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50)シユエト <部屋>

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 あの塔から、シユエトは何とか生還することが出来た。

(生還することが出来たから、こうやって次の殺しの仕事に携わることが出来たんだ。言うまでもない)

 塔から生還したシユエトが思い出したのは、ガリレイのことだった。
 暗殺決行の寸前、彼からメッセージが届いていたのである。メッセージの内容は、例の仕事に参加してくれないかという打診だった。

 この戦いで塔の主になるつもりだったシユエトは、返事も返さずに放置しておいた。
 もちろん、ガリレイには世話になったのだから、何らかの恩返しは必要だと考えていたが、塔の主になるつもりであった彼は、たとえガリレイからの依頼であっても、殺しの仕事に携わる気はなかったのだ。

 しかし事態はまるで変わってしまった。
 むしろシユエトは何か大きな仕事をして、塔で味わった屈辱を一刻も早く忘れたかった。
 大きな仕事をやり遂げ、自分の有用性、存在価値をもう一度証明したい。誰かに対してではなく、まず自分に対して。

 シユエトはガリレイに返事をして、その戦いに参加することを決めた。
 だからシユエトは今、エクリパンやブランジュ、デボシュなど、先日までまるで知らなかった相手と魔法使いの部屋にいるのである。

 (しかしこの戦いでも、俺は自信を取り戻すことは出来なかった。何も出来ないまま、戦いは終結した)

 さっきからずっと、シユエトの胸にはその後悔だけが行き来している。彼の心は少しも晴れず、ずっと暗く曇ったまま。
 一方、エクリパンはまるで祭りで踊っているように浮かれていた。
 彼が敵の魔法使いを仕留めたも同然だからだ。
 しかも、かなり手の込んだ作戦が成功したのである。これでしか奴を倒すことが出来なかったかもしれない、たった一つの方法の的中。
 これは確かに喜ばずにはいられない状況である。

 しかしエクリパンは浮かれ過ぎて、増長してしまったのか、無茶苦茶な要求をこっちに突きつけてきた。
 アンボメを欲しいと言い出したことにも驚いたが、更にそれ以上の主張。

 (いや、彼はただ勝利に浮かれて、調子に乗っているわけではない。全てを最初から予定していたことなのかもしれない)

 「もう一つ欲しい物がある。塔の権利書だ。この部屋のどこかにあるはずなんだ。みんなも、手分けして探してくれよ」

 エクリパンはそう言ってきたのである。

 「塔の主の権利書だって?」

 それは先日までのシユエトが望んでいた栄光である。しかしあまりに身の程知らずな望みだったと知らしめられたばかり。
 それをエクリパンは手に入れようとしているだって? 

 「奴はカプリスの森にある、魔法使いの塔の主になる予定だったんだ」

 エクリパンは魔法使いの部屋の戸棚を、乱暴に開けながら言った。「長い審議の果て、魔法の審議会がそれを正式に認めた。既にその権利書は授与されているようだ。この部屋のどこかにあるはずさ」

 「そんな情報、どこで手に入れたのよ、エクリパン?」

 ブランジュが尋ねた。

 「俺たちが知らないことにも、君は通じているようだな」

 シユエトも続いた。「奴は塔の主だったのか? そんな情報、今、初めて聞いた」

 「私もよ。あんた、いったい誰よ?」

 「うん? 俺はエクリパンだけど」

 「そ、そんなのは知ってるわよ、あんたの正体はいったい何者なのかって聞いているのよ! そ、そうだ。ちょ、ちょっと、ダンテスク! 聞いてる? エクリパンが訳のわからないことを言い出してるんだけど・・・。そんなこと許していいの?」

 ブランジュが天井のほうを見上げながら怒鳴った。
 ダンテスクは彼らよりも上空にいるわけではないが、そのように感じてしまうことは理解出来る。ずっとダンテスクに上から見下ろされているような気分なのである。

 (俺たちの仲間にはダンテスクもいるのだ。顔すら見たことがない相手。彼はこの状況をどう思っているんだ?)

