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66)シユエト <薬屋4>
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敵の魔法使いは、存分にブランジュの若い肉体を堪能していたのかもしれない。彼が薬屋に現れるまで、かなりの時間が経っていた。
見た目から想像するよりも、はるかに下劣な男だったようだ。そんな欲望を満たすためにこれ程にも時間を費やしているなんて。
しかし敵の魔法使いのその下劣さが、シユエトに幸いしている。
奴のその性質のお陰で、この作戦は成功しようとしている。生贄になっているブランジュは可哀想であるが、彼女は今、最大限の貢献をしている。
もちろん、敵の魔法使いが違う薬屋に向かっている可能性もあった。
もう既に他のところで解毒剤を手に入れてしまったかもしれない。そのようなことを考えると居ても立っても居られなくなった。
しかし待っていれば、必ずここに来る。シユエトは強い意志で、そう信じるようにする。
何とか自分を落ち着かせて待ち続けた甲斐があったようだ。
ようやく奴が現れたのだ。
扉が開く音がする。
そしてコツコツと高らかに足音が続く。
この傲慢な足音。聞き覚えがある。そして、かすかなに漂ってくる香りも。
自分の姿を消す魔法を作動させているシユエトは、目を開けて確かめることは出来ないが、間違いない。
奴がやってきたのだ。
扉のノブに爆発の魔法を仕掛けても良かっただろう。しかし奴がそれを必ず触るとも限らない。
ここが行きつけの薬屋ならば、部屋の中に直接瞬間移動することも可能のはず。
魔法使いが外からノックをして、老医師が扉を開け、中に導きいれることもあるはず。
それに最初に訪れる患者が奴とは限らない。あの強烈な爆発の魔法を、間違えて使うわけにはいかない。
シユエトはそのような想定をしていたが、最初にやってきたのは敵の魔法使いで、奴は普通に扉から入ってきたようだ。
もし扉の取っ手に爆発の魔法を仕掛けていたら、この時点で勝負があったかもしれない。
そう考えると、その作戦を選択しなかったことを後悔しないわけではないが、一度に仕掛けられる爆発魔法は二発だけなのだ。
もしものことに備えて一発は余らせておく必要がある。シユエトは間違った作戦を立ててはいないはずだ。
「もう薬が切れたのか? 処方する薬を変えなければいけないかもしれないな」
老医師の座っていた椅子が音がたてる。やって来た患者が奴だと見て、すぐにいつもの薬を準備しようとして立ち上がったのだろう。
「いや、マリオン、今日欲しいのはいつもの薬じゃない」
しかしその言葉を聞いて、老医師の動きが止まった。
「解毒剤が欲しいんだ」
魔法使いが続ける。「今、僕の身体は毒に侵されているらしい。どうやら頭痛よりも深刻だ」
「解毒剤だって?」
解毒剤という言葉を聞いたマリオンは、シユエトとの奇妙な遣り取りを思い出していることだろう。
しかしダンテスクの魔法が効果を上げているようだ。マリオンの表情を観察することは出来ないが、その口調に不自然なところはない。
「このサソリだ」
敵の魔法使いはサソリを放り投げたに違いない、床に何かが落ちる音がした。
老医師はそのサソリをじっくりと覗き込んで観察しているのだろうか、しばらく沈黙が続いた。
そのあと、老医師の舌打ちの音がする。
「ああ、こいつは猛毒のサソリだな。刺されると死ぬ」
「少しばかり僕の意識が朦朧としてきている。本当に死にそうだよ。でも解毒剤くらいあるだろ?」
「ある。とてつもない猛毒だが、それゆえ研究もされている。珍しいサソリでもない」
「是非、解毒剤を処方してくれ。まだまだ死にたくはないからね」
「わかった」
老医師が老いた身体をのろのろと動かしながら、奥の部屋に移動していった。
その奥の部屋に大量の薬がストックされている。日頃からこの医院に通っている敵の魔法使いであるから、その事実を当然知っていることだろう。
しかし今回はその薬の近くに、あらかじめシユエトが爆発の魔法を仕掛けた小瓶もあるのだ。
老医師がそれに調合した薬を入れて、ここまで持ってくるだろう。
ダンテスクの指示通り動いてくれれば、部屋の中央にあるテーブルに置くはず。
そして魔法使いは、渇いた旅人が水を求めるようにして、それを手にするはずだ。なにせ死が間近に迫っているのだから。
奴がそれを手にすると同時に、シユエトは魔法を発動させる。
そして爆発。死。
それがこの作戦の骨子だ。シンプルにして簡単な計画。
しかし準備に充分時間をかけることが出来たので、失敗する余地はもはやない。
シユエトにはもう結末が見えている。これからはただ、その経過を見守るだけの時間。ある意味、予定調和の世界。
しかしそれは何が起きるかわからない瞬間を生きることよりも、精神的に辛いものだと思う。
緊張感がとてつもない。自分の予測しているはずの現実から、少しでも外れると不安で堪らなくなるからだろうか。
と同時に、不思議に退屈でもある。
この先に起きることが全てわかっているので、その繰り返し感が退屈なのだろう。
