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44)ブランジュ <戦闘12>
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ガリレイとの魔界での出会い、その交流をきっかけにして、ブランジュはこの戦闘に参加することになった。
彼女はその仕事の依頼を気軽に受け入れた。
むしろ、これだけ恩義のあるガリレイの仕事など、断れるはずがないと思い込んでいたのである。
それにブランジュは、この仕事を甘く見ていた。
コード書きとしては天才的ではあるが、生真面目そうなガリレイが、死の可能性に満ちた危険な仕事を依頼してくるとは想像もしていなかったのだ。
彼女が想像していたのは、庭掃除くらいの、少し汗だくになってしまう程度の仕事。
とはいえ、少し考えると、その程度の仕事に五百の金貨を約束するわけもないのだが。
(逃げたい、もうやだ、どうしよう・・・)
彼女はさっきずっと、そればかりを考えていた。
目の前の敵は想像以上の強敵だった。実際、仲間たちは次々に死んでいく。シャカル、ルフェーブがあっさりと。
その順番が、ブランジュに廻ってくるのは、もう時間の問題だ。ブランジュはまだまだ死にたくなかった。
(どこで私は間違えてしまったんだろうか? この戦いに参加しちゃったこと? 違う、魔法使いになんてなったことが、そもそもの間違いだった気がする)
「本当にいいのか?」
しかし絶望しているブランジュの隣で、エクリパンが声を張り上げていた。「それを見たが最後、お前は死ぬことになるが」
彼は圧倒的に強い敵の魔法使いに向かって、大胆にも挑発するような言葉を吐いている。
そういえばガリレイには何か秘策があるようだった。
サソリを使う攻撃、そのときブランジュの魔法が必要らしい。その話しは、この戦闘が始まるに聞かされていたことだ。それが作戦E。
しかしこのままではサソリも使うことなく、ブランジュの魔法も役に立つこともなく、こちら側の全滅で終わりそうな雲行きである。
いや、今のところ、ブランジュは役立つどころか、足を引っ張っている状態である。さっき爆弾を持った少女を、魔界に流刑したのだ。
厳密に言えば流刑ではなく、彼女を兵器として利用しようとした仲間に反発して、一時的に魔界に避難させたのであるが。
十時間後、牢獄は自動的に開け放たれ、あの少女は解放されるはずだから、その少女の命に別状はないだろう。
しかし彼らの作戦は無に帰してしまった。
あんなことをして良かったのだろうかと改めて反省してしまう。
(あの作戦が成功した可能性は低かったようだけれど、もしかしたら敵の魔法使いに少しはダメージを与えられたかもしれない。それを台無しにしたのは私だ)
もはや、こんなものが巡ってくることなどあるとは思えないが、挽回のチャンスがあるのならば、今度こそ自分の魔法で貢献したいとも思っている。
逃げてしまいたいという考えと同じくらい、ブランジュはそれを願っていた。
「ブランジュ、準備は良いか?」
そのとき突然、エクリパンがそう言って、声を掛けてきた。
敵の魔法使いの圧倒的な力の前に、レベルの違いを見せ付けられて、完全に敗戦ムードが漂っている中、まだエクリパン独りだけは敵の魔法使いに意気揚々と対峙しているようだった。
そんな彼がブランジュに向かって何か言ってくる。
「え? な、何よ!」
ブランジュは少しパニックになりながらも答える。
「さっきの魔法を使うんだよ、俺の合図と共に。作戦Eだよ、覚えているだろ」
「あっ、は、はい・・・」
「元気を出せ。俺たちは勝てるぜ。ここから生きて還られるんだ」
エクリパンが横目で、ブランジュのほうを見ながらニヤリと微笑んだ。
それはとても頼もしい笑みだった。
本当に心から、安心感を与えてくれるような心強さに溢れていた。一瞬、エクリパンのその微笑に、彼女は心を奪われそうになった。
(もしかして、エクリパンがガリレイ?)