 しかし、しばらく待ったが、ダンテスクから何の返事もなかった。

 「ちょっとダンテスク! 聞いてるの?」

 こちらからダンテスクに呼びかけて、返事がなかったことなど、今まで一度たりともなかった。
 どうやら新たな展開に突入したようだ。シユエトはそう思わざるを得なかった。

 「この沈黙の理由は明らかだ。ダンテスク、彼もエクリパンとグルだったってことだ」

 「そういうことなの? エクリパン?」

 「さあな。とにかく権利書だよ。権利書がなければ、塔を支配する魔族との契約がスムーズにいかない。あれが必要なんだ」

 エクリパンはブランジュの問い掛けに答えず、こちらに背を向けたまま、魔法使いの部屋を荒らし続けている。

 「訳もわからないまま手伝えないわ。頭が混乱して、不愉快なんだけど。ねえ、エクリパン、その権利書を手にするのは私たちの雇い主なの? それともあなた自身のため?」

 しかしエクリパンはその言葉を無視した。聞こえない振りをするわけでもなく、ただその言葉に背を向けたまま、部屋の戸棚を漁り続けている。

 「ちょっとエクリパン! 聞いてるの? 答えてよ」

 それでもエクリパンは何も応えないので、ブランジュは助けを求めるようにシユエトのほうを見てきた。

 「いったいどうなってるのよ?」

 「あ、ああ」

 エクリパンが暴走し始めている。どうやら、ダンテスクもグルのようだ。
 いや、むしろ、エクリパンがダンテスクの手先なのかもしれない。
 こんな状況の中、今、シユエトの仲間だと言えるのはブランジュだけのようだ。
 デボシュもいるが、彼は駄目だ。ルフェーブの死が本当にショックだったようで、それをまだ引きずっている。激しい戦闘の最中であっても、ずっと上の空だった。奴は頼りにならないだろう。
 ブランジュしか味方がいないというのではなくて、むしろ、ブランジュが味方でいることが救いかもしれない。ブランジュにとっても、それは同様だろう。

 「なあ、ブランジュ。君はガリレイという名前に心当たりはないか?」

 シユエトはブランジュに尋ねた。

 「ガリレイ・・・」

 その名前を聞いて、エクリパンの背中も僅かに反応したように思えた。しかし彼はそのまま権利書の捜索を続ける。
 一方、ブランジュも表情を変えた。

 「ブランジュ、君も知っているんだな、その名前」

 「私をこの戦いに引きずり込んだのは、そのガリレイって人。さっき使った魔法は、その人に授けられたも同然」

 「俺も似たようなもんだ。ルフェーブやシャカルだってそうだったのかもしれない。俺たちは全員が、ガリレイを通して、この戦いに引きずり込まれた?」

 「ガリレイがこの戦いの背後にいる。それは間違いない、ってことね?」

 「ああ、間違いないだろう」

 いや、それは最初からわかっていた事実である。別に改めて驚くことではない。ただその事実がブランジュと共有されただけ。
 それよりも重要なのは、ガリレイという仮名を名乗る者はいったい何者なのかということ。彼の正体はいったい誰なのか? 

 「エクリパンかな?」

 ブランジュが言った。

 「君はそう思うのか?」

 シユエトは尋ねた。

 「ううん、わからない。違う気もする」

 「さもなければダンテスクか。我々の前に一度も姿を現すことなく、この戦いを仕切っていた人間。まさにダンテスクはガリレイ的。それに雇い主からの要求は、ダンテスクを通して来た。ダンテスクが雇い主の窓口だったのだ」

 「そうね」

 「とにかく今わかっていることは、この戦いの背後にはガリレイという仮名を名乗る何者かがいて、その者が我々を雇い、この戦いを仕掛けたこと。そしてエクリパンはその何者かのことを、よく知っているらしいということ」

 シユエトは改めて、エクリパンに語り掛けた。

 「エクリパン、君は俺たちと同様に最前線で戦いながら、向こう側の人間だったってことになる」

 「向こう側?」

 エクリパンがようやく、シユエトたちに返事を返してきた。「向こう側って、どういう意味さ?」

 「君は俺たちよりも多くのことを知っている。その謎の雇い主に近い位置にいるってことだ」

 「ああ、そういうことか・・・。まあ、そうかもしれないな」

 エクリパンは何かを話す気になったのか、シユエトとブランジュのほうに確かな視線を向けてきた。
 シユエトが更に強く促すと、エクリパンは「仕方ないな」などと言いながら、ようやく何かを喋ろうとし始めた。
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