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第8話 隣の芝生は青く、乱入者は突然に at 2021/03/30
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(――ああ、もうダメだ)
耐え難い頭の疼きと不快なまでの酩酊感。ぐわんぐわんと景色がまわり出し、きいん、と甲高い耳鳴りがしはじめて、周囲の音や声がぼやけて次第に不明瞭になっていく。額の中心で産声をあげた名状しがたい異物感を押し潰そうとぐぐっと眉を寄せて力をこめてみるが、それはなくなるどころか大きくなる一方で、胃の奥から熱いマグマのような塊がこみあげてくる。
「やっぱ学生時代にちゃんと努力してた奴は、いい人生が送れるんだよな。失敗したわー!」
「あー、あの頃古ノ森クンに告っておけばよかったなー? 見た目も四〇歳には見えないし」
楽しげに、嬉しそうに話しかけてくるこいつらは一体なんなんだ?
こいつらに、一体俺の何がわかるって言うんだ。
何も――何も知らないくせに。
そう、あの頃だってそうだった。
勉強ができて、頭が良くってうらやましい? 俺は、無軌道で馬鹿で将来のことなんてこれっぽっちも考えていなかったお前らの方がはるかにうらやましかった。気になる女の子とくっついたり別れたり、安っぽいメロドラマのさらに陳腐なコピー品みたいな青くて甘酸っぱい日々を謳歌していたお前らの方が、いつも楽しそうで幸せそうだったじゃないか。違うか?
勉強しておけば、頭が良ければいい人生を送れる? だったら今の俺はなんなんだ? 今この場所で残り滓みたいなプライドにすがりついて、今にも吐きそうな不快感をおくびにも出さずにあやふやな形ばかりの愛想笑いをふりまいているだけの俺の人生は、いい人生だって心から思えるのかよ? 当の俺自身が、この先も生きてゆくことにもううんざりしてるってのに。
「――で、――じゃん?」
「――よな。――だよ!」
(やめろ……もう、やめてくれ……!)
恥も外聞もなく頭を抱え、その場に丸く縮こまってうずくまりそうになったその瞬間だった。
「――もう! だからっ! あらしもこの同窓会の招待客なんらっていってるじゃないっ!」
小山田が宴に加わっているところをみると、会が始まってからはホテルの従業員に受付を任せたのだろう。なにやら揉め事が起きているらしい。ひどく機嫌を損ねた女のヒステリックな叫び声だけが届いてくる。やがて受付に一番近い扉が開け放たれて、一人の女が姿を現した。
「らんらの、すっごくやな感じっ! どんな格好してこようが、あらしの勝手じゃないっ!」
が、居並ぶ同級生たちから女へと注がれる視線は、たちまちとまどいと嫌悪に染まった。長年使い古してすり切れ、ところどころ毛玉の浮いた薄灰色のジャージ上下に身を包み、足元はかつては鮮やかなピンクだったらしいくすんだ色に劣化したクロックスを履いている。日々温かさを増す季節には不釣り合いな黒のベンチコートが彼女の様相の異様さをさらに倍増させていた。
「え……え……? 何?」
「は? 何キョドってんの、天音? あらしのこと、忘れたわけらないでしょうねー!?」
思わずこぼれて出てしまったひとりごとを、伸び放題で顔の造作をすっぽり覆い隠しているブラシもロクに通してなさそうな長髪の奥から拾い上げると、その女は桃月に向けて名指しで問いかけた。怯えてあとずさる桃月に、一切の加減も遠慮も容赦もなく女は近づいていく。
「何、あんたらちその目は? ケンタにはぐいぐい行くろに、このあらしは無視ってこと?」
しん……と不穏なまでに静まり返ったホールの中で、たぶん俺一人だけだったのだろう。俺――古ノ森健太を『ケンタ』と懐かしい呼び名と声で呼ぶ、彼女の正体に気づいたのは。
「まさか……広子なのかよ!? お、おい、お前! なんでまた、そんなひどい有様で……」
「はぁ? ケンタのくせにこの広子様に意見しようってのね? やったろうじゃないのさ!」
他の皆が一様に彼女から距離をとって離れようとする中、近づいたのは俺一人だけだった。
「ぐっ、酒臭……っ。お前、相当酔ってるな? 悪ぃ、ちょっとコイツの酔い覚ましてくる!」
耐え難い頭の疼きと不快なまでの酩酊感。ぐわんぐわんと景色がまわり出し、きいん、と甲高い耳鳴りがしはじめて、周囲の音や声がぼやけて次第に不明瞭になっていく。額の中心で産声をあげた名状しがたい異物感を押し潰そうとぐぐっと眉を寄せて力をこめてみるが、それはなくなるどころか大きくなる一方で、胃の奥から熱いマグマのような塊がこみあげてくる。
「やっぱ学生時代にちゃんと努力してた奴は、いい人生が送れるんだよな。失敗したわー!」
「あー、あの頃古ノ森クンに告っておけばよかったなー? 見た目も四〇歳には見えないし」
楽しげに、嬉しそうに話しかけてくるこいつらは一体なんなんだ?
