私の邪悪な魔法使いの友人

ロキ

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シーズン1 魔法使いの塔

第八章 5)前の主の私室

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 せっかくバルザ殿に良いところを見せようと張り切っていたのに。
 私は心底落胆して倉庫から出た。
 いや、バルザ殿を喜ばせるだけではない。
 プラーヌスだって蛮族の問題が解決することを心から待ち望んでいるだろう。
 私が探していることを知らないだろうが、何なら蛮族たちだってそれを望んでいるに違いない。
 女神像が見つかることは、誰もが心待ちにしていることなのである。邪魔する者などいないはずの平和への道。

 だけど倉庫で女神像は見つけることは出来なかった。
 私はしばらく途方に暮れた。倉庫になければ、他にどこにあるだろうかとしばらく悩んだ。

 それで次に思いついたのがここ、前の主の私室である。
 どういう動機で、はたまたどういう方法かもわからないが、蛮族から女神像を盗んだのは、この塔の前の主であることに間違いないようである。
 だったら、その前の主の私室に大事に保管されてあるのではないか。
 そう考えて私は前の主の私室を探すことにしたのである。

 そこは西の塔の、プラーヌスの書斎兼寝室の近くにある。
 西の塔に来るのは、契約の夜以来だ。私はプラーヌスに許可をもらい、前の塔の主の私室に入った。

 しかし結局、その部屋にもなかったのである。
 前の塔の主の部屋は一人で利用するには広そうであったが、あまりに色々な物が乱雑に散らかっているせいか、少し前までこの塔を支配していた者が起居していた部屋にしてはみすぼらしく見えた。
 魔法書や羊皮紙の束がうず高く積もれていて、たくさんの戸棚や抽斗のついた家具が並んでいる。
 瓶やら水晶玉やらも足の踏み場もないくらい散らばっている。

 私はそのような散らかった部屋の中を、念入りに探したつもりである。
 女神の像と言っても、もしかしたら人差し指くらいの小さな物かもしれない。
 あるいはひどく安っぽい作りかもしれない。
 そんなことも念頭に入れて隅々まで調べた。
 しかしいくら探してもそのようなものは見つからない。

 「一度、じっくり前の塔の主の部屋は見たかったんだ。僕も持っていない魔法の道具や、資料があるかもしれないからね」

 一向に見つからないので少し苛々しながら探していると、プラーヌスがそんなことを言いながら部屋に入ってきた。

 「おお、これは人体実験で得られた結果が記されているノートだな」

 彼は部屋に入ってくるや否や、傍にあった羊皮紙の束をめくりながら、嬉しそうに読み始めた。

 「なあ、プラーヌス、いくら探してもこの部屋にはなさそうだよ。魔法の隠し扉とかそういうのは考えられないものだろうか」

 突然、部屋に入ってきたにプラーヌスに少し驚いたが、ちょうど良かったと私は尋ねた。

 「それはないね。前の塔の主の魔法は、彼が魔族と交わしていた契約を破棄させた時点で全て解かれたから。しかし彼がわざわざ自分の宝石を使って、何か細工をしていたのならば別だけど。でもまあ、そんなこと万に一つもないだろう」

 「だけどどうあれ、もう僕には見つけられそうにないよ。君の魔法でどうにかならないかい?」

 だいたい心当たりがありそうなところは全て見て回ったつもりだ。
 もう私の努力ではどうにもなりそうにない気がするのだ。

 「無理さ」

 しかしプラーヌスは私の言葉をすげなく足蹴りした。

 「もしその女神像に何らかの魔法がかかっているなら、それで見つかるかもしれない。でもそれがただの青銅の塊りか何かに過ぎなければ、魔法では探せないね」

 「そうか、残念だな・・・」

 「力になれなくて申し訳ないね、シャグラン」

 「いいや、そんなこと・・・」

 私はプラーヌスらしからぬ言葉に少し驚きながらそう返事した。
 とはいえ、さっきからのプラーヌスの行動やその口ぶりから察するに、彼はそれほど女神像探しに熱心ではないようだ。
 プラーヌスはこの部屋に入ってきてからずっと、前の主の残したノートを読むことに夢中で、女神像の在り処を気にかける素振りなど一切見せない。
 私の言葉に返事をするときも片手間なのである。

