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62)エクリパン <魔界9>
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エクリパンはこの青年が、これほどの知性を宿しているとは想像だにしていなかった。
現実では一言も喋ることが出来ず、身体を動かすことも出来ない青年、それなのに実は人並みの知性がある。
彼はそんな有り触れた物語に遭遇したくらいだと思っていたのだ。
例えば簡単な計算が出来る犬とか、人の言葉を解している気配の猫とか、今は落ちぶれ、路上で生活している物乞いだが、読み書きが出来るとか、そのようなレベルのギャップ。
しかしこの青年の知性の鋭さは異常だった。これほどに憐れな運命に見舞われた青年が、自分を陵駕する知性の持ち主だなんて!
どっちかというと心の狭いエクリパンは最初、その事実に嫉妬して、それを認めようとしなかったり、どうにかして青年を挫こうとしたりした。
しかしどうやっても彼に叶わないとわかってからは態度を一変させる。彼はその青年を尊敬することにした。
むしろ、あっという間に師匠を越えたのだから、青年は早々にエクリパンを解雇しても良かったはずだ。
いや、青年から申し渡される前に、プライドの高いエクリパンだから、自ら青年の前から姿を消すべきであったろう。
しかしその力関係の変化はあまりに早く、滑らかだったせいか、それは途切れることなく続くことになる。
二人は弟子と師匠の関係から、魔法を学ぶ同士、あるいは協力者のような関係に変化していった。
青年は身体が不自由で、現実の肉体の世界では意識の入れ物に過ぎない存在。
そんな青年からすれば、エクリパンという理解者が居てくれるのは大変に心強い。
それになぜか、この二人の相性は不思議と合った。
青年からすればエクリパンに頼る以外の選択肢はなかったが、エクリパンのほうも、この知的で思慮深い青年に魅力を感じていた。
二人は同じ場所で、一緒に時間を共有しても不快に感じることはなかったのだ。
青年が自ら魔法のコードを作成したいと言い出したのは、青年がエクリパンの持っている魔法の知識の全てを吸収して、彼の実力を軽く追い越してまだ間もない頃である。
魔法言語を一通り理解して、魔族たちとコミュニケーションを取り、ガルディアンの契約を結ぶ。
魔法使いの仲間入りである。ここで満足して、これ以上の勉強しない魔法使いがいる中、青年の向上心は止むことがないようであった。
「難しいですかね? 魔法コードを自ら書くのは」
青年は問うてきた。
「いや、簡単だろ。俺はやらないけれど」
正確に言えば、出来ない。いや、むしろ試みたこともなかった。
魔法使いだからといって、誰もが魔法のプログラミングに長じているわけではない。むしろ、それが出来るのは少数だ。
魔法使いは魔法の言語を学び、それを理解した者のことである。
魔法言語を理解しなければ、魔法使いにはなれないのだから、誰もがコードを書くだけの素養はある。
しかし読み書きが出来るからといって、素晴らしい詩を書くことが出来ないのと同じで、魔法言語を理解出来るからといって、魔法のコードを書くことが出来るとは限らない。
それを成し遂げるには、向こう岸に辿り着くことが出来るだけの、知的跳躍力が必要である。
「案外、君向きの仕事かもしれないな。とにかく入手出来るだけのコードを読んで、それを自分で理解出来るようになることが重要だろうね。そのうち、自分で書けるようになるはずさ」
エクリパンはそれだけのアドバイスを与えただけで放っておいた。それほど青年が必死だとは思っていなかったからだ。しかし青年は最初のコードをあっさりと書き上げた。
