異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

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発展と鍛錬

PHASE-1243【宦官のイメージが変わったな】

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「まあ良いでしょう。私も意地が悪すぎました。主は前線に立たれる方ですからね。そういった考えに一々と囚われたり煩わせないようにするのが、我々のような後方の務めでもありますから」

「いつも感謝しています」

「そういった発言を受けるだけでも励みになります。ゴブリン騎獣斥候隊は主の私兵としてあつかうのがよいかと。ギルドの資産は無限ではないので――」

「なるほど。私兵として公爵領から捻出してもらえるように頼めばいいんですね?」

「それがよいかと。これからも軍備は整えないといけませんので、軍事費から出してもらうのがよいでしょう。そもそも主はミルド領の主なので、一言発せば可能な範囲では好きなように出来るはずです」

「それに甘えて私的流用となれば、破綻や一揆へと繋がるんでしょうね」

「ええ。主はそんな事はしないと信じています」
 絶対にしませんよ。
 そんなことをしたら目の前のイケメンが本気でお怒りになる。
 それに欲しい物ってのがそこまでないからな。俺自身、金を使わない性格なのが幸いしている。
 間違いなく母ちゃんの教育キックの賜物だろう。

 軍事費からゴブリン騎獣斥候隊の育成費を捻出。教導役である翁の謝礼もそこから出そう。
 というか、ゴブリン騎獣斥候隊って名前にするんだな。まあ分かりやすいからいいけど。
 
 ――育成費。装備への費用。そしてその装備のメンテナンス費用。
 これらに加えて寝食の場――兵舎の提供も必要だな。
 で、給金。
 簡単に兵力増強と俺は喜んでいたけども、増えれば増えるだけ考える事も増えるって事を深く考えていなかったな。
 金や物資を消費するってことに対して、もっと深く考えないといけない。

「本当にすみませんでした……」

「素直に反省できるのが主の美徳。出来るだけ軍事費を抑えるためにも、兵舎は王に頼んで貸してもらいましょう。まだまだ王都の兵舎には空きがあるようですから」

「お願いします……」

「声音からしてちゃんと今回の事を肝に銘じたようですね。後方の大切さは理解しているようですが、心底から理解できてくれたと思ってよろしいでしょうか?」

「もちろんです。後方支援あっての前線ですから。後方から支援が来なくなると、前線なんてあっという間に瓦解しますからね。漢の三傑の中だと、蕭何しょうかの活躍がもっともデカいと思います」

「そういう事です」

「今回、ザジーさんという素晴らしい調教師にも会えましたし」
 だからこそ余計に後方で支えてくれる人材のありがたみも分かるというものだ。
 反面、軍備などの調達には浅慮だったことは猛反省だ。

「主のように後方の者達の大切さが分かる者は覇者となる才があります。さて、出してもらえるのならミルド領から出してもらいたいのも事実。こちらの出資は出来るだけ抑えたいので」
 言いつつ先生は紙を用意し、ゲッコーさんから貰ったボールペンを使用し、紙の上に流麗な筆致を走らせていく。
 宛名人は荀攸さん。

 ていうか、紙だ。

「羊皮紙じゃないですね。パピルスでもない。でもってA4用紙でもない。紙らしい紙ですね」

「そうでしょう」
 と、ここでボールペンの動きがピタリと止まり、整った顔立ちが得意げな笑みを向けてくる。
 このどうだとばかりの表情からして――、

「紙の生産を始めたんでしょうか?」

「ええ! 紙といえば我ら中華のお家芸ですからね!」
 あ、なんかすごく上機嫌になってくれた。
 さっきまでの事を思い返せば、笑顔を見る事が出来ると安堵するというものだ。
 まあ、俺の浅はかさが渋面となる原因だったんだけど。

「この紙をギルドで生産することが可能になれば、新たなる収入源にもなりそうですね」

「もちろん売りに出すことも考えていますよ」
 流石です。

「それにしても――」
 対面する先生の前に置かれた紙に触れてみる。
 触れた指先から脳へとしっかりと伝わってくる紙の感触は、厚みがあり破れにくいといった強さ。
 加えてすべすべとしたさわり心地。

「これだけの上質な紙が作れるなんて」

「ドワーフの皆様は本当に有り難い存在です。武具だけでなく、製造法を伝えるだけで上質な紙を手早く作りだしてくれるのですから」

「ですね。この手触り――高級和紙そのもの」

「違います。和紙ではなくこれは中華が生んだ紙です」

「あ、はい……」
 圧が戻ってきたよ……。
 先生らしからぬ固執さを肌で感じてしまった。
 せっかく上機嫌になってくれたのにな。

「よいですか主。そもそも紙の製造法は――――」
 ――…………。
 ――……。
 結構な時間、聞かされてしまった……。
 書くのに適した上質な紙を製造した人物は、後漢時代の宦官、蔡倫さいりんなる人物。

 その偉業を先生から強制的に教わることになった。

 先生が生まれる四十年前くらいに逝去したそうだけども、この人物が製紙法を昇華させていき、やがてその紙は西洋にまで広まっていくことになったそうだ。
 この蔡倫って人物、紙を作る職人さん達からは神様みたいに崇拝されているってことだった。

 宦官って俺のイメージだと、後漢王朝をダメダメにした十常侍を真っ先に思い浮かべてしまうし、秦を駄目にしたのも宦官だったような知識が、わずかだが頭の中にある。
 こういった宦官もいるんだな。ってのが率直な感想だった。
 もしかしたら他の宦官と同様の立ち回りをしていた可能性もあるけども、先生は製紙の事だけを説明してくれたから、そこだけに留めておこう。
 ここでこの蔡倫なる人物の人生まで質問すれば更に話が長くなりそうだしな……。

「――――主」

「はい」

「先ほども述べましたが、私はこの紙をこの世界に普及させたいと思います」

「賛同します」

「賛同、感謝します。この世界では羊皮紙が一般的ですが、いかんせん製造には費用がかかります。当然、値も張ります。これでは今後も一般の者達への普及は難しいでしょう。民の教養力を高めるためにも、やはり紙の生産は重要かと思います」

「識字率の向上ってやつですかね?」

「然り! 学舎も全土に広めましょう。王侯貴族、素封家だけでなく平民や奴隷経験のある者達にも平等に学を提供し、賢者を育てていく。郷挙里選きょうきょりせんを浸透させましょう。そうなればこの大陸は更なる発展を遂げていくでしょう」

「それはいいことですね」
 ――……キョウキョリセンってのがなんなのかは分からんが……。
 唯才是挙とはまた違うものなのかな?

「何より紙の製造を独占できれば、ギルドの財源として非常に大きな富を与えてくれるでしょう。そうなれば新人達の援助にも繋がります」

「それは素晴らしいですね」

「ですので主には許可の押印を。更に他にも目を通していただきたいことがあるので徹宵を覚悟してください」

「あ、はい……」
 テッショウ――徹夜ってことか……。
 まあ、いいんだけども。
 チラリと側に立つランシェルを見ると、残念そうな表情になっていたからね。
 間違いなく俺が寝ている時に変な夢を見せてくるという可能性があった。
 押印作業は嫌だけど、それが回避できるので良かったとしよう。
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