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シーズン1 魔法使いの塔
第四章 5)悲しきハイネの物語
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街に到着したのが遅い時間だったせいもあり、すぐに日は暮れていった。
プラーヌスは旅の準備が忙しくて昼食を食べていないらしく、もう夕食を食べようということになった。
そういうわけで私たちはとある大衆食堂に入った。
まあ、どこで食事をしても構わなかったのだけど、客引きの女性が執拗に誘ってきたので、仕方なくこの店を選択した。
それにしばらく静かな塔で生活していたせいか、久しぶりにこういうガヤガヤとした場所で過ごすのも悪くない気もした。
とにかく酒も飲めるし、食事も出来る大きな店だったので、ここでゆっくりしようということになったのだ。
この店に入ってからわかったことであるが、ここは食事をしながら劇も見られることを売りにしているようであった。
店の奥にそれほど大きいわけではないが、舞台がある。大勢集まっている客たちは、どうやら誰もがその劇を楽しみにしているようである。
しかしなぜだか知らないがプラーヌスはこれが気に入らなかったみたいで、「つまらない劇に時間を費やしたくない。食事を食べたらさっさと出よう」と不満を言い出した。
古道具屋のこともあり、どこで食事をするのか私に選ばせてくれたようだけど、実際、店の中に入ると、いつもの我儘が顔を見せる。
「物語などが楽しめるのは女子供ぐらいだね。僕は絵空事を面白がれる人間の神経がよくわからない」
「どうしてさ?」
私はどうやらプラーヌス言うところの女子供に属しているようで、劇や音楽などが嫌いではない。
だから、さすがにプラーヌスのその言葉にムッとした。
「あんなもの、他人の拵えた妄想に過ぎない。現実とは程遠いよ」
「だけど人はそれに感動して、時に涙を流す。君は本当に素晴らしい劇を知らないだけさ」
「そんなもの、僕に必要ないさ。食べ終わったら、店を変えて飲み直そう」
「わかったよ」
私は不本意だってことを精一杯表情に現わしながら頷く。
食事を待っている間にも劇は始まった。出し物はあの有名な「悲しきハイネの物語」だった。
プラーヌスはどうか知らないが、それほど芝居に詳しくはない私でも知っている有名な劇である。
妻もいるある高名な騎士が、自分の腹心の妻であったハイネという女性と禁断の恋に興じてしまうという、ありふれたラブストーリー。
安い麦酒や、チキンの唐揚げ、ウサギの肉のパイ包みなどを食べながら、観るに相応しいお話しだ。感傷的で、ご都合主義的な物語。
プラーヌスはずっと、舞台に向かって冷ややかな眼差しを投げ掛け続けていた。観客が歓声を上げたり、笑い声を発する度に、眉をひそめたりしている。
しかし驚くことに、そんなふうにして嫌々その劇を観ていたプラーヌスが、いつのまにかその劇に夢中になっていた。
食事が終われば出ようなんていっていたのに、全ての料理を食べ終えても席を立たないどころか、まるでその物語に齧り付かんばかりであった。
その劇を観終わったあとなど、ちょっとした興奮状態と言ってもいいほどであった。
確かにこの旅芸人の一座の芝居は悪いものではなかったが、私は何度もその劇を何度も見ているせいであろうか、プラーヌスほどには感動しなかった。
これまでに、もっと優れた「悲しきハイネの物語」を見たことがある。
「そんなに気に入ったのかい? プラーヌス」
私はプラーヌスの豹変振りに戸惑いながら尋ねた。芝居が終わって麦酒を飲んでいる間も、プラーヌスはその話ばかりするのだ。
「芝居自体はありきたいなメロドラマだけど、ハイネという登場人物がね、大変に気に入ったのさ」
ガヤガヤと騒がしい食堂の喧騒の中でも、不思議に通る声でプラーヌスは言ってきた。
「ふーん、プラーヌスはあんな女性がタイプなんだね」
物語の中のハイネは世にも美しい女性である。
