嫌われ将軍(おっさん)ですがなぜか年下の美形騎士が離してくれない

天岸 あおい

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1巻

1-2

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「……っ、そ、の……」
「見たところ上半身は綺麗だが、脚をやられたのか? 俺も戦ではないが、右の内ももを火傷して残った痕がある。見るか?」
「安易に、そんな刺激が強すぎるところを見せようとしないでください!」

 突然大声を上げると、エリクは勢いよく背を向け、顔半分ほどまで湯に浸かってしまう。
 エリクの言動がまったくわからない。読めない。理解できない。
 何度か瞬きしてから、ガイは腕を組んで眉根を寄せる。

(ううむ……もしや嫌いな俺に肌をなるべく見せたくないからか? そして俺の肌も目にしたくない、と。だとしたら悪いことをしてしまったな)

 太ももの内側の何が刺激が強いのかはさっぱりわからないが、怒ったならそういうことだろう。嫌な思いをさせてしまったからには謝らなければと、ガイは深く頭を下げた。

「すまなかった。むしろ俺の体のほうが見苦しいのに、見せつけるような真似を――」
「見苦しいなんて、とんでもありません!」

 勢いよくエリクが振り向き、しなやかな両腕がガイに伸ばされる。
 そして肩を掴み、必死の形相を向けてきた。

「これまで幾度となく窮地を乗り越えて、国を勝利に導いてきた英雄の体が、見苦しい訳がないじゃないですか!」
「い、いや、しかし、綺麗なものではないのは確かだが」
「ガイ様の体は何もかもが完璧です! 鍛え抜かれた肉体はもちろんのこと、人を真っ直ぐに見てくださる黒曜の瞳も、たまに跳ねている髪の寝癖も、ぼんやりしていると薄く開いている唇も、剣ダコができて豪快そうなのに、寄ってきた街の子どもたちの頭を優しく撫でる手も――」
「待てエリク、君はそんなに俺を観察していたのか。しかも何かおかしなことを言っていないか? 俺のどこが完璧だというんだ?」
「私はいたって正常です。真理を言っています。とにかくガイ様が見苦しいなんてことはありませんから!」

 興奮気味に硬く拳を握ったエリクに断言された瞬間、ガイの目が丸くなる。
 ――ポロリ。
 目元に熱が集まったかと思うと、ガイの頬に涙がこぼれ落ちた。

「……ガイ、様?」
「悪い……これはその、ずっと嫌がられているかと……そうでもないのかと思ったら、涙腺が緩んでしまって……うむ、恥ずかしいな」

 いつも自分を褒め称えてくれた先王が生きている間は、他の者に距離を取られ冷ややかな目を向けられても、ガイは気にならなかった。
 しかし先王がいなくなった今、こうして熱のこもった言葉で称えてくれる者は皆無だった。二度とそんな称賛の言葉は聞けないと思っていただけに、ガイの涙腺がますます緩んでしまう。顔や耳が熱く感じるのは、湯に浸かっているからだけではない。
 一粒、二粒と溢れる涙を拭うと、ガイはバツが悪そうに目を逸らしつつ口を開く。

「情けないところを見せてしまったが、これからの道中よろしく頼む。言った通り、エリクは俺の部下ではない。もし嫌ならばいつでも離れて構わないが、そうでなければ互いに死なないよう、助け合っていこう」

 年の離れた若者に、改めてこんなことを言うのは照れくさい。しかし自分を見苦しくないと即答してくれたエリクに、傷ついた心が癒やされた。
 城内の誰もが嫌っていた自分のことを、彼は嫌っていない。
 だから、エリクにとってこの旅が少しでも有益なものになるように協力できれば、とガイは思った。
 手を差し出し、握手を求めてみる。
 だが、エリクの反応がない。
 ガイが瞳を動かしてエリクを真っ直ぐに見ると――全身が茹でたタコのように赤くなり、白目を向いていた。

「エリク!? まさかのぼせたのか? しっかりしろ!」

 慌ててガイはエリクを正面から抱きとめ、担ぎ上げて風呂から出る。
 その際、ガイの視界にエリクの下半身が入り込み、思わず二度見してしまった。

(こ、これは……大きいな。というか、ってるのか?)

