17 / 91
シーズン1 魔法使いの塔
第三章 1)大群大発生
しおりを挟む
その日の夜、どうもぐっすりと眠れなかった。
あまりにもインパクトのあった、あのグロテスクな怪物の姿が、脳裏から消え去らなかったからだろう。
もしかしたらあの怪物の夢を見ていたかもしれない。
そうじゃなくても、まだ私の近くをうろついているような気分がして、眠りは少しも心地良くなかった。
私は何かの予感に打たれたせいなのか、それともまるで眠りと呼べないくらいそれは浅かったからか、浜辺に打ち上げられるようにして深夜に目覚めてしまった。
それからも眠ろうと必死に努力した。
たとえ夢の中であの怪物に追いかけられようとも、この夜の闇が嫌だ。
とにかく眠りの中に逃げ込みたい。そして一刻も早く朝の光を見たい。
しかしなかなか眠りは訪れてくれなかった。
すると、またあの悲しげな女性の泣き声が聞こえてきたのだ。
シクシクと、恨みがましい声がして、私はビクリとして跳ね起き、部屋の中を見回した。
どこから聞こえてくるのかわからない。
しかしその声は確かに聞こえてくる。
この塔のどこかに存在している!
恐怖のせいで、更に目が冴えた。
私は完全に眠ることを諦めた。
しかしそれは更なる事件のプレリュードに過ぎなかったわけだ。
それから少し経って、召使いたちの悲鳴が聞こえてきた。
この塔は広大で、私の部屋から召使いの居住エリアまで、街で言えば一件の靴屋から違う一件の靴屋ぐらいの距離があるはずなのに、まるで一個の管楽器として設計されているのか、気持ちの良いくらい声が響いてきた。
またあの同じような怪物が出たに違いない。
そう思って私はすぐに部屋を飛び出た。
あの怪物を見るのはもう懲り懲りだし、私が出向いたところでどうこう出来る問題とも思えなかったが、ここでじっとしているよりも、大騒ぎになっている現場に出向いたほうがマシな気がした。
それに、一応この塔のナンバー2としての責任感もあったかもしれない。
とにかく私は部屋を出て東の回廊を駆けた。
中央の塔に着くと、ちょうどアビュが北の回廊の扉を開けようとしているところだった。
「また出たわ!」
アビュはベッドからそのまま這い出てきたのか、寝床で着るような薄い衣服をまとっているだけだった。
夜の涼しさに寒そうに見えたし、身体の線もあらわだ。
私は目のやり場に困った。
いや、もちろん、まだ子供のような体つきのアビュのそんな姿を見たからって、それに動じるわけはない。
そんなの当然だ、言い訳するまでもない。
しかしこんな格好でウロウロすると、他の召使いたちも驚いてしまうかもしれないと思ったのだ。
私は自分の上着を、そっと彼女に着せてやる。
「しかも一匹や二匹じゃない。あの怪物がそこら中にウヨウヨしているの!」
私の心遣いに気づいた様子もなく、アビュが怒鳴るように言ってきた。
しかしそれくらい、とんでもないことが起きているということかもしれない。
「ウヨウヨって?」
「大群よ、巣穴を突いて蜂がブンブン出てきたかのような」
私はその様子を想像して、思わず足がすくんでしまった。
このような事態は、もはや私一人の手に負えそうもない。
「わかった、プラーヌスを呼んできた方がいいな」
「もう来ているさ」
西の回廊に通じる扉が開き、プラーヌスが現れた。
表情を見るまでもなく、その足音だけでどれだけ機嫌が悪いのが感じ取れる。
それでも恐る恐る振り返りプラーヌスを見た。
彼は静かに微笑みを浮かべていたが、それが逆に彼の怒りの大きさを証明している気がする。
「なあ、シャグラン、なぜ僕が太陽に背き、こんな真夜中まで起きて魔法の研究をしているか知らないわけじゃないだろ? 夜のほうが魔界と接続しやすいからだ。そっちのほうが魔族たちとのコミュニケーションが上手くいくからだ」
プラーヌスは夕食のときに着ていたのとは違う、全身を覆う黒いローブをまとい、背丈と同じくらいあるのではないかという、いつもの長い傘を持っていた。
その暗黒のローブのせいで、彼の肌がいっそう白く引き立っている。
これが魔法使いの正装だろう。
魔法使いの詳しいことはわからないが、彼が何かの作業に打ち込んでいたことは間違いない。
「この時間はとても貴重なんだ。一刻の遅れが大変な喪失につながる。相手は世にも気まぐれな魔族だからね」
そう言い終わった後、プラーヌスは私の前で立ち止まった。
「大変な数の怪物が出てきたようなんだ・・・」
私は言い訳するようにそう言った。
むしろその作業中断も仕方ないくらいの大事件が起きていることを祈りながら。
「アビュの報告に拠れば足の踏み場もないくらい、あの怪物たちで溢れているらしい」
私は同意を求めるようにアビュを見た。
しかし彼女は、プラーヌスの前ではいつもの溌剌とした性格を無くしてしまうようだ。
アビュは私の言葉にも遠慮がちに頷くだけだ。
「門番たちから何も報告はないな」
プラーヌスが言った。
「あ、ああ。ないようだけど」
「だとすると、奴らは塔の中に潜んでいたわけか。いいだろう、今夜でこの件は徹底的に片付けよう」
あまりにもインパクトのあった、あのグロテスクな怪物の姿が、脳裏から消え去らなかったからだろう。
もしかしたらあの怪物の夢を見ていたかもしれない。
そうじゃなくても、まだ私の近くをうろついているような気分がして、眠りは少しも心地良くなかった。
私は何かの予感に打たれたせいなのか、それともまるで眠りと呼べないくらいそれは浅かったからか、浜辺に打ち上げられるようにして深夜に目覚めてしまった。
それからも眠ろうと必死に努力した。
たとえ夢の中であの怪物に追いかけられようとも、この夜の闇が嫌だ。
とにかく眠りの中に逃げ込みたい。そして一刻も早く朝の光を見たい。
しかしなかなか眠りは訪れてくれなかった。
すると、またあの悲しげな女性の泣き声が聞こえてきたのだ。
シクシクと、恨みがましい声がして、私はビクリとして跳ね起き、部屋の中を見回した。
どこから聞こえてくるのかわからない。
しかしその声は確かに聞こえてくる。
この塔のどこかに存在している!
