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シーズン1 魔法使いの塔
第五章 7)バルザの章7
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階段を上がり、手の込んだ装飾の施されたアーチをくぐると、広々としたホールに出た。
宮殿で言えば、王のいる玉座の間のよう。
バルザが仕える宮殿よりは小さくて地味ではあるが、床は大理石が輝き、天井は夜空に似て遠い。
立派な円柱も聳えている。少なくともさっきまで通り過ぎてきた、質素な廊下に比べると豪勢だ。
赤い絨毯がまっすぐ伸びる向こうに、派手な作りの椅子があり、そこに何者かが座っていた。
その人物の座る椅子はまるでこの空間の中の消失点のごとくで、何もかもがその一点に集まって収斂されていくかのよう。
バルザもそこに吸い寄せられていくように、歩み寄っていく。
「お待ちしておりましたよ、騎士殿」
椅子に座っている人物が声を張り上げて言ってきた。
どこかで聞いたことのある声だということに、バルザはすぐに気づいた。
男にしては少し甲高い、金属的な声だ。
そこから傲慢な性格が窺える気がする。
しかし決して、人に対して命令し慣れていない声。
「女一人の安否を確かめるために、わざわざこんな遠いところまでお越しいただくとは。あなたの命は今や、国の二つか三つに相当するぐらい重要なのにね」
全身黒ずくめのローブをまとい、横柄な姿勢で足を組んで座っていた。
確かにこの声、どこかで聞いたことがある。
昔の部下なのだろうか。
何かの過ちを犯して、罰として我が部隊から放擲した昔の部下が、それを恨みにこんな無謀なことを企てたのか。
それとも、以前に戦場で対峙した敵の一人であろうか。
そういう者がこのような形で復讐を図ったのか。
いや、どちらでもない。
「そ、そなた・・・」
バルザは思い出した。
昔の記憶を過去に遡る必要などなかった。最近に出会った者の中でも最も不愉快な人物。
「お気づきになられましたか? わざわざ都まで、馬車でお迎えに伺った者ですよ」
その若い男は今も黒いローブをまとっているが、あのとき着ていたのとは違うローブだ。
あのときはまるで物乞いのような粗末なローブであったが、今この若い男がまとっているのはまさに魔法使いの衣装。
「やはり魔法使いの仕業だったか・・・」
「そうですよ、騎士殿は魔法使いに見初められたのです」
その魔法使いは不気味な笑みを浮かべながらそう言ってきた。
ローブで隠されていた顔が、今は露わになっている。
陽になど当たったことのないような白い肌。
女のような真っ赤な唇が、不敵な笑みに歪んでいる。
宮殿でときおり見かける、貴族の放蕩息子によくいる、男か女かわからない細面な顔立ちだ。
そういう者はしばしば、武芸や政などに見向きもせず、だらしなく楽の音と色に溺れ、朝に眠り、夜に起きる退廃の生き物。
だけどこの魔法使いがバルザを見つめてくる眼差しは、鋭く堂々としたものだった。
貴族の放蕩息子とは比べ物にならないほどの、圧倒的な知力と自信を感じさせる。
悔しいかな、只者ではないことが見て取れる。
とはいえ、この者の前にいるだけで、今までの騎士としての人生全てを否定されているような気がしてしまう。
この邪悪な空気、バルザがこれまで築いてきた一切を軽視しているような態度。
バルザは同じ空気を呼吸するのも腹立たしかった。
「シャグラン、すまないが少し下がっていてくれ。バルザ殿と二人で話すことがある」
塔の入り口からこのホールまで案内してくれた男に、魔法使いがそう言った。
シャグランと呼ばれた男は頷いて去っていった。
「実は騎士団団長というから、僕の父親ぐらいの年齢を想像していたんだけど、兄としても充分通りそうですよね」
