69 / 70
68)シユエト <敗北>
しおりを挟む
「シユエト!」
ブランジュの声が背後から聞こえた。
シユエトは後ろを振り返って、それを確かめる気力もなかった。
しかし何度も聞いた声だから確かめるまでもない。
「さっきはまるで推測だけで、君たちの頭の中を何もかも見抜いていたみたいな言い方をしたけれど、情報源は彼女だよ」
敵の魔法使いが余裕の笑みを浮かべながら言ってきた。
「ブ、ブランジュ、君が裏切ったわけか?」
シユエトは後ろを振り返ることなくつぶやいた。
「裏切ったですって? あんたと私は信頼し合った仲間でもなかったはず。私は強いほうにつく。別に卑怯でもないでしょ?」
シユエトの言葉に、ブランジュが反論してきた。確かに彼女の言う通りだろう、しかしその口調には、いくらかの後ろめたさが聞き取れた。
「君はこの男に抱かれたんだろ?」
彼女の感じている後ろめたさに乗じるように、シユエトは言った。
「はあ? 何ですって! 違うわ、演技よ。それもこの人の作戦だった。あんたたちは完全に手玉に取られていた」
(・・・ああ、そうか)
「ダンテスク、やはり君は世間知らずだ。いや、俺だって人のことを言えないが」
ダンテスクが黙ったままである。彼は敗北の度に、深く打ちひしがれて、しばらく黙ってしまう。それはきっと、彼の弱さの証し。これではどんな相手にも勝つことは出来ないだろう。
「ブランジュ、負けた男を責めるのはこれくらいにして、アンボメという少女を探してくれないか? きっとどこかに押し込められているかしている」
一方、魔法使いの口調はふてぶてしくて、厚かましい響きに満ちている。
人間の卑怯さ、汚さ、世界という現実のデタラメさを知り抜いているという感じ。
「悪いけど、彼女は僕が引き取るからね」
少しも悪いと思っていそうにない口調で、敵の魔法使いはシユエトに言ってきた。
「勝手にすればいい。どうせ俺を殺すんだろ?」
「さあ、それだよ、今から君たち話し合わなければいけないことは」
魔法使いが部屋の中をうろうろと歩き回りながら言った。「君たちが望んでいたのは塔の権利だろ? 塔の権利を僕から奪うために、この戦闘を仕掛けてきた。そして君たちは今、呆気なく僕に膝を屈したわけだけど」
しかし僕はそれを譲ってもいいと思っているんだ。
シユエトのリアクションを注意深く見つめながら、敵の魔法使いはそう言ってきた。
「な、何だって?」
シユエトは思わず声を荒げた。
(や、奴は塔の権利を譲ってもいいと言ったのか?)
ダンテスクも当然、その言葉を聞いていたようだ。ダンテスクもハッと意気を飲む気配を見せた。その声がイヤーカフに届く。
アンボメを見つけて、彼女の肩を抱くようにしてこっちに連れてきたブランジュも、「何ですって」とつぶやいた。
「別に驚くことではない。慈悲でもない。世間によくある一般的な取引だよ。僕は塔の権利を譲る。その代わりダンテスク、君がこれまでに書いた魔法のコードを僕に譲って欲しい。身体を消す魔法。時間を止める魔法。他人の心を覗く魔法。それ以外にもあるのなら全てを。それが交換条件だ」
――ほ、本気で言っているのか?
ダンテスクの声がする。しかしイヤーカフを装着していない魔法使いには聞こえないだろう。
「本気かとダンテスクが尋ねている」
シユエトがそれを伝えた。
「ああ、本気だよ。君が書き上げた魔法のコードには、塔一つ分の価値があるのさ、自惚れていい」
――ど、どうすればいいんだ、シユエト! 俺は信じていいのか? 奴の言葉を。
「ダンテスクは身体が不自由だ。ベッドで寝たきりなのだ」
シユエトはダンテスクの言葉に返事する代わりに言った。「知っていたのかい、ブランジュ?」
「いいえ、今、初めて聞いたわ、ほ、本当なの?」
「彼の夢は人並みに生きること、らしい。魔法で自分の身体を動かしたいと。それが思う存分に出来る場所は塔だけだ。彼が塔を望んだ理由はそれ」
「ふーん、そうだったの・・・」
ブランジュが言った。
「それなら尚更、君に塔を譲りたくなったね」
魔法使いが朗らかな声で言った。
――しかし俺だけがその取引に応じていいのか? 君はアンボメを失った。これでは俺だけ得をすることになる。
「何を気に病んでいるんだ、ダンテスク。君の律儀さと生真面目さには驚かされる。奴が認めたのは君の実力なんだ。その取引を受け入れればいい」
いや、戸惑うなと言うほうが無茶だろう。口ではそう言いながら、シユエトもこの事態の急激な展開に少しもついてはいけてなかった。
――わかった。この取引に応じなければ、君がこの場で殺されるかもしれない。応じよう。
「応じると、ダンテスクは言ったぞ」
シユエトが再度、その言葉を伝える。
「よし、これだけ大きな取引だ。ダンテスク、僕は君と、目と目を見て話し合いたい。いいだろ?」
おっと、その前に解毒剤を飲んでおかなければ。
「マリオン、改めて用意してくれ。ブランジュの分も二人分だ。今度は爆弾抜きでね」
その魔法使いは、まださっきの爆発の驚きで腰を抜かしている老医師に向かって言った。
