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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第九章 1)痛々しい絵
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死が傍を通り過ぎるとき、それは決まって劇的で波乱に富み、私たちの心を揺さぶり、打ちのめし、滅入らせる。死の余波は長く、私たちの何かを根底的に変えてしまう。
実際、私はボーアホーブ領から帰ってすぐ、これまで鞄の中に仕舞っていた絵筆を取り出した。無性に絵が描きたくて堪らなくなったのだ。
目を閉じると浮かび上がってくるあの光景、黒い灰になった骨組みだけの建物。路上に打ち捨てられた腐りかけの死体。
そしてアリューシアの強張った横顔。
まだどこかで燻ぶっている炎が、黒い煙を吐き出していた。街は白く煙っていて、誰かの悪夢の中のように朧気であった。
順を追って、説明していくべきなのであろう。
私たちはアリューシアの瞬間移動の魔法で、ボーアホーブ領の城内に無事到着したのだ。私たち、つまりアリューシア、カルファル、エドガル、ドニ、私を加えた五人。
私たち五人は辺りに注意を払いながら、街の中心、ボーアホーブの屋敷でもある居城のほうに歩を進めた。
変わり果てた街を目の当たりにして、アリューシアはありとあらゆるものを喪失してしまったように見えた。
彼女の中の快活さ、明るさ、朗らかさなど。しかしこの先で私たちは更に、凄惨な光景を目にすることになる。
城壁の上に篝火がたかれていた。まるでそこだけ真昼のように明るい。城壁の前はちょっとした広場のようになっていて石畳に整備されている。
それに最初に気づいたのは誰だろうか、視力が良い者、勘が鋭い者、その順にそれに気づいたのだと思う。
居城の城壁に、五つ遺体が吊るされていた。
見せしめにされたその死体。それがアリューシアの父と母、二人の姉、そしてどこかに生きているかもしれないと思われていた彼女の兄だった。
腐り果て、鳥に啄まれ、半ば白骨化し、生きている頃の面影など欠片もないようであるが、それは確かにアリューシアの家族だったようだ。
アリューシアに掛ける言葉など無かった。それと同じで、目と心に焼き付いて離れそうにないその光景を、そのまま絵にすることも出来ない。私はただそのときの衝撃を、赤い色彩と黒い線で書き殴るに任せるだけ。
「何だい、これは?」
ボーアホーブ領から帰ってきても部屋に閉じこもったきりで、塔の仕事に戻ろうとしない私が心配になってか、それともさっさと働けと叱りに来たのか、プラーヌスが部屋に現れた。
「ああ、プラーヌス。自分でもわからない。変な絵さ。でも描かずにいられない」
私は立て掛けたキャンパスを咄嗟に隠そうとしたが、プラーヌスの手が肩に置かれる。彼は私の身体をゆっくりと押しのけて、その絵の前に立った。
「痛々しい絵だ。こんなものを屋敷に飾りたがる人などいないだろうね。誰も買いやしない」
あえて辛辣なことを言って、心の距離を一気に詰めてくる。それがプラーヌスの話術なのかもしれない。別に私を傷つけようとしているわけではない。最近、彼のそのような性格を理解するようになった。
「まあね、わかっているよ。しかし描いていると、少し心が楽になる」
この絵を誰かに見られることが恥ずかしくて堪らない。しかも、その相手がプラーヌスとなれば尚更。
この絵は、私の心の中をそのまま描いたようなものであるから。あのボーアホーブの光景から受けたショックを絵にした作品。プラーヌスは私のナイーブさを嘲笑っていることであろう。
「ふーん、そんなものか。それで癒されるのならば、無駄だと決めつけるべきではないのかもしれない。酒なんかに溺れるより、ずっとマシなことだろう」
プラーヌスは机の上に置いていた私の飲みかけのワイングラスを勝手に手に取り、それを飲み干した。
「酒も飲んでいるさ。飲まずにいられない」
しかしそれ以上に、描かずにいられない。絵がなければ、私は酒の海の中で溺れ死んでいたかもしれない。私の人生に、絵があって本当に良かった。
「さあ、シャグラン! 自分を憐れむ時間は終わりだ。そろそろ塔の仕事に戻るときだ」
「わかっている」
しかし私は腰を上げる気にはなれなかった。まだ何も区切りがついていない。ボーアホーブに戻ってきたそのときと、全てが同じままだ。
もっと具体的な絵を描くべきなのかもしれない。つまり、しっかりとその記憶と向き合うということだ。
