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第235話 帰ってきた日常ノット・イコール at 1995/9/18
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また新しい週のはじまり、月曜日の朝だ。
「おはよう、ケンタ君!」
「あ。おはよう、スミちゃん」
今日は僕の方が少しだけ早かったようだ。純美子はうっすらと汗粒の光る額をハンカチで拭きながら、机の脇のフックに通学鞄を引っかけて座った。思わず、ふぅ、と声が漏れ出る。
「昨日まで雨だったのに、また晴れて暑くなっちゃったから、なんだか蒸し暑いよね……」
「ああ、うん。なんだかべたべたして気持ち悪いよね……」
確かに暑い。まだ朝早いのに、登校中、アスファルトに染みた雨が強い日差しに照らされて、陽炎のようにゆらゆらと立ち昇っていた。きっと、予報の24℃より体感温度は高そうである。
「――でも、まだ九月いっぱいはこんな感じの気温みたいだね。雨は降らないみたいだけれど」
「そっかぁ……ほら、(一緒にお出かけしようね、って約束したでしょ? 困っちゃうよね)」
透明なプラスチック製下敷きで涼を得ようとぱたぱた仰ぎながら、僕の耳元に身を寄せてそっと囁く純美子。いくぶん涼しげな風に乗って、純美子のシャンプーと制汗剤の入り混じった甘い香りが僕の鼻をくすぐり、余計にどぎまぎとして落ち着かない気持ちにさせられてしまう。
「ん? どうかした?」
「い、いやいやいやいや……」
いかんいかん。これでも『僕』――『俺』は今年四〇にもなるオトナの男だ。この程度でうろたえていたら、せっかく再スタートをきれた純美子とのカンケイがぎくしゃくしてしまう。
(ここはひとつ――!)
「ちょっと、スミ! 相談……っていうか、ハナシがあるんだけど、今、いい? 大丈夫?」
「うん、平気だよ、もちろん! 相談って、ロコちゃん、なんか悩みごとなの?」
「実はさー……って、なんであんたががっくりしてんのよ、ケンタ?」
「あー……いいんだ。僕のことは放っておいてくれ……」
いつにもまして絶妙なタイミングでカットインしてきたロコにハナシをすべて持っていかれ、奮い立たせたココロがぽっきり折れた僕は机の上で溶けたスライムのようになる。ロコは、でろん、と机の上にだらしなく寝そべっている僕の方をちらりと見たが、咎めることはなかった。
「あ、あのさ……? ハナシってのは、ツッキーのことなんだけど……」
「水無月さん? ……あれ? そういえばまだ来てないね?」
純美子はそう言って教室内をぐるりと見回した。確かに、いつもならもう登校していてもいい時間だ。純美子がロコの顔に視線を戻すと、うん、と不安そうな表情がうなずき返してくる。
「――来てないの。今朝、ツッキーのお父さんから電話があったんだ。体調不良で休む、って」
「そう……なんだ。『西中まつり』でがんばりすぎちゃったのかな……?」
「かもしれない。かもしれないんだけど――」
ロコはひとり考えを巡らせているようで、きりり、とした目つきがいつも以上に鋭くなる。
「その電話の時にね、ツッキーパパに言われたの――よかったら、今日の放課後、お見舞いがてら遊びに来てくれませんか、って。あと、あたしにぜひ話しておきたいことがある、って」
「話しておきたいこと、って……なんだろう……ね……?」
ロコの口を借りて伝えられたツッキーパパのセリフを耳にして、えもいわれぬ不安の陰を感じ取ったのは僕だけではなかったらしい。僕は机の上に伏せた姿勢のまま、わずかに身構えた。
(お前がいくら足掻こうと、決して変わらない『未来』がある――)
(あの少女、水無月琴世は、中学二年生でその短い生涯を終えるということなのさ――)
忘れたくても、忘れられるわけがないそのセリフ。
あれは自らの未来を予見した水無月さん自身から発せられた救難信号だったのだろうか?
