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5 I will kill this lamb (A)
#5
しおりを挟む「人々よ、今日この良き日にあたり、私たちは多くの恵みを賜ることができました…」
ジェミミは天幕前で信徒の代表……というより普段から顎でこき使っているらしい赤毛の青年と禿頭の老人に運ばせたウォータージャグからコップ一杯の冷たい水を参加者達に振る舞ってゆく。
「…恵みを与えてくだだる神の慈悲に感謝を…」
乾杯の音頭でそれを一気に飲み干させると ジェミミシスターは続けた。
「皆様方のおかげで作業効率は格段に上がりました。これなら予定通り、お昼前には終わりそうですよぉ──さぁ皆さん、がんばりましょ!」
輪の中心で乾杯の音頭をとるジェミミの表情から本心は読み取れない。
「今回は名水として名高いT市の水道水を用意しています。皆さん楽しんでくださいね。もちろん無料。提供は毎度ご寄付頂いている有志の方々、そして当教会になります」
──はあ、何となくだけど、あの人んちのテーブル、薬草とかのエキスでベタベタしてそうだな……。
ワカはコップの水をじっと見つめながら物思いに浸る。
「……なぁ」
「……」
「なあってば」
「…はっ!?」
ワカはぼんやりと顔をあげる。
例のスリ少女だった。
「あんまり飲んどらへんな、水。冷やっこくて美味しいのに。私なんか元取らんと損かと思って毎回1リットルは飲むけどな!」
少女は悪戯っぽく笑ってみせる。どうやら金曜の件は一切気にしてもいないらしい。
今は猫を被る必要がないためかその笑顔からは裏表のない純真さが見て取れる。
──まさか、生活のためとか小遣い稼ぎじゃあなく、特に深い意味もなく盗みを働いてる…とか?
「……」
「? どうかしんたん?何か元気無いようやけども」
不思議そうな顔をするスリ少女。彼女は一体自分がどういう人間に見えると考えているのだろうか。
「…………いえ」
ワカの表情が自然と険しくなる。
「ところでワカはん。もし……ゴミ捨て場で1000万入ったカバンとか、犯罪に使われてた携帯拾ったら、シスターとか警察に届け出まっか?」
───いきなり何を言い出すのか、この子は。
ワカはやれやれ、お手上げですね。とばかりに両手を挙げてみせると
「そうですねぇ、携帯は元の場所に戻して、500万で戸籍を作って、残りの500万でヒットマンを雇って、私から盗みを働いたコソ泥を始末してもらう。ってのはどうです?」
と微笑む。
「ア ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ!」
それを聞いたスリ娘はゲラゲラと笑い転げた。
「面白いこと言いよんなワカはん!うち、アンタ事、好きになってまうかも!」
二人の少女が談笑する光景は、見ず知らずの者が見たら
さぞ仲睦まじく映ったであろう。
だが、注意深く観察すればわかるだろう。それはあくまでも表面上取り繕われたものであってテーブルの下では脚を蹴りあっている状況なのだ。
「あら、ケイルちゃん。もうワカさんとお友達になったのですか?うふふ、とてもいい子でしょう?仲良くしてあげてくださいね、ところで……」
演説や諸々の確認作業を終えたらしいジェミミがワカ達のもとに戻って来ると嬉しそうに声をかけてきた。
「K倉教会の代表責任者、としてケイルちゃんに少し尋ねたいことがあるのだけれど。よろしいかしら?」
そのジェミミの一言で大声で爆笑していたスリの少女──ケイルの笑い声がピタリと止んだ。
「な、なんですか?うち、今日は基本的に真面目にしとったよ?えーっと、昨日は親の金で遊ぶクズとか悪の企業のOLから財布とかスったたけど、それだけで…」
さっきまでの軽妙洒脱な態度とは打って変わってどこか不安げな様子で声も震えている。
