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第87話 その11「好きな子と一緒に観劇して感激しよう」(1) at 1995/6/16
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あっという間に金曜日だ。
僕ら中町田中学校の二年生は、神奈中バスを利用して、ぞろぞろ市民ホールへ集まっていた。
「あ、いたいた! モリケン!」
「おう、そっか、別のバスになってたか。咲都子も一緒……みたいだな」
さすがに一学年で十一クラスもあると総勢四五〇人近いわけで、一般客に混じって移動するとなるとかなりの時間と手間がかかる。かといって、町田駅の二つ前の停留所にある町田市民ホールまで行くのに、わざわざバスを何台もチャーターするっていうのもおかしな話だろう。
「そういえばさ……例の件、まわりの席の奴らに聞いてみたんだけど……全滅」
「そっか。サンキューな。こっちも似たようなモンだ。なかなか厳しいなあ」
四人となった僕ら『電算論理研究部』のメンバーは、月曜からそれぞれ手分けして新入部員になりそうなクラスメイトを探っていた。ちょうどうまい具合に席がバラけているので都合が良かったのだ。しかし、昨日報告してくれた五十嵐君と佐倉君の方も、うまくはいっていない。
(五十嵐君は、可能性はゼロではない、とか言ってたけれど……うーん)
結局、それが誰のことを指しているのかまでは聞き出せなかった。いや、恐らく聞いたところでうまくはぐらかされていただろう。そういう奴だ、くらいの理解は身についてきている。
「ケ、ケンタ君!」
と、突然、柔らかい塊が背中に飛びついてきて、僕は少しだけバランスを崩した。
「うわっ! ス、スミちゃん!? びっくりさせないでよ……」
「ご、ごめんね! でもぉ……」
肩越しに振り返ると、大きなやや垂れ気味の瞳は曇り、潤んでいて、まるで迷子になった子供がようやく母親を見つけて、ほっ、としているようにも見えた。きっと純美子も別のバスになってしまい、今まであちこち探していたのだろう。そう思ったら急に、その細く震える身体を抱きしめて安心させてあげたい気持ちがこみあげてきた。い、いや、ここは我慢我慢だ……。
代わりに、僕の肩をきゅっと掴んで離さない純美子の手に自分の手を重ね、優しく包みこむ。
「ずっと一緒にいてあげてたら良かったんだよね。ゴメンね、先にバス乗っちゃってさ……」
「だ!――大丈夫、だよっ!」
びくっ! と純美子は驚き慌て、急いで身を引き剥がそうとしたものの僕の手が引き留めた。
「し、仕方ないもん、わ、割り振りは先生たちだったんだし……。で、でも、あ、あの……っ」
「……もうちょっとだけ。嫌だったらすぐやめるから」
耳まで赤くなっている純美子の耳元で囁くように声を潜めてそう言うと、無言のまま、僕の背中で、ふるふる、と首を振ったのが伝わってきた。そして、じんわりと体温が伝わってくる。
物凄く幸せでステキな時間を過ごしているというのに――僕は口調を変えてたしなめておく。
「……シブチン、咲都子。お前ら、二人してニヤニヤするのやめろっつーの」
「いーじゃん」
「ねー?」
「くっそ……」
どこにいるのかわからない渋田の知り合いのおばさん!
コイツ、ここにいますよーっ!