実際、演じている役者は、少しも浮世離れした美しさなんてものは感じさせなかったけれど、物語に没入していくにつれ、美しく見えるようになったのだから、それなりに実力のあった女優だったのだろう。
「そういうわけじゃないさ」
「照れなくてもいいよ、プラーヌス」
「いや、これも使えるんだよ。バルザ殿を仲間にする材料にね」
「え?」
またしてもこのセリフだった。私の笑顔は固まる。
「使えるって?」
私は尋ねた。
「この芝居を見て本当に良かった。どうやってリアリティーを出すべきか悩んでいたんだけど、これをそっくりそのまま使わせてもらおう」
「い、意味がわからないのだけど」
やはりプラーヌスは何か良からぬことを企んでいるようだ。しかしそれが何なのか私にはわからない。
それも私を苛立たせる原因だった。彼は明らかに何かを隠している。
「おっと、またそんなことを言ったら君に怒られるな。さっきの言葉は聞き流してくれ」
私は少しばかり険しい表情でプラーヌスを見ていたんだと思う。プラーヌスはそれに気づいて苦笑いしながら言ってきた。
「プラーヌス、バルザ殿をどうするつもりなんだよ」
声を荒げはしなかったが、彼の発言に不満を持っていることは充分伝えられたはずだ。
「詳しくは言えないさ。とにかく彼は、僕たちの仲間になる。その運命だ」
「運命? 随分、強引に聞こえるけどね」
「運命は時に強引なものなんだよ」
「・・・プラーヌス、君を止める力は僕にはないけれど、君の前から去ることは出来るんだから」
私は申し渡すように静かにそう言った。
「わかっているさ、天使のように優しいシャグランクン君。前から言っているように、そんな君だから信頼出来るし、僕は君が大好きだってな」
プラーヌスは私を宥めるように言ってきた。
そういうとき、プラーヌスはどんな行商人よりも上質な愛想笑いが浮かべられるようだ。
デザートに出ている南国産のフルーツよりも甘い笑顔を向けて、優しく微笑んでくるのである。
「僕を信じてくれ。君の真心に誓って言う。僕がバルザ殿を傷つけたりすることはない」
「・・・わ、わかった、もうこれ以上、このことを尋ねるのはやめる」
私はまだまだ不満はあったが、麦酒の泡と一緒に飲み込むことにした。
「ありがたい、君に責められると本当に心苦しい。せっかくの旅なんだ、仲良く行こう」
プラーヌスは私が飲み干したグラスに麦酒を継ぎ足してきた。
プラーヌスがこんなことをしてくれるなんて珍しいことだ。私ももう怒っていないという印に、彼のグラスに麦酒を注ぎ返した。
それから私たちは、時間を忘れて飲み続けた。
そういうのが旅の良さだと思う。
明日、仕事が待っているわけでもない。確かにやらなければいけないことはたくさんなあるけれど、どこか解放感があって、羽目が外せられるのだ。
この店を出ても、私たちは違う酒屋で飲み続けた。
本当に愉快な夜だったと思う。
どうやって宿屋に帰ったのか覚えていないくらい、私たちは酔っぱらったのだ。
プラーヌスへのわだかまりは、酒に酔っていくうちに、きれいさっぱりどこかに消え去ってしまった。
いや、そのわだかまりこそが、私を酒に酔いたくなった原因かもしれないが。
プラーヌスも私に負けないくらい飲みまくっていた。
いや、プラーヌスがいつものように冷静だったら、私も酔えるわけがなかっただろう。
プラーヌスは、一介の庶民に過ぎない私とはまるで違う世界に住む、本当に恐るべき魔法使いである。
しかしそれなのに、こういうときには人付き合いの良い普通の男になれる。
彼は私よりも杯を重ね、私よりも酔っ払ったようだった。
あの以上に白い肌が真っ赤に色づいていた。
叫んだり喚いたりしないが、呂律がまわらなくなっている。いつもは小難しい話しか、人の悪口しか言わないがプラーヌスが、ニヤニヤと微笑みながら意味のない話しばかりを繰り返している。
その姿はなかなかキュートで、可愛らしかった。
どうして私がこんなにプラーヌスと仲良くなったのか、改めて思い出せたような感じだったかもしれない。
