私の邪悪な魔法使いの友人

ロキ

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シーズン1 魔法使いの塔

第二章 4)通訳兼助手

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 厨房は広々としていた。
 この塔にいる全ての人間たちの胃袋を満足させるためには、これぐらいの広さは必要なのであろう。

 石で出来た竃の数が四つも五つもある。

 木製の大きなテーブルには、まな板や陶器の素朴な作りの皿や、ナイフが置いてあり、そこでなら同時に何人もの人間が調理出来るサイズだ。

 私は出入りしたことがないが、都などにある大きな宿屋の厨房や、宮殿の厨房などは、このような作りなのであろう。

 全体的に窓の少ないこの塔にしては珍しく、厨房にはいくつか大きな窓があった。
 そのせいで日当たりも風通しも良く、普通の街の民家にいるような快適さを感じる。

 その厨房の奥、食堂と逆のほうにもう一つ部屋があって、そこにはたくさんの数の食器やグラスが並べられているようだ。

 彼女はその部屋から、凝った装飾が施された陶器を持って戻ってきて、そこにコーヒーをいれてくれた。

 彼女の名前はアビュという。

 祖父と祖母、そして父の四人でこの塔で生活しているらしい。

 母とは離れて暮らしているようだ。
 母はもともと近くの村の出身で、結婚してからこの塔で暮らすようになったらしい。
 しかしアビュが幼い頃に、この塔での生活に疲れて出ていったという。

 「それは寂しいね」

 「まあ、出ていったきり、会ってないからね」

 素直にその寂しさを認めるのは嫌なのか、アビュは複雑な笑みを浮かべた。

 朝食を食べながら、私はアビュの個人的な事情だけでなく、この塔の詳しい状況も訊いた。

 相変わらず、パンと一緒に出してくれたベーコンには何の味付けもされてなくて、味のほうはイマイチだったが、その会話で私が欲しかった情報はいくらか手に入った。

 この塔で働く召使いたちの多く、約七割が、いわゆるゲオルゲ族であるらしい。
 先程、私が階下で出くわした召使いたちのことである。

 ゲオルゲ族というのは、ここからはるか南の島国に多く住んでいる民族で、どういう事情でこの塔に連れてこられたのか、もはや昔のことで事情はわからないらしいが、彼らはこの塔に住み着いた一族では最古のようだ。

 召使いたちの間でもヒエラルキーがあるらしい。

 最多数のゲオルゲ族が一番上で、彼らの下にその他三割の、様々な国から来た召使いがいる。
 ゲオルゲ族がやりたがらない仕事を、その残りの三割がやらされているようだ。

 しかしそうは言っても実質、ゲオルゲ族なしでこの塔を円滑に運営するのは不可能なよう。

 「なるほど、それじゃあ尚更、通訳が必要だな」

 私はアビュの言葉に相槌を打ちながらそう言った。

 「そうかもね、ゲオルゲ族の言葉は独特だから」

 アビュは私との話しに夢中になって、料理の手を完全に止めていた。
 何だか彼女の仕事を邪魔している気がしたが、私は更にアビュに尋ねた。

 「この塔の事情に詳しい人間と言えば誰が思いつくかな? たとえば召使いの中のリーダー格的存在はいるかどうか知りたいんだけど」

 「うーん、リーダーみたいなのは特にいないと思う。ゲオルゲ族のことはよくわからないけど」

 アビュは思い悩むように、ショートカットの髪を何度か揺らしてからそう言った。「それと、この塔の事情に詳しい人も思いつかない。みんな、自分のテリトリーのことにしか興味がない人ばっかりだと思うけど」