「おーい! みんなー! ちゃんと集まってますかー!」
何台目かのバスが停留所を離れたタイミングで、何となく集まっていた十一組の生徒たちに向けて聞き慣れたのんびりとした声が届いた。荻島センセイだ。なんとここでも白衣姿である。
「これから入場しますけど、十一組は一番最後になりますからね。ただ、座席は公平を期すために先生たちのくじ引きで決めましたから、一番後ろではありませんよ。安心してください」
「えー? センセーってくじ運強いわけぇー?」
「おっ、疑ってますねぇ、桃月クン? そこそこですよ、そこそこ。あとはお楽しみですねぇ」
「センセー! 座る場所って決まってますかー?」
「おっと! 言い忘れてましたかね。気の合う人同士で座って構いません。楽しんでください」
僕ら中町田中学校の二年生は、神奈中バスを利用して、ぞろぞろ市民ホールへ集まっていた。
「あ、いたいた! モリケン!」
「おう、そっか、別のバスになってたか。咲都子も一緒……みたいだな」
さすがに一学年で十一クラスもあると総勢四五〇人近いわけで、一般客に混じって移動するとなるとかなりの時間と手間がかかる。かといって、町田駅の二つ前の停留所にある町田市民ホールまで行くのに、わざわざバスを何台もチャーターするっていうのもおかしな話だろう。
「そういえばさ……例の件、まわりの席の奴らに聞いてみたんだけど……全滅」
「そっか。サンキューな。こっちも似たようなモンだ。なかなか厳しいなあ」
四人となった僕ら『電算論理研究部』のメンバーは、月曜からそれぞれ手分けして新入部員になりそうなクラスメイトを探っていた。ちょうどうまい具合に席がバラけているので都合が良かったのだ。しかし、昨日報告してくれた五十嵐君と佐倉君の方も、うまくはいっていない。
(五十嵐君は、可能性はゼロではない、とか言ってたけれど……うーん)
結局、それが誰のことを指しているのかまでは聞き出せなかった。いや、恐らく聞いたところでうまくはぐらかされていただろう。そういう奴だ、くらいの理解は身についてきている。
「ケ、ケンタ君!」
と、突然、柔らかい塊が背中に飛びついてきて、僕は少しだけバランスを崩した。
「うわっ! ス、スミちゃん!? びっくりさせないでよ……」
「ご、ごめんね! でもぉ……」
肩越しに振り返ると、大きなやや垂れ気味の瞳は曇り、潤んでいて、まるで迷子になった子供がようやく母親を見つけて、ほっ、としているようにも見えた。きっと純美子も別のバスになってしまい、今まであちこち探していたのだろう。そう思ったら急に、その細く震える身体を抱きしめて安心させてあげたい気持ちがこみあげてきた。い、いや、ここは我慢我慢だ……。
代わりに、僕の肩をきゅっと掴んで離さない純美子の手に自分の手を重ね、優しく包みこむ。
「ずっと一緒にいてあげてたら良かったんだよね。ゴメンね、先にバス乗っちゃってさ……」
「だ!――大丈夫、だよっ!」
びくっ! と純美子は驚き慌て、急いで身を引き剥がそうとしたものの僕の手が引き留めた。
「し、仕方ないもん、わ、割り振りは先生たちだったんだし……。で、でも、あ、あの……っ」
「……もうちょっとだけ。嫌だったらすぐやめるから」
耳まで赤くなっている純美子の耳元で囁くように声を潜めてそう言うと、無言のまま、僕の背中で、ふるふる、と首を振ったのが伝わってきた。そして、じんわりと体温が伝わってくる。
物凄く幸せでステキな時間を過ごしているというのに――僕は口調を変えてたしなめておく。
「……シブチン、咲都子。お前ら、二人してニヤニヤするのやめろっつーの」
「いーじゃん」
「ねー?」
「くっそ……」
どこにいるのかわからない渋田の知り合いのおばさん!
コイツ、ここにいますよーっ!
「おーい! みんなー! ちゃんと集まってますかー!」
何台目かのバスが停留所を離れたタイミングで、何となく集まっていた十一組の生徒たちに向けて聞き慣れたのんびりとした声が届いた。荻島センセイだ。なんとここでも白衣姿である。
「これから入場しますけど、十一組は一番最後になりますからね。ただ、座席は公平を期すために先生たちのくじ引きで決めましたから、一番後ろではありませんよ。安心してください」
「えー? センセーってくじ運強いわけぇー?」
「おっ、疑ってますねぇ、桃月クン? そこそこですよ、そこそこ。あとはお楽しみですねぇ」
「センセー! 座る場所って決まってますかー?」
「おっと! 言い忘れてましたかね。気の合う人同士で座って構いません。楽しんでください」
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