エクリパンの他に、特定の教師がいた様子はない。
手に入るだけのオープンソースを漁ったり、プログラミングをしている魔法使いに質問をしたりしているくらいだったろう。それだけが、この青年の勉強方法だった。
しかし彼はあっという間に、その本質を理解したようであった。
初めて書き上げたコードを、青年はエクリパンに譲ってくれた。
「炎の魔法です。一般的に流通している炎の魔法と効果は同じですが、もっとシンプルに発動出来る仕組みです。僕のコードだと魔族への負担も少なくなるからです。この部分を改良して」
ここから先は、完全に書き直しました。
青年はエクリパンにコードを指し示しながら、自分の仕事ぶりを説明してくれる。しかしエクリパンは彼の言っていることがまるで理解出来ないから、適当に生返事を返す。
「実際に使って、感想を聞かせて欲しいのですが」
青年が言ってきた。
「ああ、いいよ。久しぶりに実戦の仕事を請け負おうと思っている。そのとき、この魔法を使ってみよう」
その戦闘で目覚しい働きが出来たことで、エクリパンは更にその青年の実力を認めるようになった。青年が新たに書いたその魔法のコードが、抜群の効果を発揮したのだ。
その仕事自体は楽な仕事だった。叛乱分子を掃討する正規軍の手伝いの仕事。
まるでレベルの高い魔法使いが参加していなかったせいもあるだろう、その新しい魔法が目立つ戦いになった。
他の魔法使いたちは下級レベルばかりで、巷に広く流通している有り触れた炎の魔法を使うだけである。
幾つかの攻撃魔法は、魔界のアーカイブに貯蔵されているので、誰でも入手することが可能である。
自腹を叩いて魔法書を買うことが出来ない駆け出しの魔法使いや、低レベルの魔法使いは、魔界に転がっているフリー素材の魔法を使っている。
誰でも入手出来るだけあって、チープな代物だ。
その魔法の立ち上がりは遅く、威力もそれほど出ない。
ましてレベルの低いガルディアンと契約しているなら、炎の魔法の場合、松明をかざす程度。
そんな低級魔法の使い手ばかりの中、エクリパンが放った鮮やか過ぎる炎は、嫌でも際立った。
彼を雇っていた正規軍の将兵たちは驚きの声を上げ、戦いに参加していた同じ立場の魔法使いたちは目を見張った。
その事実を前にして、エクリパンの大変に気分を良くしたのは言うまでもない。
「凄い魔法だったぞ。君の魔法は通用する、間違いなくな」
優秀な魔法使いや上級レベルの魔法使いは、自らコードを改良したり、全く独自の魔法を編み出したり、高い報酬を払って、秘蔵の魔法のコードを買い取ったりしている。
青年が独自に編み出した魔法を使ってみて、エクリパンはそのような上級魔法使いの仲間入りしたような気分になれた。
「今、書いているコードは、氷魔法です」
「氷の魔法か、いいね」
炎と氷、魔法の基本の中の基本である。簡単ではあるが需要が高い。そして人間を殺すのに適している。
「しかし行き詰っています。既存の魔法の改良版では面白くない。僕はもっと革新的な魔法を作りたい」
「そうかい」
エクリパンは内心では舌打ちをしたが、さっさと新しい魔法を仕上げろとは言えない。明らかに自分よりも上位の実力者には、一定の敬意を抱くのが魔法使いである。
その敬意は意識して演じるのではなくて、嫌でも感じてしまう威圧感のようなもの。圧倒的な存在から感じる威圧感は、少しも不快ではない。
しかし元家庭教師として、忠告くらいはしてもいいだろう。エクリパンは言った。
「理想を持つのは重要さ。だけど現実とも折り合いをつけなくてはいけない。まず自分が出来る範囲の仕事から仕上げていくんだよ」
だからさっさと、氷の魔法の改良版を完成させるんだ!