 自分もそこは大きいほうだという自覚はあるが、エリクのそれは明らかに上だ。
 見られたくなかったのはこれだったのかと理解し、ガイはなるべく下を見ないようにして、エリクを抱えながら脱衣所に向かう。

(若い時は溜まりやすいからな。道中はそういうことにも気を配らねば)

 これからは、風呂は交代で入るようにしよう。自分が長湯するようにすれば、エリクは生理現象で昂ったものをどうにかできるだろう。一緒に旅をしていく中で、自分で抜いて処理する時間は絶対に必要だ。
 ガイはそう悟り、決意した。


   ◇ ◇ ◇


 エリクが目を覚ましたのは、部屋のベッドに寝かせて半刻ほど経った頃だった。

「あ……私は、いったい……」
「気がついたか、エリク」

 エリクの額に乗せた濡れタオルを替えようとしていたガイは、まだぼんやりしている彼の目を覗き込む。

「風呂でのぼせて気を失ったんだ。気分はどうだ? 起き上がれそうか?」
「は、はい……大丈夫です」

 ゆっくりと起き上がったエリクに、ガイは水入りのコップを渡す。
 鈍い動きながら水を一気に飲み干した後、エリクは自分が裸のまま下半身にタオルがかけられていることに気づき、青ざめた。

「ご迷惑をかけた上に、汚らわしいものを見せてしまうなんて……っ! ガイ様、申し訳ありません!」
「気にしなくていい。目の前で問題が起これば助けるのは当然だ。もう大丈夫そうなら良かった」

 ガイが気遣って下半身のアレには触れずに話すが、エリクは額を押さえて大きく息をついて落ち込み続ける。

「本当に一生の不覚です……ガイ様の目を汚してしまうくらいなら、鍵でも取り付けて封印するか、いっそ切り落としてしまおうか……」
「やめるんだ。若い時にはよくあることだ。今までそんな事例を山ほど見てきた」
「……そんなに見てきたんですか?」
「ああ。戦や訓練が終わった後、公衆浴場に行って兵士たちと汗を流す機会はよくあったからな。おそらく戦いの興奮が冷めていなかったせいだろう」

 だからこの件もおかしなことではないし、恥じることでもないから気にするな、と心の底から思いながら、ガイは思い出を語る。
 だが、なぜかエリクはさあっと青ざめ、うつむいて頭を抱えてしまう。
 安堵するどころか絶望しているようにも見えたが、顔を上げた時にはエリクは何かを覚悟したような凛々りりしい表情を浮かべていた。

「二度とこのようなことが起きないよう、己を抑えてみせます。道中、必ずガイ様をお守りしますから、これからも一緒に入浴させてください」
「守る? というのはよくわからんが、エリクがそれでいいなら俺は別に――」
「ありがとうございます!」

 妙に元気になったエリクに首をかしげたくなったが、本人がそれでいいなら……とガイは受け流す。
 年齢が離れていれば、考え方も見える景色も思うところも違う。よくわからないことを口にしているのは、そのせいだと思うことにした。
 ガイは軽く背伸びをした後、エリクから離れて壁際へ向かう。

「そろそろ寝るぞ。明日は山を越えることになる。しっかり休んでくれ」
「はい。今ベッドを空けますから、ガイ様はこちらにどうぞ」

 エリクの言葉に、思わずガイは眉間に皺を寄せた。

「何を言っているんだ? のぼせて倒れたんだ。ベッドを使うのは君のほうだ」
「ガイ様を床に寝させるだなんて! 私はもう大丈夫ですから、ガイ様がお使いください」
「俺は一ヶ月連続で野宿して、木に背を預けながら寝たこともある。床で横になれるだけでもありがたい。だから気にしなくていい」
「そんな苦労、もう一生しないでください! この国でたくさん苦労されてきたのですから、これからは若輩者の私が代わりに背負います」
「気持ちは嬉しいが、さっきエリクは倒れただろ。無理はするな。俺にそんな気遣いはいらない」
「無理などしていません! 今すぐ空けますから――」