シャグランという男が去って、しばらくしてから魔法使いが言ってきた。
「無駄話しはいい、さっさと妻を返してもらおうか。もし大人しく返すのならば、その首はつながったまま、明日も朝日を眺めることが出来るであろう」
「なかなかの迫力ですね。その脅迫に何の根拠もないのに。堂々とおっしゃられるのはさすがだ。まるで手負いの獣の前に立たされているような気分ですよ。しかも別に、軍や王の力を後ろ添えにして脅迫するわけでもない。あくまで己の力の身一つで、僕を脅そうとする。何と頼もしい方だ。ますます気に入りました」
「妻を返せ!」
「もちろん僕だって、あなたの奥さんを返してあげたい。これほどのお方が、たかが奥様ごとき誘拐されたと知って、あんなにも取り乱されたんだ。さぞ奥様を愛していたのでしょうね。それを思うと本当に心が痛む」
「そなたの首と胴が、まだつながって自由に話し出来る間に、何が望みか聞いておこう」
「僕は門番が欲しいんですよ、騎士殿、もちろん謝礼はたんと弾む」
魔法使いはバルザの脅しの言葉など、まるで気に掛けたようもなく、涼しい表情で言って来た。
「も、門番だと?」
「そうです、この塔をしっかりと守ってくれる門番を」
「た、たわけたことを!」
「奥様の安全は永遠に保証いたします。誰も指一本触れないことを誓おう。あなたは塔に侵入者が来たときにだけ働けばいいんです。楽な仕事ですよね? それとも魔法使いごときの門番を務めるのは、あなたの誇りが許さないと言うのですか?」
「そ、そなたは、私にこのようなことをさせるために、妻をさらい、そして私をここまで呼び出したというのか・・・」
バルザは信じられない思いだった。
騎士団団長にして、パルの軍の最高司令官である彼を、たかが塔を守る番人として使うために、これほど大それたことを企てたとは!
バルザは怒りに溢れた表情で、背中の大剣を鞘から抜いた。
「下衆な魔法使いよ、心せよ!」
「話しが飲み込めていないようですね、騎士殿。それとも奥様の安否など、もはやどうでもいいとおっしゃられるのですか?」
「わ、私はそなたの馬車に乗った時点で、全てを覚悟していた」
バルザは大粒の涙を、その清廉な瞳から大量に溢れ出しながら言った。「妻は自分が捕まったせいで、私がお前の言いなりになることを恥じ、もはや自ら命を断っているだろう。騎士の妻とはそういうものだ。お前は騎士の典範について質問してきたが、騎士の妻の覚悟に関する知識が徹底的に足りなかったようだな」
「な、何だと?」
「死ぬがよい、愚かな魔法使いよ!」
「お、落ち着きなさい、バルザ殿。剣で魔法使いに勝てるとお思いなのか?」
「たとえ私がそなたに勝てずとも、魔法使いの番犬として使われることなどないのだ!」
愚かな魔法使いは取り乱し始めた。
椅子から腰を浮かし、慌てた様子で、手に持っていた傘を構えようとしている。
そんな魔法使いに向かって、バルザは剣を振り上げながら、猛烈な勢いで突進した。
もしかしたら一太刀さえ浴びせかけることが出来れば、この魔法使いに勝てるかもしれない。
これまでの騎士としての輝かしい戦歴の中でも、魔法使いと戦ったことはなかった。
だから相手がどのような攻撃をしてくるのか想像もつかない。
だが、もうこの距離はバルザの距離だった。
何もかも圧倒的に有利。
もはやこの大剣を打ち下ろすだけで相手の首は飛んでいくはず。
いくら魔法使いでも、ここから逆転するのは不可能であろう。
現に相手は酷く慌てている。身を守るのはそれしかないのか、傘をを構えようとしているだけ。
しかし突如、魔法使いは不敵な笑みを、その酷薄な唇の端に浮かべた。
「騎士殿、実は僕はあなたの秘密を知っている」
