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救いの後で
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まぶたの向こうに光を感じ、ムラクモ・スミレはゆっくりと覚醒した。
ぼんやりとゆらいだ視界にまず浮かんだのは、清潔さを感じさせる白い天井。
周りを見てみれば、解毒剤でも入っているのかという容器と、それを通す管を腕につないでいる様子が映った。
どうやら自分は、あの白髪で体格のいい剣士に助けられたのだと彼女は理解した。
周りに誰もいないということは、それなりに長い時間寝ていたのであろう。
「そうですの……わたくし、助けられたのですね」
偶然かはたまた待っていたのか、病室の扉が開かれる。入ってきたのはスミレを救った白髪の剣士だった。
着る必要が無いためか今は鎧を脱いでおり、数個の果実が入った紙袋を手にしている。亜麻の服と紺色に染められたズボンという格好だ。
起きていたスミレを一目見て一瞬目を見開き、軽く一礼。そのまま彼女がいるベッドに近づき、近くにある丸椅子へと腰かけた。
「回復が早いな」
「ふふっ、遅かった方がもしかして都合が良かったのですか?」
「冗談を言わないでくれ。まるで俺がアンタの体を狙っているみたいに」
んんっ、と咳払いしてから剣士は顔を赤くして答えた。女性にからかい慣れていないらしい。
「体も何も、わたくしはただ『都合が良かったか』としか問いかけてませんが」
――あら、渋い顔つきですがなかなか可愛いですわね。
弄んだ様子が可愛らしいとスミレはくすくす笑う。白髪の剣士はそれに対して、困ったような顔を浮かべることしかできなかった。
「ああ、助けていただいたのにからかうのは失礼ですわね。まずは、危なき所で命を救っていただきありがとうございます」
スミレは正座の体勢になり、三つ指をついた丁寧なお辞儀をした。身を起こした後、少々面食らった様子の剣士へにこりと微笑む。
剣士が驚いたのは、淫魔である彼女があまりにも丁寧なお礼をして、かつ礼儀正しい言葉遣いをしたからだ。
「わたくしムラクモ・スミレと申します。東国の果て出身の……まぁ翼や尻尾を見ての通り、種族としては悪魔ですわね。あなたは?」
「俺は……クラウスだ。単にクラウスでいい」
渋い顔つきに淡泊な名前。冒険者にしては物静かな佇まい。スミレのクラウスへの第一印象はそう悪くは無かった。
「ではクラウスさんでいいですわね? 短い間かもしれませんが、以後よろしくお願い致します」
もう一度ぺこりとお辞儀。つられるようにクラウスもお辞儀し返した。彼の生真面目さが見て取れる。
そして現状の確認や自己紹介が終わって、ようやく自身の状態を確認する余裕ができたのか、彼女は紫の刀身を持つ刀をダンジョンに置いてきてしまったことを思い出した。
「はぁ……愛刀、あのダンジョンに置いてきてしまいましたわ。いずれ取りに行かないと」
また飛び込むなど危険だと、クラウスは今にも立ち上がるような勢いで彼女がしようとすることを止めにかかる。
「危険だ。あの新しいダンジョンは危険度Aと判断された。アンタが今ここに無事に帰ってきているのが不思議なくらいの場所だぞ。また一人で向かうのはやめておいた方がいい」
この世界では、大地に突如としてダンジョンが発生する。放っておけばモンスターが中からあふれ出すので、構築されたダンジョンは定期的にモンスターを狩るか、ダンジョンコアを壊して潰さなければいけないのだ。
そのために冒険者たちや国は協力し合う組織『ギルド』を作って、ダンジョンの危険度評価や新しく構築されたダンジョンの調査、または破壊を冒険者に依頼している。
今回、スミレがあわやというところで救助されたダンジョンは、彼女達が帰還してから危険度Aと判定された。
どれほどの危険かと言えば、ダンジョンの破壊を一任されるほどの名うての冒険者達が、国からの依頼であっても簡単には承諾しないほどの危険度である。
つまり、駆け出しや中堅では生きては帰ってこれないような場所。
そこに一人で乗り込んでいった意気揚々と入っていったスミレは異常であるし、それを追って一人で支援しに行ったクラウスも異常である。