「自然科学についてもっと学びたいと思っているんです」
エクリパンの忠告はまるで響かなかったようで、青年は好奇心に目を輝かせながら言う。
「結局、魔法というのは、自然を利用して発動するもの。もちろん、そのとき魔族の力を借りるわけですが、魔族たちが働きかけているのが自然の法則。いくら魔族でも、それを引っくり返すことは出来ない」
その通りだ。炎の魔法だって、無から生じているわけではない。魔族が自然に働きかけることで、何かが燃え上がっているのである。
ところで炎とはいったい何なのか、この世の何が燃え上がっているのかはわかっていない。
熱素という物が存在していて、それが燃えているだとか、いやいや、この世界にはエーテルが充満していて、それが燃焼しているんだとか、あるいは空気だとか、更には原子の変化が理由だとか様々な説が乱立している。
どの理論も一長一短で、優劣がつけ難い。まだ世界は謎だらけである。
しかしその確かならざる仮説に基づいて、魔法使いたちは魔法のコードを作成して、魔族に命令を下す。その結果、炎が発生する。それもまた確かなこと。
「魔界で、魔法使いの仲間から情報を集めるのでは限界があります。彼らは二次的な情報しか持っていない。しかも魔界に頻繁に出入りしている魔法使いは二流どころばかり。僕は本物の知識を得たいのです」
魔法言語や、プログラミングのコツなどは、魔界で学ぶことが出来る。彼らはそれの専門家だから当然である。
しかしそれ以外の知識は、魔界にたむろしている魔法使いたちの得意とするところではない。
この世界の知が集積されているのは、やはり僧院や学校などだ。
彼らのような知識人たちが、魔法に親しんでいるとは限らない。
むしろ魔法などを敵視している者だっている。
魔法と自然科学は、別系統の知。
「自然科学の専門家を、家庭教師に雇いたいのかい?」
「それが出来れば申し分のないことだけど。しかし高名な専門家がわざわざ、この屋敷に来てくれるはずもない。来てくれたとしても、僕の身体を見て、帰ってしまうに決まっている。だからって会いに行く自由も僕にはない」
しかしこの世界には書物があり、図書館もある。僕はもっとたくさんの本を読みたい、読まなければいけないと思っています。青年はそう続けた。
「わかった、図書館に行って、本を借りて来い、俺にそう頼んでるんだろ? お安い御用だよ」
ルーテティアの都に、とてつもなく巨大な図書館がある。
今までに書かれた書物の全てが、ここに収められていると聞く。
図書館の館員たちが世界を旅して本を集めたり、書いた作者自らが寄贈しに来て、現在進行形で書物が蓄えられ続けている図書館だ。
その図書館のアーカイブに一旦収められると、この世界の文明が続く限り、その書物が失われることはないらしい。そこならば永遠に保存されるのだ。
すぐに注目されない本であっても、いつか誰かが掘り出して、光を当ててくれることもあるかもしれない。
実際、そのような仕事をしている図書館員もいるようだ。彼らは無名の作家たちの隠れた名作を探しているのだ。だからこの図書館は多くの書き手たちの希望でもあった。
図 書館自体が一つの街のようで、数々の建物の集まりで出来ている。
だからそこを図書館と呼ぶのは正確ではないかもしれない。いわば本の街。一日では廻り切れないほどなので、街には宿泊施設や酒場、市場なども併設している。
その本の街で最も目立つ巨大な建物の一室に、この図書館の館長がいるという話しだ。
彼は中級レベル程度の魔法使いに過ぎないが、本を複製する魔法を使うことが出来るらしい。
優れた本は複製して、違う街の図書館にも寄贈したり、売ったりしているのだ。それこそが、この図書の街が栄えた理由。
魔法はこんなふうに役立つこともあるという例。人を効率よく殺すためだけの手段ではないのだ。
「本当に行ってくれるんですか?」
青年が嬉しそうに声を上げた。
「ああ、何なら今から行こうかな」
「ちょっと待って下さい。読みたい本のリストを作成するので」
ルーティアは遠い。ここから馬車と船で数ヶ月。しかし魔法を使えばあっという間である。
もちろんかなり高価な宝石が必要なので、気軽に往復することは不可能だが、この青年とのこれからを考えれば、安い投資だと思っていいだろう。
彼は成長するにつれて、もっともっと斬新な魔法を生み出すに違いない。
そしてそれは確実に、エクリパンにとってプラスになるはず。
現実では一言も喋ることが出来ず、身体を動かすことも出来ない青年、それなのに実は人並みの知性がある。
彼はそんな有り触れた物語に遭遇したくらいだと思っていたのだ。
例えば簡単な計算が出来る犬とか、人の言葉を解している気配の猫とか、今は落ちぶれ、路上で生活している物乞いだが、読み書きが出来るとか、そのようなレベルのギャップ。
しかしこの青年の知性の鋭さは異常だった。これほどに憐れな運命に見舞われた青年が、自分を陵駕する知性の持ち主だなんて!