「あたし一人きりだと、なんだか不安で……さ」
「おい、ロコ! 僕たちも一緒に行くぞ。僕ら『電算論理研究部』はみんなでひとつだからな」
「おはよう、ケンタ君!」
「あ。おはよう、スミちゃん」
今日は僕の方が少しだけ早かったようだ。純美子はうっすらと汗粒の光る額をハンカチで拭きながら、机の脇のフックに通学鞄を引っかけて座った。思わず、ふぅ、と声が漏れ出る。
「昨日まで雨だったのに、また晴れて暑くなっちゃったから、なんだか蒸し暑いよね……」
「ああ、うん。なんだかべたべたして気持ち悪いよね……」
確かに暑い。まだ朝早いのに、登校中、アスファルトに染みた雨が強い日差しに照らされて、陽炎のようにゆらゆらと立ち昇っていた。きっと、予報の24℃より体感温度は高そうである。
「――でも、まだ九月いっぱいはこんな感じの気温みたいだね。雨は降らないみたいだけれど」
「そっかぁ……ほら、(一緒にお出かけしようね、って約束したでしょ? 困っちゃうよね)」
透明なプラスチック製下敷きで涼を得ようとぱたぱた仰ぎながら、僕の耳元に身を寄せてそっと囁く純美子。いくぶん涼しげな風に乗って、純美子のシャンプーと制汗剤の入り混じった甘い香りが僕の鼻をくすぐり、余計にどぎまぎとして落ち着かない気持ちにさせられてしまう。
「ん? どうかした?」
「い、いやいやいやいや……」
いかんいかん。これでも『僕』――『俺』は今年四〇にもなるオトナの男だ。この程度でうろたえていたら、せっかく再スタートをきれた純美子とのカンケイがぎくしゃくしてしまう。
(ここはひとつ――!)
「ちょっと、スミ! 相談……っていうか、ハナシがあるんだけど、今、いい? 大丈夫?」
「うん、平気だよ、もちろん! 相談って、ロコちゃん、なんか悩みごとなの?」
「実はさー……って、なんであんたががっくりしてんのよ、ケンタ?」
「あー……いいんだ。僕のことは放っておいてくれ……」
いつにもまして絶妙なタイミングでカットインしてきたロコにハナシをすべて持っていかれ、奮い立たせたココロがぽっきり折れた僕は机の上で溶けたスライムのようになる。ロコは、でろん、と机の上にだらしなく寝そべっている僕の方をちらりと見たが、咎めることはなかった。
「あ、あのさ……? ハナシってのは、ツッキーのことなんだけど……」
「水無月さん? ……あれ? そういえばまだ来てないね?」
純美子はそう言って教室内をぐるりと見回した。確かに、いつもならもう登校していてもいい時間だ。純美子がロコの顔に視線を戻すと、うん、と不安そうな表情がうなずき返してくる。
「――来てないの。今朝、ツッキーのお父さんから電話があったんだ。体調不良で休む、って」
「そう……なんだ。『西中まつり』でがんばりすぎちゃったのかな……?」
「かもしれない。かもしれないんだけど――」
ロコはひとり考えを巡らせているようで、きりり、とした目つきがいつも以上に鋭くなる。
「その電話の時にね、ツッキーパパに言われたの――よかったら、今日の放課後、お見舞いがてら遊びに来てくれませんか、って。あと、あたしにぜひ話しておきたいことがある、って」
「話しておきたいこと、って……なんだろう……ね……?」
ロコの口を借りて伝えられたツッキーパパのセリフを耳にして、えもいわれぬ不安の陰を感じ取ったのは僕だけではなかったらしい。僕は机の上に伏せた姿勢のまま、わずかに身構えた。
(お前がいくら足掻こうと、決して変わらない『未来』がある――)
(あの少女、水無月琴世は、中学二年生でその短い生涯を終えるということなのさ――)
忘れたくても、忘れられるわけがないそのセリフ。
あれは自らの未来を予見した水無月さん自身から発せられた救難信号だったのだろうか?
「あたし一人きりだと、なんだか不安で……さ」
「おい、ロコ! 僕たちも一緒に行くぞ。僕ら『電算論理研究部』はみんなでひとつだからな」
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