ブランジュの脳裏に、ふと、そんな考えが過ぎる。
そう言えばこの戦いに対する姿勢が、彼だけ違う気がした。
それにブランジュのあの魔法のことを、彼は正確に把握しているようだ。
エクリパンに対して、そのような話しは一切していないのに。それを知っているのはガリレイとダンテスクだけのはず。
「おい、敵の魔法使い!」
エクリパンはブランジュの傍から離れ、一歩前に踏み出しながら敵の魔法使いに向かって言った。「見ろよ、これ」
彼は小さな瓶のようなものを、腰にぶら下げていた革袋から取り出した。
「この瓶の中にはサソリがいる。何て名前だっけな。まあ、どっか南国のサソリだ。こいつはかなり強烈な猛毒を持っている。刺されると確実に死ぬ。すぐには死なないようであるが、日が沈む頃には死に至るだろう。いくら、お前でもな」
しかもサソリまで登場した。
あの噂のサソリ。ブランジュは驚きと共に、改めてエクリパンを見つめた。
しかし敵の魔法使いが、パチリと指を鳴らした。
それと同時に、エクリパンの手の中の瓶が弾け消えた。中のサソリも、跡形もなく破裂した。
「・・・あ、ああ、お前は本当に強い。かなりの魔法使いだ。しかし、お前の強さはこの世界に幸福ではなく、不幸しかもたらさないだろう」
焦るなよ、プラーヌス。俺の魔法の力を見たいんだろ? エクリパンが叫ぶ。
「ああ、そうだったね」
エクリパンの言葉に、敵の魔法使いがにんまりと微笑みながら頷いた。
「サソリはあと三匹いるぜ」
エクリパンはそう言いながら、再び革袋を開け、サソリの瓶を取り出す。「しかし俺のとっておきの魔法を見せる前に、ここで一つお前に質問をしたいのだけど」
「僕に質問だって? いいだろう、聞こうか」
「お前は本当に凄い魔法使いだ。しかもケンカにも長けているようだ。しかし、いくらお前でもこのサソリの毒針に刺されたら、生きていることは出来ないよな? こいつは本当に強烈な毒サソリなんだ」
エクリパンが語気を強めてそう言った。
「ああ、そうだね。どれだけ堅固なシールドでも、動物との接触を遮ることは出来ない。このサソリはシールドに弾かれることなく、僕の皮膚を這うことが出来るだろう」
「そう。対魔法使いのため、猛獣使いなどが幅を利かせているのはそれが理由だ。俺たち魔法使いは生き物に弱い」
「しかし君たちの魔法は、僕の足元にも及ばない。例えば君がこのサソリにシールドを貼って、僕に放り投げてきたとしても、僕には届かない。僕の魔法ならば、一瞬で消滅させられる。そのサソリが危険だと言うのなら、僕は自分の身を守るために、精一杯の行動を取らせてもらうしね」
「ああ、それが問題なんだ。お前は本当に凄い魔法使いだ。俺の攻撃は簡単にお前の身体には届かない。でもお前だってこのサソリに刺されたら、その毒で死ぬ、それは事実だろ?」
「死ぬね」
「ならば例えば、お前が身動き一つ出来ない状態になれば、そのサソリの毒を防ぐ手立てはないわけだよな?」
「身動き出来ない状態だって? そんな状態になれば、サソリどころか、子供が振り回す拳すら、僕を傷つけるだろう。しかしどうやって僕の自由を奪うんだ? 僕の手足を縛るのか? まずそれが君たちにとって、とてつもなく高い難関のはず」
敵の魔法使いは依然として興味深そうに、エクリパンの話しに耳を傾けている。
「でも、そのような魔法が存在するとすれば?」
「そんな魔法があれば買い取りたいね。きっと容易く、世界の覇者になれるだろうから」
「だったら俺は世界の覇者になれる。その魔法を使うことが出来るからね」
「何だと?」
敵の魔法使いが興味津々といった表情を浮かべた。幼い子供が新しい玩具を見つけたときのような、心の底から浮き立っているという表情。
その楽しげな表情のまま、敵の魔法使いは言う。
「でも、それはどうせ、嘘なんだろ?」
(嘘でしょ?)
