薔薇の溺愛~黒き吸血鬼は愛に沈む~

天岸 あおい

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一章 捕らわれた吸血鬼

ミカルの狙い

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 臙脂色のソファへ俺が腰かけると、ミカルは当然のように隣へ座ってくる。

 やけに距離が近い。俺を聖石で封じているからと侮っているのか? 甘く見られたものだ。
 その気になれば勢いよく首を伸ばし、その首筋に噛みついて血を搾り取ることなど容易いこと。だが少しでも情報を集めたくて、俺は口を閉ざして話を待つ。

 目を細めながら俺をまじまじと見た後、ミカルはようやく話し始めた。

「半ば強引な真似をして申し訳ありません。こうでもしなければ、落ち着いてカナイと二人きりで話すことなど叶いませんでしたから」

「俺と話だと? ずっといがみ合ってきた人間と魔の者が、何を話すと言うのだ?」

 敵意を抑えぬ俺に対し、ミカルが小さく頷く。

「そう……私が生まれる遥か昔から、人と魔の戦いは続いてきました。元は魔の者も人だというのに――」

 悲しげに伏せられたミカルの目に、俺は眉間にシワを寄せてしまう。
 魔の者へ成り果てた俺への同情か? 不快でしかないな。

 睨みつける俺の目と再び視線を合わせた時、ミカルは熱く真っすぐな眼差しで俺を射貫いてきた。

「吸血鬼の王である貴方の力をお借りしたい。どうか魔と人の戦いに終止符を打つため、私に協力して頂けませんか?」

「協、力?」

「私は個人的に、魔の者を人に戻す研究をしています。望む者には人としての生を……すべてがそれを望んでいないことは分かっています。それでも滅する以外の選択肢を作りたいのです」

 どくり、と俺の胸が脈打つ。
 人に戻れる――いや、今さら戻ってどうなると?

 そもそも人の何が良い? 人は俺に何をした?
 なぜ魔を無くすことを良しとする? 俺に救いの手を差し伸べ、受け入れ、居場所を与えてくれたのは、いつだって魔の者たちだったというのに。

 沸々と込み上げる怒りで俺は食いしばった歯を剥き出し、拒絶を露にしてしまう。

 協力なんてするものか! と怒鳴りつけようとした矢先、ミカルが話を続けた。

「もし貴方が協力して下さるなら、研究の結果が出るまで他の者には一切手出しをさせませんし、これから先の命の保証と、人に戻った後に生涯苦労しない生活を約束します。しかし、もし断ると言われるなら――」

「俺の腹に杭でも打ち込んで、長々と苦しめる気か?」

「別の魔の者に試薬を与えるまでです。貴方が体を張って守ろうとしていた者たちを、未だ我が退魔師協会の者たちが追っています。もう一人捕らえろと私が命じれば捕らえてくるでしょう」

 ……俺に拒む権利はないということか。

 大きく息をついて怒りを逃がした後、俺はミカルから目を逸らす。

「好きにしろ。その代わり、他の者たちには手を出すな」

「約束しましょう。見たところ、貴方の下僕と若い魔の者ばかり。見逃しても大局に影響はないでしょうし……」

 不快な表情を保ちながら、俺は内心安堵する。

 俺の目的はクウェルク様を逃がすこと。それが果たせるならば、この身が滅んでも構わない――ヒューゴを思うと、生きることに未練は滲むが。

 苦渋の選択を告げた俺へ、ミカルが爽やかな微笑を浮かべる。

「ありがとうございます! では早速――」

 おもむろにミカルは襟を緩め、首筋から肩口の肌を俺に晒した。

「これからは私の血を差し上げます。どうぞお好きなだけ……ああ、でも、死なぬ程度に加減をして下さい」

 健康的な青年の血。吸血鬼になってからというもの、その甘く芳純な味わいに何度酔いしれたことか。
 寝起きに加えて、ここ数日はミカルを含む退魔師たちに追い回され、疲弊し続けてきた。いつになく体が飢えを覚えてしまう。

 目前にいる憎き者の血でも構わない。赤い息吹を取り込み、体と心を満たしたい。そう本能が望む反面、コイツなんかの血を取り込みたくないと理性が嫌悪する。

 これからミカルの血で生かされ続けるのか、俺は。

 屈辱を覚えながらも、少しでもこの男の力を削ぐことができれば、魔の者たちのためになるだろうと考え直す。

 鈍い動きで俺はミカルに身を寄せると、白く滑らかな肌へと噛みついた。

「ぅ……っ……ふふ、話には聞いていましたが……クセになりそうですね」

 熱く蕩けた生命の水を俺に吸われながらミカルが囁く。

 吸血鬼に血を吸われている間、その者には濃密な快感が与えられる。
 愛する者と性交するよりも体の芯が疼き、身も心も溶け、己が消えてしまいそうなほどの快感。俺も吸血鬼にさせられた時に味わった。

 普通の人間ならば理性を保つことなどできない。過ぎた快感に体が耐えられず、遅かれ早かれ意識を失う。
 しかしミカルは俺の吸血に気絶どころか理性すら保っている。その精神力に驚くと同時に、やはり厄介な相手だと腹立たしくなる。

 ふと、ほのかに血の味に混じりけを覚えて俺は口を離す。

「なんだ、これは? 花の香?」

「あ……ええ、実は趣味で紅茶に花を加えて楽しんでいるんですよ。最近は自作のバラの花を加えるのが気に入っておりまして。香りが血に混じっていましたか?」

 バラという言葉を聞く手前から、鼻へ抜けていく香りの正体に気づいてしまい、俺は顔をしかめてしまう。

「ああ、しっかりとな」

「お口に合いましたか?」

「極上の肉料理に香水をぶちまけられた物を、お前は美味しく食べられるのか?」

「……すみません、それは辛いですね」

 俺の不快さがしっかりと伝わったようで、ミカルは頬を掻きながら苦笑する。

「バラは魔を退ける花。その力の恩恵を受けたくて、茶として嗜んでおりましたが……まさか血にまで浸透しているとは思いませんでした。カナイに致命傷を与えるほどですか?」

「いや、そこまでではないが……」

「ではこれから慣れて下さい。私は今の力を保つ必要がありますので、嗜むことをやめる訳にはいきません。多少不味いほうが、飲み過ぎの防止になりますし」

 ……お前の『すみません』が、どれだけ軽いものかよく分かったぞミカル。

 食事を与えられるだけマシなのは分かっている。
 それでもこれはミカルなりの拷問なのかという気すらしてしまい、俺は口を閉ざしながら、恨めしさを乗せた眼差しを送ることをやめられなかった。
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