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シーズン1 魔法使いの塔
第三章 5)囚われの少女
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柵がねじ曲げられた牢獄の他に、壊されていない別の牢獄もあって、その柵の向こうにその少女は立っていた。
いや、その少女だけじゃない。彼女の後ろに、壁の隅で怯えたように固まっている十数人の人もいた。老いた女性や中年の男性、幼い子供など様々だ。
「そうか、生き残りか」
彼らの様子を見ながら、私はだいたいの事情を察した。その者たちはちゃんと衣服をまとい、傷もないようで、まだ人体実験の餌食にならずに済んだ者たちのようだ。
格子を掴んでいた少女は、プラーヌスが近づいてくるにつれて、さっきまでの気丈な表情を失い、少しずつ後ずさっていった。
「怯える必要はない、僕はこの塔の新しい主だ、君たちの命を救いにきた」
プラーヌスのその言葉に、少女だけでなく、隅にいる十数人の男女たちも感動の声をあげた。
「だけどあの人は殺さないで下さい」
召使いにすがりついて離れない怪物を指差して、少女は言った。
召使いはとっくに気絶していたようで、怪物はその身体の上を、のそのそと這い回っている。
「もしかしたら私の父か母だったかもしれません。そうじゃなくても、以前までは私たちと同じ人間でした」
「知っている。しかし生かしておいても彼らの人生にどんな光が差すだろうか? 脳まで犯されているようではないか。空腹のあまり、共食いを始める始末だ」
「で、でも・・・」
少女はプラーヌスに反論しようとしたようだが、何も浮かばなかったのか下を向いて黙った。
彼女はかなり痩せていた。頬はこけ、腕も細い。髪の毛は長い間手入れされていないようで垢じみ、着ている服も汚れている。
「君はここに入れられてどれくらいなんだ?」
プラーヌスも彼女に同情の眼差しを向けた。
「わ、わかりません、太陽の光も差し込みませんから。いつ一日が終わり、いつ始まったのか知ることも出来ませんでした」
「今、麦が実り始めた頃だ」
「私が村を出たときも、ちょうど麦が実っていました」
「そうか・・・」
ということは最低でも一年、ここに閉じ込められていたわけだ。いつ次の実験台になるかわからない恐怖に怯えながら。
「どういう経緯でここに連れられてきたんだい?」
私も彼女に尋ねた。
「父と母は仕事がなくて困っていました。やっと働き口が見つかったのがここで」
「騙されたのか・・・、それは本当に可愛そうなことだったね、でも大丈夫だ、君たちはもう自由だから」
私は木製のテーブルの上に放り投げられたように置かれてある鍵を手に取った。
おそらくこの牢獄の鍵であろう。その存在にはすぐに気がついた。
彼女たちが閉じ込められている牢獄から、テーブルまで五歩か六歩の距離である。しかし鋼鉄の柵が、その間を無限に隔てている。
「いや、少し待つんだ、シャグラン」
しかしその牢獄の鍵穴に鍵を差し込もうとしていた私に、プラーヌスが言ってきた。
「彼らを簡単に解放するわけにはいかないな」
「ど、どうしてさ?」
私は愕然としながらプラーヌスのほうを見た。「さっき彼らを助けに来たと言ってたじゃないか」
「まあね、しかしよく考えてみるがいい。彼らを村や街に解放すれば、もしかしたら前の塔の主の悪行が、僕の悪事として人々に伝わってしまう可能性がある」
「えっ? でも、そんなの」
「カプリスの森にある塔の主が代替わりしたなんて、少し離れた街の住人が知るはずないからな」
「だ、だけどプラーヌス!」
私は思わず声を荒げた。
「け、決して他言しません」
この展開に私以上にショックを受けたのか、今までずっと黙って、その少女の後ろに隠れるようにして立っていた髪の白い女性が、跪いて哀願してきた。
「いえ、たとえ話したくても、あれほど恐ろしい出来事はもう思い出したくもありません。だからどうか、この悪魔の塔から一刻も早く出して下さい。これ以上ここにいたら気が狂いそうです!」
しかしプラーヌスは無下に首を振った。
「ほら、この悪魔の塔という呼び方が気に入らないんだ。君が詳しく話さなくても、悪魔の塔と言うだけで悪評が広がる。それにそもそも、僕が君たちの口約束なんかを信じると思うのか?」