ブランジュも敵の魔法使いと同様の反応をする。
「嘘じゃないさ。見るまで信じないようだから、今から見せてやるさ」
「本当にそんな魔法が存在するのならば、じっくり見せてもらおう。しかし僕も同種の魔法は使えることは言っておかないといけない。さっき、あの男に使った魔法だ」
そう言って、敵の魔法使いはルフェーブの死体を指差した。
「ああ、見た。俺も少し驚いた」
「あれは重力で圧して、相手の自由を奪った。あの魔法の利点は、シールドなど関係なく効果があること。欠点は、射程距離があまりに短くて、自分のすぐ傍の相手にしか効果がないこと。身体の自由は奪えるが、魔法の発動を阻止することは不可能なこと。大きな欠陥が存在する魔法だ」
「そんなやり方じゃない。俺の魔法はもっとスマートで恐ろしいぜ。その魔法の支配下に置かれた人間は、魔法だって使うことが出来なくなるのだから」
「面白そうだ。見せてもらおうか」
「もちろん見せてやる。見せてやるさ。それを見たが最後、お前は死ぬことになるんだから」
・・・しかしその魔法にだって、欠陥がないわけじゃないんだけどな。
敵の魔法使いに向かって勝利宣言に近いことを言ったかと思いきや、エクリパンは照れ臭そうに微笑みながら、まるで逆のことも口にし始めた。
ブランジュはただただ息を止めるようにして、そんなエクリパンを見守る。
「いや、実は俺の魔法の欠陥はちょっと笑ってしまうくらい大きくてね。相手の身動き止めることも出来るんだけど、そのとき、自分も身動き出来なくなってしまうんだよ」
「なるほど、この場に居る全員、何も出来なくなるわけか」
「そうさ! 間抜けな光景だろ? 誰も動くことが出来なくなってしまうんだぜ。使った本人にも、何の利点ももたらさないんだ」
「効果的な魔法ほど、大きな欠陥があるものだ。魔族というのはそのような摂理を生きている」
「ああ。魔法というのは奥が深いものだ。あんたも魔法のプログラムに長じているのなら、よく理解していることだろう」
しかしさ。
エクリパンは敵の魔法使いに視線を据えつけながら言った。
「俺も馬鹿じゃない。その欠点を補うために色々と考えた。身動き出来なくなるのは、人間だけなんだ。たとえば雨は振り続ける。風は吹き続ける。弓矢もその魔法の発動前に射たのならば、飛び続けるだろうな。山崩れが起きていたら、岩は転がり続けるだろう。大きな生き物、馬や牛などは動けなくなるが、小さな生き物はその限りではない。例えばサソリなどは、その中でも動き続けるわけさ」
その言葉を聞くと同時に、敵の魔法使いは「しまった」といった表情を見せた。
しかし既にエクリパンは、サソリの入った瓶を敵の魔法使いに向かって放り投げていた。それと同時に、時間が凍り付き、がっちりと固まった。
エクリパンの魔法が発動したのだ。
まるで強固な石壁のように、数百もの鍵が同時にかかったかのように、全てがビクともしない。
エクリパンの言う通り、本当に自分の身体を動かすことが出来ないことに、ブランジュは驚いていた。それは敵の魔法使いも同様のようだ。
指も唇も、眼球すら動かせない。目の前の光景は見えているけど、それはただ見えているだけで、その風景に介入することは出来ないようなのである。それは自分とはまるで関係しない、どこか遠くの光景のよう。
しかしその凍りついたその時間の中、サソリの入った瓶だけが、敵の魔法使いに向かって飛んでいく。
やがてそれは敵の魔法使いの胸の辺りに直撃して、床に落下する。
大きな音を立ててガラスが割れた。
そしてサソリが這い出てきて、敵の魔法使いの身体をよじ登っていった。
