異世界喫茶「銀」

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

文字の大きさ
17 / 61

第十七話 シーノの場合(2)

しおりを挟む
 るおおお……。
 るお……。

 部屋の中央で灼熱の赤と清浄の白が交じり合うように炸裂し、《死霊アンデッド》たちの姿が怨讐おんしゅうのこもったうめき声を上げつつ輪郭を失っていく。もっと高位の僧侶でも連れてこない限り、倒すまでには至らないのだろう。それでも、追い払うことさえできればジョットたちの勝利だ。

「二人とも、無事!?」
「間に合った……っ!」

 部屋に通じる通路口には、退却しながらも決して詠唱を止めなかった魔法使いと僧侶が残っており、駆け戻ってくるジョットとシーノに引きった精一杯の笑顔を向けていた。

「馬鹿野郎! 構わず逃げろって言ったのに!」

 ジョットは歯をくようにして微笑む。

「お前たちのおかげで助かったぜ! 正直もう駄目かと――」
「ジ、ジョット!?」

 二人の笑顔が凍りついた。
 そして、それに気付いたのは魔法使いと僧侶だけではなかった。

「あ――危ない……っ!!」

 二人の目に映るスローモーションになった視界の中で、ジョットの背後の闇からぬるりと染み出してきた一体の《死霊》の右手から繰り出された凶撃との間に、割り込むように身を投げ出した人影が見えた。

「あうっ!」

 甲高い悲鳴と共に、ぼんやりと緑色の光が生じる。

「糞っ! くたばりやがれっ!」

 即座にジョットは振り返り、くらうつろな視線を向ける二つの眼窩がんかの中央に、渾身の勢いで大剣を突き込んだ。

 ぞん!!

 相手が《死霊》ゆえ手応えは乏しかったが、嘲笑あざわらうような冷笑だけをその場に残し、《死霊》の姿は元の闇の世界へと還っていった。

「ああ、畜生っ!」

 それを見届ける間もなく躊躇ためらわず大剣を手放すと、ジョットは自分の身代わりとなって《死霊》の凶撃をその身に受け倒れ伏したシーノの身体を震える手で抱き起した。

「なんでだ!? なんで俺の身代わりなんかに!」
「だ、だってさ」

 シーノは照れくさそうに笑ってみせた。

「あんたにはまだいて貰わないと困るじゃんか。グレイルフォーク《十傑》の戦士、ジョットにはさ」

 くぐもった咳を一つする。

「それに……正直言っちゃうと、咄嗟とっさに身体が動いちゃっただけなんだよ。たとえあんたじゃなくったって、あの間抜けではた迷惑な盗賊の男だったとしてもさ、きっと同じだったんだ。でも、失敗しちゃったなあ……」
「もう喋るな、シーノ」

 ほのかな松明の灯りに照らされたジョットの顔は、笑っているようにも泣いているようにも見えた。

「大丈夫、俺が連れて帰ってやるからな。絶対に」
「あー。うん。でも、駄目かもね」

 シーノは困ったように笑い返した。

「知ってるでしょ? 《死霊》にやられた傷は治らない。きっとあたし――」
「黙ってろ!」

 ジョットは最後まで聞こうとはしない。

「この町で最高の大僧侶のところまで連れて行ってやる! あいつなら《浄化キュア》できるんだ! 死なせてたまるかよ!? こんな傷一つくらい――」



 突然、ジョットの口が半開きのままで凍りついた。



「……ジョット?」
「こんな傷………………嘘……だろ!?」

 不安げな色を隠せないままシーノが問い返すと、ジョットは驚愕に目を丸くした。そして徐々に表情を明るく変えていく。

「おい、シーノ! お前、からかいやがったな!? 傷一つ負ってないじゃないか! 糞っ、こいつは一杯喰わされたぜ! 畜生!」
「………………え?」

 からかわれている気分なのはシーノの方だった。しかし――確かにそう言われてみればさっきまでの激痛も悪寒も嘘のように消え去ってしまっている。

「良かった、本当に良かった! 今ならこんな冗談、いくら聞かされたって構やしねえって気分だからな! だがな、シーノ? 次やりやがったら、ただじゃおかねえぞ!?」
「ぐ――! ち、ちょっと待ってよ! 待って!」

 怪我人だと言うのにジョットに背中を思いっきりどやされて、慌てふためくのはシーノの方だった。

「あたしは冗談なんか言ってないってば! 確かにさっき、あの《死霊》の一撃を!」

 そこでシーノは、どうしたらいいのか分からず互いに顔を見合わせてひそひそ話をしている魔法使いと僧侶に助けを求めた。

「ねえ! あんたたちなら見てたでしょ!?」
「う……」

 いきなり話の矛先を向けられて言葉に詰まった魔法使いの女は、渋々と口を開く。

「見てはいたんだけどね」
「だったら――!」

 なおも喰い下がるシーノのあまりの剣幕にひるんでしまった魔法使いの代わりに、おずおずと口を開いたのは僧侶の男だった。

「どのみちここからは君の背中までは見えなかったんだ。でも、確かに《死の手デスタッチ》を喰らってしまったように僕には見えた。だからだよ。だからこそ僕たちは判断に迷ってるんだ」