 「たとえば君のお父さんとかお祖父さんとかは?」

 「パパもお祖父ちゃんも詳しいと言うほどじゃないと思う。でも詳しいっていうのは例えばどういうこと?」

 「詳しいっていうのは、この塔を維持していくために、どれくらいの人員が必要かってことがわかっているとか」

 「ああ、そんな人はいないんじゃないかな。今は多過ぎるかもしれないけど」

 「じゃあ、この塔の見取り図を持ってる人は?」

 「そんなのないと思う。必要なら自分で作らないと」

 「でもざっと見て、部屋はどれくらいあると君は思う?」

 「さあ、見当もつかない。地下牢もあるって噂だし、主人のいる西の塔は行ったことないし、私たちみたいな下っ端の召使いが立ち入れない倉庫もあるし」

 「そうか・・・」

 ということは、やはり地道にこの塔を散策して、見取り図を作り、そして人員名簿を作りをしなければいけないようだ。

 私はその面倒な作業を思って、大きなため息を吐いた。
 やはり簡単に終わる仕事では無さそうである。私が街に帰れる日はまだ遠い。

 とはいえ、アビュに出会った。 
 朝に比べたら、一歩前進を見せたことは確かだ。

 「食事は毎食、君が作ってるのかな?」

 ため息を吐いた私をいぶかしげに見ていたアビュに、私は尋ねた。

 「うん、私たち家族の分と、この塔の主の分、そしてこれからはお客さんの分をね」

 この言葉で料理をしなければいけないことを思い出したのか、アビュはまたナイフと野菜を手に取った。

 「お父さんは手伝ってくれないんだ?」

 「他の仕事で忙しくてそれどころじゃないよ。パパは村や町まで食事を買い出しに行くのが仕事だから」

 「じゃあお祖父ちゃんやお祖母ちゃんは?」

 「たまに手伝ってくれるけど、もうかなりの高齢だし。それにお祖母ちゃんと一緒に料理するとうるさいんだ。野菜の切り方がなってないとか、味付けがどうとか。お前は料理が向いてないってまで言ってくるし」

 「わかった」

 私は彼女に同情するように何度か頷きながら、言った。「じゃあプラーヌスに言って、この仕事、誰か代わりにやらせよう」

 「えっ?」

 「そうだな、そもそも最初に料理番だった、ゲオルゲ族の人間にでも。まあ、いずれ宮廷で働いているような腕の良い料理人を雇うつもりだって、プラーヌスは言ってたしね。とにかく、君はもうこの仕事はしなくていいよ」

 「ちょ、ちょっと待ってよ、私、別にこの仕事嫌ってわけじゃないけど・・・」

 アビュは私の言葉にひどくショックを受けたようで、すがりつくように言ってきた。「あっ、わかった、やっぱり私の料理、口に合わなかったんだね。お願い、これから頑張って料理上手くなるから、私をここから追い出さないでよ」

 どうやら私の言葉は、彼女に誤解を与えたようだ。
 私は慌てて弁解した。

 「違うよ。新しい仕事があるんだ。君にしか出来ないことだよ」

 「私にしか出来ないこと?」

 「ああ、私の助手兼通訳をやって欲しいんだ」

 「えっ? 何それ?」

 「君は頭が良さそうだし、好奇心も旺盛のようだ」

 それにこの陰鬱な塔に似合わず明るい。

 「字は書けるかな?」

 「まあ、多少はね」

 「簡単な計算は?」

 「一応出来るけど」

 「持病とかもなさそうだね?」

 「健康そのものだよ」

 「よし、何一つ問題無しだ。文句は言わせない。僕の仕事を手伝ってもらいたい」

 「そ、それじゃあ塔を追い出そうってわけじゃないんだ」

 なんだ、良かったと、胸を撫で下ろしながらアビュはそう言った。
 私もアビュがその仕事を快諾してくれたことがわかって、同じようにホッと胸を撫で下ろした。

 「助手兼通訳だっけ?」

 アビュが確かめるように尋ねてきた。

 「ああ、そうさ」

 「何だか面白そうだね。もしかしたらそういう仕事のほうが私向きかもしれない」

 アビュは上機嫌にそう言った。まるで新しく繕って貰ったドレスを、鏡の前で試し着している娘のように。
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