ビヨンド オブリヴィオン / BEYOND OBLIVION

蓮田 希玲

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プロローグ

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【その子はよく泣いていたわ。今でも目に浮かぶのよ。顔はよく思い出せないのだけどね。とても穏やかで、優しくて。本当にいい子だったわ】

 虹色の光をほのかに灯しながら咲くポピーが、白い花びらを重ね合わせ、一面を埋め尽くす、どこまでも続いていく花畑。

 下から上へ、上から下へ走る緩やかな風に合わせてざわめいている。爽やかな甘い香りが、儚げながら包み込んでくる。

 私は一歩ずつ、花に申し訳なく思いながら進める。茎の折れる音を聞くほど、自分も押しつぶされるようだった。このブーツの底でへし折られるのを想像するだけで、ただでさえ沈みかけた私は、自分の選んだ道に後悔さえ覚える。

 足元を見て、花がちゃんと起き上がるかを見た。

 私の小さな幽霊。ポピーを齧っては、それを煌めく糸へ変えていく蚕。短くもふわふわな白い毛をなびかせて、行くべき場所へ導いてくれる。長くて細い毛が櫛のように並んだ触覚を動かしながら、言葉を発さずとも慰めてくれた。

「待って、リンボ。待ってね……」

 涙が頬を滑っていく。それは顎へ。そして落ちる。ポピーが受け皿になる。

 私はその一滴と自分を重ね合わせていた。振り向いても、後ろにはもう何も無い。まるで同じだった。

【よく話も聞いてくれたのよ。うんうんとうなずきながらね。なのに世の中、そんな子にもお構い無し】

 リンボは色を飲み込む大きな目のついた小さな頭と、葉っぱみたいな触角を揺らし、羽をおさめて待っていてくれた。靴紐を結び直して、空を見上げる。白夜の空には極光が折り重り、雲が形を歪に変えながら動いているのが見える。

 目を動かす度、ただ花畑が広がっていたはずが、その街は姿を露わにする。

 宙に浮いたひとつのレンガは、次に見た時には四つになった。

 視線を外すと、それは十六になった。リンボは目を私に向けながら、触覚を回した。

 リンボが導く方へ歩く。

 踏まれた花が、踏まれていない花になる。

 水たまりから雨が上がり、波紋は集まっていく。

 鳥は後ろへ飛び、虫は怒りを鎮めながら巣に戻る。

 リンボは煌めく糸を吐きながら飛び続けた。

 そして私はいつしか、石でできた立派な家々に囲まれていた。浮遊感のあった地面は、全く気付かぬうちに石畳になっていた。

  まだ、この幻のようにも、夢のようにも思える光景には慣れなかった。

 ここは紛れもない現実だと、自分に言い聞かせる。

「ありがとう。お家行こ?」

【どんな話をしたか、覚えてる。ああ、思い出の話だ】

 気付かぬうちに私を囲んでいた街。

 歩く人々の顔は、筆で二度三度撫でたように、はっきりとは見えない。でも表情は感じ取れる。

 みんな笑った顔で話している。口のあたりがかすかに船みたいに見える。

 遠くにいる人ほど、手足の数が多かった。

 私の腰くらいしか背丈のない子供が、傍ではしゃいでいる。目を擦っても、瞼を何度も閉じて開いても、見えるものは変わらない。

「ねえね、お姉ちゃん遊ぼ!」

 麦わら帽子を被った女の子。足に抱きついてきて、こっちを見ている。帽子のリボンの色が緑かと思えば赤になったり、青になったりした。こんなに近いのに、顔だけ見えない。リンボは、私の髪の結び目に隠れた。水の中で目を開けているようだけれど、足元はくっきりと見える。

「いいよ、なにしよっか」

 そう返したところ、紫色の腕が女の子の顔を遮った。

「すみません、うちの子が、ついつい。ほら、いくよ」
「うわーん、お姉ちゃーん」

 私は微笑みながら小さく手を振った。きっと母親だ。赤ちゃんを抱っこして、汗もかいているのが分かった。女の子と同じ、ライトアップされた紅茶のような髪の色だけでも、慰めになった。

