異世界喫茶「銀」

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

文字の大きさ
3 / 61

第三話 訪問者

しおりを挟む
「いい? やってる?」

 女、だった。

「まだだ」

 男の口調は客商売には不似合いなほど素っ気ない。

「――だが、今開けた。カウンターでいいな?」
「いいわよ。もちろん」

 一人らしい。
 そのまま男は仕事の続きをしようとして――つい、辛抱できずに声をかけた。

「嬢ちゃん、学生か?」
「え……そう見える?」

 何もそこまで、と言いたくなるほど、その若い女は驚いている様子だった。

「いや、見えねえな。忘れてくれ」
「び、びっくりさせないでよ!」

 途端、けらけらと笑い出した。陽に焼けた褐色の肌に白い歯がまぶしい。

「何でこのあたしが、あんな生っ白い坊ちゃんどものご学友だなんて見えるのよ? 冗談もだけにして欲しいわ」

 男が動きを止めた。

「………………何だって?」
「何って――」

 若い女の笑みがほんのわずか強張こわばった。

「冗談はやめて、って言っただけだけど?」
「……そうだったな」

 妙に聴き慣れないセリフだった気がしたのだが――聞き間違いだろうか?
 男の疑問を他所よそに、若い女はきょろきょろとあたりを見回し、男に尋ねた。

「で、何があるの?」
「こちとらまだ店を開けたばっかりなんだよ。珈琲で良ければ今れてやる」
「こ……こーひー……?」
「何だ、嫌なのか?」

 男が動きを止めたのは一瞬だ。
 すぐに仏頂面をして元の動きに戻る。

「しかしだな、ウチは他のはやってねえんだ。別のをご所望なら、さっさと他所に行ってくれ」
「う――ううん、いいの」

 若い女は一瞬呆けたような表情を浮かべたが、慌てて顔の前で何度も手を振ってみせた。

「じゃあ、それ、貰える? 飲んでみたい!」
「待ってな」

 男は違和感を強くしながらも、カウンターの上のミルのハンドルを握って、ごりり、ごりり、と音を立てて挽き始めた。

「へぇー、良い香り!」

 集中しているのでわざわざ顔は上げなかったが、ふと女が身に纏う刺激的なスパイスのような匂いが漂って、カウンター越しに身を乗り出しているのが分かった。

「それがこーひーって奴なのね!?」

 若い女は興奮したような口調で言った。が、ついでに顔をしかめる。

「でも、何だか随分と粉っぽそうに見えるんだけど? 本当にそれ、飲めるの?」
「……」

 面倒なので答えない。

 ミルの中の豆をほどよく挽いてしまうと、コーヒーメーカーの上に載せたフィルターの中心に向けてざっと一気に流し込む。そうしてからマドラーを使って丁寧に表面を均していった。先代などは手でやっていたようだが、男は他所様の口に入るものだからといつの頃からかマドラーを使うようになった。

「もう、終わったの?」
「騒がしい嬢ちゃんだな。まあ、見てな」

 男はさっき移し替えていた背の低い方のケトルを手に取り、適温になっている筈の湯を女の目の前でしずしずと注ぎ込んでいった。

「う……わ……。す、凄い……!!」

 女はキラキラと目を輝かせてコーヒーメーカーの中で起きている出来事の一部始終を見逃すまいと見つめている。それこそコーヒーメーカーに鼻先をくっつけそうな勢いの喰い付きっぷりで、火傷でもしやしないかとこっちが心配してしまうくらいだ。

 徐々に落ちる褐色の滴の勢いが落ちていく。

「も、もう飲めるの? いいの? ねえ!?」

 コーヒーメーカーと男の間を女の視線が目まぐるしく行き来する。
 しかし、男は首を振った。

「駄目だ。これからが肝心なんだよ」


 一滴。
 また一滴と滴が落ちる。


 どこまでを味とし、どこからを省くか、それが男なりのこだわりである。どこぞのチェーン店なんぞは、すっかり落ち切ってフィルターがカラカラになるまで放っておいたりもするようだが、それでは不要な雑味まで混じってしまう。すっきりとして、それでいて旨味とコクをしっかりと感じさせる一杯でなければならない。

