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第十七章 おっさん、秘密を共有する
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「糞っ!」
金髪の少年はいまだ痺れる手を押さえ、蹲るようにして憎々し気に私たちを見上げていた。
「てめえら……おっさんどもが餓鬼の喧嘩に手ぇ出して……汚えぞ! 俺のじいさんはな、この界隈を仕切ってるヤクザなんだぜ!? どうなるか分かってんだろうな、あぁ!?」
さすがにその一言で私は思わず、ぎょっ、としてしまった。不良高校生くらいならまだ何とかできたとしても、相手が筋モノとなると冗談事では済まされない。それでも龍ヶ峰さんは何処吹く風といった素振りで気にも留めていない様子だった。
「はぁ……今度は身内の自慢ですか。実に君はつまらない。結局、君は自分一人では何もできないのでしょうね。ほら、後ろを見てご覧なさい。皆、君の無様な姿に呆れていますよ?」
言われた金髪の少年はそうした。
すると、次々視線が逸らされていくのが分かる。
ぎり、と悔しさが堪え切れず歯噛みする。
「あとですね――」
あ、と言う間もなかった。
一歩踏み出した龍ヶ峰さんは、止める間もなくいまだ立ち上がれずにいる金髪の少年すぐそばまで近寄ると、身を屈めて耳元で何やら囁いた。だが、私たちには何も聴こえない。
「……は? 何だって?」
「良いんです。そのまま、今聞いたままを君のお爺様に伝えなさい。そうすれば分かります」
それだけだった。
龍ヶ峰さんは一転破顔し、私と加護野君に向けて言った。
「二人とも、無事で良かった! さあ、帰るとしましょうか」
そして、私たちは無事にそれぞれの家まで帰り着くことができたのだった。
次の木曜日のことだ。
少しばかり心配になっていたが、加護野君はいつものようにいつもの時間に姿を見せた。だが、何故か落ち着かない様子で、きょろきょろと辺りを見回している。そして私を見つけた。
「あ! て、寺崎さん! ちょっといいですか?」
「え、なになに?」
加護野君に忙しなく手招きされるがままに『会議室A』を出て、廊下の先の人気のないところまで連れていかれる。一体どうしたというのだろうか。
「あのですね……今日、変なことがありまして」
「もしかして、またこの前の連中かい?」
「い、いや! まあ、そうっちゃそうなんですけども……」
妙に歯切れが悪い。
「何かされちゃった? 大丈夫?」
「その逆なんですよ! 帰ろうと校門を出たところで、あの金髪のあいつがいて――!」
加護野君から聞いた話を総合するとこうだ。
何故か丸坊主にされてしまったあのリーダー格の少年が一人で待っていて、加護野君を呼び止めるや、いきなり謝ってきたのだと言う。加護野君も不思議に思って、何故か、と何度か尋ねたらしいが、渋りに渋った挙句、結局理由らしきものは一切口に出さなかったらしい。
「うーん」
「まあ、これ以上、付き纏われたりってこともなくなったので、僕は良いんですけど」
それは同意見だ。
だが――。
「これってやっぱり、あの時龍ヶ峰さんが囁いた一言のせいですよね……?」
「だね。きっと」
私と加護野君は、そおっと『会議室A』の方を盗み見た。すると、まるでそれを予期していたかのように、ひょこり、と龍ヶ峰さんの顔が覗き、私たちに向かってにこやかに告げた。
「さあ、本日の活動を始めますよ。集まってくださいね」
……やっぱりあの人は謎だらけだ。
ただでさえ常人離れしているのに、この上、未来予知の能力まで備わっているのだろうか。
「……」
「……」
思わず二人、顔を見合わせて引き攣った笑いを浮かべるのがやっとの有様だった。
「あ、あのさ、加護野君?」
「何ですか?」
「あ……あの夜のことは秘密にしておこうよ。良いね?」
「で、ですね。僕もその方が良いと思いました」
興味がないと言えば嘘になるが、真実を知ってしまう方がはるかに恐ろしいのではないか、と私も加護野君もその時思ってしまったのだ。触らぬ神に祟りなしという奴である。
「じ、じゃ、行こうか」
「は、はい。行きましょう」
何処かぎくしゃくした足取りで『会議室A』に揃って向かう。
「はい、集まりましたね。では、本日もよろしくお願いします――」