「そ、そんな・・・」
「プラーヌス、その仕打ちはあまりに酷いよ!」
私も彼を非難するように声を上げた。「この人たちは被害者だ。君に何か害をなそうなんて、企むわけないさ」
「シャグラン、こっちだって、とんだとばっちりだよ。まさかこの塔でこんなことが行われていたなんて思いもしなかった。この事実は徹底的にもみ消さなければならない。一片たりとて、同情の余地を残すわけにはいかないんだよ」
プラーヌスの言葉に、牢獄の向こうの人達は絶望的な表情で天井を振り仰いだ。
あの少女と同様、まだまだこの先の人生のほうが長い若者たちもいる。あるいはこの先の短い余生を、せめて故郷で静かに送らせてあげたくなるような老人もいる。
せっかくこの地獄を生き延びることが出来たのに、故郷に帰ることが出来ないなんて。
「じゃあ、この塔に軟禁させ続けるのかい?」
私は尋ねた。
「ああ、この塔で死ぬまで働いてもらうことになるだろう」
プラーヌスは皮肉な笑みを浮かべながら言った。「この塔には仕事も多い。食料だって豊富にある。飢える心配はない。仕事の時間以外は自由だ。これまでの生活と比べると、見違えるようではないか」
「だけどプラーヌス! この塔は彼らにとって、つらい記憶で溢れている」
「生きるというのはそんなものさ。僕だって色々とつらい記憶と戦っている」
プラーヌスはそのつらい記憶でも思い出しでもしたのか、ふと表情を曇らせた。
私はそれを見て、言葉に詰まった。彼がそのような表情を見せたのは初めてだったからだ。
「だけどプラーヌス・・・」
とはいえ、そのまま納得することも出来ない。
「だけど? 軟禁し続けるのはあまりに可哀相だと言うのか?」
プラーヌスはそう言って、私の顔をじっと見てきた。
突き刺さるように鋭い視線だった。いや、あるいは何かを問い掛けるような表情なのかもしれない。私の中から、何かを探り出そうとしているような。
いずれにしても、私は彼のその鋭い視線に居心地が悪くなって、視線を逸らす。
「わかったよ、シャグラン」
しかしプラーヌスが呆気なく言ってきた。「君がそんなに言うならね」
「え?」
「どうして君をこの塔に呼んだのか、忘れていたよ。君の甘い意見を採用するためにも、君をここに呼んだんだった」
いいだろう、何が何でもこの塔を出たいというのなら、出してやってもいい。
突然のプラーヌスの言葉に、牢獄の向こうの人たちは喜びよりも、戸惑うようにざわめいた。
私も驚いた。急速に変化していくプラーヌスの思考についていけない。
「ただし条件がある。この塔にいたこと、この塔に来た事実、その間の記憶を消させてもらう。それを承諾するなら出してやってもいい」
「記憶を消す? そ、そんなことが出来るのか?」
戸惑っている牢獄の中の人たちに代わって、私がプラーヌスに尋ねた。
「ああ、そういう魔法は僕の得意な分野でね。幾らか時間はかかるが簡単だよ。どうかな?」
プラーヌスの問い掛けに、少しも悩む様子もなく皆が一斉に頷いた。
「むしろ嫌な思い出を消してもらえるなら、それは嬉しいくらいです!」
「しかしぽっかりと空いた記憶は、君たちに虚無感をもたらすかもしれない。それを埋め合わせようと、これから一生、無駄な探求に時間を費やすことになる可能性もある」
「それでもかまいません」
先程プラーヌスに跪いて哀願していた老婆が、いち早くそう答えた。他の者も口々に頷いた。
「よし、だったらそれでいいだろう。君たちを解放してやる。その代わり明日、一人ずつ順番に謁見の間に来るがいい」
そう言ってからプラーヌスは、近くにいた召使いに指示を出した。「すぐに新しい衣服と食糧を用意してやれ。それに馬車と幾らかの金貨を与えるんだ」
「ありがとうございます、この恩は決して忘れません」
檻の向こうにいる全員が深々と頭を下げた。プラーヌスは彼らの感謝に素気なく頷きながら、皮肉な笑みを浮かべた。
「いや、だから君たちは僕への恩も忘れてしまうんだよ、ここに来た事実そのものを、君たちの記憶の中から消すんだからね。僕への恩も確実に忘れるのさ」
プラーヌスの性格が、わからなくなることがしばしばある。
本当に冷酷で自己中心的。どこまでも用心深くて、計算高い。
