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第十九話 スミルの場合(2)
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すると、
「おいおいおい……何でこんな時に!」
門番長が吐き捨てるように言った視線の先に、低く唸りを上げる黒狼の群れが見えた。五頭――いや、六頭はいるだろうか。向こうはとっくにこちらに気付いているようで、竜車を取り囲むように徐々に陣形を広げつつ、ゆっくりとこちらに向かってくる。
「追い払うぞ! 竜車を守るんだ!」
門番長の一声で一同の顔付きが強張る。ここにいるのが門番たちだけであれば、城壁付近まで退くなりとまだ他にやりようもあったのだが、後ろに竜車がいるこの状況では足を止めて撃退するしかない。
ぐるるらっ!
足の速い一頭が宙に身を躍らせる。
「なろっ!」
「ひ――!」
門番たちは必死に手にした木槍を振ったが、当たるどころかかすりもしない。難なく着地した黒狼の鋭い眼差しは次なる機会を油断なく窺っている。
ぐるる……。
「お、おい、何とかしたまえ!」
車体の奥で震えているであろう小ナルセンが腹立たし気に拳を叩きつけながら金切声を張り上げた。
「御者! 何故停めた!? どうして竜車を走らせないのだ! い、いいから鞭を入れて突っ走れ!」
無口で従順な御者は形だけ右手を振り上げたものの、どうすべきか迷っている様子である。
このまま竜車を独走させてしまえば、黒狼たちは一斉に竜車目がけて飛びかかってくるかもしれない。いくら二頭立ての箱型竜車だとは言え、瞬間的なスピードに関しては黒狼の方が断然速い。それになにより、主人はいくらか安全な車体の中にいるのだろうが、御者である自分は剥き出しの御者台の上なのである。
ぐるるらっ!
ぐるるらっ!
今度は二頭同時に宙を舞った。
「こいつめ!」
一頭は門番長の振った木槍が身をかすめ、悲鳴を上げて飛び退いた。
もう一頭は――。
「う――わわわわわっ!!」
がきりっ!
慌てて横一文字に構えたスミルの木槍にがっちりと嚙みついた。不機嫌そうな低い唸り声を上げて、全身を鞭のごとく振り回すようにして何度も身を捩る。そのたび、細いスミルの身体が右へ左へと危なっかしくバランスを失ってよろける。
「ス、スミル! 踏ん張れ! 押し返すんだ!」
「って言われてもぉ!!」
目と鼻の先で黒狼が荒く息を吐き、息が詰まりそうな酷い臭いと飛び散る生暖かい唾液がスミルの焦りを増幅させる。
死ぬ――!
こんなところで!
走馬燈がよぎる暇すらない。
頭の中は白熱したように真っ白で、何一つまともに浮かんでこなかった。
ぐ――!
怒りに満ちた黒狼の血走った瞳と恐怖のあまり閉じてしまいそうになるスミルの視線が交差した次の瞬間、
「なああああああああああああああああっ!」
突如、スミルの全身に自分でもにわかには信じられないほどの力が宿った。
びょうっ!!
細い腕がすっぽ抜けたかと思ったくらいの一振り。
ひゃん!
それをまともに喰らった黒狼は、蹴り飛ばされた子犬のような悲鳴を上げ元いた群れの方まで吹っ飛んでいき、受け身も取れずに大地に叩きつけられてひくひくと痙攣している。
「お……おいおい」
見ていた門番長までが思わず声を失った。
ぐるる……。
再び寄り集まった黒狼たちは戸惑うような視線をこちらに向けている。
「う……うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
未だ説明のつかない何かの力に揺り動かされるように、ぶるぶると身を震わせながらスミルが吼えた。
「あ、あっちに行け! 行っちまえよ! ほら!」
ぐるる……。
ぐる……。
まるでスミルの言葉を理解したかのように、黒狼たちは低い唸り声を漏らしながら踵を返す。やがて、黒狼たちの群れは渋々その場から立ち去っていった。
「は……ははは……」
虚ろな笑い声が勝手に口から漏れた。
その背中を、
ばしっ!
思い切りどやされ、スミルは、うっ、と呻いた。
「おいおい! スミル! お前、やるじゃないか! すっかり見直したぞ!?」
「は、ははは。ど、どうも……」
何と答えるべきか自分でも分からなかった。
何が起こったのだろう?