恐怖のせいで、更に目が冴えた。
私は完全に眠ることを諦めた。
しかしそれは更なる事件のプレリュードに過ぎなかったわけだ。
それから少し経って、召使いたちの悲鳴が聞こえてきた。
この塔は広大で、私の部屋から召使いの居住エリアまで、街で言えば一件の靴屋から違う一件の靴屋ぐらいの距離があるはずなのに、まるで一個の管楽器として設計されているのか、気持ちの良いくらい声が響いてきた。
またあの同じような怪物が出たに違いない。
そう思って私はすぐに部屋を飛び出た。
あの怪物を見るのはもう懲り懲りだし、私が出向いたところでどうこう出来る問題とも思えなかったが、ここでじっとしているよりも、大騒ぎになっている現場に出向いたほうがマシな気がした。
それに、一応この塔のナンバー2としての責任感もあったかもしれない。
とにかく私は部屋を出て東の回廊を駆けた。
中央の塔に着くと、ちょうどアビュが北の回廊の扉を開けようとしているところだった。
「また出たわ!」
アビュはベッドからそのまま這い出てきたのか、寝床で着るような薄い衣服をまとっているだけだった。
夜の涼しさに寒そうに見えたし、身体の線もあらわだ。
私は目のやり場に困った。
いや、もちろん、まだ子供のような体つきのアビュのそんな姿を見たからって、それに動じるわけはない。
そんなの当然だ、言い訳するまでもない。
しかしこんな格好でウロウロすると、他の召使いたちも驚いてしまうかもしれないと思ったのだ。
私は自分の上着を、そっと彼女に着せてやる。
「しかも一匹や二匹じゃない。あの怪物がそこら中にウヨウヨしているの!」
私の心遣いに気づいた様子もなく、アビュが怒鳴るように言ってきた。
しかしそれくらい、とんでもないことが起きているということかもしれない。
「ウヨウヨって?」
「大群よ、巣穴を突いて蜂がブンブン出てきたかのような」
私はその様子を想像して、思わず足がすくんでしまった。
このような事態は、もはや私一人の手に負えそうもない。
「わかった、プラーヌスを呼んできた方がいいな」
「もう来ているさ」
西の回廊に通じる扉が開き、プラーヌスが現れた。
表情を見るまでもなく、その足音だけでどれだけ機嫌が悪いのが感じ取れる。
それでも恐る恐る振り返りプラーヌスを見た。
彼は静かに微笑みを浮かべていたが、それが逆に彼の怒りの大きさを証明している気がする。
「なあ、シャグラン、なぜ僕が太陽に背き、こんな真夜中まで起きて魔法の研究をしているか知らないわけじゃないだろ? 夜のほうが魔界と接続しやすいからだ。そっちのほうが魔族たちとのコミュニケーションが上手くいくからだ」
プラーヌスは夕食のときに着ていたのとは違う、全身を覆う黒いローブをまとい、背丈と同じくらいあるのではないかという、いつもの長い傘を持っていた。
その暗黒のローブのせいで、彼の肌がいっそう白く引き立っている。
これが魔法使いの正装だろう。
魔法使いの詳しいことはわからないが、彼が何かの作業に打ち込んでいたことは間違いない。
「この時間はとても貴重なんだ。一刻の遅れが大変な喪失につながる。相手は世にも気まぐれな魔族だからね」
そう言い終わった後、プラーヌスは私の前で立ち止まった。
「大変な数の怪物が出てきたようなんだ・・・」
私は言い訳するようにそう言った。
むしろその作業中断も仕方ないくらいの大事件が起きていることを祈りながら。
「アビュの報告に拠れば足の踏み場もないくらい、あの怪物たちで溢れているらしい」
私は同意を求めるようにアビュを見た。
しかし彼女は、プラーヌスの前ではいつもの溌剌とした性格を無くしてしまうようだ。
アビュは私の言葉にも遠慮がちに頷くだけだ。
「門番たちから何も報告はないな」
プラーヌスが言った。
「あ、ああ。ないようだけど」
「だとすると、奴らは塔の中に潜んでいたわけか。いいだろう、今夜でこの件は徹底的に片付けよう」
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる