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6)シユエト <接近2>
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その敵はとてつもなく邪悪な魔法使いだとダンテスクは説明してきた。
行動原理に正義の欠片もなく、その殺戮に理由もない。ただ自分の欲望に忠実で、手段を達成するためならば一切の躊躇もしない。
――奴は十代前半で、既に人を殺している。一人や二人ではない。一度に数十人を焼き殺したらしい。そこから、奴の人殺しの人生が始まった。
「人を殺すのが大好きな魔法使いなのね。この世で最もたちの悪い生き物」
ブランジュが言った。
この戦いに挑むにあたり、彼らは何度か会合を持っていた。
敵の魔法使いの住む部屋の近く。机とテーブル以外、何もない小さな部屋で。そこで敵の魔法使いに関する情報、作戦の打ち合わせ、戦闘に参加する仲間の魔法使いの能力などに関するレクチャーを、ダンテスクから受けていた。
とはいえ、そのときもダンテスクは姿を現すことはなく、耳につけたイヤーカフ越しの会話であったが。
――奴はただ、殺しが好きなだけではない。
敵の魔法使いは、あの『ナンバー27』をガルディアンにしたという噂があるらしい、そうダンテスクは説明してきた。
「『ナンバー27』って、あの?」
――そう、あの『ナンバー27』さ。
魔法というのは、魔界にいる魔族の力を借りて発動される。
その為に必要なものが三つある。
まずは魔法言語の習得。魔法言語を使って魔族と意思疎通を交わし、様々な命令を発する必要がある。それを習得しなければ、魔法を使うことは不可能。
そして宝石。
魔法使いは魔法を使うとき、魔族に宝石を供さなければいけない。すなわち、魔法は宝石と引き換えに発動される高価な代物なのである。いくら魔法言語を習得していても、手持ちの宝石がなければ魔法を使うことは出来ない。
最後に魔族との契約。
安定して魔法を使うために、魔法使いは自分専属の魔族と契約しなければいけない。その専属の魔族のことをガルディアンと呼ぶ。
どのようなガルディアンと契約を結ぶかによって、魔法の力は大きく左右される。
取るに足りない下級のガルディアン。ありきたりな中級のガルディアン。契約を結ぶのが困難な上級のガルディアン。中には様々な逸話を残す、伝説のガルディアンも存在する。
魔法使いには寿命があるが、魔族にはそれがない、らしい。優秀な魔法使いはしばしば、そのような伝説のガルディアンと契約を結んでいるものである。
そして伝説のガルディアンは契約相手の魔法使いを変えて、何世代にも渡ってこの世界に影響を及ぼす。
――我々が相手にしなければいけない敵の魔法使いは、あの『ナンバー27』をガルディアンにしているという噂がある。
ダンテスクの話は続く。
『ナンバー27』。この辺りに住む者で知らない者はいない、とある魔族のニックネームだ。
例えば、あのスコーフィールドのガルディアンだったという。
スコーフィールドは人の名前。彼は七日間だけ世界を支配した、歴史上で最も邪悪にして巨大な力を持った魔法使い。
次々と国王たちを殺して、国土に混乱と荒廃だけをもたらし、27歳の誕生日、宮殿の上から飛び降り、呆気なく自らの命を捨てたという。
あのスコーフィールドの災難から、まだ完全に回復していない国もある。スコーフィールドは多くの国王を殺し、無数の領主を殺し、秩序と安定のシステムを壊すだけ壊し尽くした。彼が遺した災厄は、まだ世界に燻っている。
国王たちの万の軍隊をもってしても、その蛮行を止めることが出来なかったのだ。スコーフィールドがどれだけ強力な魔法使いだったか推し量れる。
そのスコーフィールドに凄まじいまでの魔法の力をもたらしたのが、『ナンバー27』というニックネームの魔族だった。
しかし『ナンバー27』に関する噂は、悪いものばかりでもない。
その『ナンバー27』がスコーフィールドのガルディアンになる前は、タウンレイという大魔法使いのガルディアンだった、らしい。
タウンレイは、ランベール朝を築いた初代皇帝の盟友だ。彼は邪悪な魔法使いではなかった。むしろ世界のために尽くした善き魔法使い。
