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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第四章 13)アリューシアの章
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狼たちには意志や感情なんてものはなく、ただ飢えを凌ぐにために行動しようとしているのだろう。
しかしアリューシアはこの生き物に、とてつもなく憎まれているような気がした。
狼たちは歯を食いしばり、血走った目でアリューシアを見てくる。
深い唸り声は、まるで死ね死ねと罵られているよう。アリューシアは狼たちから、敵意や憎悪を感じたのだ。
助けて、プラーヌス様!
声を限りに叫びたいが、恐怖で声が出ない。
いや、あの人はもうどこかへ行ってしまった。その声が聞こえるわけがない。アリューシアの胸を絶望が締め付ける。
それどころか、実は私は狼に餌にされたのかもしれない。
プラーヌス様は私のことが大嫌いで、いつもジロジロと見つめていた自分を厭うて、このような手段に出たのではないだろうか。
アリューシアはそんな可能性を思った。自分は今、愛する人によって、とても残酷な手段で殺されようとしているのだ。
夢から醒めたようだとアリューシアは思った。
狼が発する獣の匂いも、その唸り声も、現実そのもの。夢は今、その野蛮な現実に喰い殺されようとしている。
そのような絶望がアリューシアの胸の中に、野薔薇のように刺々しく繁茂しようとしかけたときであった。
「世話が掛かる子だな」
そんな声が耳の中でざわめく。それと同時に、あの美しいきらめきが、アリューシアの目の前で瞬いたのであった。
まあ、しかし狼の恐怖から目を逸らすため、彼女は目を伏せていたので、せっかくの輝きを目にすることは出来なかったのであるが。
アリューシアは魔法が発動されるときの、あの宝石が砕ける瞬間が本当に大好きであったのに。
とはいえ、目を伏せていたので、狼たちが惨殺されていく残酷な光景を目にしないで済んだ。狼たちは肉を切り裂かれ、血を噴出させ、死んでいった。
狼の唸り声が消え、静寂が広がる。やがて恐々と目を開くと、アリューシアの目の前にあの魔法使いが立っていた。少し苛立ったような表情であったが、美しさは変わらない。
「助けて頂き、ありがとうございます」
アリューシアは涙ながらに魔法使いの許に駆け寄る。やはりあなたは優しいお人だったのですね。楽観的なアリューシアはすぐにそう解釈する。
「君は僕の話しを聞いていなかったのか? まあ、聞いていなかったんだろうね。ここは狼が出る」
アリューシアは魔法使いの厳しい口調を前にして、足を止めた。
「川で水汲みする以外、みだりに出歩くな。あの小屋で大人しているんだ、僕はそう言ったはずだ」
「は、はい、ちゃんと聞いていましたよ・・・」
「それなのに君はまだ、この危険な場所をウロウロしていたのか」
「だ、だって、私・・・」
狼たちが死に絶え、アリューシアの周囲から死の危機は遠ざかったようであるが、まだ彼女の心に巣食った恐怖は消え去らない。
アリューシアは自分の傍らに立つこの魔法使いの存在に頼もしさを感じながらも、まだブルブルと震え続けていた。
血の臭いが凄まじいまでに匂い立つ。その匂いは霧のように立ち込め、アリューシアの白い衣服を真っ赤に染め上げてしまいそうだった。死はまだすぐ傍を彷徨っているよう。
「わ、私、おうちに帰ります」
ついにアリューシアは決意を固め、その決心を打ち明けた。
こんなことを言ったら、あの魔法使いに嫌われるかもしれない。しかしアリューシアはもはや耐えることが出来ない。
「だめだね。あの小屋で大人しくしているんだ」