しかし、ときおり妙な気まぐれを起こすこともある。それを優しさなんて呼ぶのは違うような気がするけど、彼がただ単に冷たい人間でないことも事実なのだ。
とにかく彼らを解放することにしたのは確かなようだから。
いや、その少女だけじゃない。彼女の後ろに、壁の隅で怯えたように固まっている十数人の人もいた。老いた女性や中年の男性、幼い子供など様々だ。
「そうか、生き残りか」
彼らの様子を見ながら、私はだいたいの事情を察した。その者たちはちゃんと衣服をまとい、傷もないようで、まだ人体実験の餌食にならずに済んだ者たちのようだ。
格子を掴んでいた少女は、プラーヌスが近づいてくるにつれて、さっきまでの気丈な表情を失い、少しずつ後ずさっていった。
「怯える必要はない、僕はこの塔の新しい主だ、君たちの命を救いにきた」
プラーヌスのその言葉に、少女だけでなく、隅にいる十数人の男女たちも感動の声をあげた。
「だけどあの人は殺さないで下さい」
召使いにすがりついて離れない怪物を指差して、少女は言った。
召使いはとっくに気絶していたようで、怪物はその身体の上を、のそのそと這い回っている。
「もしかしたら私の父か母だったかもしれません。そうじゃなくても、以前までは私たちと同じ人間でした」
「知っている。しかし生かしておいても彼らの人生にどんな光が差すだろうか? 脳まで犯されているようではないか。空腹のあまり、共食いを始める始末だ」
「で、でも・・・」
少女はプラーヌスに反論しようとしたようだが、何も浮かばなかったのか下を向いて黙った。
彼女はかなり痩せていた。頬はこけ、腕も細い。髪の毛は長い間手入れされていないようで垢じみ、着ている服も汚れている。
「君はここに入れられてどれくらいなんだ?」
プラーヌスも彼女に同情の眼差しを向けた。
「わ、わかりません、太陽の光も差し込みませんから。いつ一日が終わり、いつ始まったのか知ることも出来ませんでした」
「今、麦が実り始めた頃だ」
「私が村を出たときも、ちょうど麦が実っていました」
「そうか・・・」
ということは最低でも一年、ここに閉じ込められていたわけだ。いつ次の実験台になるかわからない恐怖に怯えながら。
「どういう経緯でここに連れられてきたんだい?」
私も彼女に尋ねた。
「父と母は仕事がなくて困っていました。やっと働き口が見つかったのがここで」
「騙されたのか・・・、それは本当に可愛そうなことだったね、でも大丈夫だ、君たちはもう自由だから」
私は木製のテーブルの上に放り投げられたように置かれてある鍵を手に取った。
おそらくこの牢獄の鍵であろう。その存在にはすぐに気がついた。
彼女たちが閉じ込められている牢獄から、テーブルまで五歩か六歩の距離である。しかし鋼鉄の柵が、その間を無限に隔てている。
「いや、少し待つんだ、シャグラン」
しかしその牢獄の鍵穴に鍵を差し込もうとしていた私に、プラーヌスが言ってきた。
「彼らを簡単に解放するわけにはいかないな」
「ど、どうしてさ?」
私は愕然としながらプラーヌスのほうを見た。「さっき彼らを助けに来たと言ってたじゃないか」
「まあね、しかしよく考えてみるがいい。彼らを村や街に解放すれば、もしかしたら前の塔の主の悪行が、僕の悪事として人々に伝わってしまう可能性がある」
「えっ? でも、そんなの」
「カプリスの森にある塔の主が代替わりしたなんて、少し離れた街の住人が知るはずないからな」
「だ、だけどプラーヌス!」
私は思わず声を荒げた。
「け、決して他言しません」
この展開に私以上にショックを受けたのか、今までずっと黙って、その少女の後ろに隠れるようにして立っていた髪の白い女性が、跪いて哀願してきた。
「いえ、たとえ話したくても、あれほど恐ろしい出来事はもう思い出したくもありません。だからどうか、この悪魔の塔から一刻も早く出して下さい。これ以上ここにいたら気が狂いそうです!」
しかしプラーヌスは無下に首を振った。
「ほら、この悪魔の塔という呼び方が気に入らないんだ。君が詳しく話さなくても、悪魔の塔と言うだけで悪評が広がる。それにそもそも、僕が君たちの口約束なんかを信じると思うのか?」
「そ、そんな・・・」
「プラーヌス、その仕打ちはあまりに酷いよ!」
私も彼を非難するように声を上げた。「この人たちは被害者だ。君に何か害をなそうなんて、企むわけないさ」