 やけに頑固なエリクとしばらく言い合いになり、話は平行線を辿ってしまう。
 何を言っても折れない様子に、ガイは思わずため息をこぼした。

「……その様子だと、無理にベッドで寝させても気が立って休めそうもないな」
「わかっていただけましたなら、どうかベッドをお使いください」
「ああ。一緒に使うぞ」

 ガイの一言にエリクが固まる。
 石化の魔法にでもかかったのかと思いたくなるほど、瞬きも息遣いもすべてを止めてしまった。何が起きたのだ? とガイが様子をうかがっていると、エリクはぎこちない動きでガイを見上げた。

「……私と、一緒に寝られると?」
「どっちも床で寝ない道はそれしかないだろ。俺の寝相は悪くないほうだと思うが、布団と勘違いして抱きついてしまうかもしれん。その時は遠慮なく起こしてくれ――エリク?」

 エリクの目は開いているが、瞳がまったく動いていない。
 まさか気絶しているのか? とガイはエリクの目の前で手をヒラヒラと振ってみる。
 手を何往復かさせた頃、エリクがハッと我に返った。

「よ、よろしいのですか?」
「俺が言い出したんだ、いいに決まっている。エリクが嫌ならば俺は床で寝るが……」
「ありがとうございます! 喜んで!」
(快諾してくれて良かったが、俺相手に『喜んで』はどうなんだ?)

 エリクの反応に首をかしげるしかなかったが、これで話は決まったから良かったとガイは思うことにした。
 その夜、二人はひとつのベッドに並んで寝た。
 棒のように頭のいただきから足の爪先までピンと硬直したエリクが気になったが、眠気はすぐに訪れ、ガイは素直に身をゆだねる。
 意識が途切れる間際、かすかにエリクの呟きが聞こえた気がした。

「ああ、こんな日が来るなんて――」

 ため息混じりの、小さく揺れた声。どこかうっとりしたような響きもある。
 英雄や将軍という肩書きがあるとはいえ、国を追い出された中年の男と一緒に寝るなんて、どう考えても良いものとは思えない。
 だからきっとこれはエリクの嘆きの呟きだ、とガイは思う。
 心から申し訳ないと感じながら、ガイは眠りに落ちていった。


 ――翌朝。
 ガイが目覚めると、二つのしなやかで引き締まった腕に体が捕らわれていた。
 視界に広がるのは見た目よりもたくましい胸。
 寝たままエリクに抱き締められていることに気づき、ガイは固まった。

(こ、これはなんだ? エリクは俺を布団と勘違いしているのか? 俺のほうがやらかすと思っていたが、まさか逆になるとは……)

 息をするごとにエリクの熱と、爽やかさと甘さが混じった体の匂いがガイの鼻先に広がる。妙に背筋がむずがゆい。恥ずかしいことこの上なくて、思わずその胸を叩いた。

「起きてくれエリク。早く目を覚まして俺から離れないと、君が不快な思いをすることになるぞ」

 寝起きが悪いのか、エリクはなかなか起きてくれない。
 これではらちが明かないと、ガイはエリクの肩を掴んで大きく揺らす。そこまでして、ようやく小さなうなり声が聞こえてきた。

「んん……おはようございま、す……」
「やっと起きたか。ほら、早く俺から離れるんだ。恥ずかしくてたまらん」
「離れ、る……?」

 まぶたが小刻みに震えた後、わずかにエリクの目が開く。
 ガイと視線が合った瞬間、カッと目を見開き――ブパァァァァッ、とエリクから大量の鼻血が吹き出した。

「うおっ、だ、大丈夫か!? とりあえず鼻を押さえろ。手頃なタオルを持ってくる」
「す、すみません……寝起きには、刺激が強すぎました……」
(……何が刺激になったんだ?)

 やはり年が離れているせいか、エリクの言っていることが度々わからなくなって、ガイは眉間に皺を刻む。
 しかし昨夜の風呂の件と今朝の鼻血で確信した。どうやらエリクはのぼせやすい体質らしい。これからの道中、その点は気遣っていこう。
 そう考えを固めながら、ガイは衣装棚から宿のタオルを手にし、エリクの介抱に向かった。



   Side 副将ウーゴ


 ガイ将軍を長年支えてきた、副将ウーゴ・バンディ。
 彼は鉄の仮面を被ったように、表情が変わらない男だった。
 何が起きても動じず、淡々となすべきことをこなし、ガイの戦略をいち早く理解して手を回してきた敏腕の副将だ。
 ウーゴの顔から感情を読み取れる者はいない。
 ――が、彼の行動は第三者から見れば一目瞭然だった。


