とある、勇者の苦悩と哀惜

たまのゆ

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むかし、むかしじゃねーだろうなー

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「姫が掠われました!」

伝令兵士Aが慌ただしく謁見の間に駆け込む。

「どうやら、お忍びでの散策中に、ニートキモオタークなる魔人に一目惚れされ、
虜囚にされているらしいとの報告が、ただ今入りました。」

姫様付きの近衛兵隊長の報告を承けて、

「勇者よ。姫をニートキモオタークの魔の手から救い出して欲しい。」

王様の勅命が下る。

幼い頃の無邪気な俺は、確かに強くなって世界や可憐な姫様を救う勇者に憧れていた。

だが、年を重ねていざ現実を見た後では、
勇者ほど孤独でめんどくさくて大変な仕事はないと知ってしまっていた。

それなのに1番下っ端の兵士だった俺は、面倒臭い仕事から、
我先にと逃げだした先輩達の身代わりに、
勇者として旅立つ羽目になってしまった。 

姫様の散策中の行動に関する地味な聞き込み捜査から始まり、
世間知らずな姫様がやらかした数々の出来事
(無銭飲食、子供たちの玩具を強奪したことに対する謝罪と弁償、ナンパしようとした若者への近衛による過剰な暴力沙汰云々等々)の後始末やら
王政に不満を爆発させる庶民からの無理難題の数々の処理やら等々の紆余曲折を経て、
何とかたどり着いたニートキモオタークの魔城。 

しかし、目の前にあるのはどうみても一般の中流家庭。 

インターホンのボタンを押し、

「姫は居ますか?」

問い掛けて暫し返答を待つ。

やがて、疲労しきった様子の、気配が薄いゴーストみたいな年増女が細く開けた窓から顔を出して 

「家にそんな方は居ません。
迷惑です。
速やかにおひきとりください。」

そう言うとピシャリと窓を閉めて、改めて玄関の鍵をかけ直しているような音がした。 

(家を間違えたのか…?)

もう一度、目撃証言と、現在地の確認をすると、やはりこの場所、この家で正解らしい。 

(さては、ゴースト女が母親で、息子を庇っているのだな…。)

当たりをつけてしつこくインターホンを押しチャイムをならしてみる。 

「迷惑だと言ったのがわかりませんか!?」

ドアを開けてヒステリックに叫ぶゴースト女を力業で無理やり退かして、
家に入り込むと、悲鳴が聞こえてきた。

「姫様!ご無事ですか!?
今、お助け致します!」

慌てて悲鳴が聞こえ続けている部屋へ向かうと、
想像したくもない光景が繰り広げられていた。 

確かにその部屋には、姫様がいらっしゃったし、
ニートキモオタークらしき禍々しい容姿の男?の姿もあった。 
しかし、虜囚の格好というか、縛られ半ば恍惚とした表情で、悲鳴をあげて許しを乞うているのはニートキモオタークのほうであり、
それを足蹴にして、楽しそうに鞭打っているのは姫様のほうだった。 

「姫様、城に帰りますよ!」

「イヤだ、イヤだ!
わらわは、まだまだ遊び足らぬのじゃ!」

駄々っ子の様相でイヤイヤを繰り返す姫様。

その足の下で踏みつけられたまま、

「姫様、もっと鞭を!」

ねだるキモオターク。

「こうか、これが好いのか?
キモオターク!」

ビシバシ!ビシリッ!

「そうです!ありがとうございます!」

吐き気がしてきた。 

「いい加減にしてください。」

「嫌じゃ~!」

だんだん、全てが面倒くさくなった俺は、

「ご無礼致します。」

駄々をこねる姫様の首筋に軽く手刀を浴びせかけてオトして縛り上げて担ぎ、
ハアハア言って悶えているキモオタークを蹴り飛ばしてとどめをさしてやり、

「お騒がせしました。
苦情は城の苦情処理課へどおぞ」

ゴースト女に言い捨てて城への帰路に着いた。 

途中、気が付いた姫様が暴れたり様々な暴言を吐いたりと大変だったが、何とか姫様を城に帰す事には成功した。

俺が姫様を気絶させ、縛りつけていた事は………………
色々あって不問に付され、多額の恩賞も(口止め料コミコミで)与えられたが、俺は城勤めを辞めた。 

あの姫様の側近を命ぜられるくらいならさっさと逃げ出して、
貰った恩賞で片田舎の屋敷と土地を買って心静かに安らかに農業でもして暮らしたいと心底思ったからである。 


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