【あの頃に戻りたいって、誰もが思うものだろ。俺はもう一度、会いたいんだ】

「おーい」

 男の声が今度はこっちに呼びかけてきている。よく見えない顔一つ一つに目を凝らしながら、眉毛の位置や口の辺りを見ていく。

 ひとり、近づいてくる人影があった。声も近づいてくる。彼で間違いない。

「探したぜ、なあ、ちと時間があればなんだけどさ――」

 鼻の当たりを触りながら彼はそう言ってくれた。でも、今は行かなきゃいけないところがある。

「ごめんね、私、ちょっと今忙しくて。ほんと」
「いつならいい?」
「……あー、えっと……次会った時ね!」

 彼は表情を曇らせなかったと思う。わかった、とだけ言い残して、手のひらをこちらに見せてきた。私はガラス細工に触れるみたいにそっと、ハイタッチした。

 次会うならいつになるだろう。顔が見えないから、彼が誰なのか分からなかった。声も聞き覚えがある気がしたが、どれが本当の声かはさっぱりだった。

【そうよ、氷の結晶。その子の魔法、とっても綺麗で】

 坂道を下っていくと、人通りが落ち着いてくるのが分かる。

 尖った屋根が白く光ったり、夕日の色を映したり。高いのか低いのか分からない鐘の音が鳴り響く。窓ガラスがそれに揺らされて騒ぐ。

 私は自分の肩に指を当てて、淡く光る氷の結晶を作り出す。顔の横にゆらゆらと浮かび、暗がりを青い光が照らす。

「見て、おもしろい」

 時計塔を見ながら左に一歩。針が左に動いた。

 右に一歩。針が右に動いた。

 ぐるりと回って針を見ると、十二時は六時になっていた。

 回ったせいか、家の壁から家が生えるようにできている。口ではおもしろいとは言うが、気味悪さもうすうす感じる。

 でも、夢じゃない。首元に感じるリンボのふわふわな毛が、それを示している。

【綺麗だけど、ちょっと、怖い。それを見ると、目がうずうずしてきて。泣き虫な訳じゃないけど、あれは耐えられないよ。こう、引っ張られる感じがする】

 頬に冷たい感触がした。指で触れてみると、水だとわかった。

 はやく見つけないと、と早足で探す。リンボは家や地面、花、空を齧りながら、糸を紡ぎ続けた。その先にあるものを信じて、私は駆けていく。急かす気持ちが足をはやく動かした。

 あった。三つに分かれた道の真ん中に立つ、二階建てで、大きな窓からは見慣れた明かりやランプ。花壇に植えられた花を見ても、間違いない。

 嘘みたいだ。手が震えている。嫌悪感とか、そういうものからじゃなく、嬉しさからだ。

 ドアノブに手を近づけると、まったく同じドアノブが、がたがたと震えながら一つから二つに分裂した。どちらも爪を当てると、こつりと音を立てた。

「これ、慣れないね」

 リンボが触角を回して答えた。ゆっくり、ドアノブをぎゅっと握ると、引き伸ばすような金属音が鳴って、ひとりでに玄関が開いた。

「ただいま……!」

 私の声にこたえるように、奥までドミノみたいに明かりがついた。誰もいないことも分かった。覚えているものとは少し違うということも。ブーツを脱いで整え、体中の埃を手で払ってから、廊下に足を運んだ。踏み固められた雪のようなフローリングがきしんだ。リンボは嬉しそうに飛び回る。

 目で追っているからだろうか。突然現れた街みたいに、ここもめまぐるしく変わっているのか不安になる。確かなのは、外で見た時計塔よりも濃くはっきりとしているということと、足裏でしっかりとここを感じられているということ。