 科白せりふの後半で僧侶の男はわずかに言葉をにごしたが、それはもし仮にシーノがあの死の一撃を受けてしまっていたのだとしたら、リーダーのジョットが何と言おうが町まで連れて帰るのは危険だと考えていたからこそだろう。まだ陽が出ていれば良いが、もし夜になっていたら恐ろしいことになる。町が壊滅しかねない。

 そこで僧侶の男は、意を決したように歩み出た。

「ちょっといいかい、シーノ?」

 そろり、とそのまま歩を進めシーノのそばに片膝をつくと、小さく囁くように詠唱を始めた。

「お――おい!?」

 シーノは何が起こるのかまるで見当もつかなかったのだが、経験豊富なジョットはその詠唱の意味を瞬時に悟ったようだった。小さく悲鳴を漏らして止めようとしたものの、魔法使いの女にやんわりと制止され、仕方なく動きを止める。

 ぽうっ。

 背中に触れた僧侶の男の両手から、闇にミルクを溶け込ませたような光が放たれる。だが背後で起きているその一切は、シーノにはまるで見えない。

「ありがとう。これではっきりした」
「何をしたってのよ? 何がはっきりしたの?」

 憮然ぶぜんとした顔付きで問い質すシーノだったが、その問いに答えたのは何故なぜかジョットだった。

「言いにくいんだがな――」
「言ってってば!」
「今のはただの《治癒ヒール》、初級の治癒魔法だよ」

 ほっ、としかけたのだが、

「だがな? もしお前が《死霊》から傷を受けていたとしたら、今ので激痛を覚える筈なんだ。《死霊》に《治癒》なんて逆効果だからな」

 吐き捨てるように言ったジョットの刺すような視線を交わすようにして、僧侶の男はシーノだけを見つめて済まなそうに曖昧な笑みを向けた。

「そして、はっきりした、って言ったのはですね、どうにも僕たちには理解できないことが起きている、ってことだけはっきりした、ってことなんですよ」
「へー……」

 じろり、とシーノにまで睨まれ、僧侶の男は所在なさげに床の上に視線を彷徨わせた。だが、彼の行動も決して悪意からではないと分かっているだけに一概に責める気にはならない。

「一つ、いいかしら?」
「はいはい。どうぞ」

 ひとりぶつぶつとつぶやきながら頭を悩ませていた魔法使いの女が、わずかに眉を寄せたままの顔でシーノに尋ねた。

「あなた、ここに来るまでに何処どこかで《加護ブレス》を授かってきた? それとも何かしらの《護符アミュレット》を持っていたりはする?」
「な、ないわよ! ないない! どっちもあたしには手が届かないって!」

 歴戦の冒険者ならまだしも、だ。

「第一、この程度の《任務クエスト》でそんな高価な物をわざわざ準備してくる奴なんていないでしょ? どこぞの貴族様んところの、お騒がせなお転婆娘じゃないんだからさ!」
「でもね? さっき、あの瞬間、あたしには確かに見えた気がするのよ。あなたを護る術式らしきものが発動したのが。……ううん、絶対にそうよ」
「って言われても……」

 身に覚えがないことには変わりがない。それでも納得のいかないらしい魔法使いの女は、僧侶の男と入れ替わるようにシーノの傍に近づいた。

「微かだけど、魔力を感じる」

 シーノの肌に触れたまま真剣な面持ちで魔法使いの女は言うのだが、やはり背中で起きていることがまるで見えていないシーノは困り顔で顔をしかめると、傍で一部始終を見守っていたジョットに向けて肩をすくめてみせるのが精一杯だった。

「ま、まあまあ。もういいじゃないか、二人とも。少なくとも、このままシーノを連れて帰っても安全だ、ってことだけは分かっただろ?」

 魔法使いと僧侶は渋々うなずいた。それでも目の前で起きた事象に納得できないのと、仲間が無事だと分かったことは別である。すぐに微笑みが戻った。

「よし。だったら早いとこ地上に戻るとしよう。残りの連中も拾ってやらないとな。ただしだ……あいつだけはこってり絞ってやらないと、俺の気が済まない」

 科白の最後のくだりでジョットを除いた残りの三人の微笑みが引き攣った。彼とパーティーを組み、派手にやらかしてしまった新米冒険者への『説教』もまた、ある意味、彼の伝説を支えるひとつとなっているからだ。

「改めて礼を言わせてくれ、シーノ」

 最後にジョットは、振り返ってこう言ったのだった。

「有難う。お前には助けられた。いつか必ずこの借りは返す。たとえ何があっても――約束だ」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
 2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。  死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。  命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。  自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

処理中です...