 「ここにはもうないだろうね。どこか他に心当たりはないかな? プラーヌス?」

 そんなプラーヌスの注意を引くため、私はそう声を掛けた。

 「・・・うむ、まあ、見つからないのなら、それほど焦ることもないだろ」

 しかし彼はノートに目を落としたままそう言ってくる。

 「本当にいいのかい、プラーヌス、そんなことで?」

 「ああ、いいといえばいいし、駄目だと言えば駄目だね・・・」

 彼は面倒そうにそう言って、ようやくノートから視線を上げた。

 「しかしそんなことより不思議に思わないか、シャグラン? どうして前の主がそのような物を盗む気になったのか」

 「それは女神像が美しくて、貴重で、価値がありそうだったからじゃないのかな」

 「なるほど、だったら見つけることが出来ても、僕も返す気にならないな」

 プラーヌスは女神探しに熱心な私を突き放すように、ニヤリと微笑みながらそんなことを言ってきた。

 「おいおい、本気で言ってるのかい?」

 「いや、冗談だけども。しかし結局、彼はそんな物を蛮族から奪ったせいで寿命を縮めた。死にたくなければ蛮族にすぐに返せば良かったはずなのに。すなわ ちそれは死を賭けるに値するほどのものだったということだ。シャグラン、君もそのようなものだったら、手元に置いておきたいと思わないか?」

 「だけど・・・」

 ようやくプラーヌスは女神の話題に食いついてきたが、しかし彼の口から出る言葉は私の期待に反するセリフばかりで、こっちはただ戸惑うだけである。

 「まあ、あるいはこんな可能性もある。結局、前の主はちょっと前までの僕たち同様、どうして蛮族が襲撃をかけてくるかその理由を知らなかった。だから返そうと思う発想がそもそも湧かなかった。いや、違うな」

 プラーヌスは首を振って言った。

 「いくら馬鹿でも、自分が蛮族から奪ったのなら、その関連性には気づくな。だったらこの女神が蛮族の物だと知らずに手に入れたのか・・・、いや、下手したら盗んだことにすら気づかなかった可能性もあるな」

 「どういうことさ?」

 「だから前の主の気づかぬ間に、それが塔の中にあったってことだ。しかしそんなことがありえるのだろうか?」

 逆に私に問い掛けるにプラーヌスは私を見てくる。

 「訳がわからないよ」

 「うん、僕もね。まあ、いずれにしろゆっくり探せばいいさ。時間はたっぷりある。バルザ殿がこの塔の番人として働いてくれている限り、そのような物が見つかろうが見つかるまいが関係ないから」

 プラーヌスは言いたいことを言い終えたのか、再び目の前の羊皮紙の束に視線を落ととした。
 まあ、確かにバルザ殿さえおられれば、塔の安全は保障されたも同然である。
 しかし女神像が発見されない限り、蛮族への虐殺はいつまでも続いてしまうのだ。それは不本意。
 それにバルザ殿が、この塔の門番を終生勤めてくれるとも思えない。
 そのことに関しては、プラーヌスも心配を口にしていたではないか。バルザ殿は僕に忠誠を誓っていない。彼を全面的に信頼することはまだ不可能だ、と。

 「ああ、確かに不安だった。しかしある解決方法を思いついたよ。女優を雇うんだ」

 プラーヌスは私の質問に答えてそう言ってきた。

 「女優?」

 「この前、この塔に劇団が来たんだろ? そして僕たちがこの前観たのと同じ劇を上演して帰った」

 「ああ、確かに来たよ。何ていう題の劇だったっけ?」

 「『悲しきハイネの物語』さ。まさかこの塔で、その劇を上演されるとは。皮肉な巡り合わせに驚きを禁じ得ないんだけども。しかしそれがヒントになった。僕はその劇団の女優を雇おうと思っている」