とにかく一刻も早くこの作戦を成功させたい。
この緊張から、このわかりきった結末を待つだけの退屈な時間から、解放されたい。
シユエトの望みはそれ。少しでも早く勝利を手に入れて、ホッと一息つきたい。
見た目から想像するよりも、はるかに下劣な男だったようだ。そんな欲望を満たすためにこれ程にも時間を費やしているなんて。
しかし敵の魔法使いのその下劣さが、シユエトに幸いしている。
奴のその性質のお陰で、この作戦は成功しようとしている。生贄になっているブランジュは可哀想であるが、彼女は今、最大限の貢献をしている。
もちろん、敵の魔法使いが違う薬屋に向かっている可能性もあった。
もう既に他のところで解毒剤を手に入れてしまったかもしれない。そのようなことを考えると居ても立っても居られなくなった。
しかし待っていれば、必ずここに来る。シユエトは強い意志で、そう信じるようにする。
何とか自分を落ち着かせて待ち続けた甲斐があったようだ。
ようやく奴が現れたのだ。
扉が開く音がする。
そしてコツコツと高らかに足音が続く。
この傲慢な足音。聞き覚えがある。そして、かすかなに漂ってくる香りも。
自分の姿を消す魔法を作動させているシユエトは、目を開けて確かめることは出来ないが、間違いない。
奴がやってきたのだ。
扉のノブに爆発の魔法を仕掛けても良かっただろう。しかし奴がそれを必ず触るとも限らない。
ここが行きつけの薬屋ならば、部屋の中に直接瞬間移動することも可能のはず。
魔法使いが外からノックをして、老医師が扉を開け、中に導きいれることもあるはず。
それに最初に訪れる患者が奴とは限らない。あの強烈な爆発の魔法を、間違えて使うわけにはいかない。
シユエトはそのような想定をしていたが、最初にやってきたのは敵の魔法使いで、奴は普通に扉から入ってきたようだ。
もし扉の取っ手に爆発の魔法を仕掛けていたら、この時点で勝負があったかもしれない。
そう考えると、その作戦を選択しなかったことを後悔しないわけではないが、一度に仕掛けられる爆発魔法は二発だけなのだ。
もしものことに備えて一発は余らせておく必要がある。シユエトは間違った作戦を立ててはいないはずだ。
「もう薬が切れたのか? 処方する薬を変えなければいけないかもしれないな」
老医師の座っていた椅子が音がたてる。やって来た患者が奴だと見て、すぐにいつもの薬を準備しようとして立ち上がったのだろう。
「いや、マリオン、今日欲しいのはいつもの薬じゃない」
しかしその言葉を聞いて、老医師の動きが止まった。
「解毒剤が欲しいんだ」
魔法使いが続ける。「今、僕の身体は毒に侵されているらしい。どうやら頭痛よりも深刻だ」
「解毒剤だって?」
解毒剤という言葉を聞いたマリオンは、シユエトとの奇妙な遣り取りを思い出していることだろう。
しかしダンテスクの魔法が効果を上げているようだ。マリオンの表情を観察することは出来ないが、その口調に不自然なところはない。
「このサソリだ」
敵の魔法使いはサソリを放り投げたに違いない、床に何かが落ちる音がした。
老医師はそのサソリをじっくりと覗き込んで観察しているのだろうか、しばらく沈黙が続いた。
そのあと、老医師の舌打ちの音がする。
「ああ、こいつは猛毒のサソリだな。刺されると死ぬ」
「少しばかり僕の意識が朦朧としてきている。本当に死にそうだよ。でも解毒剤くらいあるだろ?」
「ある。とてつもない猛毒だが、それゆえ研究もされている。珍しいサソリでもない」
「是非、解毒剤を処方してくれ。まだまだ死にたくはないからね」
「わかった」
老医師が老いた身体をのろのろと動かしながら、奥の部屋に移動していった。
その奥の部屋に大量の薬がストックされている。日頃からこの医院に通っている敵の魔法使いであるから、その事実を当然知っていることだろう。
しかし今回はその薬の近くに、あらかじめシユエトが爆発の魔法を仕掛けた小瓶もあるのだ。
老医師がそれに調合した薬を入れて、ここまで持ってくるだろう。
ダンテスクの指示通り動いてくれれば、部屋の中央にあるテーブルに置くはず。
そして魔法使いは、渇いた旅人が水を求めるようにして、それを手にするはずだ。なにせ死が間近に迫っているのだから。
奴がそれを手にすると同時に、シユエトは魔法を発動させる。
そして爆発。死。
それがこの作戦の骨子だ。シンプルにして簡単な計画。
しかし準備に充分時間をかけることが出来たので、失敗する余地はもはやない。
シユエトにはもう結末が見えている。これからはただ、その経過を見守るだけの時間。ある意味、予定調和の世界。
しかしそれは何が起きるかわからない瞬間を生きることよりも、精神的に辛いものだと思う。
緊張感がとてつもない。自分の予測しているはずの現実から、少しでも外れると不安で堪らなくなるからだろうか。
と同時に、不思議に退屈でもある。
この先に起きることが全てわかっているので、その繰り返し感が退屈なのだろう。
とにかく一刻も早くこの作戦を成功させたい。
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