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第140話 僕らの『がっしゅく!』一日目(4) at 1995/7/27
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(僕は、普通が何か、わからないのです――)
自称・変人の『ハカセ』こと五十嵐弓之助君は、きっと悲痛の面持ちであろうはずの無表情を保ったまま、僕にそう告白したのだった。
同じ班の仲間として旅行へ行き、新設の『電算論理研究部』部員として短期間ながらも結構お互いのことを理解できてきたと思う。そんな僕が感じていたこととは、五十嵐君はなにも、発言や行動に何らかの異常、欠陥や不具合があって、結果『変人』とみなされている、そういうわけではないのだ、ということだった。
五十嵐君と僕との『差』は、その思想・思考と価値観から生まれているのだと思う。そしてその『差』を認識・理解できない者たちが、彼を『変人』と呼び習わしているのだ。
トントントントン……キッチンからはリズミカルな包丁さばきの音が聴こえる。
僕はしばらく考えた末に、脳裏におぼろげながら形を成した疑問をぶつけてみることにした。
「ハカセ? さっきの件に関連して、ひとつ聞いてもいいかな?」
「もちろんです。どうぞ」
「ハカセってさ、いわゆる『団地族』……ではないよね?」
五十嵐君にしては珍しく即答しなかった。
いや、できなかったのだろう。
やはりそうだ。
「では……ありませんが……。それが何か?」
「えっ! じゃあ、一軒家に住んでるの? 凄いじゃん!」
「シブチン」
僕はすばやく渋田の言葉を遮った。
「……この学区内で、団地以外の居住者といったら数えるほどしかいない。それも、ほとんどが古くからの地主か有力者だ。だよね?」
「ええ。さすがは古ノ森リーダーですね。お見事な推理力です」
五十嵐君の口からため息が漏れ出るのを、僕ははじめて耳にしたかもしれない。
「いずれみなさんにはお話ししなければと思っていましたが……予想以上に早かったですね」
「……それは?」
「僕が、この学校に通うことになった経緯について、ですよ――」
ここで五十嵐君の語ってくれた話を要約しよう。
五十嵐君の生まれは、僕と同じ東京都・世田谷区だ。そこから幼稚園・小学校と私立の名門と呼ばれる学校へと通うことになり、やがて卒業するタイミングで町田へと引っ越してきた。
だがそれは、一般的な『団地族』とは異なる事情からだった。
父親は、どうしてもごく普通の、一般的な中学生としての『人生の楽しみ方』を五十嵐君にしてもらいたいと思っていた。それは、かつての自分がそうではなかったからだ。ふるいにかけられ、ある程度『選別された』子どもたちだけの閉じた世界は、どこかいびつで不自然だったからだ。
「『ISOCA』という国際企業をご存知でしょうか?」
表情を失くし、まるで紙のように白い顔をした五十嵐君はそう尋ねる。
僕はうなずいた。
「知ってる……けど。フォーチュン紙が毎年発表するランキングにも挙がる大企業だよね?」
「僕の祖父は、その『ISOCA』の会長なのです」
「え……っ!?」
さすがに度肝を抜かれてしまった。
ただ、渋田や佐倉君はぽかんとした顔付きをしていた。それはそうだ、まだこの当時はAppleやGoogleのような世界共通のサービスを提供する巨大なグローバル・カンパニーは存在していなかった。ましてや『ISOCA』の国内認知度は、驚くほど低かったはずだ。
「元々『ISOCA』というネーミングは、僕の母『香織』の名と『五十嵐』の五〇とを組み合わせた『五十香』が由来なのだそうです。祖父は、どうしても僕に会社を継がせたい、と」
「それは……ずいぶん気が早いな」
「ええ。まったくですよ」
五十嵐君は、かろうじてうなずいてみせたが、支えてやらなければ今にも倒れそうだった。
「だからです。だからこそ僕は、限られた三年間で普通の中学生活を過ごしてみたいのです」
自称・変人の『ハカセ』こと五十嵐弓之助君は、きっと悲痛の面持ちであろうはずの無表情を保ったまま、僕にそう告白したのだった。
同じ班の仲間として旅行へ行き、新設の『電算論理研究部』部員として短期間ながらも結構お互いのことを理解できてきたと思う。そんな僕が感じていたこととは、五十嵐君はなにも、発言や行動に何らかの異常、欠陥や不具合があって、結果『変人』とみなされている、そういうわけではないのだ、ということだった。
五十嵐君と僕との『差』は、その思想・思考と価値観から生まれているのだと思う。そしてその『差』を認識・理解できない者たちが、彼を『変人』と呼び習わしているのだ。
トントントントン……キッチンからはリズミカルな包丁さばきの音が聴こえる。
僕はしばらく考えた末に、脳裏におぼろげながら形を成した疑問をぶつけてみることにした。
「ハカセ? さっきの件に関連して、ひとつ聞いてもいいかな?」
「もちろんです。どうぞ」
「ハカセってさ、いわゆる『団地族』……ではないよね?」
五十嵐君にしては珍しく即答しなかった。
いや、できなかったのだろう。
やはりそうだ。
「では……ありませんが……。それが何か?」
「えっ! じゃあ、一軒家に住んでるの? 凄いじゃん!」
「シブチン」
僕はすばやく渋田の言葉を遮った。
「……この学区内で、団地以外の居住者といったら数えるほどしかいない。それも、ほとんどが古くからの地主か有力者だ。だよね?」
「ええ。さすがは古ノ森リーダーですね。お見事な推理力です」
五十嵐君の口からため息が漏れ出るのを、僕ははじめて耳にしたかもしれない。
「いずれみなさんにはお話ししなければと思っていましたが……予想以上に早かったですね」
「……それは?」
「僕が、この学校に通うことになった経緯について、ですよ――」
ここで五十嵐君の語ってくれた話を要約しよう。
五十嵐君の生まれは、僕と同じ東京都・世田谷区だ。そこから幼稚園・小学校と私立の名門と呼ばれる学校へと通うことになり、やがて卒業するタイミングで町田へと引っ越してきた。
だがそれは、一般的な『団地族』とは異なる事情からだった。
父親は、どうしてもごく普通の、一般的な中学生としての『人生の楽しみ方』を五十嵐君にしてもらいたいと思っていた。それは、かつての自分がそうではなかったからだ。ふるいにかけられ、ある程度『選別された』子どもたちだけの閉じた世界は、どこかいびつで不自然だったからだ。
「『ISOCA』という国際企業をご存知でしょうか?」
表情を失くし、まるで紙のように白い顔をした五十嵐君はそう尋ねる。
僕はうなずいた。
「知ってる……けど。フォーチュン紙が毎年発表するランキングにも挙がる大企業だよね?」
「僕の祖父は、その『ISOCA』の会長なのです」
「え……っ!?」
さすがに度肝を抜かれてしまった。
ただ、渋田や佐倉君はぽかんとした顔付きをしていた。それはそうだ、まだこの当時はAppleやGoogleのような世界共通のサービスを提供する巨大なグローバル・カンパニーは存在していなかった。ましてや『ISOCA』の国内認知度は、驚くほど低かったはずだ。
「元々『ISOCA』というネーミングは、僕の母『香織』の名と『五十嵐』の五〇とを組み合わせた『五十香』が由来なのだそうです。祖父は、どうしても僕に会社を継がせたい、と」
「それは……ずいぶん気が早いな」
「ええ。まったくですよ」
五十嵐君は、かろうじてうなずいてみせたが、支えてやらなければ今にも倒れそうだった。
「だからです。だからこそ僕は、限られた三年間で普通の中学生活を過ごしてみたいのです」
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