【家の中に、たくさん置かれてた。座って、よく考えた】
【変だと思ったんです。何にも写ってないなんて】
【でも見ているうちに、誰かいたような気がしてくるんだ】

「ただいま……?」

 家具は何も置かれていなかった。ただ、テーブルの上に一切れのパンがあった。

 床は誰かが雑巾で拭いたのか、ランプや天井の骨組みの影がうっすらと見える。

 ここにはこれが、ここにはあれが、と見ているうちに、帰ってきた感じからは遠のいていった。

 この手触り、懐かしい。キッチンに置かれたフライパンを握ってそう思った。でも、棚には何も無かった。

 サッチェルバッグの中から、写真を数枚取り出した。この家の中を撮った写真。見れば見るほど、像が揺れ動く。写っているランプは、本当に光っているみたいだ。

 立っている場所から写した一枚を見て顔を上げると、模様替えしたように、知っている部屋になった。

 足を横にずらすと途端に全部がぼやけて見える。

 色のズレはゆっくりと結ばれていく。

 私がおかしいのか、ここがおかしいのか。リンボの愛おしさが際立った。

【自分ごとみたいに僕の話を聞いてくれた。一緒に泣いてくれた。ひどいよね、僕。その子の名前、出てこないんだ】

 私は宙で指を動かして、黒い蓮の花を喚び出す。花びらひとつひとつからは、藍色の光の筋が走っている。

 心を落ち着かせて、深く息をする。

「がんばるね」

 懐にリンボを隠して、突如現れた、あるはずのない扉を開く。よく知っているドアの見た目のせいか、それが気持ち悪さを強くしている。

 静かに開いて、隙間から覗いてみると、見覚えの全くない廊下が続いていた。

 知っているようで知らない場所。壁も床も家具も、一つ一つに思い入れがある。

 ただ、ここに広がっているのは、そのピースをバラバラにして無理やり繋ぎ合わせた空間だった。

 吸い寄せられるように廊下に入り、扉を閉めた。

【あの子は――優しかった。優しすぎた】

 点滅する電気。ざらざらとした黒ずんだ壁。写真も飾ってある。

 手を滑らせながら、忍び足で歩く。向こうから光が差し込んでいる。

 左右の壁に空気を圧迫され、私は唇を巻いて、袖をずっとつまんでいた。今いる廊下の突き当たりには、リビングと思われる部屋が見える。白いカーテンがクラゲみたいに揺れている。一歩ずつ、床に黙るよう祈りながら進める。

 常に誰かに見られている気がしてならない。影と同化している扉一つ一つ、ドアノブが回らないかを見る。そうして突き当たりにたどり着く。

 かすかに、木の軋む音が聞こえる。息使いもだ。いる。恐る恐る死角からリビングを覗いてみる。

 後ろ姿。体を縛るような空気を出していたのは彼だ。食器棚に反射する顔はよく見えないが険しかった。じっと見ていると手が動いた。たばこを手に取った。カチカチと音がして、鼻をつくにおいが漂いだす。彼が大きく息をするたびに、煙の塊が幽霊みたいに動いて電球に抱きつく。

「――またか」

 椅子に座っていた男は、低い声であきれたように言って立ち上がった。冬の夜のように時間が止まったみたいに静かな空間を、床の叫び声が断つ。

 煙が彼の口から這い出てくる。足がすくむ。

 息を飲んで、私は彼を見るしかなかった。迫ってくる。目をそらせない。いや、どこを見ていいか分からない。
 
 重い足音が近づくたびに心臓が飛び出しそうになっていく。彼はたばこを握りつぶして放り投げた。

 足が床に貼り付いて動けないまま、胸ぐらを掴まれ、男の鬼のような顔が視界を埋めた。

 息が詰まりそう。

 服にしわを集めた力強く大きな手を、自分の細長い指を見て、敵わないと痛感しながら。彼の指の間に爪を突き立てて、はがすようにしたいところだが、まったく歯が立たない。叩いたり、爪で突いたりするも、握る力が強くなるだけだった。

