剣客サキュバスは斬首したい ～危険な淫魔はいらないって言ってただろ？ なら俺が彼女を幸せな嫁にするから～

深入り

　今日も今日とて死屍累々ししるいるい。昨日も今日も、淫魔サキュバスは笑いながら屍の山を築き上げる。明日のことなど知らない。今味わえる快感が全て。

　本日のムラクモ・スミレは、新しく発生したというダンジョンに先遣隊として足を踏み入れていた。
　先遣隊といっても一人ソロなのだが。彼女と組むのを怖がる人ばかりで、誰も組んでくれなかったのだ。
　元より他の種族とパーティを組むことは少ないのだが、彼女の場合はなおさらである。

　だが、一人でも通常のダンジョンなら彼女にとっては問題ない。
　全階層に渡って数多のモンスターを全て斬り伏せる実力、持久力。そして命を奪うことに、奪われそうになることに一切の恐怖を見せない異常性。

　彼女が一人でダンジョンに向かうということを知る者はいたが、彼女ならきっと大丈夫だろうと止める者はいなかった。

　しかし今回足を踏み込んだダンジョンは、他のダンジョンと様子が違っていた。

「昆虫系統のモンスターばかり！　これはこれで楽しいですが！」

　――甲殻が硬くて、一撃で勝負を決めにくい！

　鋭い鎌を持った素早いカマキリ型、一度二度の斬撃では死なない耐久性と図体の大きさを持ったダンゴムシ型、何の意味があるのか上空で無駄に鱗粉をばらまくチョウ型。
　そんなモンスターばかりがスミレの前にわらわらと立ちふさがる。戦場に降りてこないチョウは今のところ無視。なぜかチョウだけ襲ってこないので、放っておかれている。

　彼女にとって手間がかかるのはダンゴムシだ。カマキリは鋭く振られる刃をかわして頭部と胴体を切断すればいい。が、転がってくるダンゴムシは急所である頭部が隠れて仕留めづらい。

　さらに、頭部や心臓を貫くか再生が追いつかない速度で切り刻まなければ、傷口から泡を吹き出してすぐに甲殻を修復するのだ。

　力ではなく速さを活かした手数の多さを得意とする彼女にとっては、この上なくうざったい。それに、死んだ事がわかりづらくて彼女は命を奪った快感を得づらい。

　それらをやっと全てを切り伏せたと思ったら、奥から転がってくるさらに大きなダンゴムシ。
　疲労困憊ひろうこんぱいというわけではないが、彼女は面白くないと呆れ顔になった。

「あれは骨が折れそうですわね。なら――」

　彼女は背中から悪魔らしき黒い翼と細い尾を一瞬で展開し、強靭に羽ばたくと同時に、地面を蹴り上げて上空に飛び上がる。
　目にも留まらぬ速さでダンジョンの天井に接近し、逆さ吊りになるように両足を天井につける。

　――上空からの落下速度も乗せた、急所への刺突！

　天井を蹴り雷の如く、自身の数倍の体格を持つダンゴムシ型のモンスター目掛け、刀を突きだして突撃。

　見事にその切っ先は甲殻を貫いて深々と突き刺さり、衝撃とダンゴムシの重量が合わさって地面にクレーターができる。
　体内に循環する魔力を使った身体強化を伴った一撃だ。強烈である。

　ダンゴムシは中に閉まっていた足をピンと外に伸ばして痙攣し、完全にその動作を停止した。

「仕留めましたわ。この方法で命を奪うのもなかなかの――！？」

　刺した箇所がボコボコと音をたてて泡立つ。昆虫独特の生命力と神秘をもって、泡から甲殻を再生しようとしている。

　必殺の一撃は、急所シンゾウからわずかに離れていた。止めを刺したと錯覚していたスミレは、その泡から刀を抜くのが遅れる。仕留めたと思ったらすぐに刀を引き抜くべきだった。
　
　――抜けなっ……？

　ダンゴムシがじたばたともがき、丸いフォルムを解いて大暴れする。その変形の衝撃や揺れに対応できず、スミレは刀から手を離してしまい地面へと落下した。

「きゃっ！？」

　――やられる！？

　刀を手放したスミレは無防備だ。背中に刀が刺さったままではあるが、巨体のダンゴムシに素手で勝てるわけがない。重量級のボディに押しつぶされれば死ぬかもしれない。

　死ぬなら、愛刀を持ったまま死にたかったとやや後悔。自分の命など大切ではないが、やはり生命本能というものか。スミレは襲いかかる衝撃に耐えるように防御の姿勢をとった。

　しかし、ダンゴムシがスミレに襲い掛かることは無かった。

　何事かと注意深く観察してみれば、ダンゴムシはびくびくと痙攣けいれんを繰り返してその場でうずくまるだけであった。
　心臓近くの部分は修復できないのか、まともにその場から動くことができないようだ。

　少しの時間が経つと、もう一度全ての足をピンと伸ばして、ぐたりと事切れた。

「なぁんだ、死にぞこないでしたの」

　ふぅ、と軽くため息。残るは上空で羽ばたく大きなチョウの群れ。
　カマキリやダンゴムシと戦っている間も滞空していただけなので、放っておいても害はないモンスターかもしれない。

　さっさとどうにかして巨大なダンゴムシの背中から刀を抜き、今日の所はダンジョンを出ようとスミレは起き上がろうとした。
　対面すると面倒なダンゴムシが多く、ダンジョンコアを壊すためには一人では無理かもしれないと判断したためだ。

　だが……。

「あら？」

　腕が動かない。

　じんじんとした痺れが肩から指先まで広がり、うまく動かすことができない。地面に手をつこうとするが、力なく崩れて地面にまた寝そべってしまう。

　骨折か脱臼をした？　いや、ダンゴムシの背中から落ちた時には最低限の受け身を取ったため、彼女はどこも怪我などしていない。肉体に異常は無いはずだ。

　気づけば腕だけではなく、足も動かない。戦っている時の興奮で気づかなかったのか、息も苦しい。

　――なぜ？　まるで痺れ薬でも飲まされたような？　痺れ……薬？

　はっと見上げる。多数のチョウがまき散らす鱗粉。戦場に散るあれに、体を麻痺させる効果があったと考えられる。
　何より巨大ダンゴムシを仕留めるために、彼女は天井近くへの空中へと一度舞い上がった。多量の鱗粉を吸い込んでいる。

　遅効性の痺れ薬。狂暴なカマキリやダンゴムシと戦い終わっても、気づけば鱗粉で動けなくなっているという二重の構え。それがここで彼女に牙を剥いた。

　――力が入らなければ刀の回収は無理ですわね。惜しいですが。

　数々の戦場を共に戦ってきた愛刀をこの場に置いていくのは惜しい。だが、今の力ではダンゴムシの背中から刀を抜けない。

　力が戻った後にもう一度来ればよい話である。彼女が刀を無くすほどのダンジョンだと知れば、他の冒険者はそう簡単に手を出さないだろう。取られる心配は恐らく無い。

　――幸い、モンスターは全て仕留めたはずですわ。なんとかチョウが舞うこの広場から離れないと。

　次の快楽のために、次の愉悦のために、次の斬殺のために。彼女はなんとか力を出し切り、地面を這ってその場から離脱しようとする。

　だが、それを待っていたと言わんばかりに、数匹のチョウが弱った体を目掛けて降りてくるのだった。