 ましてや、あんなことがあった後の朝の一杯目だ。ここで腑抜けた物を平気で出せるようなら、いっそ店なんぞ畳んでしまった方が良い。


 また一滴――。


「よし」

 男はすかさずコーヒーメーカーを取り上げた。
 あ、と女が不満げな声を漏らしたが無視する。

「さてと。おっと、これがいいか」

 男は戸棚から一つのカップを取り出した。

 これも男のこだわりだ。


 この喫茶店には同じカップは一つとして置いていない。一杯ごとに客の顔を見て、その客に見合ったカップを見つけ出して提供することにしている。

 だがそれは、決して見かけだけの話ではなかった。明るい顔付きの客には優雅なフォルムの薄いカップを選び、暗く沈んでいる顔付きの客には両手で抱えて飲めるようなでっぷりとしたカップを選ぶ。そうやって目の前に対峙たいじする客の、今この瞬間に最も相応しいカップを見立ててやるのも店を構える者の大事な仕事である、と男は考えているのだった。

「待たせたな、嬢ちゃん」

 カウンターで子猫のごとくうずうずと身をよじらせて待っていた女の前に、小さな薔薇を持ち手にあしらった可愛らしい薄手のカップがすっと置かれた。

 ふわっ。

 そこからゆるゆると立ち昇る芳醇な香りに、女の瞳が零れんばかりに見開かれた。

「の……飲んでいいの!?」
「もちろんだ。だが、熱いからな、火傷するなよ」
「やたっ!」

 しかし、警告したのにも関わらず、その若い女はいきなり口を付けて一口含もうとして小さな悲鳴を上げる。溢しはしなかったようだったので、男はやれやれと苦笑を浮かべながら首を振った。その恰好で溢しでもしようものなら大ごとだからだ。


 ふーっ、ふーっ。
 んく。
 んく。


 しばらく息を吹きかけ、冷ましてから口に含む。

「――!?」

 途端、女の顔色が変わった。

「ど、どうした!? 大丈夫か!?」

 男は慌てたが――。

「………………苦い」

 女が呟き、男は呆れたように目を回した。

「おいおい。そりゃそうだろうが。珈琲ってのはそういうもんだ。砂糖ならそこにある。だが悪いがな、ウチではミルクは出してねえ。どうしても飲めねえってんなら――」

 そこまで男が言うと、その女は慎重にカップを置いてから慌てて手を振ってみせた。

「ちちち違うの! 違うんだよ!?」

 その顔は少し気まずそうに、そして気恥ずかしそうに赤く染まっていた。男はその表情に年甲斐もなくどきりとしてしまった。

「苦いなあ、って思ったのはホント。でもね……何だか、美味しいなあって思ったんだ! これもホントよ? 嘘じゃない、嘘じゃないから!」
「俺はどっちでも構わねえよ」

 男は、にやり、と笑ってやる。

「ゆっくり飲んでくれ。なあに、あんなことがあった後だ。そいつは店の奢りだよ」
「え………………いいの!?」

 女は思わず言ってから、

「いやいやいや。それは駄目だよ、駄目! あたし、こう見えても結構お金持ちなの。昨日だってひと稼ぎしたところだしね。ちゃんと代金は払うわよ?」
「好きにしな」

 男はそう言うと、またカウンターの中へと戻る。
 自分のために一杯淹れ、一口含むと、男は尋ねた。

「嬢ちゃん、仕事はなにしてんだ?」
「ああ、あたしね――」

 女はまた一口含み、にこにことしながらこう答えた。



「あたし、盗賊やってんだ!」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
 2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。  死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。  命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。  自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...