さっき感じた力の奔流は、もう自分の中には欠片も残っていない。だが、火事場のクソ力だとかそういう類の言葉では到底説明できそうにもなかった。
「な、なあ? スミル?」
「?」
恐る恐る声をかけた門番仲間の表情は少し引き攣っていた。
「お前って、怒ると怖……い、いや、何でもない」
それを聞いたスミルは、もはやおかしくて、笑うしかなかった。
「おいおいおい……何でこんな時に!」
門番長が吐き捨てるように言った視線の先に、低く唸りを上げる黒狼の群れが見えた。五頭――いや、六頭はいるだろうか。向こうはとっくにこちらに気付いているようで、竜車を取り囲むように徐々に陣形を広げつつ、ゆっくりとこちらに向かってくる。
「追い払うぞ! 竜車を守るんだ!」
門番長の一声で一同の顔付きが強張る。ここにいるのが門番たちだけであれば、城壁付近まで退くなりとまだ他にやりようもあったのだが、後ろに竜車がいるこの状況では足を止めて撃退するしかない。
ぐるるらっ!
足の速い一頭が宙に身を躍らせる。
「なろっ!」
「ひ――!」
門番たちは必死に手にした木槍を振ったが、当たるどころかかすりもしない。難なく着地した黒狼の鋭い眼差しは次なる機会を油断なく窺っている。
ぐるる……。
「お、おい、何とかしたまえ!」
車体の奥で震えているであろう小ナルセンが腹立たし気に拳を叩きつけながら金切声を張り上げた。
「御者! 何故停めた!? どうして竜車を走らせないのだ! い、いいから鞭を入れて突っ走れ!」
無口で従順な御者は形だけ右手を振り上げたものの、どうすべきか迷っている様子である。
このまま竜車を独走させてしまえば、黒狼たちは一斉に竜車目がけて飛びかかってくるかもしれない。いくら二頭立ての箱型竜車だとは言え、瞬間的なスピードに関しては黒狼の方が断然速い。それになにより、主人はいくらか安全な車体の中にいるのだろうが、御者である自分は剥き出しの御者台の上なのである。
ぐるるらっ!
ぐるるらっ!
今度は二頭同時に宙を舞った。
「こいつめ!」
一頭は門番長の振った木槍が身をかすめ、悲鳴を上げて飛び退いた。
もう一頭は――。
「う――わわわわわっ!!」
がきりっ!
慌てて横一文字に構えたスミルの木槍にがっちりと嚙みついた。不機嫌そうな低い唸り声を上げて、全身を鞭のごとく振り回すようにして何度も身を捩る。そのたび、細いスミルの身体が右へ左へと危なっかしくバランスを失ってよろける。
「ス、スミル! 踏ん張れ! 押し返すんだ!」
「って言われてもぉ!!」
目と鼻の先で黒狼が荒く息を吐き、息が詰まりそうな酷い臭いと飛び散る生暖かい唾液がスミルの焦りを増幅させる。
死ぬ――!
こんなところで!
走馬燈がよぎる暇すらない。
頭の中は白熱したように真っ白で、何一つまともに浮かんでこなかった。
ぐ――!
怒りに満ちた黒狼の血走った瞳と恐怖のあまり閉じてしまいそうになるスミルの視線が交差した次の瞬間、
「なああああああああああああああああっ!」
突如、スミルの全身に自分でもにわかには信じられないほどの力が宿った。
びょうっ!!
細い腕がすっぽ抜けたかと思ったくらいの一振り。
ひゃん!
それをまともに喰らった黒狼は、蹴り飛ばされた子犬のような悲鳴を上げ元いた群れの方まで吹っ飛んでいき、受け身も取れずに大地に叩きつけられてひくひくと痙攣している。
「お……おいおい」
見ていた門番長までが思わず声を失った。
ぐるる……。
再び寄り集まった黒狼たちは戸惑うような視線をこちらに向けている。
「う……うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
未だ説明のつかない何かの力に揺り動かされるように、ぶるぶると身を震わせながらスミルが吼えた。
「あ、あっちに行け! 行っちまえよ! ほら!」
ぐるる……。
ぐる……。
まるでスミルの言葉を理解したかのように、黒狼たちは低い唸り声を漏らしながら踵を返す。やがて、黒狼たちの群れは渋々その場から立ち去っていった。
「は……ははは……」
虚ろな笑い声が勝手に口から漏れた。
その背中を、
ばしっ!
思い切りどやされ、スミルは、うっ、と呻いた。
「おいおい! スミル! お前、やるじゃないか! すっかり見直したぞ!?」
「は、ははは。ど、どうも……」
何と答えるべきか自分でも分からなかった。
何が起こったのだろう?
さっき感じた力の奔流は、もう自分の中には欠片も残っていない。だが、火事場のクソ力だとかそういう類の言葉では到底説明できそうにもなかった。
「な、なあ? スミル?」
「?」
恐る恐る声をかけた門番仲間の表情は少し引き攣っていた。
「お前って、怒ると怖……い、いや、何でもない」
それを聞いたスミルは、もはやおかしくて、笑うしかなかった。
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