しかしそのタウンレイも、27歳の誕生日、若くして自ら命を絶った。
『ナンバー27』とガルディアンの契約を結ぶと、凄まじい魔法能力を得ることが出来るが、それと引き換えに27歳で死ぬ。ある頃から、そのような噂が広まり始めたようだ。
そんな噂が立ち始め、そのガルディアンは、『ナンバー27』と呼ばれ始めたのだ。
――我々が相手にしなくてはいけない魔法使いは、タウンレイのようなタイプではなくて、スコーフィールドのような魔法使いのようだ。放っておけば、この世界に悪影響をもたらしかねない邪悪な男。
「ってことは、私たちはあの『ナンバー27』と戦わなければいけないわけ?」
――いや、そのガルディアンの話しはあくまで噂。真偽のほどはわからない。しかしそれくらいの覚悟はしておいて欲しい。
「まあ、確かに、スコーフィールドみたいに悪い奴だったら、早いところ成敗しておかないといけないことは確かよね」
でも、そんな大仕事を私たちがやらないといけない義理はないけれど。
その会合のときは、意気揚々とそんなことを言っていたブランジュであったが、今ではもうそのときの溌剌さは跡形もなくなった。
先程の攻撃と、間近で起きたアルゴの死によって、彼女が生来持っていた活きの良さは、完全に消えうせてしまったようだ。
「こんなの自殺行為だわ」
ブランジュは何とか建物の中に足を踏み入れたが、怯えた草食動物のように辺りをずっとキョロキョロと見渡している。廊下の天井の隅の蜘蛛の巣にも、イチイチ表情を変えていた。
「この建物に他の住人は?」
――いない。
ブランジュからの問い掛けに、ダンテスクが答えた。
「出て行ったの?」
――いや、違う、追い出されたそうだ。隣人の存在がわずらわしかったのだろう。
「隣人を追い出したくなる気持ちは理解出来るな。騒々しい音は魔法の勉強の邪魔になる。俺たち魔法使い共通の感情だ」
エクリパンが言った。「しかし誰もいないのなら、心置きなく暴れることが出来る。やってやろうぜ」
「あなたも自分で魔法のコードを書くんだ?」
ブランジュは怯えながらも、エクリパンのその発言には食いついたようであった。いや、むしろ無駄なことを喋ることで、ブランジュは溢れてくる恐怖心を和らげようとしているのかもしれない。
「それほど得意ではないけどな。とりあえずその辺の勉強もしてきたよ」
「ふーん、そうなんだ、意外、見た目では人はわからないものね」
「君は?」
「私もそれなりに、ね」
廊下の床がきしむ。木で出来た取り付けの悪い床だ。
外から見たときには特に注意を惹かなかったが、廊下を進んでいるうちに、この建物の外壁が大量のツタに覆われていることに気づいた。
廊下には幾つかの窓があるのに、どことなく薄暗いのはそのせいだ。そのツタは、窓にも覆い被さっている。その緑の一部は窓から建物の中に侵入して、廊下にも草の匂いを漂わせていた。
とはいえ、その大量のツタを除けば、何の変哲もない建物だろう。内装も地味で、この街では一般的な造りだと言える。このような凡庸な建物に、世の中を震撼させるほどの邪悪な魔法使いが住んでいるという事実が信じられない。
廊下の奥に階段が見えた。そこを昇ると、その男がいる部屋に辿り着くことになる。
彼らはその事実を承知しているので、エクリパンはその階段を睨むように見つめ続けている。ブランジュはわざとそっちに視線を向けないようにしている。シユエトは警戒しながらも、前後左右への注意も怠らない。
「でもそいつはもう、私たちの侵入を察知してるのは間違いないでしょ。もしかしたら今日は戦いたくないと思って、どこかに退散してるってことないの?」
ブランジュは僅かな希望にすがるようにそう言った。
――奴の書斎には本やノートが大量に保管されている。奴はそれを、かなり大事にしているじはずだ。そんな大事なものを放って逃げることはないだろう。
ダンテスクが答える。
「魔法のコードの本?」
――ああ。
「扉を壊されるのすら嫌がってたんだ。それらの本を燃やしたら、それはもう激怒することだろうな」
エクリパンが言った。
――それは謹んで欲しい。出来ることなら回収したい。かなり貴重なコードが書かれているに違いないのだ。