 時はガイが王命を受ける直前までさかのぼる。
 ガイが城内の広間に呼ばれたその時、ウーゴは報告用に部下を一人だけ向かわせ、他の部隊長たちを執務室に集めていた。

「ウーゴ様、やはりイヴァン陛下はガイ様を……」

 一人の部隊長が口を開く。大柄で力自慢のテオだ。いつもは自信に溢れた快活な男だが、今は声を潜め、うれいを覗かせている。
 ウーゴはわずかに間を置いた後、短く頷いた。

「間違いなくガイ様を追い出すつもりでしょう。先王陛下が病で倒れられた頃から、そのように動いておられましたから」
「なぜ英雄であるガイ様を、イヴァン陛下は冷遇なさるのか? 自分には理解できません」

 テオのぼやきに他の部隊長たちも頷く。
 彼らの疑問も不満もよくわかる。しかし長年ガイの傍に居続けたウーゴは、この冷遇の理由を察していた。

「……すべては先王陛下の寵愛が、ガイ様に向かいすぎたせいですよ」

 ウーゴがガイの部下になったのは二十三年ほど前――ガイ十九歳、ウーゴ十五歳の時だった。

『君がウーゴか。これからよろしく頼む』

 まだ青さが残っていた頃のガイは、今よりもはつらつとしていてウーゴにはまぶしく見えた。
 鍛え抜かれた筋肉に凛々りりしく整った顔立ち。真っ直ぐ誠実に相手を見る黒曜の眼差し。ただそこにいるだけで周囲を安堵させてしまうような頼もしさを、ガイはすでに身につけていた。
 ウーゴを年下だと侮った気配が一切ないことは、握手した瞬間にわかった。
 深く指を食い込ませた、力強い握手。しっかりと握った手から、『自分の背を預けるから、君も同様に俺に預けてくれ』という意思が伝わってきた。
 あの瞬間に、ウーゴの心はガイに囚われた。
 そして共に過ごす時間が増えるにつれ、ウーゴは様々なものを目にしてしまった。
 先王はいつもガイを近くに置きたがった。
 近くの森で狩りをする時に必ずガイを連れていくだけでなく、城の中庭を散歩する時でさえ呼びたがった。
 誰が見てもガイは先王の寵愛を受けていた。血の繋がった実の息子たちよりも、ガイを隣に置きたがり、笑いかけ、話をしたがった。
 少し離れて待機しながらその光景を見ていたウーゴの目は、先王の気持ちを見抜いていた。
 他の者には見せない、完全に気を許した先王の口元のほころび。
 きさきや側室にすら向けたことのない、熱を帯びた眼差し。
 どれだけ白髪や皺が増えても、先王がガイに向ける顔は恋する少年のような初々しさがあった。その様子を、息子であるイヴァン王はずっと見せつけられてきた。
 家族でもなく、美姫たちでもなく、ただ一人の屈強な英雄にのみ、先王の愛が向けられている様を。

「――当時を知る者に聞けば、ガイ様は子どもの頃から先王陛下に気に入られていたとのこと。イヴァン陛下が幼き頃は、むしろガイ様を慕っていたように見えましたが、年を重ねるごとに陛下のガイ様を見る目が凍てついていきましたね」

 今までを思い出しながらウーゴが先王と現王の話をすると、童顔の部隊長ミシェルからため息が聞こえてきた。

「そんな頃から罪づくりだったんですね、ガイ様」

 思わずウーゴは何度も大きく頷いてしまう。

「ええ、本当に。下手すれば先王陛下のお手付きになって、側室になっていたかもしれません」

 傍から見ていて、危ういと感じたことは幾度もあった。
 ただでさえ先王はガイに近づきたがり、話をする際も肩に手を置いたり、手を繋いだり、ひどい時は腰に手を回すことさえあった。
 どう考えても先王にはその気があった。
 無類の強さを誇るガイだが、同時に忠誠心も厚く、王の命に背くことなど考えもしない男だということをウーゴはよく知っていた。
 先王が手を出せば、望まぬことであってもガイは拒絶しない。
 だからウーゴは常に目を光らせ、ガイと先王を二人きりにさせまいと立ち回ってきた。
 可能な限りガイに付き従い、それが難しい時はガイを好ましく思っている同志に見張りを頼み、間違いが起きる隙を与えまいとしてきた。
 おかげで先王が亡くなるまで、ガイの貞操を守り切ることができたが――

「先王陛下の行きすぎた寵愛の後は、新王陛下の冷遇……ますますガイ様が生き辛くなられるのは、本当に忍びないですよ」

 新王イヴァンは玉座に就いてすぐ、ガイに過酷な任ばかりを押し付けて心身を追い詰めた。
 そして極めつけが今回の王命だ。
 集めた情報によると、遠く離れた異国の邪竜討伐を命じるらしい。本来はする必要のないことだ。しかも、人の力では敵わぬはずの邪竜討伐の王命。あまりに理不尽な内容に、ウーゴは胸を掻きむしりたくてたまらなかった。
 不意に廊下からせわしなく駆けてくる足音が聞こえてくる。
 バンッ、と慌ただしく執務室の扉を開けたのは、広間に向かわせていた部下だった。

「ウーゴ様! ガイ様に邪竜討伐の王命が下りました! しかも討伐隊を組むことは許されず、ガイ様単身で向かうようにと……」

 部下の声には次第に嗚咽おえつが混じり、途中で言葉が途絶えてしまう。
 ざわつく部隊長たちの中、ウーゴは目を閉じ、自分の胸が荒ぶっていくのを感じとる。

(ああ、やはり……イヴァン陛下はそこまでガイ様を恨んでいらっしゃったのか。ガイ様はただひたすら王に仕え、国のために戦われてきたというのに!)

 あまりの不遇に今すぐ剣を抜き、現王を討ちたい衝動に駆られる。
 しかし、それはガイの望みではない。行動に移せば間違いなくガイは深く悲しみながらウーゴに剣を向け、斬り捨てた上で邪竜討伐に向かうのが目に見えていた。
 ガイにそんな思いはさせたくない。
 そしてもし邪竜討伐に成功して帰還しても、またイヴァン王に難癖をつけられて冷遇されるだけ。この現状を続けた先に、ウーゴはガイの幸せを見出すことはできなかった。

「……もういいでしょう……ガイ様は自由になるべきです」

 思わずウーゴは心の声をこぼしてしまう。
 集まった部隊長たちは静まり返り、一斉にウーゴを見た。

「ウーゴ様、それではあの計画を?」

 顔を覗き込んで聞いてきたテオに、ウーゴは頷く。

「やりましょう。皆、ガイ様を想う気持ちに偽りがなければ、どうか私に合わせてください」

 それぞれを見回しながら告げると、部隊長たちはいずれも口を固く結びながらも頷いてくれる。
 先王が亡くなった頃から、ウーゴが中心となって作り上げ、ガイを想う同志たち――ガイ親衛隊に伝えてきた計画だ。話を切り出した時、同志たちはもちろん動揺した。しかし同時に理解もしてくれ、いつでも実行に移せるように覚悟を決めてきた。
 いざ計画を実行することになった途端、ウーゴの胸は締めつけられる。
 本当はこんなことなど考えもしたくない。それでもガイのためだと何度も自分に言い聞かせ、心の準備を整えていく。
 ギィィ、と扉が開き、ガイが執務室に入ってくる。
 そして振り向いたウーゴは胸の内を重くしながら、ガイの問いかけに答えた。