「約束を、守るのが下手だな。……おい、こっちを見ろ」

 見ていられない。そんな目で見て欲しくない。男はため息をつくと私を投げ捨てるように突き放した。床にぶつかる音は、残響を使って室内の空気をより重くした。立ち上がれない。怖くて前を見られない。彼の足が有り得ないほど大きく見える。いつかは終わるんだと、ただそれを繰り返し心の中で唱えた。

「黙ってるからっていい気になりやがって」

 男はそう言って、いきなり足で壁を蹴った。私は声も出なかった。息の音も出すのも怖い。窓からの光が彼を黒く見せていた。

 目が合ってしまった。睨むつもりはなかったのに。影が近づいてくる。髪を鷲掴みにされる。痛くて声が漏れる。

「それが、親に対する態度か?」

 吐き捨てられ、手が放された。震えが止まらない。指先が床を探しても何も掴めない。私は何をしてしまったんだろう。私は何を間違えたんだろう。頭が真っ白になって出てこない。今どうしてこんなことをされているんだろう。男は一歩下がり、見下ろす影を落とした。膝が沈む。

「……ち、ちょっと、話し合――」
「謝りもしないな――」

 そして――

 耳鳴りが止んで、目を開くと、辺りは園庭になっていた。まだじんわりと分厚い手の感触と頭の痛みが残っている。足元が冷たい。視線を下にずらす。泥まみれだ。私は水溜まりに漬かっている。本当に泥なのかを確かめるために水溜まりを撫でてみる。茶色く濁った土のにおい。やっぱりそうだ。

 気持ちをどこにぶつけたらいいのかも分からず、目玉が奥からがらがらと揺さぶられる。

 チャイムの音が鳴っている。行かなきゃ、と思う。足が言うことを聞かない。動いてくれない。

「時間だよ、遅れるぜ」

 向こうから男の子の声が聞こえる。返事をしたいが声を出せない。てんとう虫が泥まみれの膝に飛んでくる。見ているうちにそれはどんどん沈んでいく。出ようと必死にもがいているが、やがて足も動かなくなっていく。

「えー何この子ウケるー」
「きったねぇ。おいおいチビ、なにしてんの?」
「アッハハ!泥んこ遊び?よーちな子ー!」

 だらだら伸びた袖、見せつけるようにお腹を出した服装、しつこいほど音を鳴らして光るアクセサリー。その姿に相応しい雰囲気のにやけた3人組が近づいてきた。さっきと似た怖さがあって何も喋れない。年は見た感じ3歳くらい年上だ。でもありえないくらい大きく見える。ずっと視線を感じるものだから、前を見れなかった。じっと自分の浸かっている水溜まりを眺め、揺れ動く彼らの姿を気にする。

「な、ここでなにしてんの?」

 来た。腰を下ろして私のことを見ている気がする。首をちょっとずつ戻すと、丸い目つきの男のすっとぼけた顔と目が合った。

「じゃ、俺も遊んであげよっか。楽しい?これ」

 舌を転がすような喋り方。背後にいる女二人はずっとコソコソなにか話している。
 黙っていると、男は泥に手を入れて丸めだした。ほらよ、と言い放ち、私の顔目がけてそれを投げてきた。顔半分は多分、汚れてしまった。ざらざらした頬を触って、手に着いたものを見る。人にこんなもの投げられるんだ。胸の奥から何かが間欠泉みたいに噴き上がってくる。

「泣いたらやめてくれるとか思ってんのウケる」

 猿みたいに手を叩きながら笑いだした男は、女二人に向かって手招きした。彼女たちの長い足が音を立てて近づいてくる。口を閉じられない。息が苦しい。

 女二人が笑いながら写真を撮っている。こんな自分が写真に残るなんて考えたくない。

「こっち向いてよー?」

 いやだ。絶対に向かない。どうしてこうなったかをもう一度考えたい。よく考えたい。けれど頭の中はここから離れたい一心で、それどころじゃない。

 隠れていたリンボが飛び出して、彼女らに鱗粉をふりかけ始めた。激しく飛び回って邪魔をしている。

「気持ち悪……なにこの虫!」

 風を切る音と一緒に、リンボが泥へ叩きつけられる。やっと足が少し動く。必死に翅を動かしている。吹き出しそうになっていたものが、ひどく私の内側を揺さぶってくる。リンボを拾って「ごめんね」と言いながら撫でた。