「シャグラン、こっちだって、とんだとばっちりだよ。まさかこの塔でこんなことが行われていたなんて思いもしなかった。この事実は徹底的にもみ消さなければならない。一片たりとて、同情の余地を残すわけにはいかないんだよ」
プラーヌスの言葉に、牢獄の向こうの人達は絶望的な表情で天井を振り仰いだ。
あの少女と同様、まだまだこの先の人生のほうが長い若者たちもいる。あるいはこの先の短い余生を、せめて故郷で静かに送らせてあげたくなるような老人もいる。
せっかくこの地獄を生き延びることが出来たのに、故郷に帰ることが出来ないなんて。
「じゃあ、この塔に軟禁させ続けるのかい?」
私は尋ねた。
「ああ、この塔で死ぬまで働いてもらうことになるだろう」
プラーヌスは皮肉な笑みを浮かべながら言った。「この塔には仕事も多い。食料だって豊富にある。飢える心配はない。仕事の時間以外は自由だ。これまでの生活と比べると、見違えるようではないか」
「だけどプラーヌス! この塔は彼らにとって、つらい記憶で溢れている」
「生きるというのはそんなものさ。僕だって色々とつらい記憶と戦っている」
プラーヌスはそのつらい記憶でも思い出しでもしたのか、ふと表情を曇らせた。
私はそれを見て、言葉に詰まった。彼がそのような表情を見せたのは初めてだったからだ。
「だけどプラーヌス・・・」
とはいえ、そのまま納得することも出来ない。
「だけど? 軟禁し続けるのはあまりに可哀相だと言うのか?」
プラーヌスはそう言って、私の顔をじっと見てきた。
突き刺さるように鋭い視線だった。いや、あるいは何かを問い掛けるような表情なのかもしれない。私の中から、何かを探り出そうとしているような。
いずれにしても、私は彼のその鋭い視線に居心地が悪くなって、視線を逸らす。
「わかったよ、シャグラン」
しかしプラーヌスが呆気なく言ってきた。「君がそんなに言うならね」
「え?」
「どうして君をこの塔に呼んだのか、忘れていたよ。君の甘い意見を採用するためにも、君をここに呼んだんだった」
いいだろう、何が何でもこの塔を出たいというのなら、出してやってもいい。
突然のプラーヌスの言葉に、牢獄の向こうの人たちは喜びよりも、戸惑うようにざわめいた。
私も驚いた。急速に変化していくプラーヌスの思考についていけない。
「ただし条件がある。この塔にいたこと、この塔に来た事実、その間の記憶を消させてもらう。それを承諾するなら出してやってもいい」
「記憶を消す? そ、そんなことが出来るのか?」
戸惑っている牢獄の中の人たちに代わって、私がプラーヌスに尋ねた。
「ああ、そういう魔法は僕の得意な分野でね。幾らか時間はかかるが簡単だよ。どうかな?」
プラーヌスの問い掛けに、少しも悩む様子もなく皆が一斉に頷いた。
「むしろ嫌な思い出を消してもらえるなら、それは嬉しいくらいです!」
「しかしぽっかりと空いた記憶は、君たちに虚無感をもたらすかもしれない。それを埋め合わせようと、これから一生、無駄な探求に時間を費やすことになる可能性もある」
「それでもかまいません」
先程プラーヌスに跪いて哀願していた老婆が、いち早くそう答えた。他の者も口々に頷いた。
「よし、だったらそれでいいだろう。君たちを解放してやる。その代わり明日、一人ずつ順番に謁見の間に来るがいい」
そう言ってからプラーヌスは、近くにいた召使いに指示を出した。「すぐに新しい衣服と食糧を用意してやれ。それに馬車と幾らかの金貨を与えるんだ」
「ありがとうございます、この恩は決して忘れません」
檻の向こうにいる全員が深々と頭を下げた。プラーヌスは彼らの感謝に素気なく頷きながら、皮肉な笑みを浮かべた。
「いや、だから君たちは僕への恩も忘れてしまうんだよ、ここに来た事実そのものを、君たちの記憶の中から消すんだからね。僕への恩も確実に忘れるのさ」
プラーヌスの性格が、わからなくなることがしばしばある。
本当に冷酷で自己中心的。どこまでも用心深くて、計算高い。
しかし、ときおり妙な気まぐれを起こすこともある。それを優しさなんて呼ぶのは違うような気がするけど、彼がただ単に冷たい人間でないことも事実なのだ。
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