「い、いやです!」
「あの小屋は安全だ。何も怯えることはない」
「いやです、いやです!」
アリューシアは母や侍女を前にしたときのように駄々を捏ね続ける。
ボーアホーブ家の権威が失墜しようとしていた中、この魔法使いと出会い、美しい魔法を目にして、恋という激烈な刺激物に叱咤され、一息に大人の世界に駆け上がろうとしていたアリューシアであったが、本物の恐怖と孤独を前にして、彼女は再び子供の世界に返ろうとしていた。
(ママに会いたい。お姉ちゃんたちに会いたい。ラダやリーズにも)
しかしそんなことは許さないとばかりに、魔法使いはアリューシアを抱きかかえた。
魔法使いの指がアリューシアの肌に触れる。彼女の膨らみかけた胸を触れ、くびれつつある腰に触れ、柔らか味を帯び始めたお尻に触れる。
とはいえ、それによって、アリューシアは自分が大人の女性になりつつあることを思い出すわけではない。依然として幼児のように、魔法使いの腕の中でバタバタする。
「君は人質らしく、あの小屋で大人しくしているんだ」
「嫌だ、嫌だ、ママ、ママ!」
さて、どんなに暴れようとも泣き叫ぼうとも、魔法使いは情けを掛けてくれるわけでもなく、結局、アリューシアはこの小屋で一夜を過ごす破目になった。
薄暗い部屋の中で独りきり、狼の遠吠えに怯え、孤独に震え、自分を置き去りにした魔法使いを恨み、母と姉たちの名前を呼び続けた。
しかし時と経過と共に、この経験はとてもロマンティック思い出に変貌を遂げていったのだった。
それもこれも、何でも自分の都合のいいように解釈するアリューシアの自己中心的な性格が寄与していたことであろう。
あるいは、魔法使いが屋敷から去って行った後の、あまりに退屈で平板な生活も原因かもしれない。
この思い出はアリューシアにとって、たった一つの刺激的で鮮烈な記憶だったのだ。
魔法使いに求められ、強引に連れ出されたこと。
狼に襲われそうになったところを救われたこと。
その優しい腕に抱かれたこと。
都合の悪いことは時間によって濾過されていって、甘美な記憶だけがアリューシアの心に刻印されていった。
彼女はその深く刻印されたものを求めて、いずれ彼のあとを追うだろう。魔法使いの塔へ。
しかしアリューシアはこの生き物に、とてつもなく憎まれているような気がした。
狼たちは歯を食いしばり、血走った目でアリューシアを見てくる。
深い唸り声は、まるで死ね死ねと罵られているよう。アリューシアは狼たちから、敵意や憎悪を感じたのだ。
助けて、プラーヌス様!
声を限りに叫びたいが、恐怖で声が出ない。
いや、あの人はもうどこかへ行ってしまった。その声が聞こえるわけがない。アリューシアの胸を絶望が締め付ける。
それどころか、実は私は狼に餌にされたのかもしれない。
プラーヌス様は私のことが大嫌いで、いつもジロジロと見つめていた自分を厭うて、このような手段に出たのではないだろうか。
アリューシアはそんな可能性を思った。自分は今、愛する人によって、とても残酷な手段で殺されようとしているのだ。
夢から醒めたようだとアリューシアは思った。
狼が発する獣の匂いも、その唸り声も、現実そのもの。夢は今、その野蛮な現実に喰い殺されようとしている。
そのような絶望がアリューシアの胸の中に、野薔薇のように刺々しく繁茂しようとしかけたときであった。
「世話が掛かる子だな」
そんな声が耳の中でざわめく。それと同時に、あの美しいきらめきが、アリューシアの目の前で瞬いたのであった。
まあ、しかし狼の恐怖から目を逸らすため、彼女は目を伏せていたので、せっかくの輝きを目にすることは出来なかったのであるが。
アリューシアは魔法が発動されるときの、あの宝石が砕ける瞬間が本当に大好きであったのに。