「おいコラ、何してんだてめえら!」
「うわやっべ、ずらかるぞ、ほらほら」

 低い罵声が空気を割った。男は女二人の首に腕をかけて、ヘラヘラと逃げていく。おそらく追い払ってくれた人が、後ろから歩いてくるのがわかる。

 私の手を後ろから、それは掴んできた。首が動く。振り返る。眼鏡をかけた中年の小太りの男だ。這いつくばってなにか言っている。かなり強く掴まれている。彼の息は荒い。園庭は暗くて物が散乱した、少々臭い部屋になっていた。水溜まりに浸かっていたはずの下半身は、いつしか湿気を帯びて重く滑らかなシーツの感触を感じ取っていた。

「な、なあ、もうちょっと近くによってくれていいだろ。なぁ。ははは、はは……助けて、やったんだ、なあ!」

 手首を締め付けてきた。引っ張られる。明らかに危ない予感がする。手元の布につかまって必死に抵抗する。腕毛を見せた男。だらしなく伸びたシャツにベルトを外したズボン。それを見てから、頬が目をつぶすように引きつった。

「ど、どうしてそんなに嫌がるんだぁ!君は、ぼ、僕が必要だって、言ってくれたじゃないかぁ!あぁ!」

 彼は長距離を走ってきたかのように息を切らしている。今度は足を掴まれる。靴下の繊維の隙間に爪を引っかけて引きちぎろうとしてくる。我慢できない。もう誰もこっちに来ないで。来ないで。

 そう願った。重く鋭くその音は響いた。ガラス瓶を一瞬で何百と投げつける勢いで、青い氷が自分の手から迸った。

 男は血走った目のまま凍っている。部屋も半壊してしまった。タンスもキャビネットも、ライトも。目前に広がるのは大きな水晶のような氷塊。家具の破片をのぞかせている。

 何かが流れ込み始めた。耐えられなかったから仕方がない。これに耐えるなんて無理。頑張って自分を慰めてみるが、それはもうダムの役割を果たしてくれなかった。

「ごめんなさい……。無理なの。無理だった……」

 濁流が襲ってくる。見えないけどおぞましい。すべてが涙でできているそれは、私も含めて飲み込み始める。寒い。声が聞こえる。誰の声かは分からない。無理だ。街の人を全員集めて、悲しい話を一斉に聞かされている感じ。死んだ。別れた。無くした。消えた。恨んだ。怒った。

 目を押さえたり、耳を塞いだり、頭を振ったりして、私の周りを漂うものを振り払おうとした。あちこちから割れたり、壊れたりする音。だんだん寒くなってくる。

 気づけば凹凸のない石の壁だけでできた、独房の中。誰もいない。ここから出して。それしか考え出せない。

 良くない言葉がレンガみたいに積み重なって押し寄せてくる。耳を塞いでも聞こえるし、目を瞑っても見えてくる。

 どうしてそんなに嫌いなの?どうしてあなたは死んでしまったの?戻りたい、やり直したい、あんなことしなければ良かった、言わなければ良かった……。

【あの子より忘れたいことなんて山ほどあるのに、ほんと】
【忘れたい】
【死に顔を見たことは?】
【僕がずっとひとりぼっちだった時の話、聞きたい?】
【そんな魔法、あったらいいな】

 覚えていたくない。こんなの背負ってられない。いつか思い出すのが怖い。

 「お願い……。全部、全部。忘れさせて……」

 冷えた鉄の扉を前に、耳を両手で覆って、涙と一緒に呟いた。リンボが私の髪の毛を齧った。

【記憶の墓場。忘却の彼方へ、彼女は消えてしまったのよ】
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