「そいつはそんなに優秀なコード書きなの?」
――言うまでもないだろう。先程君たちは、これまでに一度も見たこともない魔法を目撃したではないか。
目撃したというよりも、それで攻撃されたわけであるが。
確かにあれは一般的な魔法ではなかった。その魔法使いが独自に編み出した魔法に違いないと、シユエトも思う。
「戦いのとき、その本を燃やしたりしないよう、気をつける必要があるな」
エクリパンが言った。
「大丈夫だ。きっと奴は、本棚にもシールドを貼っているだろう」
「それはそうね。そんなに大事なら、そうしているはずね」
「だったら心置きなく暴れられる。全てのお膳立ては揃っているわけか」
階段を上る足音が、吹き抜けの天井に反響していた。
ブランジュは敵との遭遇に怯えながらも、足音を高らかに鳴らしている。普通に街路を歩いているのと変わらない歩き方だ。
その事実に、シユエトは内心苛立っていた。確かに我々が侵入していることが敵方に察知されているのだから、今更、足音など気にする必要はないかもしれないが、この女性が戦い馴れていない様子が、そのことから見て取れた。恐怖や心の動揺を、彼女はまるでコントロールし切れていない。
とはいえ、魔法使いの価値は、戦闘能力だけで図ることは出来ないこともシユエトはよく知っていた。
たとえブランジュが戦いに不練れであったとしても、何かとてつもなく恐ろしい魔法を会得している可能性だってある。もしかしたら、それが我々を救うことだってあるかもしれないのだ。
(いや、しかしさっき玄関口で、アルゴはあっさりと死んだ。あれはどう考えても犬死にだった。我々の雇い主が、この闘いのために確かな人選をしているとは限らない証し)
何か特別な魔法が使えるのか、ブランジュが尋ねたい要求に彼は駆られた。ついでに、どのような経緯でこの戦いに参加することになったのかも聞きたい。
逆に問い返されたら、シユエトはこう答えるだろう。「俺にはある」と。誰も使えない特別な魔法を会得している、と。
その魔法を使って、いくつもの暗殺を成功させてきた。
この戦いでも、俺の魔法が勝負を決することになるかもしれない。
俺がこのチームのリーダーになったのには、それなりの理由があるのさ。
行動原理に正義の欠片もなく、その殺戮に理由もない。ただ自分の欲望に忠実で、手段を達成するためならば一切の躊躇もしない。
――奴は十代前半で、既に人を殺している。一人や二人ではない。一度に数十人を焼き殺したらしい。そこから、奴の人殺しの人生が始まった。
「人を殺すのが大好きな魔法使いなのね。この世で最もたちの悪い生き物」
ブランジュが言った。
この戦いに挑むにあたり、彼らは何度か会合を持っていた。
敵の魔法使いの住む部屋の近く。机とテーブル以外、何もない小さな部屋で。そこで敵の魔法使いに関する情報、作戦の打ち合わせ、戦闘に参加する仲間の魔法使いの能力などに関するレクチャーを、ダンテスクから受けていた。
とはいえ、そのときもダンテスクは姿を現すことはなく、耳につけたイヤーカフ越しの会話であったが。
――奴はただ、殺しが好きなだけではない。
敵の魔法使いは、あの『ナンバー27』をガルディアンにしたという噂があるらしい、そうダンテスクは説明してきた。
「『ナンバー27』って、あの?」
――そう、あの『ナンバー27』さ。
魔法というのは、魔界にいる魔族の力を借りて発動される。
その為に必要なものが三つある。
まずは魔法言語の習得。魔法言語を使って魔族と意思疎通を交わし、様々な命令を発する必要がある。それを習得しなければ、魔法を使うことは不可能。
そして宝石。
魔法使いは魔法を使うとき、魔族に宝石を供さなければいけない。すなわち、魔法は宝石と引き換えに発動される高価な代物なのである。いくら魔法言語を習得していても、手持ちの宝石がなければ魔法を使うことは出来ない。
最後に魔族との契約。
安定して魔法を使うために、魔法使いは自分専属の魔族と契約しなければいけない。その専属の魔族のことをガルディアンと呼ぶ。
どのようなガルディアンと契約を結ぶかによって、魔法の力は大きく左右される。
