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第十六章 おっさん、おっさんに驚愕す

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 ぶろん。

 大排気量のエンジンは、威嚇するように一つ咆哮してから沈黙した。


「さて……そこで何をしているのでしょうか?」


 重々しいドアの音と共に降りてきたのは痩身の初老の男だった。
 その顔は逆光で見えない。

 だが、私にはその声の主が咄嗟に脳裏に浮かんでいた。


「もしかして……龍ヶ峰さん……ですか?」

「ええ。たまたま通りがかったら、見知った顔を見かけましたので。で、これは?」

「うるせぇ! てめえも邪魔しやがったら――!」


 金髪の少年は突然の乱入者の登場に慌てたように、さかんに手の中のバタフライナイフを右へ左へと向けて威嚇する。が、龍ヶ峰さんはそれをちらりと一瞥しただけで視線を反らし、ゆっくりと私と加護野君の方へと歩み寄ってきた。


「少しばかり面倒なことになっているようですね」

「ええ。まあ」


 返す言葉が見つからない。


「喧嘩はしたくないので、普通に帰りたいんですけどね。そういう訳にもいかなくって」

「成程。それは困りましたね」


 くく、と押し殺した声が聴こえてきた。まったくこの状況で笑えるなんて、やはり龍ヶ峰さんは只者ではない。頭に血が昇った相手が目の前にいるというのに、火に油である。だが、まるで気にしていない様子だ。振り返って居並ぶ面々を眺め、金髪の少年に向けて告げた。


「見たところ、君がリーダーですか?」

「だ、だったら何だってんだよ!」

「では……君がナイフを収めてくれれば終わりですね。違いますか?」

「やってみろよ! あぁん!?」



 ちゃきり。



「あれで刺されたら痛そうですねえ」

「あ、当たり前ですよ。呑気なこと、言ってる場合じゃないんですよ、龍ヶ峰さん」


 それでも龍ヶ峰さんの笑みは少しも揺るがない。金髪の少年と一定の距離を保ったまま、さり気ない所作で乗ってきた車の方へと向かう。そして、皆が茫然と見守る中、トランクルームの中からあるものを取り出した。


「これが一本あれば丁度良いでしょうね」



 それは、いつもの木の剣である。



「お、おい! て、てめえ、武器持ち出すとかとか汚ねえぞ!」

「ナイフを突き付けている側が言う科白じゃないでしょう。それにこれはただの木の剣です」

「――!」

「おや……? どうしました? 怖くなってきましたか?」


 龍ヶ峰さんの微笑みが、ぞっ、とするほど冷たいものに変じた。


「いいんですよ、引いても。それでもやると言うのなら、加減はしません。何せこの二人は、私たちの大事な同士であり仲間です。それを守る為であれば……こちらも全力でいきますよ」

「う……っ!」


 金髪の少年は一瞬躊躇したが、


「うるぁっ!」


 一声吼えて、ナイフで鋭く虚空を引き裂いた。
 次の瞬間――。



 と……ん。



 風に揺れる柳のように滑らかな動きで龍ヶ峰さんはそれを難なく躱し、手にした木の剣で、ちょこり、と十分に加減した一撃で金髪の少年の脇腹を突いた。


「ん……ぐっ!?」

「まずは一回です」



 ひゅばっ!!
 と……ん。



 闇雲に振り回されたナイフから距離を置き、さらに左肩に剣先で触れる。


「これで二回です」



 ひゅばっ!!
 と……ん。



 十分に狙いすましても結果は変わらない。
 追い打ちとばかりに首筋に剣先で触れた。


「これで三回です。さて……まだやりますか? もう良いでしょう」

「う、うるせえ!」


 こうも散々コケにされては面子も何もない。ぜいぜいと肩で息を吐き、顔を真っ赤にして血走った目で睨み付けている。それを見、龍ヶ峰さんはくるりと振り返ると、加護野君に手の中の木の剣を手渡してそっと握らせた。


「では、私の代わりに相手をしてあげてください、加護野君。今度は剣を持った手を正確に狙うこと――できますか? くれぐれも酷い怪我はさせないようにお願いします」

「分かりました。やれます」



 ひゅばっ!!
 ぴしり!



 狙いすました一撃で、金髪の少年の手からナイフは消え、くるくると宙を舞う。


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