「それでもあれは長年使ってきた愛刀ですので。まずはそれまでの代わりの刀ですわね。呪文の札も使用した分、いえ、空中に群がるチョウを燃やす分だけ買いそろえないと。少々の息苦しさは感じそうですが、鱗粉対策にも特製のマスクを……」
「……ならば、俺も行く」
「はい? なぜ?」
「一人では無理がある。現にアンタは今ここにいる」
数多の冒険者が近づきたくない危険度Aのダンジョンに、付き添いで行く。他の仲間も呼べばいいものの、クラウスは一人でスミレを支援するつもりらしい。
果たしてそこまでする義理があるのかと、スミレは首を傾げた。二度も助けてもらう理由など彼女にはない。
「危険度Aと自分で言いましたよね? あのチョウの苗床となるのは嫌ですが、わたくし自分の命自体は惜しくないので。わたくしが愛刀を取りに行くだけですし、命をかけて付き合う必要はありませんわ」
「命を救ったのに、また投げ出そうとするのは困る」
強い意志をもって、クラウスは真正面からスミレの目をしっかりと見た。
せっかく助けた命を無駄にされるのが不快というよりは、純粋に彼女の命を心配している眼差しであった。
「失礼ですが、私達どこかで出会ったことがありまして?」
「……直接話したことは、ない。俺が以前アンタの戦う姿を遠目で見たことあるだけだ」
「それだけ? それだけでわたくしに付き添うと?」
「そうだ。それに、俺は英雄だからな」
英雄だからな。そこだけはまるで子供みたいな言い草。恐らく何を言ってもこの男はダンジョンに付いてくるだろうと、スミレは折れた。
「はぁ……まぁ好きにしてくださいまし。でも命の保証はしませんし、あなたが危機に陥った時救えるとも限りませんわ」
「かまわない」
「……変なの」
小声でつぶやく。印象が淡泊で冷静な剣士から変人にシフト。自分に対して恋心でも抱いているのかと彼女は勘ぐった。
ただ、変人であったとしても彼女の命を救った恩人であることは確かだ。
何らかのお礼はしなければなるまいと、スミレはあれこれ男性が喜びそうなことを頭に浮かべた。
「必要なものを買い揃えるついでに、あなたにお礼をしなければなりませんわね。……ふふっ、あなたが普段寝泊まりしている宿と、その部屋番号を教えてくださいます?」
「宿を? お礼?」
「くすくす。淫魔のお礼、気になりませんか?」
思わせぶりな態度。楽しむかのようにゆらゆらと揺れるスミレの黒いハート形の尻尾。
上目遣いと、少々かがんだ姿勢によって目立つ胸の深い谷間に、もう一度クラウスはたじろぐのだった。
ぼんやりとゆらいだ視界にまず浮かんだのは、清潔さを感じさせる白い天井。
周りを見てみれば、解毒剤でも入っているのかという容器と、それを通す管を腕につないでいる様子が映った。
どうやら自分は、あの白髪で体格のいい剣士に助けられたのだと彼女は理解した。
周りに誰もいないということは、それなりに長い時間寝ていたのであろう。
「そうですの……わたくし、助けられたのですね」
偶然かはたまた待っていたのか、病室の扉が開かれる。入ってきたのはスミレを救った白髪の剣士だった。
着る必要が無いためか今は鎧を脱いでおり、数個の果実が入った紙袋を手にしている。亜麻の服と紺色に染められたズボンという格好だ。
起きていたスミレを一目見て一瞬目を見開き、軽く一礼。そのまま彼女がいるベッドに近づき、近くにある丸椅子へと腰かけた。
「回復が早いな」
「ふふっ、遅かった方がもしかして都合が良かったのですか?」
「冗談を言わないでくれ。まるで俺がアンタの体を狙っているみたいに」
んんっ、と咳払いしてから剣士は顔を赤くして答えた。女性にからかい慣れていないらしい。
「体も何も、わたくしはただ『都合が良かったか』としか問いかけてませんが」
――あら、渋い顔つきですがなかなか可愛いですわね。
弄んだ様子が可愛らしいとスミレはくすくす笑う。白髪の剣士はそれに対して、困ったような顔を浮かべることしかできなかった。
「ああ、助けていただいたのにからかうのは失礼ですわね。まずは、危なき所で命を救っていただきありがとうございます」
スミレは正座の体勢になり、三つ指をついた丁寧なお辞儀をした。身を起こした後、少々面食らった様子の剣士へにこりと微笑む。
剣士が驚いたのは、淫魔である彼女があまりにも丁寧なお礼をして、かつ礼儀正しい言葉遣いをしたからだ。
「わたくしムラクモ・スミレと申します。東国の果て出身の……まぁ翼や尻尾を見ての通り、種族としては悪魔ですわね。あなたは?」
