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第267話 波乱ぶくみの運動会(13) at 1995/10/10
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「ま――待って! 待ってくれ、ハカセ!」
不穏なセリフだけを残し、僕に背を向けて目的の場所へと歩を進めようとする五十嵐君を必死で呼び止める。五十嵐君は少し間を空けてから足を止め、肩で息をついてから振り返った。
「足止めですか? あまり良い策とは思えないのですが? それとも、なにか別の意図が?」
「そんなんじゃないって! で、でも……僕はここで、ハカセを止めないといけないんだ!」
「………………なぜ?」
「なっ! なぜ、って……!」
僕を見つめたきり、五十嵐君は不思議そうに小首を傾げたまま、言葉に詰まった僕を見る。必死で言うべき言葉をありったけかき集めるだけかき集め、僕は急いで口を開いた。
「僕たちのハカセが、取り返しのつかないことをしようとしてる、そう思ったからだよ!」
「……取り返しのつかないことなら、すでに起きてしまっているのです」
「そう――かもしれない――けど!」
僕には、五十嵐君の気持ちは痛いほどわかるつもりだ。
最愛の人が傷つけられ、虐げられていたら、怒りを覚えるのは当然のことだろう。たまたまそれが、僕ではなく、スミちゃんでもなかった、というだけのハナシだ。もしも立場が違っていたのなら、僕も同じように復讐の炎にココロを焼かれ、憤怒の刃を手に立ち上がっただろう。
けれど――。
もしそうなったとしても、五十嵐君は、僕の仲間たちは、きっと僕を止めてくれるはずだ。それを信じるからこそ、僕はここで今、怒りの感情に囚われている五十嵐君を止めなければならないのだ。
僕はハカセに近づき、その手に握られているパネルボードをしっかりと掴んだ。
「この手は……どうするつもりです、古ノ森リーダー?」
「と、とにかく待ってくれ! 今考えてる!」
「タイムの良い順に、ポイントが与えられます。いつまでもこうしているわけには――」
「わかってるってば!」
適当な生贄を選んでお茶を濁すなんてことは、この五十嵐君に関してはありえない。行かせたら最後、まっすぐ二年二組へと出向いて例の女子二人組を引っ立てて、意気揚々とゴールへ向って彼女らが犯した罪の数々を全校生徒の目の前で洗いざらい暴き立てるつもりなのだろう。もしかしたら、彼女たちの親も来ているかもしれない。そうなったら身の破滅だ。
しかもややこしいことに、荻センから聞き出した情報によれば、『いじめた』という記憶と意識は当事者たちにあるものの、それは誤って『刷り込まれた』偽りの記憶なのであって、実態はどこにも存在しないのだ。となると、執拗に追及すればするほど、むしろ糾弾する側である五十嵐君の方が不利になってしまうかもしれないのだ。
そして――なにより。
その矛盾と歪みが、この時間、この世界に、なにを引き起こしてしまうのか予想ができない。
なにか――!
なにかいい手は――!!
そこで、ふと、自分の手の中にあるパネルボードに目が行った。
(それしか……ない、か)
僕はまっすぐに僕を見つめたままの五十嵐君の手元にあるパネルボードに、自分の分のパネルボードを重ねて置くと、ゆっくりと下側のパネルボードを引き抜いた。
「……な、なに、を……?」
「パネルボードはすり替えさせてもらったよ。僕のとね。大丈夫、誰も気づかないって」
「そ、そんな……何の権利があって……!」
「少しも難しいハナシじゃないよ、ハカセ」
僕は一歩だけあとずさりをし、手元のパネルボードを覗き込んで大袈裟に顔をしかめる。
「僕らの使命は、ツッキーの毎日を思い出に残るものにしてあげることなんだから。頼んだぜ?」
不穏なセリフだけを残し、僕に背を向けて目的の場所へと歩を進めようとする五十嵐君を必死で呼び止める。五十嵐君は少し間を空けてから足を止め、肩で息をついてから振り返った。
「足止めですか? あまり良い策とは思えないのですが? それとも、なにか別の意図が?」
「そんなんじゃないって! で、でも……僕はここで、ハカセを止めないといけないんだ!」
「………………なぜ?」
「なっ! なぜ、って……!」
僕を見つめたきり、五十嵐君は不思議そうに小首を傾げたまま、言葉に詰まった僕を見る。必死で言うべき言葉をありったけかき集めるだけかき集め、僕は急いで口を開いた。
「僕たちのハカセが、取り返しのつかないことをしようとしてる、そう思ったからだよ!」
「……取り返しのつかないことなら、すでに起きてしまっているのです」
「そう――かもしれない――けど!」
僕には、五十嵐君の気持ちは痛いほどわかるつもりだ。
最愛の人が傷つけられ、虐げられていたら、怒りを覚えるのは当然のことだろう。たまたまそれが、僕ではなく、スミちゃんでもなかった、というだけのハナシだ。もしも立場が違っていたのなら、僕も同じように復讐の炎にココロを焼かれ、憤怒の刃を手に立ち上がっただろう。
けれど――。
もしそうなったとしても、五十嵐君は、僕の仲間たちは、きっと僕を止めてくれるはずだ。それを信じるからこそ、僕はここで今、怒りの感情に囚われている五十嵐君を止めなければならないのだ。
僕はハカセに近づき、その手に握られているパネルボードをしっかりと掴んだ。
「この手は……どうするつもりです、古ノ森リーダー?」
「と、とにかく待ってくれ! 今考えてる!」
「タイムの良い順に、ポイントが与えられます。いつまでもこうしているわけには――」
「わかってるってば!」
適当な生贄を選んでお茶を濁すなんてことは、この五十嵐君に関してはありえない。行かせたら最後、まっすぐ二年二組へと出向いて例の女子二人組を引っ立てて、意気揚々とゴールへ向って彼女らが犯した罪の数々を全校生徒の目の前で洗いざらい暴き立てるつもりなのだろう。もしかしたら、彼女たちの親も来ているかもしれない。そうなったら身の破滅だ。
しかもややこしいことに、荻センから聞き出した情報によれば、『いじめた』という記憶と意識は当事者たちにあるものの、それは誤って『刷り込まれた』偽りの記憶なのであって、実態はどこにも存在しないのだ。となると、執拗に追及すればするほど、むしろ糾弾する側である五十嵐君の方が不利になってしまうかもしれないのだ。
そして――なにより。
その矛盾と歪みが、この時間、この世界に、なにを引き起こしてしまうのか予想ができない。
なにか――!
なにかいい手は――!!
そこで、ふと、自分の手の中にあるパネルボードに目が行った。
(それしか……ない、か)
僕はまっすぐに僕を見つめたままの五十嵐君の手元にあるパネルボードに、自分の分のパネルボードを重ねて置くと、ゆっくりと下側のパネルボードを引き抜いた。
「……な、なに、を……?」
「パネルボードはすり替えさせてもらったよ。僕のとね。大丈夫、誰も気づかないって」
「そ、そんな……何の権利があって……!」
「少しも難しいハナシじゃないよ、ハカセ」
僕は一歩だけあとずさりをし、手元のパネルボードを覗き込んで大袈裟に顔をしかめる。
「僕らの使命は、ツッキーの毎日を思い出に残るものにしてあげることなんだから。頼んだぜ?」
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