しかし、そんなことが簡単に出来るならば、これほど苦しむことなどなかっただろう。
そう思いながらも、新しいキャンパスを取り出し、私はあのときのことに思いを馳せてみる。
実際、私はボーアホーブ領から帰ってすぐ、これまで鞄の中に仕舞っていた絵筆を取り出した。無性に絵が描きたくて堪らなくなったのだ。
目を閉じると浮かび上がってくるあの光景、黒い灰になった骨組みだけの建物。路上に打ち捨てられた腐りかけの死体。
そしてアリューシアの強張った横顔。
まだどこかで燻ぶっている炎が、黒い煙を吐き出していた。街は白く煙っていて、誰かの悪夢の中のように朧気であった。
順を追って、説明していくべきなのであろう。
私たちはアリューシアの瞬間移動の魔法で、ボーアホーブ領の城内に無事到着したのだ。私たち、つまりアリューシア、カルファル、エドガル、ドニ、私を加えた五人。
私たち五人は辺りに注意を払いながら、街の中心、ボーアホーブの屋敷でもある居城のほうに歩を進めた。
変わり果てた街を目の当たりにして、アリューシアはありとあらゆるものを喪失してしまったように見えた。
彼女の中の快活さ、明るさ、朗らかさなど。しかしこの先で私たちは更に、凄惨な光景を目にすることになる。
城壁の上に篝火がたかれていた。まるでそこだけ真昼のように明るい。城壁の前はちょっとした広場のようになっていて石畳に整備されている。
それに最初に気づいたのは誰だろうか、視力が良い者、勘が鋭い者、その順にそれに気づいたのだと思う。
居城の城壁に、五つ遺体が吊るされていた。
見せしめにされたその死体。それがアリューシアの父と母、二人の姉、そしてどこかに生きているかもしれないと思われていた彼女の兄だった。
腐り果て、鳥に啄まれ、半ば白骨化し、生きている頃の面影など欠片もないようであるが、それは確かにアリューシアの家族だったようだ。
アリューシアに掛ける言葉など無かった。それと同じで、目と心に焼き付いて離れそうにないその光景を、そのまま絵にすることも出来ない。私はただそのときの衝撃を、赤い色彩と黒い線で書き殴るに任せるだけ。
「何だい、これは?」
ボーアホーブ領から帰ってきても部屋に閉じこもったきりで、塔の仕事に戻ろうとしない私が心配になってか、それともさっさと働けと叱りに来たのか、プラーヌスが部屋に現れた。
「ああ、プラーヌス。自分でもわからない。変な絵さ。でも描かずにいられない」
私は立て掛けたキャンパスを咄嗟に隠そうとしたが、プラーヌスの手が肩に置かれる。彼は私の身体をゆっくりと押しのけて、その絵の前に立った。
「痛々しい絵だ。こんなものを屋敷に飾りたがる人などいないだろうね。誰も買いやしない」
あえて辛辣なことを言って、心の距離を一気に詰めてくる。それがプラーヌスの話術なのかもしれない。別に私を傷つけようとしているわけではない。最近、彼のそのような性格を理解するようになった。
「まあね、わかっているよ。しかし描いていると、少し心が楽になる」
この絵を誰かに見られることが恥ずかしくて堪らない。しかも、その相手がプラーヌスとなれば尚更。
この絵は、私の心の中をそのまま描いたようなものであるから。あのボーアホーブの光景から受けたショックを絵にした作品。プラーヌスは私のナイーブさを嘲笑っていることであろう。
「ふーん、そんなものか。それで癒されるのならば、無駄だと決めつけるべきではないのかもしれない。酒なんかに溺れるより、ずっとマシなことだろう」
プラーヌスは机の上に置いていた私の飲みかけのワイングラスを勝手に手に取り、それを飲み干した。
「酒も飲んでいるさ。飲まずにいられない」
しかしそれ以上に、描かずにいられない。絵がなければ、私は酒の海の中で溺れ死んでいたかもしれない。私の人生に、絵があって本当に良かった。
「さあ、シャグラン! 自分を憐れむ時間は終わりだ。そろそろ塔の仕事に戻るときだ」
「わかっている」
しかし私は腰を上げる気にはなれなかった。まだ何も区切りがついていない。ボーアホーブに戻ってきたそのときと、全てが同じままだ。
もっと具体的な絵を描くべきなのかもしれない。つまり、しっかりとその記憶と向き合うということだ。
しかし、そんなことが簡単に出来るならば、これほど苦しむことなどなかっただろう。
そう思いながらも、新しいキャンパスを取り出し、私はあのときのことに思いを馳せてみる。
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