魔法使いはそう言いながら小指を立てて、バルザに何か見せつけてきた。
魔法使いの小指には指輪がはまっていた。
魔法使いの細い小指でも小さ過ぎる、女性ものの指輪のようだ。
しかしバルザはその指輪を見て、凍りついたように動きを止めた。
宮殿で言えば、王のいる玉座の間のよう。
バルザが仕える宮殿よりは小さくて地味ではあるが、床は大理石が輝き、天井は夜空に似て遠い。
立派な円柱も聳えている。少なくともさっきまで通り過ぎてきた、質素な廊下に比べると豪勢だ。
赤い絨毯がまっすぐ伸びる向こうに、派手な作りの椅子があり、そこに何者かが座っていた。
その人物の座る椅子はまるでこの空間の中の消失点のごとくで、何もかもがその一点に集まって収斂されていくかのよう。
バルザもそこに吸い寄せられていくように、歩み寄っていく。
「お待ちしておりましたよ、騎士殿」
椅子に座っている人物が声を張り上げて言ってきた。
どこかで聞いたことのある声だということに、バルザはすぐに気づいた。
男にしては少し甲高い、金属的な声だ。
そこから傲慢な性格が窺える気がする。
しかし決して、人に対して命令し慣れていない声。
「女一人の安否を確かめるために、わざわざこんな遠いところまでお越しいただくとは。あなたの命は今や、国の二つか三つに相当するぐらい重要なのにね」
全身黒ずくめのローブをまとい、横柄な姿勢で足を組んで座っていた。
確かにこの声、どこかで聞いたことがある。
昔の部下なのだろうか。
何かの過ちを犯して、罰として我が部隊から放擲した昔の部下が、それを恨みにこんな無謀なことを企てたのか。
それとも、以前に戦場で対峙した敵の一人であろうか。
そういう者がこのような形で復讐を図ったのか。
いや、どちらでもない。
「そ、そなた・・・」
バルザは思い出した。
昔の記憶を過去に遡る必要などなかった。最近に出会った者の中でも最も不愉快な人物。
「お気づきになられましたか? わざわざ都まで、馬車でお迎えに伺った者ですよ」
その若い男は今も黒いローブをまとっているが、あのとき着ていたのとは違うローブだ。
あのときはまるで物乞いのような粗末なローブであったが、今この若い男がまとっているのはまさに魔法使いの衣装。
「やはり魔法使いの仕業だったか・・・」
「そうですよ、騎士殿は魔法使いに見初められたのです」
その魔法使いは不気味な笑みを浮かべながらそう言ってきた。
ローブで隠されていた顔が、今は露わになっている。
陽になど当たったことのないような白い肌。
女のような真っ赤な唇が、不敵な笑みに歪んでいる。
宮殿でときおり見かける、貴族の放蕩息子によくいる、男か女かわからない細面な顔立ちだ。
そういう者はしばしば、武芸や政などに見向きもせず、だらしなく楽の音と色に溺れ、朝に眠り、夜に起きる退廃の生き物。
だけどこの魔法使いがバルザを見つめてくる眼差しは、鋭く堂々としたものだった。
貴族の放蕩息子とは比べ物にならないほどの、圧倒的な知力と自信を感じさせる。
悔しいかな、只者ではないことが見て取れる。
とはいえ、この者の前にいるだけで、今までの騎士としての人生全てを否定されているような気がしてしまう。
この邪悪な空気、バルザがこれまで築いてきた一切を軽視しているような態度。
バルザは同じ空気を呼吸するのも腹立たしかった。
「シャグラン、すまないが少し下がっていてくれ。バルザ殿と二人で話すことがある」
塔の入り口からこのホールまで案内してくれた男に、魔法使いがそう言った。
シャグランと呼ばれた男は頷いて去っていった。
「実は騎士団団長というから、僕の父親ぐらいの年齢を想像していたんだけど、兄としても充分通りそうですよね」
シャグランという男が去って、しばらくしてから魔法使いが言ってきた。