取るに足りない下級のガルディアン。ありきたりな中級のガルディアン。契約を結ぶのが困難な上級のガルディアン。中には様々な逸話を残す、伝説のガルディアンも存在する。
魔法使いには寿命があるが、魔族にはそれがない、らしい。優秀な魔法使いはしばしば、そのような伝説のガルディアンと契約を結んでいるものである。
そして伝説のガルディアンは契約相手の魔法使いを変えて、何世代にも渡ってこの世界に影響を及ぼす。
――我々が相手にしなければいけない敵の魔法使いは、あの『ナンバー27』をガルディアンにしているという噂がある。
ダンテスクの話は続く。
『ナンバー27』。この辺りに住む者で知らない者はいない、とある魔族のニックネームだ。
例えば、あのスコーフィールドのガルディアンだったという。
スコーフィールドは人の名前。彼は七日間だけ世界を支配した、歴史上で最も邪悪にして巨大な力を持った魔法使い。
次々と国王たちを殺して、国土に混乱と荒廃だけをもたらし、27歳の誕生日、宮殿の上から飛び降り、呆気なく自らの命を捨てたという。
あのスコーフィールドの災難から、まだ完全に回復していない国もある。スコーフィールドは多くの国王を殺し、無数の領主を殺し、秩序と安定のシステムを壊すだけ壊し尽くした。彼が遺した災厄は、まだ世界に燻っている。
国王たちの万の軍隊をもってしても、その蛮行を止めることが出来なかったのだ。スコーフィールドがどれだけ強力な魔法使いだったか推し量れる。
そのスコーフィールドに凄まじいまでの魔法の力をもたらしたのが、『ナンバー27』というニックネームの魔族だった。
しかし『ナンバー27』に関する噂は、悪いものばかりでもない。
その『ナンバー27』がスコーフィールドのガルディアンになる前は、タウンレイという大魔法使いのガルディアンだった、らしい。
タウンレイは、ランベール朝を築いた初代皇帝の盟友だ。彼は邪悪な魔法使いではなかった。むしろ世界のために尽くした善き魔法使い。
しかしそのタウンレイも、27歳の誕生日、若くして自ら命を絶った。
『ナンバー27』とガルディアンの契約を結ぶと、凄まじい魔法能力を得ることが出来るが、それと引き換えに27歳で死ぬ。ある頃から、そのような噂が広まり始めたようだ。
そんな噂が立ち始め、そのガルディアンは、『ナンバー27』と呼ばれ始めたのだ。
――我々が相手にしなくてはいけない魔法使いは、タウンレイのようなタイプではなくて、スコーフィールドのような魔法使いのようだ。放っておけば、この世界に悪影響をもたらしかねない邪悪な男。
「ってことは、私たちはあの『ナンバー27』と戦わなければいけないわけ?」
――いや、そのガルディアンの話しはあくまで噂。真偽のほどはわからない。しかしそれくらいの覚悟はしておいて欲しい。
「まあ、確かに、スコーフィールドみたいに悪い奴だったら、早いところ成敗しておかないといけないことは確かよね」
でも、そんな大仕事を私たちがやらないといけない義理はないけれど。
その会合のときは、意気揚々とそんなことを言っていたブランジュであったが、今ではもうそのときの溌剌さは跡形もなくなった。
先程の攻撃と、間近で起きたアルゴの死によって、彼女が生来持っていた活きの良さは、完全に消えうせてしまったようだ。
「こんなの自殺行為だわ」
ブランジュは何とか建物の中に足を踏み入れたが、怯えた草食動物のように辺りをずっとキョロキョロと見渡している。廊下の天井の隅の蜘蛛の巣にも、イチイチ表情を変えていた。
「この建物に他の住人は?」
――いない。
ブランジュからの問い掛けに、ダンテスクが答えた。
「出て行ったの?」
――いや、違う、追い出されたそうだ。隣人の存在がわずらわしかったのだろう。
「隣人を追い出したくなる気持ちは理解出来るな。騒々しい音は魔法の勉強の邪魔になる。俺たち魔法使い共通の感情だ」
エクリパンが言った。「しかし誰もいないのなら、心置きなく暴れることが出来る。やってやろうぜ」
「あなたも自分で魔法のコードを書くんだ?」
ブランジュは怯えながらも、エクリパンのその発言には食いついたようであった。いや、むしろ無駄なことを喋ることで、ブランジュは溢れてくる恐怖心を和らげようとしているのかもしれない。
「それほど得意ではないけどな。とりあえずその辺の勉強もしてきたよ」