ブランジュの声が背後から聞こえた。
シユエトは後ろを振り返って、それを確かめる気力もなかった。
しかし何度も聞いた声だから確かめるまでもない。
「さっきはまるで推測だけで、君たちの頭の中を何もかも見抜いていたみたいな言い方をしたけれど、情報源は彼女だよ」
敵の魔法使いが余裕の笑みを浮かべながら言ってきた。
「ブ、ブランジュ、君が裏切ったわけか?」
シユエトは後ろを振り返ることなくつぶやいた。
「裏切ったですって? あんたと私は信頼し合った仲間でもなかったはず。私は強いほうにつく。別に卑怯でもないでしょ?」
シユエトの言葉に、ブランジュが反論してきた。確かに彼女の言う通りだろう、しかしその口調には、いくらかの後ろめたさが聞き取れた。
「君はこの男に抱かれたんだろ?」
彼女の感じている後ろめたさに乗じるように、シユエトは言った。
「はあ? 何ですって! 違うわ、演技よ。それもこの人の作戦だった。あんたたちは完全に手玉に取られていた」
(・・・ああ、そうか)
「ダンテスク、やはり君は世間知らずだ。いや、俺だって人のことを言えないが」
ダンテスクが黙ったままである。彼は敗北の度に、深く打ちひしがれて、しばらく黙ってしまう。それはきっと、彼の弱さの証し。これではどんな相手にも勝つことは出来ないだろう。
「ブランジュ、負けた男を責めるのはこれくらいにして、アンボメという少女を探してくれないか? きっとどこかに押し込められているかしている」
一方、魔法使いの口調はふてぶてしくて、厚かましい響きに満ちている。
人間の卑怯さ、汚さ、世界という現実のデタラメさを知り抜いているという感じ。
「悪いけど、彼女は僕が引き取るからね」
少しも悪いと思っていそうにない口調で、敵の魔法使いはシユエトに言ってきた。
「勝手にすればいい。どうせ俺を殺すんだろ?」
「さあ、それだよ、今から君たち話し合わなければいけないことは」
魔法使いが部屋の中をうろうろと歩き回りながら言った。「君たちが望んでいたのは塔の権利だろ? 塔の権利を僕から奪うために、この戦闘を仕掛けてきた。そして君たちは今、呆気なく僕に膝を屈したわけだけど」
しかし僕はそれを譲ってもいいと思っているんだ。
シユエトのリアクションを注意深く見つめながら、敵の魔法使いはそう言ってきた。
「な、何だって?」
シユエトは思わず声を荒げた。
(や、奴は塔の権利を譲ってもいいと言ったのか?)
ダンテスクも当然、その言葉を聞いていたようだ。ダンテスクもハッと意気を飲む気配を見せた。その声がイヤーカフに届く。
アンボメを見つけて、彼女の肩を抱くようにしてこっちに連れてきたブランジュも、「何ですって」とつぶやいた。
「別に驚くことではない。慈悲でもない。世間によくある一般的な取引だよ。僕は塔の権利を譲る。その代わりダンテスク、君がこれまでに書いた魔法のコードを僕に譲って欲しい。身体を消す魔法。時間を止める魔法。他人の心を覗く魔法。それ以外にもあるのなら全てを。それが交換条件だ」
――ほ、本気で言っているのか?
ダンテスクの声がする。しかしイヤーカフを装着していない魔法使いには聞こえないだろう。
「本気かとダンテスクが尋ねている」
シユエトがそれを伝えた。
「ああ、本気だよ。君が書き上げた魔法のコードには、塔一つ分の価値があるのさ、自惚れていい」
――ど、どうすればいいんだ、シユエト! 俺は信じていいのか? 奴の言葉を。
「ダンテスクは身体が不自由だ。ベッドで寝たきりなのだ」
シユエトはダンテスクの言葉に返事する代わりに言った。「知っていたのかい、ブランジュ?」
「いいえ、今、初めて聞いたわ、ほ、本当なの?」
「彼の夢は人並みに生きること、らしい。魔法で自分の身体を動かしたいと。それが思う存分に出来る場所は塔だけだ。彼が塔を望んだ理由はそれ」
「ふーん、そうだったの・・・」
ブランジュが言った。
「それなら尚更、君に塔を譲りたくなったね」
魔法使いが朗らかな声で言った。
――しかし俺だけがその取引に応じていいのか? 君はアンボメを失った。これでは俺だけ得をすることになる。
「何を気に病んでいるんだ、ダンテスク。君の律儀さと生真面目さには驚かされる。奴が認めたのは君の実力なんだ。その取引を受け入れればいい」
いや、戸惑うなと言うほうが無茶だろう。口ではそう言いながら、シユエトもこの事態の急激な展開に少しもついてはいけてなかった。
――わかった。この取引に応じなければ、君がこの場で殺されるかもしれない。応じよう。
「応じると、ダンテスクは言ったぞ」
シユエトが再度、その言葉を伝える。
「よし、これだけ大きな取引だ。ダンテスク、僕は君と、目と目を見て話し合いたい。いいだろ?」
おっと、その前に解毒剤を飲んでおかなければ。
「マリオン、改めて用意してくれ。ブランジュの分も二人分だ。今度は爆弾抜きでね」
その魔法使いは、まださっきの爆発の驚きで腰を抜かしている老医師に向かって言った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる