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四話 追い駆ける者、待つ者
狐と狐3
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華候焔と才明が挑発し合う。どちらも顔はにこやかだが、いつ本格的な衝突に発展してもおかしくない。傍で見ていて心臓に悪い。
いくら寝返ることを希望しているとはいえ、ここへ敵地だ。もし才明の気が変わって俺たちを捕えようと動かれたら、いくら華候焔でも無事では済まない。
挑発の応酬を始めてしまった華候焔に近づき、俺はその肩に手を置く。
「落ち着いてくれ、華候焔。言葉で力を誇示しても意味はない。腹立たしいなら、明日の戦で証明したほうが話は早いと思う」
華候焔が俺を見やり、小さく笑う。そして「分かった」とあっさり言い合いをやめた。
わずかな違和感に内心首を傾げていると、才明が感嘆の声を上げた。
「ほう、ちゃんと御しておりますね。華候焔殿は非常に気まぐれで扱いづらいという噂でしたが……少なくとも領主の器は太史翔よりも大きそうですねえ」
唸る才明を見て華候焔の狙いに気づく。
わざと挑発して俺に止めさせることで、俺をより良く見せようとしたのか。
どうやら表面上のやり取りをそのまま受け取ってはいけないらしい。
狐と狸の化かし合い――いや、華候焔も狸よりも狐のほうがしっくりくる。
勝手なイメージだが、狸は姿だけを変えて相手を騙し、狐は姿だけでなく言葉や心も駆使して複雑に騙す。
今俺が目の当たりにしているのは、狐と狐の化かし合いだ。
そして彼らは互いを化かそうとしながら、傍にいる俺を化かそうとしてる。
駆け引きが苦手な俺が、彼らを出し抜くことはできない。
ならば俺は自分を貫くだけだ。
俺は才明に視線を合わせ、心から思うことを告げる。
「才明、俺を無駄に持ち上げなくてもいい。俺はまだこの世界のことを何も知らぬ未熟な領主だ。華候焔がいなければ成す術がない……実際にこちらへ来れば、俺の無力さに寝返ったことを後悔するかもしれない」
「これはまた正直な。謙遜ではなさそうですね……愚直は悪手ですよ、誠人様」
「だが、これが俺だ。俺を見定めたい才明に自分を偽り見せて、こちらへ来てから騙されたと落胆してもらいたくない。裏切りが分かれば太史翔は才明を許さないだろうし、制裁は免れない。命がかかっている者を騙したくはないんだ」
笑いの弧を描いていた才明の糸目が開く。
鋭い目だ。心を研いで、智の刃の切先を突きつけられた気分になる。
「自分が負ければ、死よりも辛い目に遭うと分かっていながら、私の心を優先するのですが……なるほど。誠人様はそういう御仁なのですね。よく分かりました」
フフ、と才明が口元に手を当てて笑う。
「私が必要ですか?」
「ああ。軍師として招きたい」
「では私の条件を呑んで頂けるならば、これより私は誠心誠意お仕えしましょう」
いくら寝返ることを希望しているとはいえ、ここへ敵地だ。もし才明の気が変わって俺たちを捕えようと動かれたら、いくら華候焔でも無事では済まない。
挑発の応酬を始めてしまった華候焔に近づき、俺はその肩に手を置く。
「落ち着いてくれ、華候焔。言葉で力を誇示しても意味はない。腹立たしいなら、明日の戦で証明したほうが話は早いと思う」
華候焔が俺を見やり、小さく笑う。そして「分かった」とあっさり言い合いをやめた。
わずかな違和感に内心首を傾げていると、才明が感嘆の声を上げた。
「ほう、ちゃんと御しておりますね。華候焔殿は非常に気まぐれで扱いづらいという噂でしたが……少なくとも領主の器は太史翔よりも大きそうですねえ」
唸る才明を見て華候焔の狙いに気づく。
わざと挑発して俺に止めさせることで、俺をより良く見せようとしたのか。
どうやら表面上のやり取りをそのまま受け取ってはいけないらしい。
狐と狸の化かし合い――いや、華候焔も狸よりも狐のほうがしっくりくる。
勝手なイメージだが、狸は姿だけを変えて相手を騙し、狐は姿だけでなく言葉や心も駆使して複雑に騙す。
今俺が目の当たりにしているのは、狐と狐の化かし合いだ。
そして彼らは互いを化かそうとしながら、傍にいる俺を化かそうとしてる。
駆け引きが苦手な俺が、彼らを出し抜くことはできない。
ならば俺は自分を貫くだけだ。
俺は才明に視線を合わせ、心から思うことを告げる。
「才明、俺を無駄に持ち上げなくてもいい。俺はまだこの世界のことを何も知らぬ未熟な領主だ。華候焔がいなければ成す術がない……実際にこちらへ来れば、俺の無力さに寝返ったことを後悔するかもしれない」
「これはまた正直な。謙遜ではなさそうですね……愚直は悪手ですよ、誠人様」
「だが、これが俺だ。俺を見定めたい才明に自分を偽り見せて、こちらへ来てから騙されたと落胆してもらいたくない。裏切りが分かれば太史翔は才明を許さないだろうし、制裁は免れない。命がかかっている者を騙したくはないんだ」
笑いの弧を描いていた才明の糸目が開く。
鋭い目だ。心を研いで、智の刃の切先を突きつけられた気分になる。
「自分が負ければ、死よりも辛い目に遭うと分かっていながら、私の心を優先するのですが……なるほど。誠人様はそういう御仁なのですね。よく分かりました」
フフ、と才明が口元に手を当てて笑う。
「私が必要ですか?」
「ああ。軍師として招きたい」
「では私の条件を呑んで頂けるならば、これより私は誠心誠意お仕えしましょう」
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