「俺は……クラウスだ。単にクラウスでいい」
渋い顔つきに淡泊な名前。冒険者にしては物静かな佇まい。スミレのクラウスへの第一印象はそう悪くは無かった。
「ではクラウスさんでいいですわね? 短い間かもしれませんが、以後よろしくお願い致します」
もう一度ぺこりとお辞儀。つられるようにクラウスもお辞儀し返した。彼の生真面目さが見て取れる。
そして現状の確認や自己紹介が終わって、ようやく自身の状態を確認する余裕ができたのか、彼女は紫の刀身を持つ刀をダンジョンに置いてきてしまったことを思い出した。
「はぁ……愛刀、あのダンジョンに置いてきてしまいましたわ。いずれ取りに行かないと」
また飛び込むなど危険だと、クラウスは今にも立ち上がるような勢いで彼女がしようとすることを止めにかかる。
「危険だ。あの新しいダンジョンは危険度Aと判断された。アンタが今ここに無事に帰ってきているのが不思議なくらいの場所だぞ。また一人で向かうのはやめておいた方がいい」
この世界では、大地に突如としてダンジョンが発生する。放っておけばモンスターが中からあふれ出すので、構築されたダンジョンは定期的にモンスターを狩るか、ダンジョンコアを壊して潰さなければいけないのだ。
そのために冒険者たちや国は協力し合う組織『ギルド』を作って、ダンジョンの危険度評価や新しく構築されたダンジョンの調査、または破壊を冒険者に依頼している。
今回、スミレがあわやというところで救助されたダンジョンは、彼女達が帰還してから危険度Aと判定された。
どれほどの危険かと言えば、ダンジョンの破壊を一任されるほどの名うての冒険者達が、国からの依頼であっても簡単には承諾しないほどの危険度である。
つまり、駆け出しや中堅では生きては帰ってこれないような場所。
そこに一人で乗り込んでいった意気揚々と入っていったスミレは異常であるし、それを追って一人で支援しに行ったクラウスも異常である。
「それでもあれは長年使ってきた愛刀ですので。まずはそれまでの代わりの刀ですわね。呪文の札も使用した分、いえ、空中に群がるチョウを燃やす分だけ買いそろえないと。少々の息苦しさは感じそうですが、鱗粉対策にも特製のマスクを……」
「……ならば、俺も行く」
「はい? なぜ?」
「一人では無理がある。現にアンタは今ここにいる」
数多の冒険者が近づきたくない危険度Aのダンジョンに、付き添いで行く。他の仲間も呼べばいいものの、クラウスは一人でスミレを支援するつもりらしい。
果たしてそこまでする義理があるのかと、スミレは首を傾げた。二度も助けてもらう理由など彼女にはない。
「危険度Aと自分で言いましたよね? あのチョウの苗床となるのは嫌ですが、わたくし自分の命自体は惜しくないので。わたくしが愛刀を取りに行くだけですし、命をかけて付き合う必要はありませんわ」
「命を救ったのに、また投げ出そうとするのは困る」
強い意志をもって、クラウスは真正面からスミレの目をしっかりと見た。
せっかく助けた命を無駄にされるのが不快というよりは、純粋に彼女の命を心配している眼差しであった。
「失礼ですが、私達どこかで出会ったことがありまして?」
「……直接話したことは、ない。俺が以前アンタの戦う姿を遠目で見たことあるだけだ」
「それだけ? それだけでわたくしに付き添うと?」
「そうだ。それに、俺は英雄だからな」
英雄だからな。そこだけはまるで子供みたいな言い草。恐らく何を言ってもこの男はダンジョンに付いてくるだろうと、スミレは折れた。
「はぁ……まぁ好きにしてくださいまし。でも命の保証はしませんし、あなたが危機に陥った時救えるとも限りませんわ」
「かまわない」
「……変なの」
小声でつぶやく。印象が淡泊で冷静な剣士から変人にシフト。自分に対して恋心でも抱いているのかと彼女は勘ぐった。
ただ、変人であったとしても彼女の命を救った恩人であることは確かだ。
何らかのお礼はしなければなるまいと、スミレはあれこれ男性が喜びそうなことを頭に浮かべた。
「必要なものを買い揃えるついでに、あなたにお礼をしなければなりませんわね。……ふふっ、あなたが普段寝泊まりしている宿と、その部屋番号を教えてくださいます?」
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