こいつらに、一体俺の何がわかるって言うんだ。
何も――何も知らないくせに。
そう、あの頃だってそうだった。
勉強ができて、頭が良くってうらやましい? 俺は、無軌道で馬鹿で将来のことなんてこれっぽっちも考えていなかったお前らの方がはるかにうらやましかった。気になる女の子とくっついたり別れたり、安っぽいメロドラマのさらに陳腐なコピー品みたいな青くて甘酸っぱい日々を謳歌していたお前らの方が、いつも楽しそうで幸せそうだったじゃないか。違うか?
勉強しておけば、頭が良ければいい人生を送れる? だったら今の俺はなんなんだ? 今この場所で残り滓みたいなプライドにすがりついて、今にも吐きそうな不快感をおくびにも出さずにあやふやな形ばかりの愛想笑いをふりまいているだけの俺の人生は、いい人生だって心から思えるのかよ? 当の俺自身が、この先も生きてゆくことにもううんざりしてるってのに。
「――で、――じゃん?」
「――よな。――だよ!」
(やめろ……もう、やめてくれ……!)
恥も外聞もなく頭を抱え、その場に丸く縮こまってうずくまりそうになったその瞬間だった。
「――もう! だからっ! あらしもこの同窓会の招待客なんらっていってるじゃないっ!」
小山田が宴に加わっているところをみると、会が始まってからはホテルの従業員に受付を任せたのだろう。なにやら揉め事が起きているらしい。ひどく機嫌を損ねた女のヒステリックな叫び声だけが届いてくる。やがて受付に一番近い扉が開け放たれて、一人の女が姿を現した。
「らんらの、すっごくやな感じっ! どんな格好してこようが、あらしの勝手じゃないっ!」
が、居並ぶ同級生たちから女へと注がれる視線は、たちまちとまどいと嫌悪に染まった。長年使い古してすり切れ、ところどころ毛玉の浮いた薄灰色のジャージ上下に身を包み、足元はかつては鮮やかなピンクだったらしいくすんだ色に劣化したクロックスを履いている。日々温かさを増す季節には不釣り合いな黒のベンチコートが彼女の様相の異様さをさらに倍増させていた。
「え……え……? 何?」
「は? 何キョドってんの、天音? あらしのこと、忘れたわけらないでしょうねー!?」
思わずこぼれて出てしまったひとりごとを、伸び放題で顔の造作をすっぽり覆い隠しているブラシもロクに通してなさそうな長髪の奥から拾い上げると、その女は桃月に向けて名指しで問いかけた。怯えてあとずさる桃月に、一切の加減も遠慮も容赦もなく女は近づいていく。
「何、あんたらちその目は? ケンタにはぐいぐい行くろに、このあらしは無視ってこと?」
しん……と不穏なまでに静まり返ったホールの中で、たぶん俺一人だけだったのだろう。俺――古ノ森健太を『ケンタ』と懐かしい呼び名と声で呼ぶ、彼女の正体に気づいたのは。
「まさか……広子なのかよ!? お、おい、お前! なんでまた、そんなひどい有様で……」
「はぁ? ケンタのくせにこの広子様に意見しようってのね? やったろうじゃないのさ!」
他の皆が一様に彼女から距離をとって離れようとする中、近づいたのは俺一人だけだった。
「ぐっ、酒臭……っ。お前、相当酔ってるな? 悪ぃ、ちょっとコイツの酔い覚ましてくる!」
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