス……会いたい」
涙声で呟いた時だ。こつん、こつん、と底の高い靴音が響いた。今度は誰がきたのかと思ったら、
「目は冷めたか、シルフィラスア」
「……陛下」
やってきたのは、父王だった。偉そうに腕を組み、顎で俺の下腹部を示す。
「覚悟は決まったか? じき、医者がくる」
「っ、そんなわけないだろ……! こんなことに俺は屈しない」
力強く睨み上げると、父王は鼻で笑った。
「相変わらず、威勢のいいことだが、それでは困る。お前にはエシュド王国のコゴルニス殿下に婿入りしてもらわねばならないからな」
「……は?」
エシュド王国のコゴルニス殿下に婿入り? なんだ、それ。聞いていない。
俺はじろりと父王を睨みつけた。
「どういうことだ」
「実はな、あの舞踏会の後、エシュド国王陛下から縁談の話があった。コゴルニス殿下がお前のことを娶りたいと。実にいい政略結婚の話だ。承諾した」
「はぁ!? 何を勝手に……っ」
声を荒げてしまったが、でもそうか。そういうことだったのか。俺の結婚相手は自分が決めるというのは、その縁談のことだったのだ。
そういえば、と思う。フェリスの一件、気になることがないわけじゃなかった。まさか、こいつがフェリスに入れ知恵をして、タクスに俺の所業をバラすよう仕向けたのではないか。けれど、フェリスが失敗したから、粛清して退職に追いやった。そんな気がしてならない。
「……陛下が、タクスにフェリスを仕向けたのですか」
静かに訊ねると、父王は片頬を皮肉げに持ち上げた。
「ああ、そうだ。失敗してしまったがな。だが、事実だろう?」
「……今は違う。俺は本気でタクスのことを愛しています。ですから、政略結婚の話は受けられません。諦めて下さい」
真っ直ぐ目を見て直談判しても、父王が納得するわけがなかった。話を聞く価値すらないと言いたげに、身を翻す。
「頭を冷やせ。この結婚はマーガリスのためにもなる縁談だ」
「!」
俺は咄嗟に違うとは言えなかった。父王の言う通りだからだ。エシュド王国と懇意になれたら、マーガリスにとって大きな利益があるはずだ。それだけ、エシュド王国は広く権力のある大国だ。
俺は俯いた。この国のために、コゴルニス殿下に婿入りした方がいいのだろうか。それが王族として育った者の責務では。
タクスのことを信じて助けを求めたが、それは……間違いだったのかもしれない。
「シ、シルフィ様。お気を確かに」
話を聞いていたマーゼが、焦ったように俺の手を握り締める。
「シルフィ様は、シルフィ様のお幸せを求めていいのです。あのような国王陛下のために、子どもまで堕ろしてしまわれるのですか」
「あ……」
「大丈夫です。きっと……助けにきてくれますよ」
誰が、とは言わない。でも、誰のことを言っているのか、分かる。そうだ、俺は……タクスと一緒に幸せになるって決めたんだ。たとえ他の誰に最低な第一王子だと後ろ指を指されても、お腹のこの子のためにも、タクスと一緒になる。父だってそう願ってくれた。
俺は顔を上げる。マーゼにふわりと微笑んだ。
「ありがとう。そうだな。この子のためにも、信じて待つよ」
マーゼは、ほっとした顔をしていた。二人で身を寄せ合い、壁に寄りかかっていると……こつん、こつん、とまた靴音が響いた。
俺は体を硬直させた。まさか、――とうとう堕胎させるために医者がきたのか。
同じようにマーゼも思ったのか、荷物からティーポットを取り出す。相手の医者を気絶させようと、二人で身構えていた時だ。
「シルフィ、大丈夫か」
ひそっとした声が耳に届く。間違いない、タクスの声だ。はっとして、目の前に現れた人影を見つめると……あれ?
俺は目を瞬かせた。それはそうだろう、目の前にやってきたのは女性用の騎士服を着たタクスだったのだから。毛染めを使ったのか髪の色も違うし、化粧をしているから遠目には全然タクスだと分からない。
「タ、クス……?」
「うん。俺だ。会いにきたよ」
鉄格子越しに手を握り締め合う。俺は泣きたくなるのを堪えた。――本当に助けにきてくれた。
「会いたかった、タクス……っ」
もう二度と会えなくなるのかもしれないと思っていたから。こうしてまた顔を見ることができて嬉しい。
タクスも微笑んだ。
「俺も。手紙、ありがとうな」
「こっちこそ。助けにきてくれてありがとう」
「……」
なぜか一瞬押し黙るタクスだったが、俺の手の甲にそっとキスを落とす。抱き締められない代わり、という気がする。
けれど、いつまでも感動の再会はできない。他の王立騎士に気付かれてしまう。だからだろう、タクスはすぐに真剣な顔でただ訊ねた。
「シルフィ、俺と結婚したいか?」
「え? う、うん。当たり前だろ」
「分かった。それだけ聞けたら十分だ。……ごめん、もう少し待ってて」
あっさりと言って、タクスはその場を立ち去っていった。
俺もマーゼも呆気に取られた。――えぇえええええ!?
「た、助けにきてくれたのではないのですか、あの方は」
「……何か考えがあるんだ。きっと」
そうだ。タクスはきっと助けてくれる。タクスはそういう男だ。
俺はそう信じてる。
それからしばらく、また助けを待つことになった。
医者はその日のうちにやってきたが、
「頼む……! もう少し先延ばしさせてほしい。気持ちの整理がつかない」
必死にお願いし通すと、良心の呵責からだろう。医者は一旦引き下がって、処置を先延ばししてくれた。だけど、この手法もあと数日もしたら使えなくなるだろう。医者にだって守りたいものがあるはずだ。国王の命令に背いたら、人生さえ終わってしまう。
早く、早く。
助けてほしい。今度こそ一緒に外の世界に戻りたい。それで、タクスと、お腹の子どもの三人でずっと幸せに暮らすのだ。
牢屋に入れられてから数日後。とうとうその時がきた。
「シルフィ!」
タクスが牢屋に駆け込んできた。今度は女装姿じゃない。といっても騎士服ではなく、なぜか王侯貴族令息が身に着けるような衣装を着て。
けれど、そこには目もくれず、俺はタクスに抱きついた。
「タクス! 来てくれてありがとう!」
どうやって俺を釈放するよう働きかけてくれたのかは分からないが、助けたのはタクスで間違いないだろう。だからいの一番に駆けつけてくれたのだ。
抱き合う俺たちを、マーゼは微笑ましそうに見つめている。牢屋の中で使った毛布やティーカップセットを片付けながら。
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