 「だから、女優なんて雇って、どうするつもりなんだよ?」

 当然のこと、まるで意味がわからない。私は彼にそんな質問をぶつける。

 「やって欲しい仕事があるんだ。それはまさに女優に打ってつけの仕事でね」

 「女優にうってつけの仕事?」

 「ああ、それ以外、言いようがないね。君に詳しく教えてあげられないことが、とても残念だけどね」

 プラーヌスがまた意味ありげなことを言って、私を煙に巻いてくる。
 私は真っ暗な迷路の中に置き去りにされたような気分で、恨めしげにプラーヌスを見つめた。

 「プラーヌス、君には本当に秘密が多いね」

 「そうかな」

 「バルザ殿のことになると、君はいつも、どこかで口篭ってしまう」

 これで何度目だろうか。プラーヌスのこの秘密めいた口ぶりは。
 まるで一人前の大人として扱われていない気分にされて、とても惨めになるのだ。
 それならいっそ、何も言わないで欲しい。ここには秘密がある。しかしお前にはそれは言えない。そんな態度を取られると不快で仕方ない。

「いや、特に君に関係のない話しだからだよ。本当にそれだけさ。たとえば君に魔法のことを詳しく話して理解出来ないだろ?」

 「それはそうだけど」

 「これもそれと同じような話しなのさ。別に誰かを傷つけるようなことではないよ」

 その言葉で説得されたわけではないけれど、私は不承不承頷いた。

 「わかったよ。女優でも何でも勝手に雇ってくれ。僕はこれ以上立ち入らない」

 「うん、本当に君が気に病むような話しではないからね」

 プラーヌスは少しばかり安心したように言った。

 「そういうわけで僕はこれから街に行って、その女優を迎えに行ってくる。そもそも君にこの話をしたのは、それを言うためだったんだよ。思わぬことで君に文句をつけられたけど」

 「文句を言ったつもりはないけれど。でも街か、いいね」

 暗い塔での女神像探しの日々なんて、もううんざりだ。少しの間でいいから、また街に行って、市場などを散策したいものである。

 「僕にすれば、とても面倒だよ、この程度の仕事にわざわざ、自ら赴かなくていけないなんて」

 私の言葉にプラーヌスがそう答えてきた。

 「じゃあ、僕が代わりに行こうかい?」

 「魔法で君を現地に一瞬で送ることは出来るけど、魔法を使えない君は、そこから帰って来れないではないか。帰り道、馬車で何日かかるかわからない」

 「そ、そうか」

 「しかしこういうときに、助手がいれば便利だろうな。それなりに魔法の嗜みがある雑用係さ。それもどこかで探しておこうかな」

 プラーヌスが言った。

 「君の下で働くのは大変だろうけど」

 「そうかな?」

 プラーヌスは人使いの荒い自分の性格にまるで自覚がないのか、本当に不思議そうに首を傾げた。
 まあ、しかしプラーヌスは有名な魔法使いらしいから、希望者はきっと大勢いるに違いないが。

 「というわけで少し塔を留守にする。今日中には帰るけどね。いつもの夕食の時間には間に合わない」

 「わかった、今夜は先に食べておく」

 「いや、食べずに待っていてくれって言おうと思ったんだよ」

 「・・・わ、わかった。じゃあ、待つよ」

 「では短い間だけど、君に留守を任せる」

 それにしても、このノートは本当に凄いよ、シャグラン。前の主は人体実験を極めていたようだ。

 部屋を出ようとしたプラーヌスは名残惜しげに足を止めたかと思うと、またもや羊皮紙の束をぱらぱらとめくり始めた。

 私も恐いもの見たさに、それを開いてみる。
 しかし人間の解剖図や切断図らしきものが描かれているのが見え、すぐに放り投げたくなった。

 「こ、こんなもの、僕からすれば、ただただ、おぞましいだけだよ」

 「しかしとても参考になる。よし、このノートを僕の部屋に運ぶ。君も手伝ってくれ」

 「本気かい、プラーヌス?」

 「もちろんさ」

 「わかったよ、それくらいは手伝うけれど。でもやめてくれよ、プラーヌス、君までそのようなことに手を出すのは」

 「当然だろ。ただ見るだけさ」

 これとこれを持ってきてくれ、彼は羊皮紙の束を指差して回る。
 私はその指示に従って、それを順々に抱えていく。
 しかしその量は莫大で、私一人では到底持てなかった。
 私が持てない分は、プラーヌスが自分で持ち運んでいく。
 彼も腕いっぱいの羊皮紙を抱えた。私たちはほとんど前も見えないような状態で、プラーヌスの自室に向かう。
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