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攻め視点
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きっかけは、ほんの些細なことだった。
バスの待ち時間に、なんとなく入った近所の薬局。
特に買うものもなく、売り場の前でぼんやりしていた俺に、「なにかお探しですか?」って、柔らかい声がした。
顔を上げたら、そこに立ってたのが彼だった。
少し眠たげな目元、淡々とした口調。
でもその声は妙に優しくて、なぜか俺の頭にこだました。
「……あ、いや、大丈夫っす」
咄嗟にそう返したけど、その間ずっと胸はドクンドクンと音を立てていた。
バスは乗り過ごした。
だが、そんなことは気にならないくらい、心の中はぐちゃぐちゃだった。
それから、俺はその薬局に通い詰めるようになった。
最初は薬局内を彷徨く程度だったが、レジに行くと「レジ袋はおつけしますか?」など必ず会話が発生することに気づいて、レジの担当を確認して毎回何かを買うようになった。
最初は風邪薬。次はビタミン剤。
最初はシフトの日に一日一回だったのが、2回、3回と増えていく。
一人暮らしの俺の部屋には、使用予定のない医薬品や食べ物が積まれていった。
そんなある日——
「いつもありがとうございます。ポイントカードはお持ちですか?」
特に欲しいわけでもない歯磨き粉をレジに持っていったとき、確かにそう言われたのだ。
「いつも」?ってことは、俺のこと、覚えて…?
その一言が、頭から離れなくなった。
“覚えてる”ってことは、俺を見てくれてるってことだ。
「いつもありがとう」なんて。
お礼を言われるようなことは何もしてないのに。
もしかして、「いつも(会いに来てくれて)ありがとう」かもしれない。
そんな、そんな。俺がやりたくてやってるだけなのに、お礼なんて…
周囲に紛れて立っていると、彼の動きが見える。レジの様子、休憩に入るタイミング。
名前が知りたくて、レシートの担当名を眺めたり、どんな家で生活してるのかを知りたくて、帰り道をこっそりつけてみたり。
彼のSNSも、すぐ見つけた。
投稿はそんなに多くなかった。だけど、ポツンとした独り言みたいなつぶやきを、俺はどんどん拾っていった。
「コンビニのレジでレシート渡すとき手を触られるとちょっと困る」
そんなことをする輩が俺以外にいるのか…俺は好かれているからまだしも、客の分際で手を触るなんて、気持ち悪いだろ。
「今日もおばあちゃんに道聞かれた。人畜無害そうな顔してるからかな」
そうだよ、優しい顔してるもんな。変なやつから目をつけられないように、俺がちゃんと守ってやらないと。
投稿内容と俺の知ってる彼がどんどんリンクしていって、俺は毎日何度もSNSを確認するようになった。
そして、昨日。
「体調悪いから今日はバイト休んだ…なんか食べ物買っとけばよかった…」
熱があるらしい。
薬も、食べ物もないらしい。
見た瞬間、心臓がバクバクいって、目の前が白くなった。
きっと俺は今日のために、あの薬局で風邪薬やスポーツドリンクを買い溜めてきたんだ。
“今日この時”のためだ。
彼が薬局でバイトしてたのも、出会いがその薬局だったのも、今日に向けて運命が動き始めていたんだ。
彼が倒れそうなとき、助けられるのは——俺しかいない。
彼は俺を覚えてて、声もかけてくれて、俺と会えることに感謝までしてくれた。
SNSもオープンで、自分のことを公開してくれてる。
“見つけてね”って、そう言ってるみたいだった。
だったら、行かない理由なんて、あるわけない。
スポーツドリンクも、レトルトのおかゆも、ゼリーも、解熱剤も——俺の部屋には全部そろってる。
彼の顔が見たくて、必要もないのに買い続けたものたち。
これは俺たちの“記念品”だ。俺が彼を想ってきた証だ。
風邪をひいた君を看病するのは、他の誰でもない。
俺であるべきなんだ。
だから俺は今、ここにいる。
チャイムを押して、ドアが開くのを待っている。
いつもよりちょっとだけ乱れた髪の隙間から、熱のせいか赤くなった目元が覗く。
