俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね

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 夜、布団にくるまりながら、スマホを握っていた。
 画面は暗く、俺の顔をぼんやりと映している。
 その向こうに、“悠人”という名前が並ぶトーク履歴が、ただ静かに佇んでいる。

 何度開いても、結局なにも打てなくて、また閉じる。

(なんなんだよ、これ……)

 ため息を吐くと、カーテン越しの街灯の光が、天井に淡く広がった。

 

 昨日、下駄箱の前で、悠人が何かを言いかけた。

 気づいてた。気づいてたのに、俺は聞き返せなかった。

(……期待して、何もなかったらって思うと、こわくて)

 自分から一歩も踏み出せないまま、また置いていかれるような気がして。
 悠人の言葉が宙に消えたあと、俺は何もなかったみたいな顔で歩き出してしまった。

 

 朝の教室。
 いつも通りのざわめきの中、悠人はいつもの席にいて、
 俺はいつも通りに「おはよ」と声をかけて、
 悠人も「おはよ」と返してくれた。

 それだけのやりとりが、今はもうすごく貴重に思える。

 

 昼休み、机に突っ伏しながら、ぼんやりと考える。

(少しは、前みたいに戻れてるのかな)

そんな気もする。
でも同時に、「前と違う」ことも、ちゃんとわかってる。

 前は、何を言っても笑ってくれた。
 無言になっても、気まずくなんかなかった。
 俺は勝手に、“悠人はもう俺の彼氏なんだ”って思い込んで……

 ほんとにもう、世界がピンクのフィルターでもかかってたのかってくらい、なんでもかんでも「彼氏とラブラブ♡」に変換されてた。

 学校で同じグループだっただけのプリント配りすら「俺のために…?」とかときめいてたし、キスもしてないのに、将来のことまで考え始めてた。

 まじで今思うと、バカすぎて笑える。
 どこの少女漫画かっての。

(なにやってんだよ、俺……)

 思い出した瞬間、机に顔を押しつけて身悶える。

(ほんと無理。
 俺、その頃の記憶だけで消し飛びそう。ていうか、いっそ吹っ飛ばしてくれ)


 横に悠人がいるだけで、安心してた。
 夜に「今日も楽しかったね」って通話して、それだけで一日が満たされてた。

(……バカみたいだよな、ほんと)

今は、言葉を探してばかりだ。
本当は話したいことが山ほどあるのに、全部喉の奥で詰まってしまう。
(少しは、前みたいに戻れてるのかな)

 そんな気もする。
 でも同時に、「前と違う」ことも、ちゃんとわかってる。

 前は、何を言っても笑ってくれた。
 無言になっても、気まずくなんかなかった。

 今は、言葉を探してばかりだ。
 本当は話したいことが山ほどあるのに、全部喉の奥で詰まってしまう。

(……どうして、こんなに面倒くさい人間になったんだろ)

 

 放課後、クラスメイトに「今日もバイト?」と聞かれて、首を振った。

「ううん、休み」

「あ、そうなんだ。じゃ、またね」

 そのまま、鞄を持って校門を出る。

 バイトも、約束もない帰り道。
 歩く速度もまちまちで、なんとなく行き先さえぼやけている。

 

 駅までの道すがら、昨日悠人と話した場所を通りかかる。

 下駄箱の前、少し沈黙があったあと、あいつが言った言葉。

『最近、バイト……多いよな』

 あの声、あの目線。
 きっと、もっと何か言いたかったんだと思う。

 でも、俺が背中を向けたせいで、消えてしまった。

(……俺が、逃げたんだ)

 言葉を飲み込ませてしまった。

 まるで、俺が怖がってることを、悠人が代わりに背負わされてるみたいに。

(ほんと、最低だな……)

 

 何度目かわからない後悔が、今日もまた胸に沈んでいく。

 足元に落ちる影が、夕陽で少しだけ長くなる。

 あのとき、「一緒に帰ろう」って言えてたら。

 あのとき、振り返って聞き返せてたら。

 そうすれば、今よりほんの少しは、違っていたんだろうか。

 

 家に着いて、制服のままベッドに倒れ込む。

 スマホを取り出し、悠人のトークを開いて――そこに、指を置く。

「今なにしてる?」

 そう打って、しばらくじっと見つめる。

 この一言で、全部が変わってしまうかもしれない。
 変わらなかったとしても、俺だけが期待してたって思うのは、きっと耐えられない。

 指を止めたまま、目を閉じる。

 そして、メッセージを残したままアプリを閉じる。

(聞けなかった言葉が、ずっと俺の背中にくっついて離れない)

 

 いつかちゃんと、聞ける日は来るんだろうか。
 それとも、これ以上近づいたら、もう戻れなくなるだけなんだろうか。

 わからない。
 でも、もう少しだけ、このままでいたいと思ってしまった。

 

 画面がゆっくりと暗くなる。

 俺の中にはまだ、言えなかったことばかりが残っていた。

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