「無駄話しはいい、さっさと妻を返してもらおうか。もし大人しく返すのならば、その首はつながったまま、明日も朝日を眺めることが出来るであろう」
「なかなかの迫力ですね。その脅迫に何の根拠もないのに。堂々とおっしゃられるのはさすがだ。まるで手負いの獣の前に立たされているような気分ですよ。しかも別に、軍や王の力を後ろ添えにして脅迫するわけでもない。あくまで己の力の身一つで、僕を脅そうとする。何と頼もしい方だ。ますます気に入りました」
「妻を返せ!」
「もちろん僕だって、あなたの奥さんを返してあげたい。これほどのお方が、たかが奥様ごとき誘拐されたと知って、あんなにも取り乱されたんだ。さぞ奥様を愛していたのでしょうね。それを思うと本当に心が痛む」
「そなたの首と胴が、まだつながって自由に話し出来る間に、何が望みか聞いておこう」
「僕は門番が欲しいんですよ、騎士殿、もちろん謝礼はたんと弾む」
魔法使いはバルザの脅しの言葉など、まるで気に掛けたようもなく、涼しい表情で言って来た。
「も、門番だと?」
「そうです、この塔をしっかりと守ってくれる門番を」
「た、たわけたことを!」
「奥様の安全は永遠に保証いたします。誰も指一本触れないことを誓おう。あなたは塔に侵入者が来たときにだけ働けばいいんです。楽な仕事ですよね? それとも魔法使いごときの門番を務めるのは、あなたの誇りが許さないと言うのですか?」
「そ、そなたは、私にこのようなことをさせるために、妻をさらい、そして私をここまで呼び出したというのか・・・」
バルザは信じられない思いだった。
騎士団団長にして、パルの軍の最高司令官である彼を、たかが塔を守る番人として使うために、これほど大それたことを企てたとは!
バルザは怒りに溢れた表情で、背中の大剣を鞘から抜いた。
「下衆な魔法使いよ、心せよ!」
「話しが飲み込めていないようですね、騎士殿。それとも奥様の安否など、もはやどうでもいいとおっしゃられるのですか?」
「わ、私はそなたの馬車に乗った時点で、全てを覚悟していた」
バルザは大粒の涙を、その清廉な瞳から大量に溢れ出しながら言った。「妻は自分が捕まったせいで、私がお前の言いなりになることを恥じ、もはや自ら命を断っているだろう。騎士の妻とはそういうものだ。お前は騎士の典範について質問してきたが、騎士の妻の覚悟に関する知識が徹底的に足りなかったようだな」
「な、何だと?」
「死ぬがよい、愚かな魔法使いよ!」
「お、落ち着きなさい、バルザ殿。剣で魔法使いに勝てるとお思いなのか?」
「たとえ私がそなたに勝てずとも、魔法使いの番犬として使われることなどないのだ!」
愚かな魔法使いは取り乱し始めた。
椅子から腰を浮かし、慌てた様子で、手に持っていた傘を構えようとしている。
そんな魔法使いに向かって、バルザは剣を振り上げながら、猛烈な勢いで突進した。
もしかしたら一太刀さえ浴びせかけることが出来れば、この魔法使いに勝てるかもしれない。
これまでの騎士としての輝かしい戦歴の中でも、魔法使いと戦ったことはなかった。
だから相手がどのような攻撃をしてくるのか想像もつかない。
だが、もうこの距離はバルザの距離だった。
何もかも圧倒的に有利。
もはやこの大剣を打ち下ろすだけで相手の首は飛んでいくはず。
いくら魔法使いでも、ここから逆転するのは不可能であろう。
現に相手は酷く慌てている。身を守るのはそれしかないのか、傘をを構えようとしているだけ。
しかし突如、魔法使いは不敵な笑みを、その酷薄な唇の端に浮かべた。
「騎士殿、実は僕はあなたの秘密を知っている」
魔法使いはそう言いながら小指を立てて、バルザに何か見せつけてきた。
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