彼女はその仕事の依頼を気軽に受け入れた。
むしろ、これだけ恩義のあるガリレイの仕事など、断れるはずがないと思い込んでいたのである。
それにブランジュは、この仕事を甘く見ていた。
コード書きとしては天才的ではあるが、生真面目そうなガリレイが、死の可能性に満ちた危険な仕事を依頼してくるとは想像もしていなかったのだ。
彼女が想像していたのは、庭掃除くらいの、少し汗だくになってしまう程度の仕事。
とはいえ、少し考えると、その程度の仕事に五百の金貨を約束するわけもないのだが。
(逃げたい、もうやだ、どうしよう・・・)
彼女はさっきずっと、そればかりを考えていた。
目の前の敵は想像以上の強敵だった。実際、仲間たちは次々に死んでいく。シャカル、ルフェーブがあっさりと。
その順番が、ブランジュに廻ってくるのは、もう時間の問題だ。ブランジュはまだまだ死にたくなかった。
(どこで私は間違えてしまったんだろうか? この戦いに参加しちゃったこと? 違う、魔法使いになんてなったことが、そもそもの間違いだった気がする)
「本当にいいのか?」
しかし絶望しているブランジュの隣で、エクリパンが声を張り上げていた。「それを見たが最後、お前は死ぬことになるが」
彼は圧倒的に強い敵の魔法使いに向かって、大胆にも挑発するような言葉を吐いている。
そういえばガリレイには何か秘策があるようだった。
サソリを使う攻撃、そのときブランジュの魔法が必要らしい。その話しは、この戦闘が始まるに聞かされていたことだ。それが作戦E。
しかしこのままではサソリも使うことなく、ブランジュの魔法も役に立つこともなく、こちら側の全滅で終わりそうな雲行きである。
いや、今のところ、ブランジュは役立つどころか、足を引っ張っている状態である。さっき爆弾を持った少女を、魔界に流刑したのだ。
厳密に言えば流刑ではなく、彼女を兵器として利用しようとした仲間に反発して、一時的に魔界に避難させたのであるが。
十時間後、牢獄は自動的に開け放たれ、あの少女は解放されるはずだから、その少女の命に別状はないだろう。
しかし彼らの作戦は無に帰してしまった。
あんなことをして良かったのだろうかと改めて反省してしまう。
(あの作戦が成功した可能性は低かったようだけれど、もしかしたら敵の魔法使いに少しはダメージを与えられたかもしれない。それを台無しにしたのは私だ)
もはや、こんなものが巡ってくることなどあるとは思えないが、挽回のチャンスがあるのならば、今度こそ自分の魔法で貢献したいとも思っている。
逃げてしまいたいという考えと同じくらい、ブランジュはそれを願っていた。
「ブランジュ、準備は良いか?」
そのとき突然、エクリパンがそう言って、声を掛けてきた。
敵の魔法使いの圧倒的な力の前に、レベルの違いを見せ付けられて、完全に敗戦ムードが漂っている中、まだエクリパン独りだけは敵の魔法使いに意気揚々と対峙しているようだった。
そんな彼がブランジュに向かって何か言ってくる。
「え? な、何よ!」
ブランジュは少しパニックになりながらも答える。
「さっきの魔法を使うんだよ、俺の合図と共に。作戦Eだよ、覚えているだろ」
「あっ、は、はい・・・」
「元気を出せ。俺たちは勝てるぜ。ここから生きて還られるんだ」
エクリパンが横目で、ブランジュのほうを見ながらニヤリと微笑んだ。
それはとても頼もしい笑みだった。
本当に心から、安心感を与えてくれるような心強さに溢れていた。一瞬、エクリパンのその微笑に、彼女は心を奪われそうになった。
(もしかして、エクリパンがガリレイ?)