とはいえ、目を伏せていたので、狼たちが惨殺されていく残酷な光景を目にしないで済んだ。狼たちは肉を切り裂かれ、血を噴出させ、死んでいった。
狼の唸り声が消え、静寂が広がる。やがて恐々と目を開くと、アリューシアの目の前にあの魔法使いが立っていた。少し苛立ったような表情であったが、美しさは変わらない。
「助けて頂き、ありがとうございます」
アリューシアは涙ながらに魔法使いの許に駆け寄る。やはりあなたは優しいお人だったのですね。楽観的なアリューシアはすぐにそう解釈する。
「君は僕の話しを聞いていなかったのか? まあ、聞いていなかったんだろうね。ここは狼が出る」
アリューシアは魔法使いの厳しい口調を前にして、足を止めた。
「川で水汲みする以外、みだりに出歩くな。あの小屋で大人しているんだ、僕はそう言ったはずだ」
「は、はい、ちゃんと聞いていましたよ・・・」
「それなのに君はまだ、この危険な場所をウロウロしていたのか」
「だ、だって、私・・・」
狼たちが死に絶え、アリューシアの周囲から死の危機は遠ざかったようであるが、まだ彼女の心に巣食った恐怖は消え去らない。
アリューシアは自分の傍らに立つこの魔法使いの存在に頼もしさを感じながらも、まだブルブルと震え続けていた。
血の臭いが凄まじいまでに匂い立つ。その匂いは霧のように立ち込め、アリューシアの白い衣服を真っ赤に染め上げてしまいそうだった。死はまだすぐ傍を彷徨っているよう。
「わ、私、おうちに帰ります」
ついにアリューシアは決意を固め、その決心を打ち明けた。
こんなことを言ったら、あの魔法使いに嫌われるかもしれない。しかしアリューシアはもはや耐えることが出来ない。
「だめだね。あの小屋で大人しくしているんだ」
「い、いやです!」
「あの小屋は安全だ。何も怯えることはない」
「いやです、いやです!」
アリューシアは母や侍女を前にしたときのように駄々を捏ね続ける。
ボーアホーブ家の権威が失墜しようとしていた中、この魔法使いと出会い、美しい魔法を目にして、恋という激烈な刺激物に叱咤され、一息に大人の世界に駆け上がろうとしていたアリューシアであったが、本物の恐怖と孤独を前にして、彼女は再び子供の世界に返ろうとしていた。
(ママに会いたい。お姉ちゃんたちに会いたい。ラダやリーズにも)
しかしそんなことは許さないとばかりに、魔法使いはアリューシアを抱きかかえた。
魔法使いの指がアリューシアの肌に触れる。彼女の膨らみかけた胸を触れ、くびれつつある腰に触れ、柔らか味を帯び始めたお尻に触れる。
とはいえ、それによって、アリューシアは自分が大人の女性になりつつあることを思い出すわけではない。依然として幼児のように、魔法使いの腕の中でバタバタする。
「君は人質らしく、あの小屋で大人しくしているんだ」
「嫌だ、嫌だ、ママ、ママ!」
さて、どんなに暴れようとも泣き叫ぼうとも、魔法使いは情けを掛けてくれるわけでもなく、結局、アリューシアはこの小屋で一夜を過ごす破目になった。
薄暗い部屋の中で独りきり、狼の遠吠えに怯え、孤独に震え、自分を置き去りにした魔法使いを恨み、母と姉たちの名前を呼び続けた。
しかし時と経過と共に、この経験はとてもロマンティック思い出に変貌を遂げていったのだった。
それもこれも、何でも自分の都合のいいように解釈するアリューシアの自己中心的な性格が寄与していたことであろう。
あるいは、魔法使いが屋敷から去って行った後の、あまりに退屈で平板な生活も原因かもしれない。
この思い出はアリューシアにとって、たった一つの刺激的で鮮烈な記憶だったのだ。
魔法使いに求められ、強引に連れ出されたこと。
狼に襲われそうになったところを救われたこと。
その優しい腕に抱かれたこと。
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