どっちかというと心の狭いエクリパンは最初、その事実に嫉妬して、それを認めようとしなかったり、どうにかして青年を挫こうとしたりした。
しかしどうやっても彼に叶わないとわかってからは態度を一変させる。彼はその青年を尊敬することにした。
むしろ、あっという間に師匠を越えたのだから、青年は早々にエクリパンを解雇しても良かったはずだ。
いや、青年から申し渡される前に、プライドの高いエクリパンだから、自ら青年の前から姿を消すべきであったろう。
しかしその力関係の変化はあまりに早く、滑らかだったせいか、それは途切れることなく続くことになる。
二人は弟子と師匠の関係から、魔法を学ぶ同士、あるいは協力者のような関係に変化していった。
青年は身体が不自由で、現実の肉体の世界では意識の入れ物に過ぎない存在。
そんな青年からすれば、エクリパンという理解者が居てくれるのは大変に心強い。
それになぜか、この二人の相性は不思議と合った。
青年からすればエクリパンに頼る以外の選択肢はなかったが、エクリパンのほうも、この知的で思慮深い青年に魅力を感じていた。
二人は同じ場所で、一緒に時間を共有しても不快に感じることはなかったのだ。
青年が自ら魔法のコードを作成したいと言い出したのは、青年がエクリパンの持っている魔法の知識の全てを吸収して、彼の実力を軽く追い越してまだ間もない頃である。
魔法言語を一通り理解して、魔族たちとコミュニケーションを取り、ガルディアンの契約を結ぶ。
魔法使いの仲間入りである。ここで満足して、これ以上の勉強しない魔法使いがいる中、青年の向上心は止むことがないようであった。
「難しいですかね? 魔法コードを自ら書くのは」
青年は問うてきた。
「いや、簡単だろ。俺はやらないけれど」
正確に言えば、出来ない。いや、むしろ試みたこともなかった。
魔法使いだからといって、誰もが魔法のプログラミングに長じているわけではない。むしろ、それが出来るのは少数だ。
魔法使いは魔法の言語を学び、それを理解した者のことである。
魔法言語を理解しなければ、魔法使いにはなれないのだから、誰もがコードを書くだけの素養はある。
しかし読み書きが出来るからといって、素晴らしい詩を書くことが出来ないのと同じで、魔法言語を理解出来るからといって、魔法のコードを書くことが出来るとは限らない。
それを成し遂げるには、向こう岸に辿り着くことが出来るだけの、知的跳躍力が必要である。
「案外、君向きの仕事かもしれないな。とにかく入手出来るだけのコードを読んで、それを自分で理解出来るようになることが重要だろうね。そのうち、自分で書けるようになるはずさ」
エクリパンはそれだけのアドバイスを与えただけで放っておいた。それほど青年が必死だとは思っていなかったからだ。しかし青年は最初のコードをあっさりと書き上げた。
エクリパンの他に、特定の教師がいた様子はない。
手に入るだけのオープンソースを漁ったり、プログラミングをしている魔法使いに質問をしたりしているくらいだったろう。それだけが、この青年の勉強方法だった。
しかし彼はあっという間に、その本質を理解したようであった。
初めて書き上げたコードを、青年はエクリパンに譲ってくれた。