「来ちゃった。風邪、大丈夫?」
——安心して。
俺が、君の一番近くにいるから。
バスの待ち時間に、なんとなく入った近所の薬局。
特に買うものもなく、売り場の前でぼんやりしていた俺に、「なにかお探しですか?」って、柔らかい声がした。
顔を上げたら、そこに立ってたのが彼だった。
少し眠たげな目元、淡々とした口調。
でもその声は妙に優しくて、なぜか俺の頭にこだました。
「……あ、いや、大丈夫っす」
咄嗟にそう返したけど、その間ずっと胸はドクンドクンと音を立てていた。
バスは乗り過ごした。
だが、そんなことは気にならないくらい、心の中はぐちゃぐちゃだった。
それから、俺はその薬局に通い詰めるようになった。
最初は薬局内を彷徨く程度だったが、レジに行くと「レジ袋はおつけしますか?」など必ず会話が発生することに気づいて、レジの担当を確認して毎回何かを買うようになった。
最初は風邪薬。次はビタミン剤。
最初はシフトの日に一日一回だったのが、2回、3回と増えていく。
一人暮らしの俺の部屋には、使用予定のない医薬品や食べ物が積まれていった。
そんなある日——
「いつもありがとうございます。ポイントカードはお持ちですか?」
特に欲しいわけでもない歯磨き粉をレジに持っていったとき、確かにそう言われたのだ。
「いつも」?ってことは、俺のこと、覚えて…?
その一言が、頭から離れなくなった。
“覚えてる”ってことは、俺を見てくれてるってことだ。
「いつもありがとう」なんて。
お礼を言われるようなことは何もしてないのに。
もしかして、「いつも(会いに来てくれて)ありがとう」かもしれない。
そんな、そんな。俺がやりたくてやってるだけなのに、お礼なんて…
周囲に紛れて立っていると、彼の動きが見える。レジの様子、休憩に入るタイミング。
名前が知りたくて、レシートの担当名を眺めたり、どんな家で生活してるのかを知りたくて、帰り道をこっそりつけてみたり。
彼のSNSも、すぐ見つけた。
投稿はそんなに多くなかった。だけど、ポツンとした独り言みたいなつぶやきを、俺はどんどん拾っていった。
「コンビニのレジでレシート渡すとき手を触られるとちょっと困る」
そんなことをする輩が俺以外にいるのか…俺は好かれているからまだしも、客の分際で手を触るなんて、気持ち悪いだろ。
「今日もおばあちゃんに道聞かれた。人畜無害そうな顔してるからかな」
そうだよ、優しい顔してるもんな。変なやつから目をつけられないように、俺がちゃんと守ってやらないと。
投稿内容と俺の知ってる彼がどんどんリンクしていって、俺は毎日何度もSNSを確認するようになった。
そして、昨日。
「体調悪いから今日はバイト休んだ…なんか食べ物買っとけばよかった…」
熱があるらしい。
薬も、食べ物もないらしい。
見た瞬間、心臓がバクバクいって、目の前が白くなった。
きっと俺は今日のために、あの薬局で風邪薬やスポーツドリンクを買い溜めてきたんだ。
“今日この時”のためだ。
彼が薬局でバイトしてたのも、出会いがその薬局だったのも、今日に向けて運命が動き始めていたんだ。
彼が倒れそうなとき、助けられるのは——俺しかいない。
彼は俺を覚えてて、声もかけてくれて、俺と会えることに感謝までしてくれた。
SNSもオープンで、自分のことを公開してくれてる。
“見つけてね”って、そう言ってるみたいだった。
だったら、行かない理由なんて、あるわけない。
スポーツドリンクも、レトルトのおかゆも、ゼリーも、解熱剤も——俺の部屋には全部そろってる。
彼の顔が見たくて、必要もないのに買い続けたものたち。
これは俺たちの“記念品”だ。俺が彼を想ってきた証だ。
風邪をひいた君を看病するのは、他の誰でもない。
俺であるべきなんだ。
だから俺は今、ここにいる。
チャイムを押して、ドアが開くのを待っている。
いつもよりちょっとだけ乱れた髪の隙間から、熱のせいか赤くなった目元が覗く。
「来ちゃった。風邪、大丈夫?」
——安心して。
俺が、君の一番近くにいるから。
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