「国にとって貴方は素晴らしい将軍でしたが、我々にとっては悪夢のような上官でした。もう二度と顔も見たくありませんが、邪竜討伐の吉報を心よりお待ちしています」


   ◆ ◆ ◆


 ガイが去った後、部隊長の誰かのすすり泣く声がした。
 それを皮切りに他の部隊長たちも恥ずかしげもなく泣き出し、男たちの嗚咽おえつが室内を満たした。

「ガイ様ぁぁ……」
「やっぱりここに残ってほしいぃぃ」
「誰もガイ様のことを嫌いだなんて思ってないですよぉ~~」

 口々に漏らされる嘆きを聞きながら、唯一涙を流していないウーゴが部隊長たちを見渡す。

「よく我慢してくれました。ガイ様はもう自由になるべきです……この国に未練が残れば、あの方はどんな理不尽も苦難も受け入れて戻って来てしまいますから――」

 涙は一滴も落とさなかったが、ウーゴの瞳はうるんでいた。
 もうこの国に自分の居場所はないと思わせて、国の外で自由を手に入れてほしい――だから皆で示し合わせて冷ややかな態度を取った。
 ガイの下にいた誰もが、身も心も魅力に溢れている上官に惹かれていた。憧れていた。どんな無茶な命令もガイのためならばと、末端の兵まで命を惜しまずに戦い抜いた。
 軍は何千人という規模だ。そのすべてがガイ親衛隊であったことを、本人だけが知らなかった。
 これでガイとは二度と会えないだろうとウーゴは思う。
 しかしそれと同時に、どれだけ自分たちが突き放しても、ガイは戻ってきてしまう気がしてならなかった。
 そっと目を閉じ、ウーゴは心の中で願う。

(ガイ様、どうかお気をつけて……)

 室内の嗚咽おえつが収まり始めた頃だった。
 執務室に憮然ぶぜんとした顔の騎士が現れ、ウーゴに報告してきた。

「ウーゴ様、失礼します。今しがた騎士が一人、退役届を押しつけて飛び出していきました」
「退役、ですか。ガイ様が国を出ていくとなった以上、同様の者が出てきそうですね。わざわざ報告に来たということは、ただの騎士ではないと?」
「はい。ガイ様が遠征などの際に従者をしていた、エリク・マレーロです」

 エリクの名を聞いた瞬間、ウーゴを含めた誰もが固まる。
 若いながら腕が立ち、ガイにも期待されていた新入りの騎士。
 そして軍の誰に対しても敵対心を覗かせ、不用意にガイに寄せつけまいとしてきた人物だ。これが他の者ならば強く出られたが、エリクはマレーロ伯爵家の次期当主となるはずだった男。勘当されたとはいえ、名家の肩書きのせいで彼の身勝手を見逃すことは多々あった。
 親衛隊の中でも超強火な同担拒否のガイ好きガチ勢。それがエリクだった。
 この場の誰もがピンときた。
 そしてウーゴと部隊長たちの声が見事に揃った。

「「「「「「あの野郎、抜け駆けしやがった……っ!」」」」」」



   第二章 嫌われ将軍、元敵国でも絶賛嫌われ中


 ガイたちが王城を出立して五日が経過した。
 馬を走らせ、順調に母国レアランダ王国と隣のサグニア王国の境界にたどり着く。
 国が切り替わる山中の街道の近くには、国境警備の砦がそれぞれ建っていた。
 つい五年ほど前まで、この二国は戦争をしていた。
 何度も激戦を繰り広げ、ぶつかり続けて、ようやく双方の落とし所を見つけて停戦協定を取り交わすことができた。今では何事もなく国を行き来することができ、人々の交流や貿易も活発に行われている。
 馬を歩かせながらガイは砦を見上げ、静かな様子に目を細める。

(平和になったものだ。あの激戦からもう五年も経ったとはな)

 未だにあの戦いの日々は、ガイの中で鮮やかなままだった。
 多くの血を流した。敵も味方も数多あまたの命を散らし、その顔ぶれは目まぐるしく変わったが、ガイは常に戦場の前線に立ち続けた。そして終戦までずっと、幾度となく剣を交えていた敵将もいた。

「どうかしましたか、ガイ様?」

 ガイが思わず懐かしんでいると、隣のエリクが馬上から声をかけてくる。
 我に返り、ガイは馬を近づけてエリクに答えた。

「サグニア王国との戦を思い出していたところだ。この砦には世話になった」
「私はまだ入隊前でしたが、激戦だったことは聞き及んでいます。ガイ様の獅子奮迅ししふんじんの戦いぶりは、社交界でも城下町でも、いつも噂になっていました」

 心なしかエリクの頬が紅潮し、目も輝き、子どもが憧れを語るような顔に見える。
 悪い気はしないが気恥ずかしさを覚え、ガイは辺りを見渡して気を紛らわせる。

「あの頃は目の前の強敵をどう迎えるかで手一杯だった。サグニア王国には、どんな策も力で押し返してしまう猛将がいたからな」

 口に出すと、ガイの脳裏に激戦の記憶が鮮やかによみがえってくる。

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