異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

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天空要塞

PHASE-1560【深手】

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 ――どちらが先に動くのか。
 ひりつきが支配する闘技場。
 この圧迫感に耐えきれなくなったのか、俺の左肩からは小さな嚥下音。
 ――コクリと唾を飲み込むミルモン。
 小さなが音が平突きの構えで向き合う二人にも聞こえたのか、これを合図とばかりに動く。
 
 先に俺の耳朶へと届いたのは――カッといった小気味の良い高い音。
 一枚刃の高下駄が床を踏み込むことで生じた音。
 わずかに遅れてタッと軽やかな音と共にベルも前進。
 膂力はベスティリスが上なのは、蹴りの押し合いで理解。
 だとしても、ベルならなんの心配もない。

「素晴らし突き」

「嘘!?」
 表情が歪むベスティリス。

「すげぇ……」
 俺は声を漏らすだけ。

「ぐぅっ!?」
 刺突の勢いのままベスティリスが転倒。
 ザザッと受け身も取れずに激しく床へと前のめりに倒れた。

 ベルの剣技……。

「剣聖ってやつだね……」
 離れた位置から言葉を漏らすのはシャルナ。

「剣聖? そんなものじゃないでしょう」
 と、リンが引きつった笑みで続き、

「あれは剣神って言うのよ」
 と、継ぐ。
 剣士――剣客――剣豪――剣鬼――剣聖ってのは耳にするが、剣神ね。
 まあ、そう言って間違いはないわな……。
 ベルが後の手で出した刺突。
 先の手であったベスティリスの魔法剣に対し、後の手であったベルは速度で勝った。

 ――後の先。

 後出しであるにもかかわらず、速度で上をいかれたベスティリスは目を見開き、眉尻を吊り上げた驚愕の表情。
 レイピアで魔法剣を絡め取るようにしながら放った刺突は、蛇を彷彿とさせた。
 
 剣身が魔法剣にからまれば、ベスティリスから剣をはじき飛ばす――のではなく、魔法剣自体を浄化の炎によって消滅させた。
 さっきまでは耐えていたのにな。
 瞬間的に剣に纏わせた炎の火力を上げたのかもしれない。それが原因なのか、現在レイピアは炎を纏っていなかった。
 エアリアルスライスからなる魔法剣を破壊し、そのままベルの刺突がベスティリスの右肩を貫き、貫いた部分から切り裂く一撃。
 

 間違いなく――、

「深手」
 おびただしい血が床へと流れる。
 倒れるベスティリスを中心に赤色が広がっていく。
 ベルの一刺しを目にし、皆、微動だにしない。

 この中でベルに比肩する強者であるゲッコーさんとユーリさんですら、ベルの刺突を目にして固まってしまっている。
 二人から見てもベルの業前は次元が違うものだったってことなんだろう。
 皆して固まっている中、ベルだけは剣先をまだ下げることはない。

翼幻王ジズ様!!」
 この場にいる中で誰よりも早く声を上げ、動き出したのは空で待機するポームス。
 急ぎ主の方へとちびっ子ワイバーンの手綱を動かすも、

「そんな悲しい声を上げるものじゃなわよポームス。まるでこちらが負けたみたいじゃないの」
 うつ伏せで床に倒れた体勢から矢庭に立ち上がるベスティリス。

「お、お見事……」
 ポツリと漏らす俺の声は届いていたようで、

「有り難う」
 と、笑みを浮かべて返してくる。
 偉大なるかな魔王軍大幹部の一角。
 明らかに大ダメージだというのに、表情には一切の苦痛を浮かべていない。
 初めてダメージを与えた時は、痛みで顔を歪めていたのにな。
 今回のは掠った程度ではない致命傷になり得る一撃。
 だというのに痛みを表情に出す事はない。
 
 脇腹の時とは明らかにリアクションが違う。
 腕の傷は問題ではないと、自分以外に見せる強がりからきているのか。
 だとすれば、かなり無理をしていると受け取ることも出来る。

「アーチヒール」
 と、発するも、

「やはり治りが遅いわね」
 初撃で理解しているからか、回復の遅さには納得とばかりに冷静に語る。

「現戦闘中、右腕は使い物にならないと思います。決着はついたかと」

「なんのまだまだ。この程度で決着と思うのは、二流どころか三流の思考ね」

「そうは思われたくないですね」

「そうでしょ。だから切っ先を下げることはない」

「無論」

「では、再戦といきましょう」
 ダラリと下がる右腕。
 それを一切庇うことなく左手を前へと出して戦う意思を見せてくる。
 回復をしても遅延が原因で治りは遅い。
 右腕を伝ってダラダラと流れる鮮血は床だけでなく、山伏のような服装を赤く染めていく。
 そういった状況であっても、苦しみや痛みを一切、表に出そうとはしない。

「本当にすげえよ……」
 心の底からそう思うが、

「心苦しくもある」
 ポツリと独白しつつ、二刀を構える。
 深手を負っても戦うつもりなら俺達も戦うだけ。

「闘気が届いているわよ。勇者」
 こちらを瞥見。
 殺気とは言わず、闘気と例えるか。
 実際、殺意ってのはないからな。

「美姫が作りだした好機。ここでわらわを狙うのは当然。妾も逆の立場なら同じ考えをする。でも――」

「ですね!」
 俺の側にはドッペルゲンガー。
 今まで止まっていたのに、再開とばかりに動き出す。
 ベスティリス本人に近づけさせないという気概が伝わってくる。
 喋ることもない、感情もない影でしかないのにな。

「本人同様、影も大したもんだよ」
 素早い動きから即座に剣戟の間合いへと入り込んでくる。
 徒手空拳による攻撃は強力な貫手。

「やっぱり速い!」
 目で追うのがやっとだ。
 ――が、

「目で追える」
 回避一辺倒だった先ほどとは明らかに違う。
 並の存在と比べれば速い動きだが、反撃の機をうかがうだけの余裕が今の俺にはある。
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