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シーズン1 魔法使いの塔
第六章 9)バルザからの誘い
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バルザ殿の率いる軍の圧倒的な勝利だったとはいえ、激しい戦の中、いくらか負傷者はいたようだ。
塔の医務室で、数人の負傷兵が簡単な治療を受けていた。それほどの重症者はいないようだが、ゲオルゲ族の看護婦たちが薬を塗ったり、包帯を巻いたりしている。
それでまた私は驚いたというか、呆れさせられたのだけど、看護婦たちに混じってフローリアも、その治療の手伝いをしていた。
「フローリア、いい加減にしないか。しばらく安静にしてなくてはならないじゃないか!」
上半身裸の傭兵の肩に包帯を巻こうとしていたフローリアに、私はそう言った。
しかし逆に私のほうがおかしなことを言っているかのように、彼女に叱られた。
「怪我をしている人を前に、のんびり寝てろって言うんですか? それぐらいならもう一度倒れたほうがましです」
「だ、だけど・・・」
フローリアはまだ起きたばかりなのか少し髪が乱れていたが、先程まで気を失っていた人間とは思えない表情で、キビキビ動いている。
顔色も良さそうなので、病人という感じなんてしないことは確かだ。
しかし今朝だってそうだった。また突然倒れるかわからないではないか。
「おいおい、兄ちゃん、固いこと言うなよ」
フローリアに包帯を巻かれている傭兵が私に言ってきた。「俺もどうせなら、あの中年の女性より、彼女に治療してもらいたいよ。あんただってそうだろ?」
そう言いながらその傭兵はガハハと大口を開けて笑ってくる。他の傭兵たちもそれに賛同するように声を上げて笑った。
さっきは世にも雄々しい戦い振りを見せたが、正体はこのようなガラの悪い男たちなのである。
私は眉をひそめながらも、しかしフローリアの行動を制限出来る立場でもないから、「これが終わったら静かに眠るんだ」とだけ言って、彼女から注意を逸らした。
ふと視線を向けた先にバルザ殿が座っていた。
銀色の胸当てをしているだけの軽い武装で、今は武器も持っていない。
傭兵たちの遣り取りを笑うでもなく、憤るでもなく、ただ穏やかな表情で眺めている。
先程、戦場を鬼神のように走り回った人とは思えないほどの静謐さだった。
しかしこの堂々たる体躯、そして私に向けてくるその鋭い眼差し。
間違いなくバルザ殿である。
「恐れ入ります、シャグラン殿、わざわざここまでお越しになられたとは。会いたいと申し出たのは私のほうですから、どこでも出向かせて頂いたものを」
バルザ殿は坐っていた椅子から立ち上がり、丁寧にそう言ってきた。
「そ、そんなこと、滅相もないことです。それにちょうど、ここに用もありました」
私は恐縮しながら答えた。
「あなたはこの塔のナンバー2だと聞きました。いくらかお願いしたいことがあるのですが。それともそういうことは直接、塔の主に申し上げるほうがよろしいのでしょうか?」
「いいえ、まずは私が請け合いましょう」
「そうですか。ではお話しさせていただきます。しかしこれからの戦いに関わる重要な話しもあります。人の多いところではなく、他の場所で」
バルザ殿がそう言ったので、私は東の塔にある応接の間に案内することにした。
応接の間は、私とプラーヌスがいつも夕食を共にする部屋だ。まだきれいに整えられてはいない塔の中で、ここが客を迎えるのに最も適した部屋であろう。
私はアビュに何か飲み物を持ってくるよう頼み、バルザ殿と共に応接の間に向かった。
塔の医務室で、数人の負傷兵が簡単な治療を受けていた。それほどの重症者はいないようだが、ゲオルゲ族の看護婦たちが薬を塗ったり、包帯を巻いたりしている。
それでまた私は驚いたというか、呆れさせられたのだけど、看護婦たちに混じってフローリアも、その治療の手伝いをしていた。
「フローリア、いい加減にしないか。しばらく安静にしてなくてはならないじゃないか!」
上半身裸の傭兵の肩に包帯を巻こうとしていたフローリアに、私はそう言った。
しかし逆に私のほうがおかしなことを言っているかのように、彼女に叱られた。
「怪我をしている人を前に、のんびり寝てろって言うんですか? それぐらいならもう一度倒れたほうがましです」
「だ、だけど・・・」
フローリアはまだ起きたばかりなのか少し髪が乱れていたが、先程まで気を失っていた人間とは思えない表情で、キビキビ動いている。
顔色も良さそうなので、病人という感じなんてしないことは確かだ。
しかし今朝だってそうだった。また突然倒れるかわからないではないか。
「おいおい、兄ちゃん、固いこと言うなよ」
フローリアに包帯を巻かれている傭兵が私に言ってきた。「俺もどうせなら、あの中年の女性より、彼女に治療してもらいたいよ。あんただってそうだろ?」
そう言いながらその傭兵はガハハと大口を開けて笑ってくる。他の傭兵たちもそれに賛同するように声を上げて笑った。
さっきは世にも雄々しい戦い振りを見せたが、正体はこのようなガラの悪い男たちなのである。
私は眉をひそめながらも、しかしフローリアの行動を制限出来る立場でもないから、「これが終わったら静かに眠るんだ」とだけ言って、彼女から注意を逸らした。
ふと視線を向けた先にバルザ殿が座っていた。
銀色の胸当てをしているだけの軽い武装で、今は武器も持っていない。
傭兵たちの遣り取りを笑うでもなく、憤るでもなく、ただ穏やかな表情で眺めている。
先程、戦場を鬼神のように走り回った人とは思えないほどの静謐さだった。
しかしこの堂々たる体躯、そして私に向けてくるその鋭い眼差し。
間違いなくバルザ殿である。
「恐れ入ります、シャグラン殿、わざわざここまでお越しになられたとは。会いたいと申し出たのは私のほうですから、どこでも出向かせて頂いたものを」
バルザ殿は坐っていた椅子から立ち上がり、丁寧にそう言ってきた。
「そ、そんなこと、滅相もないことです。それにちょうど、ここに用もありました」
私は恐縮しながら答えた。
「あなたはこの塔のナンバー2だと聞きました。いくらかお願いしたいことがあるのですが。それともそういうことは直接、塔の主に申し上げるほうがよろしいのでしょうか?」
「いいえ、まずは私が請け合いましょう」
「そうですか。ではお話しさせていただきます。しかしこれからの戦いに関わる重要な話しもあります。人の多いところではなく、他の場所で」
バルザ殿がそう言ったので、私は東の塔にある応接の間に案内することにした。
応接の間は、私とプラーヌスがいつも夕食を共にする部屋だ。まだきれいに整えられてはいない塔の中で、ここが客を迎えるのに最も適した部屋であろう。
私はアビュに何か飲み物を持ってくるよう頼み、バルザ殿と共に応接の間に向かった。
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