「ふーん、そうなんだ、意外、見た目では人はわからないものね」
「君は?」
「私もそれなりに、ね」
廊下の床がきしむ。木で出来た取り付けの悪い床だ。
外から見たときには特に注意を惹かなかったが、廊下を進んでいるうちに、この建物の外壁が大量のツタに覆われていることに気づいた。
廊下には幾つかの窓があるのに、どことなく薄暗いのはそのせいだ。そのツタは、窓にも覆い被さっている。その緑の一部は窓から建物の中に侵入して、廊下にも草の匂いを漂わせていた。
とはいえ、その大量のツタを除けば、何の変哲もない建物だろう。内装も地味で、この街では一般的な造りだと言える。このような凡庸な建物に、世の中を震撼させるほどの邪悪な魔法使いが住んでいるという事実が信じられない。
廊下の奥に階段が見えた。そこを昇ると、その男がいる部屋に辿り着くことになる。
彼らはその事実を承知しているので、エクリパンはその階段を睨むように見つめ続けている。ブランジュはわざとそっちに視線を向けないようにしている。シユエトは警戒しながらも、前後左右への注意も怠らない。
「でもそいつはもう、私たちの侵入を察知してるのは間違いないでしょ。もしかしたら今日は戦いたくないと思って、どこかに退散してるってことないの?」
ブランジュは僅かな希望にすがるようにそう言った。
――奴の書斎には本やノートが大量に保管されている。奴はそれを、かなり大事にしているじはずだ。そんな大事なものを放って逃げることはないだろう。
ダンテスクが答える。
「魔法のコードの本?」
――ああ。
「扉を壊されるのすら嫌がってたんだ。それらの本を燃やしたら、それはもう激怒することだろうな」
エクリパンが言った。
――それは謹んで欲しい。出来ることなら回収したい。かなり貴重なコードが書かれているに違いないのだ。
「そいつはそんなに優秀なコード書きなの?」
――言うまでもないだろう。先程君たちは、これまでに一度も見たこともない魔法を目撃したではないか。
目撃したというよりも、それで攻撃されたわけであるが。
確かにあれは一般的な魔法ではなかった。その魔法使いが独自に編み出した魔法に違いないと、シユエトも思う。
「戦いのとき、その本を燃やしたりしないよう、気をつける必要があるな」
エクリパンが言った。
「大丈夫だ。きっと奴は、本棚にもシールドを貼っているだろう」
「それはそうね。そんなに大事なら、そうしているはずね」
「だったら心置きなく暴れられる。全てのお膳立ては揃っているわけか」
階段を上る足音が、吹き抜けの天井に反響していた。
ブランジュは敵との遭遇に怯えながらも、足音を高らかに鳴らしている。普通に街路を歩いているのと変わらない歩き方だ。
その事実に、シユエトは内心苛立っていた。確かに我々が侵入していることが敵方に察知されているのだから、今更、足音など気にする必要はないかもしれないが、この女性が戦い馴れていない様子が、そのことから見て取れた。恐怖や心の動揺を、彼女はまるでコントロールし切れていない。
とはいえ、魔法使いの価値は、戦闘能力だけで図ることは出来ないこともシユエトはよく知っていた。
たとえブランジュが戦いに不練れであったとしても、何かとてつもなく恐ろしい魔法を会得している可能性だってある。もしかしたら、それが我々を救うことだってあるかもしれないのだ。
(いや、しかしさっき玄関口で、アルゴはあっさりと死んだ。あれはどう考えても犬死にだった。我々の雇い主が、この闘いのために確かな人選をしているとは限らない証し)
何か特別な魔法が使えるのか、ブランジュが尋ねたい要求に彼は駆られた。ついでに、どのような経緯でこの戦いに参加することになったのかも聞きたい。
逆に問い返されたら、シユエトはこう答えるだろう。「俺にはある」と。誰も使えない特別な魔法を会得している、と。
その魔法を使って、いくつもの暗殺を成功させてきた。
この戦いでも、俺の魔法が勝負を決することになるかもしれない。
俺がこのチームのリーダーになったのには、それなりの理由があるのさ。
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