サークル活動が終わるまでの間、私の心臓はずっとどきどきしっ放しだった。
金髪の少年はいまだ痺れる手を押さえ、蹲るようにして憎々し気に私たちを見上げていた。
「てめえら……おっさんどもが餓鬼の喧嘩に手ぇ出して……汚えぞ! 俺のじいさんはな、この界隈を仕切ってるヤクザなんだぜ!? どうなるか分かってんだろうな、あぁ!?」
さすがにその一言で私は思わず、ぎょっ、としてしまった。不良高校生くらいならまだ何とかできたとしても、相手が筋モノとなると冗談事では済まされない。それでも龍ヶ峰さんは何処吹く風といった素振りで気にも留めていない様子だった。
「はぁ……今度は身内の自慢ですか。実に君はつまらない。結局、君は自分一人では何もできないのでしょうね。ほら、後ろを見てご覧なさい。皆、君の無様な姿に呆れていますよ?」
言われた金髪の少年はそうした。
すると、次々視線が逸らされていくのが分かる。
ぎり、と悔しさが堪え切れず歯噛みする。
「あとですね――」
あ、と言う間もなかった。
一歩踏み出した龍ヶ峰さんは、止める間もなくいまだ立ち上がれずにいる金髪の少年すぐそばまで近寄ると、身を屈めて耳元で何やら囁いた。だが、私たちには何も聴こえない。
「……は? 何だって?」
「良いんです。そのまま、今聞いたままを君のお爺様に伝えなさい。そうすれば分かります」
それだけだった。
龍ヶ峰さんは一転破顔し、私と加護野君に向けて言った。
「二人とも、無事で良かった! さあ、帰るとしましょうか」
そして、私たちは無事にそれぞれの家まで帰り着くことができたのだった。
次の木曜日のことだ。
少しばかり心配になっていたが、加護野君はいつものようにいつもの時間に姿を見せた。だが、何故か落ち着かない様子で、きょろきょろと辺りを見回している。そして私を見つけた。
「あ! て、寺崎さん! ちょっといいですか?」
「え、なになに?」
加護野君に忙しなく手招きされるがままに『会議室A』を出て、廊下の先の人気のないところまで連れていかれる。一体どうしたというのだろうか。
「あのですね……今日、変なことがありまして」
「もしかして、またこの前の連中かい?」
「い、いや! まあ、そうっちゃそうなんですけども……」
妙に歯切れが悪い。
「何かされちゃった? 大丈夫?」
「その逆なんですよ! 帰ろうと校門を出たところで、あの金髪のあいつがいて――!」
加護野君から聞いた話を総合するとこうだ。
何故か丸坊主にされてしまったあのリーダー格の少年が一人で待っていて、加護野君を呼び止めるや、いきなり謝ってきたのだと言う。加護野君も不思議に思って、何故か、と何度か尋ねたらしいが、渋りに渋った挙句、結局理由らしきものは一切口に出さなかったらしい。
「うーん」
「まあ、これ以上、付き纏われたりってこともなくなったので、僕は良いんですけど」
それは同意見だ。
だが――。
「これってやっぱり、あの時龍ヶ峰さんが囁いた一言のせいですよね……?」
「だね。きっと」
私と加護野君は、そおっと『会議室A』の方を盗み見た。すると、まるでそれを予期していたかのように、ひょこり、と龍ヶ峰さんの顔が覗き、私たちに向かってにこやかに告げた。
「さあ、本日の活動を始めますよ。集まってくださいね」
……やっぱりあの人は謎だらけだ。
ただでさえ常人離れしているのに、この上、未来予知の能力まで備わっているのだろうか。
「……」
「……」
思わず二人、顔を見合わせて引き攣った笑いを浮かべるのがやっとの有様だった。
「あ、あのさ、加護野君?」
「何ですか?」
「あ……あの夜のことは秘密にしておこうよ。良いね?」
「で、ですね。僕もその方が良いと思いました」
興味がないと言えば嘘になるが、真実を知ってしまう方がはるかに恐ろしいのではないか、と私も加護野君もその時思ってしまったのだ。触らぬ神に祟りなしという奴である。
「じ、じゃ、行こうか」
「は、はい。行きましょう」
何処かぎくしゃくした足取りで『会議室A』に揃って向かう。
「はい、集まりましたね。では、本日もよろしくお願いします――」
サークル活動が終わるまでの間、私の心臓はずっとどきどきしっ放しだった。
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