──この娘……シスターの事が恐いんだ。ワカは察した。
「昨日のお昼過ぎ、ワカさんの大切な、本ッ当に大切な、書類が入った封筒を盗んでいった泥棒の正体……もし知っているなら教えてくれませんか?」
ジェミミはいつもどおり淡々と問う。その口元は僅かにほころんでいるようにみえた。
「……あ……そんなん知らん……ウチ…知らん!」
俯き加減だったライフの顔が上がる。唇を震わせていた。必死に否定しているのがよく分かった。
「あらあ?ライフちゃん。顔が何故か汗でびびしょびしょですよ?うちのお水美味しいものね。沢山飲んだのね?いきなり悪いけど、頬っぺの汗嘗めてみてもいいかな?ペロ………うん、やっぱり嘘ついてる味ね……残念。じゃあ行こっか」
ジェミミはライフの腰に手を回すと自分の身体に抱き寄せるようにした。どうやらこのまま何処かに連れて行くつもりのようだ。
「私ったら知り合いによく『勘が鋭い』って言われるのよねぇ。私のこういう所、気持ち悪い、って人もたまにいるけど。でも自分では結構気に入ってるの。だって楽しいでしょ──ウフ……余罪もたっぷりあるみたいだけれど、どうなのかしら」
ジェミミシスターの視線は真っすぐにライフの瞳を捉えており、表情には先程から一切の変化はない、しかし、明らかに怒っていた。それはもはや言葉の端々からも伺えるほどであった。
「いや…嫌や、嫌……」
一方、すっかり大人しくなって青ざめた顔色をしている少女は頭を左右に振りながら消え入りそうな声音で悲鳴をあげ続けるだけで抵抗すらできない状態であった。まるで蛇に睨まれた蛙のように。
「シスター待って!判断がはやすぎるで!ウチ、人に気付かれにくい特技があるさかい天狗にになっっとんたんや!……頼む、堪忍してくれ!」
ついに耐え切れなくなったのか、ライフは涙目になり、ジェミミに懇願し始めた。
「れろ、クロエ~、れろ、アンタ私と瓜二つなんだから、れろ、黙ってれば、れろ、バレないから~、れろ、監督よろしく~んれろ」
突然ジェミミがケイルの顔を舐め回し始めた。その光景はまるで主人にじゃれつく大型犬、もしくは母猫に甘える子猫に見えた。
───何だかわからないが、二人の様子がおかしい。尋常ではない量のジェミミの唾液を服の袖で防御しながらワカは考える。
この二人、本当は一体どういう関係なんだ?オソレの送り込んだお邪魔キャラ?兎に角この二人普通じゃあない……。
「ふぅ、少し野暮用ができました……ワカちゃんごめんね。今から私達、懺悔室に入るから……わからない事があったらクロノクラさんかカガチさんに聞いてね。クロエは私の椅子磨きでもさせといて、黙ってればバレないから、ふふ」
そう言い残すと、ワカが止める間もなく、犬のようなシスターは少女を連れ教会のある雑木林の奥へと去っていった。
───さて、クロエさんは?
ワカがそれとなくクロエの様子を伺ってみると…。
「クソダリいな、ジェミミババアめ、またアタシに押し付けやがって。こっちの迷惑考えやがれ!……まぁ?アイツに惚れてるスケベ爺共からの寄付金が増えても一文の特にもならないけどいいか。ゴミ拾いサボれるし。あっ、麻布拾番のたぬき煎餅があるじゃん!テレビも」
ぶつくさ文句を言いながらも、ジェミミの腰かけていたパイプ椅子にどかっと勢いよく腰かけるとそのまま菓子箱の中に入っていたせんべいを取り出し、バリボリと食み始めた。
───この人も品性が乱高下しますね。喋らなければ、美人なのに。
ワカはわざとらしく大きくため息をつく。
しばらくすると、雑木林からビュン、ピシッ!何かが風を切る音と、聞いたこともない獣の咆声が風に乗って聞こえたような気がした。
「あんたは婦人部で仕分け作業に混ぜてもらったらいいんじゃない?」
クロエは何かに飽きたように、欠伸をしながら言った。
つづく
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