ブランジュの脳裏に、ふと、そんな考えが過ぎる。
そう言えばこの戦いに対する姿勢が、彼だけ違う気がした。
それにブランジュのあの魔法のことを、彼は正確に把握しているようだ。
エクリパンに対して、そのような話しは一切していないのに。それを知っているのはガリレイとダンテスクだけのはず。
「おい、敵の魔法使い!」
エクリパンはブランジュの傍から離れ、一歩前に踏み出しながら敵の魔法使いに向かって言った。「見ろよ、これ」
彼は小さな瓶のようなものを、腰にぶら下げていた革袋から取り出した。
「この瓶の中にはサソリがいる。何て名前だっけな。まあ、どっか南国のサソリだ。こいつはかなり強烈な猛毒を持っている。刺されると確実に死ぬ。すぐには死なないようであるが、日が沈む頃には死に至るだろう。いくら、お前でもな」
しかもサソリまで登場した。
あの噂のサソリ。ブランジュは驚きと共に、改めてエクリパンを見つめた。
しかし敵の魔法使いが、パチリと指を鳴らした。
それと同時に、エクリパンの手の中の瓶が弾け消えた。中のサソリも、跡形もなく破裂した。
「・・・あ、ああ、お前は本当に強い。かなりの魔法使いだ。しかし、お前の強さはこの世界に幸福ではなく、不幸しかもたらさないだろう」
焦るなよ、プラーヌス。俺の魔法の力を見たいんだろ? エクリパンが叫ぶ。
「ああ、そうだったね」
エクリパンの言葉に、敵の魔法使いがにんまりと微笑みながら頷いた。
「サソリはあと三匹いるぜ」
エクリパンはそう言いながら、再び革袋を開け、サソリの瓶を取り出す。「しかし俺のとっておきの魔法を見せる前に、ここで一つお前に質問をしたいのだけど」
「僕に質問だって? いいだろう、聞こうか」
「お前は本当に凄い魔法使いだ。しかもケンカにも長けているようだ。しかし、いくらお前でもこのサソリの毒針に刺されたら、生きていることは出来ないよな? こいつは本当に強烈な毒サソリなんだ」
エクリパンが語気を強めてそう言った。
「ああ、そうだね。どれだけ堅固なシールドでも、動物との接触を遮ることは出来ない。このサソリはシールドに弾かれることなく、僕の皮膚を這うことが出来るだろう」
「そう。対魔法使いのため、猛獣使いなどが幅を利かせているのはそれが理由だ。俺たち魔法使いは生き物に弱い」
「しかし君たちの魔法は、僕の足元にも及ばない。例えば君がこのサソリにシールドを貼って、僕に放り投げてきたとしても、僕には届かない。僕の魔法ならば、一瞬で消滅させられる。そのサソリが危険だと言うのなら、僕は自分の身を守るために、精一杯の行動を取らせてもらうしね」
「ああ、それが問題なんだ。お前は本当に凄い魔法使いだ。俺の攻撃は簡単にお前の身体には届かない。でもお前だってこのサソリに刺されたら、その毒で死ぬ、それは事実だろ?」
「死ぬね」
「ならば例えば、お前が身動き一つ出来ない状態になれば、そのサソリの毒を防ぐ手立てはないわけだよな?」
「身動き出来ない状態だって? そんな状態になれば、サソリどころか、子供が振り回す拳すら、僕を傷つけるだろう。しかしどうやって僕の自由を奪うんだ? 僕の手足を縛るのか? まずそれが君たちにとって、とてつもなく高い難関のはず」
敵の魔法使いは依然として興味深そうに、エクリパンの話しに耳を傾けている。
「でも、そのような魔法が存在するとすれば?」
「そんな魔法があれば買い取りたいね。きっと容易く、世界の覇者になれるだろうから」
「だったら俺は世界の覇者になれる。その魔法を使うことが出来るからね」
「何だと?」
敵の魔法使いが興味津々といった表情を浮かべた。幼い子供が新しい玩具を見つけたときのような、心の底から浮き立っているという表情。
その楽しげな表情のまま、敵の魔法使いは言う。
「でも、それはどうせ、嘘なんだろ?」
(嘘でしょ?)