「炎の魔法です。一般的に流通している炎の魔法と効果は同じですが、もっとシンプルに発動出来る仕組みです。僕のコードだと魔族への負担も少なくなるからです。この部分を改良して」
ここから先は、完全に書き直しました。
青年はエクリパンにコードを指し示しながら、自分の仕事ぶりを説明してくれる。しかしエクリパンは彼の言っていることがまるで理解出来ないから、適当に生返事を返す。
「実際に使って、感想を聞かせて欲しいのですが」
青年が言ってきた。
「ああ、いいよ。久しぶりに実戦の仕事を請け負おうと思っている。そのとき、この魔法を使ってみよう」
その戦闘で目覚しい働きが出来たことで、エクリパンは更にその青年の実力を認めるようになった。青年が新たに書いたその魔法のコードが、抜群の効果を発揮したのだ。
その仕事自体は楽な仕事だった。叛乱分子を掃討する正規軍の手伝いの仕事。
まるでレベルの高い魔法使いが参加していなかったせいもあるだろう、その新しい魔法が目立つ戦いになった。
他の魔法使いたちは下級レベルばかりで、巷に広く流通している有り触れた炎の魔法を使うだけである。
幾つかの攻撃魔法は、魔界のアーカイブに貯蔵されているので、誰でも入手することが可能である。
自腹を叩いて魔法書を買うことが出来ない駆け出しの魔法使いや、低レベルの魔法使いは、魔界に転がっているフリー素材の魔法を使っている。
誰でも入手出来るだけあって、チープな代物だ。
その魔法の立ち上がりは遅く、威力もそれほど出ない。
ましてレベルの低いガルディアンと契約しているなら、炎の魔法の場合、松明をかざす程度。
そんな低級魔法の使い手ばかりの中、エクリパンが放った鮮やか過ぎる炎は、嫌でも際立った。
彼を雇っていた正規軍の将兵たちは驚きの声を上げ、戦いに参加していた同じ立場の魔法使いたちは目を見張った。
その事実を前にして、エクリパンの大変に気分を良くしたのは言うまでもない。
「凄い魔法だったぞ。君の魔法は通用する、間違いなくな」
優秀な魔法使いや上級レベルの魔法使いは、自らコードを改良したり、全く独自の魔法を編み出したり、高い報酬を払って、秘蔵の魔法のコードを買い取ったりしている。
青年が独自に編み出した魔法を使ってみて、エクリパンはそのような上級魔法使いの仲間入りしたような気分になれた。
「今、書いているコードは、氷魔法です」
「氷の魔法か、いいね」
炎と氷、魔法の基本の中の基本である。簡単ではあるが需要が高い。そして人間を殺すのに適している。
「しかし行き詰っています。既存の魔法の改良版では面白くない。僕はもっと革新的な魔法を作りたい」
「そうかい」
エクリパンは内心では舌打ちをしたが、さっさと新しい魔法を仕上げろとは言えない。明らかに自分よりも上位の実力者には、一定の敬意を抱くのが魔法使いである。
その敬意は意識して演じるのではなくて、嫌でも感じてしまう威圧感のようなもの。圧倒的な存在から感じる威圧感は、少しも不快ではない。
しかし元家庭教師として、忠告くらいはしてもいいだろう。エクリパンは言った。
「理想を持つのは重要さ。だけど現実とも折り合いをつけなくてはいけない。まず自分が出来る範囲の仕事から仕上げていくんだよ」
だからさっさと、氷の魔法の改良版を完成させるんだ!
