邪悪な魔法使いを殺すため、戦いに参加した九人の魔法使い

ロキ

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2)シユエト <路上2>

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 ここはアレクサンドル大通りから、一つ奥に入った裏通りである。
 番地で言えば十二番地。床屋と洗濯屋などが並んでいるが、表通りほど人通りが多い区域ではない。
 その通りに面して、大きな戸立てのメゾンが建っている。
 隣の建物と軒を接する、門構えのない、この辺りでは有り触れた作りの建物だ。

 この建物の最上階、三階の部屋にその男は暮らしている、らしい。
 その部屋に侵入するための入り口は幾つかあるだろうが、彼らが選択したルートは二つだった。
 一階にある共有の玄関を通るライン。もう一つは、三階の部屋の窓から直接侵入するライン。

 一階の玄関の扉を爆破して突破するのが、「牡牛班」の任された役目である。
 牡牛班、すなわち、先程リーダーに就任したばかりのシユエト。饒舌なエクリパン。この班、唯一の女性、ブランジュ。無口なアルゴ、その四人で形成されている。

 もう一方の班、三階の窓から侵入する予定の「雌羊班」は、その隣の建物で待機している。
 「牡牛班」が侵入を成功するのを、今か今かと待ち構えているであろう。

 「よし、では攻撃を開始するぞ、いいな? もう後戻りは出来ないぜ」

 エクリパンは懐からダイヤモンドを一つ取り出しながら言った。
 建物は石灰石で出来た堅固そうな作りであるが、その扉自体は木製の、何の変哲もない代物だった。
 取っ手に多少凝った装飾がなされているが、この部屋に住む住人がそれを気に入り、ここを選んだわけでもないはずだ。

 その扉を壊すくらい、力自慢の男性であれば難しいことではない。
 何度か体当たりすれば、蝶番が外れるか、木製の扉が裂けて壊れるに違いない。
 おそらくその程度の強度しかない扉である。
 それなのに魔法使いのエクリパンが宝石を取り出し、魔法のコードを唱えようとしていうるのには理由がある。
 なぜならこの扉に、魔法のシールドがかかっているからだ。
 その魔法のシールドは、その強度を凌駕する攻撃を加えなければ、壊れることはない。

 「エクリパンのお手並み拝見だね。奴が貼ったシールドを破壊するのに、どれだけの魔法が必要か」

 にわかに真剣な面持ちになったエクリパンをからかうように、ブランジュが言った。

 「けっ、一発で粉々にしてやるよ」

 「一応、ダイヤモンド級の攻撃魔法を使えるのね?」

 エクリパンがダイヤモンドを手に取っているのを見て、ブランジュが言った。

 「ああ、そうだよ。もしかして俺のことを見損なっていたのかい?」

 「はい、サファイアくらいの魔法しか使えないと思ってました」

 どんな魔法使いであっても、魔法を発動させるためには宝石が必要である。
 魔法使いたちは宝石と引き換えに、魔法という特別な能力を使うことが出来るのだ。
 それがこの世界の物理法則。
 すなわち魔法は、宝石と同等に価値のある、大変に高価な代物なのである。

――エクリパン、ダイヤモンドを三つは用意しておけ。アルゴ、ブランジュ、シユエトも万が一のために、攻撃の準備をしておいて欲しい。

 三人はダンテスクからの指示を受けて頷いた。

 「万が一のことなど、起きるはずもないさ。俺独りの力で壊してやるさ」

 真昼だから、街路には通行人もいる。向かいの家や隣家には人も住んでいるだろう。しかし彼らは、そんなことを気に掛けていない。
 エクリパンは気合のこもった叫び声と共に、扉に向かって魔法を放った。それと同時に、彼の手の中のダイヤモンドが砕け散った。

 シンプルな魔法だ。強烈なエネルギーを固めて、対象に向けてぶつけるタイプ。
 凄まじい轟音を発して、魔法が弾け飛ぶ。
 その後、強烈な冷気が彼らの横を吹き抜けていく。

 なかなかの威力の魔法だと、シユエトも目を見張った。エクリパンがただの臆病者ではないことを理解した。
 しかしこれだけの威力があっても、まるで効果なしだった。
 敵の魔法使いが貼ったシールドにあっさりと跳ね返され、轟音だけが街路に虚しく轟いた。

 「二発目も行くぞ!」

 自分の攻撃魔法が呆気なく弾き返されたことにエクリパンはショックを感じたようだが、すぐ二発目の魔法も放つ。
 しかしその魔法でも、木製の扉に傷一つつけられない。

 その事実に、エクリパンはかなり傷ついているようであった。
 そんなエクリパンを励ますようにシユエトは声を掛ける。

 「臆するな! もう一発ぶっ放せ!」

 「わかってる、今度こそ壊してやる」

 エクリパンは三発目の魔法を放った。しかしそれでも、扉はビクともしなかった。
 大量の煙が立ち上がったが、その向こうの光景に何一つ変化はない。

 エクリパンは打ちのめされた様子で、片膝をついた。

 「ふーん、想像以上ね」

 ブランジュが言った。
 彼女は、エクリパンに向かって何か皮肉めいたことを言おうとしたようであったが、それ以上にそのシールドの強固さに驚きを隠せないようだった。
 エクリパンに向かって発しようとした言葉をグッと飲み込み、感心したように扉を見つめる。

 「あとは俺たちに任せろ」

 シユエトはエクリパンに声を掛けた。

 「勝手にしてくれ」

 もちろん、このまま攻撃を加え続ければ、いずれシールドが破壊されることは間違いない。
 相手がどれだけ優秀な魔法使いであっても、壊れることのないシールドを形成することは絶対に不可能である。
 エクリパンの魔法にも、充分な威力はある。
 次か、その次の次の攻撃によって、シールドは破壊されるだろう。このまま彼に任しておいても問題はない。

 しかしエクリパン一人に、大事な宝石を消費させるのは忍びないことだとシユエトは思う。
 どこかでこの様子を見ているダンテスクも、そう考えているだろう。
 軍資金として配布された宝石であっても、手持ちの宝石には限りがある。その宝石の数が、戦場では命を左右するはずだ。

 「誰からいくの?」

 他の三人は自分の宝石を取り出しながら、打ちひしがれたエクリパンを押し退けるようにして前に出た。
 そして自分たちも打撃系の魔法を使おうと、それぞれ魔法を発動させるためのアイテムを構える。

 魔法を使うには、宝石と共にアイテムがあったほうが効果的である。
 多くの魔法使いたちはそのアイテムに、ロッドを使う。材質や長さは人によってそれぞれだが、それが一般的なことである。
 ちなみにシユエトはロッドを使う。ブランジュもそうだ。彼女の場合、二の腕ほどの短いもの。アルゴという若者もロッドを持っている。エクリパンだけ短い短剣だった。

 「俺からいくぞ」

 シユエトは標的を注意深く眺めながら、そのロッドを構えた。

 「どうぞ。リーダーの指示とあれば」

 ブランジュは素直に頷いて、シユエトに先を譲ってくれる。
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