こんなふうに、お互い本当の自分を曝け出して酒を組み合わせる仲だから、私たちはこんなに仲良くなり、今まで友達であり続けてきたのだろう。
そういうのが実感出来た、とても実りのある夜だったと思う。
プラーヌスは旅の準備が忙しくて昼食を食べていないらしく、もう夕食を食べようということになった。
そういうわけで私たちはとある大衆食堂に入った。
まあ、どこで食事をしても構わなかったのだけど、客引きの女性が執拗に誘ってきたので、仕方なくこの店を選択した。
それにしばらく静かな塔で生活していたせいか、久しぶりにこういうガヤガヤとした場所で過ごすのも悪くない気もした。
とにかく酒も飲めるし、食事も出来る大きな店だったので、ここでゆっくりしようということになったのだ。
この店に入ってからわかったことであるが、ここは食事をしながら劇も見られることを売りにしているようであった。
店の奥にそれほど大きいわけではないが、舞台がある。大勢集まっている客たちは、どうやら誰もがその劇を楽しみにしているようである。
しかしなぜだか知らないがプラーヌスはこれが気に入らなかったみたいで、「つまらない劇に時間を費やしたくない。食事を食べたらさっさと出よう」と不満を言い出した。
古道具屋のこともあり、どこで食事をするのか私に選ばせてくれたようだけど、実際、店の中に入ると、いつもの我儘が顔を見せる。
「物語などが楽しめるのは女子供ぐらいだね。僕は絵空事を面白がれる人間の神経がよくわからない」
「どうしてさ?」
私はどうやらプラーヌス言うところの女子供に属しているようで、劇や音楽などが嫌いではない。
だから、さすがにプラーヌスのその言葉にムッとした。
「あんなもの、他人の拵えた妄想に過ぎない。現実とは程遠いよ」
「だけど人はそれに感動して、時に涙を流す。君は本当に素晴らしい劇を知らないだけさ」
「そんなもの、僕に必要ないさ。食べ終わったら、店を変えて飲み直そう」
「わかったよ」
私は不本意だってことを精一杯表情に現わしながら頷く。
食事を待っている間にも劇は始まった。出し物はあの有名な「悲しきハイネの物語」だった。
プラーヌスはどうか知らないが、それほど芝居に詳しくはない私でも知っている有名な劇である。
妻もいるある高名な騎士が、自分の腹心の妻であったハイネという女性と禁断の恋に興じてしまうという、ありふれたラブストーリー。
安い麦酒や、チキンの唐揚げ、ウサギの肉のパイ包みなどを食べながら、観るに相応しいお話しだ。感傷的で、ご都合主義的な物語。
プラーヌスはずっと、舞台に向かって冷ややかな眼差しを投げ掛け続けていた。観客が歓声を上げたり、笑い声を発する度に、眉をひそめたりしている。
しかし驚くことに、そんなふうにして嫌々その劇を観ていたプラーヌスが、いつのまにかその劇に夢中になっていた。
食事が終われば出ようなんていっていたのに、全ての料理を食べ終えても席を立たないどころか、まるでその物語に齧り付かんばかりであった。
その劇を観終わったあとなど、ちょっとした興奮状態と言ってもいいほどであった。
確かにこの旅芸人の一座の芝居は悪いものではなかったが、私は何度もその劇を何度も見ているせいであろうか、プラーヌスほどには感動しなかった。
これまでに、もっと優れた「悲しきハイネの物語」を見たことがある。
「そんなに気に入ったのかい? プラーヌス」
私はプラーヌスの豹変振りに戸惑いながら尋ねた。芝居が終わって麦酒を飲んでいる間も、プラーヌスはその話ばかりするのだ。
「芝居自体はありきたいなメロドラマだけど、ハイネという登場人物がね、大変に気に入ったのさ」
ガヤガヤと騒がしい食堂の喧騒の中でも、不思議に通る声でプラーヌスは言ってきた。
「ふーん、プラーヌスはあんな女性がタイプなんだね」
物語の中のハイネは世にも美しい女性である。
実際、演じている役者は、少しも浮世離れした美しさなんてものは感じさせなかったけれど、物語に没入していくにつれ、美しく見えるようになったのだから、それなりに実力のあった女優だったのだろう。
「そういうわけじゃないさ」