「自然科学についてもっと学びたいと思っているんです」
エクリパンの忠告はまるで響かなかったようで、青年は好奇心に目を輝かせながら言う。
「結局、魔法というのは、自然を利用して発動するもの。もちろん、そのとき魔族の力を借りるわけですが、魔族たちが働きかけているのが自然の法則。いくら魔族でも、それを引っくり返すことは出来ない」
その通りだ。炎の魔法だって、無から生じているわけではない。魔族が自然に働きかけることで、何かが燃え上がっているのである。
ところで炎とはいったい何なのか、この世の何が燃え上がっているのかはわかっていない。
熱素という物が存在していて、それが燃えているだとか、いやいや、この世界にはエーテルが充満していて、それが燃焼しているんだとか、あるいは空気だとか、更には原子の変化が理由だとか様々な説が乱立している。
どの理論も一長一短で、優劣がつけ難い。まだ世界は謎だらけである。
しかしその確かならざる仮説に基づいて、魔法使いたちは魔法のコードを作成して、魔族に命令を下す。その結果、炎が発生する。それもまた確かなこと。
「魔界で、魔法使いの仲間から情報を集めるのでは限界があります。彼らは二次的な情報しか持っていない。しかも魔界に頻繁に出入りしている魔法使いは二流どころばかり。僕は本物の知識を得たいのです」
魔法言語や、プログラミングのコツなどは、魔界で学ぶことが出来る。彼らはそれの専門家だから当然である。
しかしそれ以外の知識は、魔界にたむろしている魔法使いたちの得意とするところではない。
この世界の知が集積されているのは、やはり僧院や学校などだ。
彼らのような知識人たちが、魔法に親しんでいるとは限らない。
むしろ魔法などを敵視している者だっている。
魔法と自然科学は、別系統の知。
「自然科学の専門家を、家庭教師に雇いたいのかい?」
「それが出来れば申し分のないことだけど。しかし高名な専門家がわざわざ、この屋敷に来てくれるはずもない。来てくれたとしても、僕の身体を見て、帰ってしまうに決まっている。だからって会いに行く自由も僕にはない」
しかしこの世界には書物があり、図書館もある。僕はもっとたくさんの本を読みたい、読まなければいけないと思っています。青年はそう続けた。
「わかった、図書館に行って、本を借りて来い、俺にそう頼んでるんだろ? お安い御用だよ」
ルーテティアの都に、とてつもなく巨大な図書館がある。
今までに書かれた書物の全てが、ここに収められていると聞く。
図書館の館員たちが世界を旅して本を集めたり、書いた作者自らが寄贈しに来て、現在進行形で書物が蓄えられ続けている図書館だ。
その図書館のアーカイブに一旦収められると、この世界の文明が続く限り、その書物が失われることはないらしい。そこならば永遠に保存されるのだ。
すぐに注目されない本であっても、いつか誰かが掘り出して、光を当ててくれることもあるかもしれない。
実際、そのような仕事をしている図書館員もいるようだ。彼らは無名の作家たちの隠れた名作を探しているのだ。だからこの図書館は多くの書き手たちの希望でもあった。
図 書館自体が一つの街のようで、数々の建物の集まりで出来ている。
だからそこを図書館と呼ぶのは正確ではないかもしれない。いわば本の街。一日では廻り切れないほどなので、街には宿泊施設や酒場、市場なども併設している。
その本の街で最も目立つ巨大な建物の一室に、この図書館の館長がいるという話しだ。
彼は中級レベル程度の魔法使いに過ぎないが、本を複製する魔法を使うことが出来るらしい。
優れた本は複製して、違う街の図書館にも寄贈したり、売ったりしているのだ。それこそが、この図書の街が栄えた理由。
魔法はこんなふうに役立つこともあるという例。人を効率よく殺すためだけの手段ではないのだ。
「本当に行ってくれるんですか?」
青年が嬉しそうに声を上げた。
「ああ、何なら今から行こうかな」
「ちょっと待って下さい。読みたい本のリストを作成するので」
ルーティアは遠い。ここから馬車と船で数ヶ月。しかし魔法を使えばあっという間である。
もちろんかなり高価な宝石が必要なので、気軽に往復することは不可能だが、この青年とのこれからを考えれば、安い投資だと思っていいだろう。
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