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6 私と彼女と石のつゆざむ
#4(β版)
しおりを挟む「ゴホン、ゴホン、ゴホン、うー……」
「悪化してるじゃあねーか!」
翌朝の事、ワカの体調は一昨日の晩より悪化していた。
体温はほぼ平熱。咳と悪寒だけなのが幸いだったが…。
これはアレだ。昨日遭遇したあの家族に……正確には、あの少年から体当たりをされた時に浴びた、謎の液体が原因だろう事は容易に想像がついた。あれはジュースとかの類いでは断じてない。きっと何らかの薬品に違いない。
「そろそろ出勤時間だからさァ、とりあえず今日は一日動かずに休んでな」
クロエはワカの額に手を当てながら熱はねーな、熱は、うーん。と言い聞かせるようにつぶやいてから、手早く朝ご飯を用意して食べさせてくれた。
「……それにしても、顔色が本気でやベーな……その状態で外に出んなよ、通報されるから…アタシが」
「……こほん!」
失礼極まりない言葉を残して、彼女は出勤していった。
昼下がりになって、ワカはのそりと動き出した。
枕元に添えられた水差しの水をゆっくりと飲むと少し落ち着いた気分になれたので、ベッドから下りると、キッチンに向かった。せきどめをゲットする為に。
しかしキッチンの戸棚や引き出しを漁れども漁れども見つからない。
買い置きの薬がない!あの子、なにやってんのォ!……そう叫ぼうとしたが、声が出せない。
ワカの叫びは、「かは、こほ」と、かすれ声となり、しんとした部屋に染み込んでいった。
今度は念のため冷蔵庫の中を確かめてみた。だが、やはりせきどめ薬の類いは見当たらない。
……今日のクロエの予定帰宅時間は午後六時、つまり、その時間まで薬が手元にない事になる。
───仕方ない、行きますか、薬屋。 ガスの元栓ヨシ、玄関の戸締まりヨシ…、
ワカは財布を引っ掴むとドアノブに手をかけた。
キッチンのテーブルには書き置きも忘れない。
文面は『くすりがきれていたので、かいにいってきます、すぐにかえってきます わか』
『きれていた』と『すぐ』の箇所を太線で強調してやった。
最寄りの商店街にある小さな薬屋。目標を目指し、道順を確認しつつワカはふらつく足取りで進む。空は夕暮れのような曇天、不穏な天気だ。
「おっと!お嬢ちゃん、お使いかい?えらいネェ~~~」
何度か通行人にぶつかりになった。その都度、相手からは好意的な返事か気さくな態度を取られたが、ワカは無言で会釈をして通り過ぎるだけにとどめておいた。
寝巻きの上からカーディガンを羽織っただけの格好で出てきたのだ。おまけに顔色がとてつもなく悪い。もし、夜中に墓場で今の自分と遭遇したら、ラオウやタンジローでも情けない悲鳴を上げて逃げ出すだろう。
(脚はしっかりついているか?)
ワカは自分の足元をじっと観察する。良かった、いつ通り。サンダル穿きの白い脚が二本、すらりと伸びている。
道中休み休み、クロエの携帯端末に念のためメッセージを送った。
『じょうびやくがきれていました すこし うごけるようになったのでかってきます ひさびさにきれちまったよ』
基本的にクロエは日中、返事は寄越さない。ある日、理由を尋ねるとクロエは「ロボットだから、マシーンだから、忙しいし」と答えた。言い訳のプロなのでは?ワカはそう勘ぐっている。
その薬屋はファンタジーやメルヘンなものでは断じてなく、創業五十年、ありふれた地方都市の薬屋だった。店先には熊のマークのドリンク剤ののぼりとオレンジ色の象の像がニカッ、とした笑顔を浮かべている。
入店のベルの音を聞いてカウンターの奥から出て来た人物は、白衣を着た老人だった。この人物が薬屋の店主だ。
「あらぁ可愛い、孫くらい若いコが来るなんて珍しいねぇ」
「せきどめを所望します」
ワカがぶっきら棒に言うと、店主は「はい、どうぞ」と言って箱入りの薬を渡してきた。
「……熊のマークのO(オー)製薬、各種医薬品にドリンク剤、子ども用の目薬まで、世界的な巨大企業ですよね。しかも創業者がこの街出身」
ワカの質問に対し、店主は「うん、そうだね」と答えた。
「……あの、実は私、O製薬の製品は苦くて不味いので苦手で……O製薬製以外ので子供用シロップみたいなのもあればいいんですけど」
ワカの発言を聞いた店主が笑う。
「体が弱いのかい?辛いねぇ」
「……笑い事じゃありません」
「へッへッへ、これならどうだい?」
店主がパッケージングされたシロップ薬をカウンターのケースから取り出す。
「ほら、これなら東京に本社があった鷲のマークの老舗メーカーのだから質は高いよ」
「崖っぷちで男同士が手を繋いでファイト一発するCMのメーカーですよね、熱い友情ですよね~~~、アレ」
「ホッホッホ、お嬢ちゃん、若いのに物知りだねぇ」
「…………はい、じゃあコレ買います」
「毎度あり」
無事、咳止め薬をゲットして店を後にしたワカは再び帰路につく。道すがら、薬の入った紙袋を覗き込んだ。
つづく
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