邪悪な魔法使いを殺すため、戦いに参加した九人の魔法使い

ロキ

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65)シユエト <薬屋3>

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 シユエトとアンボメは見知らぬ建物の中の薄暗い廊下に立っている。
 さっきまでいた部屋と臭いも違う。肌に感じる風の湿度も違う。
 もしかしたら季節も違うのかもしれない。ダンテスクの寝ていた部屋と、この街はかなり離れているのかもしれない。

――帰るときにアルゴが使用した魔法陣だ。奥の階段を上ってくれ。三つ目の扉がマリオンの医療院だ。

 急がなくてはいけない。敵の魔法使いよりも先に到着して、全ての準備を終えておく必要がある。さもないと、せっかくの好機を逃すことになる。
 シユエトはアンボメの手を乱暴に引っ張って廊下を走る。

――アルゴがここに忍び込んだときに、彼の潜入を手伝うためにマリオンの心を操ったことがある。何度も彼のゲシュタルトを覗いている。勝手はわかっている。今回も手伝えるはずだ。

 「ああ、頼むぞ、ダンテスク」

 シユエトは扉を開けた。まだ敵の魔法使いがここに到着していないことを祈りながら。
 敵の魔法使いがいれば、計画は失敗だ。
 それどころか、すぐ戦闘になるだろう。
 戦いになれば勝てるわけがない。それは即、全ての崩壊を意味する。
 栄光か死か、この扉を開けた瞬間に決するだろう。

 シユエトは扉を豪快に開けて、目を見開き、部屋の中を見回した。
 部屋には老人が座っているだけだった。
 椅子に座り、薬の調合か何かの作業を行っているようであった。

 老人は扉を乱暴に開けたシユエトを睨みつけるように見てくる。

 「マリオンか、あんた? あ、あんただけか?」

 シユエト改めて部屋の中を見渡した。「他に誰もいないよな?」

 「お前は誰だ?」

 老人が声を荒げる。

 「あんたの患者だ。サソリに噛まれたんだ。解毒剤が欲しい。あるかな?」

 「お前が私の患者かどうか決めるのは、私だ。今のところ、お前は患者ではないな」

 「俺の発言で、あんたの気分を害してしまったのなら謝る。命に関わることだ。急いで欲しい」

 「噛まれたのはお前か? 後ろの少女か?」

 シユエトの謝罪が効いたのか、それともダンテスクの魔法が効果を上げ始めたのか、老人はさっきよりも医者らしい表情になった。

 「あっ、いや、違う。ここには連れてきていない。本当に危険な状態なんだ」

 「解毒剤はある。あるぞ。しかしお前が想像している以上に、何種類もの解毒剤がある。違う鍵では部屋は開かないのと同じだ。間違った解毒剤では、何の効果もない」

 「南国の珍しいサソリらしい。何という名前だったかな?」

――ボハーチェクという国に生息しているサソリだ。

 ダンテスクの声が聞こえる。

 「ボハーチェクという国に生息しているサソリだ」

 「そうか。あれはサソリの中で最も強い毒を持っている。暗殺や戦闘によく利用されているらしい。あるぞ。高くつくが」

 「欲しい」

 シユエトは金貨を三枚、テーブルの上に置いた。

 「足らないな」

 シユエトは更に三枚、金貨を上乗せした。老人が金貨のきらめきを横目で見ながら言った。

 「いいだろう、用意しよう」

 「ありがたい。ところで調合した薬は何に入れるのだろうか?」

 「何に入れるかだって? どういう意味だ?」

 老人の視線が怪訝そうに尖った。

 「そのままの意味だ。調合した薬は何に入れるのか、教えて欲しい」

 すまないが本当に急いでいるんだ! シユエトは焦りを前面に現しながら言う。

 「小瓶に入れる。一度飲んだだけでは完治しない。明日も明後日も飲まなければいけないからな」

 「なるほど。どの小瓶だ? 見せて欲しい」

 「何だと?」

 老人の視線が更に鋭く尖った。
 シユエトはそれを意に介さずに続ける。

 「あんがやらなければいけないのは、その小瓶を俺に見せるだけじゃない。今、俺が語ったこと全てを忘れる必要もある。小瓶の話しも、サソリの話しも、俺がここに来たことすら忘れるんだ」

 不承不承ながらも、薬を取りにいこうとしていた老人の足が止まった。

 「帰れ、やはりお前は私の患者ではない」

 「もうすぐ、あの扉を開けて、新しい患者がやってくるだろう。そいつもサソリの解毒剤を求めるはずだ。その男にその小瓶を必ず手渡すのだ。他の小瓶では駄目だ。絶対にその小瓶にして欲しい」

 「お前はさっきからいったい何を言っておるんだ?」

 「出来れば、それを患者に渡すとき、手渡ししないほうがいい。テーブルか何かに置いて、向こうに取らせるんだ。さもないと、あんたも死ぬ。さて、ダンテスク、あとは任せるぞ。この老人を上手く操って欲しい」

――シユエト、この老人にこの出来事を忘れさせることは不可能だ。俺の力でも出来ない。

 しかし大丈夫だ。驚きの声を上げかけたシユエトを制するように、すぐにダンテスクの声が続く。

――しかし君とこうして会ったこと、サソリの解毒剤を求められたこと、それらの出来事を、奴に向かって言わせないようにすることは出来る。俺の魔法に賭けて、何としても阻んでみせる。安心してくれ。

 「わ、わかった、あんたに俺の運命を委ねる」

 大丈夫だ、ダンテスクならばやり遂げてくれるだろう。
 シユエトはそう思いながら、この部屋で身を潜めるのに最も適したところはどこか探す。
 そこにアンボメを押し込んでおかなくてはいけないのだ。
 その小瓶にアンボメの魔法をかければ、彼女はもう用済みなので、出来ればダンテスクの部屋に返してしまいところである。
 しかしあの魔法使いとの戦いである。まだまだ何が起きるかわからない。彼女の魔法が必要な状況も起きるかもしれない。

 それに出来ることならば、この恐るべき魔法使いアンボメを自分の手元から一瞬たりとも離しておきたくない。
 とはいえ、勝手に出てこられたら困るから、縛っておいたほうがいいかもしれない。
 幸いにも戸棚などがたくさん置かれている。狭苦しい部屋であるが、身を隠せそうな場所はたくさんある。

 一方、シユエトはそこに隠れる必要はない。魔法で消えることが出来るから。
 敵の魔法使いの気配を近くに感じながら、奴がその小瓶を触った瞬間を待つことが出来る。
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