「照れなくてもいいよ、プラーヌス」
「いや、これも使えるんだよ。バルザ殿を仲間にする材料にね」
「え?」
またしてもこのセリフだった。私の笑顔は固まる。
「使えるって?」
私は尋ねた。
「この芝居を見て本当に良かった。どうやってリアリティーを出すべきか悩んでいたんだけど、これをそっくりそのまま使わせてもらおう」
「い、意味がわからないのだけど」
やはりプラーヌスは何か良からぬことを企んでいるようだ。しかしそれが何なのか私にはわからない。
それも私を苛立たせる原因だった。彼は明らかに何かを隠している。
「おっと、またそんなことを言ったら君に怒られるな。さっきの言葉は聞き流してくれ」
私は少しばかり険しい表情でプラーヌスを見ていたんだと思う。プラーヌスはそれに気づいて苦笑いしながら言ってきた。
「プラーヌス、バルザ殿をどうするつもりなんだよ」
声を荒げはしなかったが、彼の発言に不満を持っていることは充分伝えられたはずだ。
「詳しくは言えないさ。とにかく彼は、僕たちの仲間になる。その運命だ」
「運命? 随分、強引に聞こえるけどね」
「運命は時に強引なものなんだよ」
「・・・プラーヌス、君を止める力は僕にはないけれど、君の前から去ることは出来るんだから」
私は申し渡すように静かにそう言った。
「わかっているさ、天使のように優しいシャグランクン君。前から言っているように、そんな君だから信頼出来るし、僕は君が大好きだってな」
プラーヌスは私を宥めるように言ってきた。
そういうとき、プラーヌスはどんな行商人よりも上質な愛想笑いが浮かべられるようだ。
デザートに出ている南国産のフルーツよりも甘い笑顔を向けて、優しく微笑んでくるのである。
「僕を信じてくれ。君の真心に誓って言う。僕がバルザ殿を傷つけたりすることはない」
「・・・わ、わかった、もうこれ以上、このことを尋ねるのはやめる」
私はまだまだ不満はあったが、麦酒の泡と一緒に飲み込むことにした。
「ありがたい、君に責められると本当に心苦しい。せっかくの旅なんだ、仲良く行こう」
プラーヌスは私が飲み干したグラスに麦酒を継ぎ足してきた。
プラーヌスがこんなことをしてくれるなんて珍しいことだ。私ももう怒っていないという印に、彼のグラスに麦酒を注ぎ返した。
それから私たちは、時間を忘れて飲み続けた。
そういうのが旅の良さだと思う。
明日、仕事が待っているわけでもない。確かにやらなければいけないことはたくさんなあるけれど、どこか解放感があって、羽目が外せられるのだ。
この店を出ても、私たちは違う酒屋で飲み続けた。
本当に愉快な夜だったと思う。
どうやって宿屋に帰ったのか覚えていないくらい、私たちは酔っぱらったのだ。
プラーヌスへのわだかまりは、酒に酔っていくうちに、きれいさっぱりどこかに消え去ってしまった。
いや、そのわだかまりこそが、私を酒に酔いたくなった原因かもしれないが。
プラーヌスも私に負けないくらい飲みまくっていた。
いや、プラーヌスがいつものように冷静だったら、私も酔えるわけがなかっただろう。
プラーヌスは、一介の庶民に過ぎない私とはまるで違う世界に住む、本当に恐るべき魔法使いである。
しかしそれなのに、こういうときには人付き合いの良い普通の男になれる。
彼は私よりも杯を重ね、私よりも酔っ払ったようだった。
あの以上に白い肌が真っ赤に色づいていた。
叫んだり喚いたりしないが、呂律がまわらなくなっている。いつもは小難しい話しか、人の悪口しか言わないがプラーヌスが、ニヤニヤと微笑みながら意味のない話しばかりを繰り返している。
その姿はなかなかキュートで、可愛らしかった。
どうして私がこんなにプラーヌスと仲良くなったのか、改めて思い出せたような感じだったかもしれない。
こんなふうに、お互い本当の自分を曝け出して酒を組み合わせる仲だから、私たちはこんなに仲良くなり、今まで友達であり続けてきたのだろう。
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