ブランジュも敵の魔法使いと同様の反応をする。
「嘘じゃないさ。見るまで信じないようだから、今から見せてやるさ」
「本当にそんな魔法が存在するのならば、じっくり見せてもらおう。しかし僕も同種の魔法は使えることは言っておかないといけない。さっき、あの男に使った魔法だ」
そう言って、敵の魔法使いはルフェーブの死体を指差した。
「ああ、見た。俺も少し驚いた」
「あれは重力で圧して、相手の自由を奪った。あの魔法の利点は、シールドなど関係なく効果があること。欠点は、射程距離があまりに短くて、自分のすぐ傍の相手にしか効果がないこと。身体の自由は奪えるが、魔法の発動を阻止することは不可能なこと。大きな欠陥が存在する魔法だ」
「そんなやり方じゃない。俺の魔法はもっとスマートで恐ろしいぜ。その魔法の支配下に置かれた人間は、魔法だって使うことが出来なくなるのだから」
「面白そうだ。見せてもらおうか」
「もちろん見せてやる。見せてやるさ。それを見たが最後、お前は死ぬことになるんだから」
・・・しかしその魔法にだって、欠陥がないわけじゃないんだけどな。
敵の魔法使いに向かって勝利宣言に近いことを言ったかと思いきや、エクリパンは照れ臭そうに微笑みながら、まるで逆のことも口にし始めた。
ブランジュはただただ息を止めるようにして、そんなエクリパンを見守る。
「いや、実は俺の魔法の欠陥はちょっと笑ってしまうくらい大きくてね。相手の身動き止めることも出来るんだけど、そのとき、自分も身動き出来なくなってしまうんだよ」
「なるほど、この場に居る全員、何も出来なくなるわけか」
「そうさ! 間抜けな光景だろ? 誰も動くことが出来なくなってしまうんだぜ。使った本人にも、何の利点ももたらさないんだ」
「効果的な魔法ほど、大きな欠陥があるものだ。魔族というのはそのような摂理を生きている」
「ああ。魔法というのは奥が深いものだ。あんたも魔法のプログラムに長じているのなら、よく理解していることだろう」
しかしさ。
エクリパンは敵の魔法使いに視線を据えつけながら言った。
「俺も馬鹿じゃない。その欠点を補うために色々と考えた。身動き出来なくなるのは、人間だけなんだ。たとえば雨は振り続ける。風は吹き続ける。弓矢もその魔法の発動前に射たのならば、飛び続けるだろうな。山崩れが起きていたら、岩は転がり続けるだろう。大きな生き物、馬や牛などは動けなくなるが、小さな生き物はその限りではない。例えばサソリなどは、その中でも動き続けるわけさ」
その言葉を聞くと同時に、敵の魔法使いは「しまった」といった表情を見せた。
しかし既にエクリパンは、サソリの入った瓶を敵の魔法使いに向かって放り投げていた。それと同時に、時間が凍り付き、がっちりと固まった。
エクリパンの魔法が発動したのだ。
まるで強固な石壁のように、数百もの鍵が同時にかかったかのように、全てがビクともしない。
エクリパンの言う通り、本当に自分の身体を動かすことが出来ないことに、ブランジュは驚いていた。それは敵の魔法使いも同様のようだ。
指も唇も、眼球すら動かせない。目の前の光景は見えているけど、それはただ見えているだけで、その風景に介入することは出来ないようなのである。それは自分とはまるで関係しない、どこか遠くの光景のよう。
しかしその凍りついたその時間の中、サソリの入った瓶だけが、敵の魔法使いに向かって飛んでいく。
やがてそれは敵の魔法使いの胸の辺りに直撃して、床に落下する。
大きな音を立ててガラスが割れた。
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