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一章 捕らわれた吸血鬼
入念な準備?
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◇ ◇ ◇
目を覚ましたのは、宵の刻へ入り立ての頃――闇を生きる吸血鬼にとっては早朝に等しい――だった。
「……ん……」
見慣れぬ赤い天蓋が寝起きの視界に入ってくる。
ゆっくりと辺りを見渡すと、左右の視界に白いシーツが広がっており、立派な寝台へ寝かされていることを知る。
蝋燭が灯された部屋も造りがいい。大きな窓を遮る分厚い臙脂色のカーテン。淡い夕焼けのような色の明かりに染まった乳白色の壁。警戒心が強くても安堵感を覚えてしまう部屋だ。
来賓用の寝室だろうか? てっきり牢にでも入れられると思っていたのに。
どういうつもりなんだ、あの男は。
顔をしかめながら体を起こしかけ――手足が動かせないことに気づく。
顔だけ動かして手を覗き込めば、手首に聖石を連ねたものが絡められていた。
魔を抑え込む聖石。おそらく両手足に取り付けられたのだろう。俺を逃がさないために。
完全に捕らえられてしまったことを実感して息をついていると、飴色の扉が静かに開いた。
「ああ、目を覚まされましたか。おはようございます。気分はいかがですか?」
まるで待ち望んでいた遠方からの来賓でも迎えるような笑顔で、ミカルが俺に話しかけてくる。
つい昨日まで死闘を繰り広げていた相手に向ける顔じゃない。
……ようやく憎き宿敵を捕らえられたと歓喜しているのか、思わずそんな顔をしてしまうほど。
捕らえてさっさと殺さないところを見ると、どうやらジワジワといたぶり殺す気でいるのだろう。
好きなようにすればいい。この男に掴まった時点で、無事でいられるとは思っていない。
俺はフッと鼻で笑いながらミカルと目を合わせる。
「そうだな、ここ最近ずっと追われ続けてまともに休めていなかったからな。こんな寝心地のいい寝台で眠ることができて最高だ」
「気に入ってくれましたか。貴方のためにと思い、前々から職人に作らせた寝台ですから――おや、どうかしましたか?」
さらりと気になることを言われ、俺の頬が引きつった。
「……俺のために寝台を作らせていた?」
「ええ! ずっと貴方を我が屋敷へ迎え入れたかったのですよ。ようやく念願が叶いました」
高度な嫌みかと一瞬思う。だが瞳も表情も輝かせ、うっすらと頬を紅潮させながら答える様子から、心から喜んでいることが伝わってくる。
あからさまに歓迎されている。
人間をやめて二百年。ここまで理解しがたい者に直面したのは初めてだ。
得体の知れなさに心底警戒と困惑する俺をよそに、ミカルは寝台へ近づき、縁へ腰かけて俺の足首へと手を伸ばす。
「このような処置をして申し訳ありません。今、動けるようにしますから」
そう言いながらミカルは俺の足を封じていた聖石を外してくれる。
じゃらり、と解放された瞬間、足が浮き上がりそうなほどの軽さを覚えた。
「どうかあちらのテーブルで話をさせて頂けませんか? お願いします」
足に自由は与えたが、手は封じたまま。反撃の隙を与える気はないらしい。
丁寧な物腰ではあれど、対等な扱いはしていない。あくまで俺は囚われの身。
そのことに少し安堵感を覚えつつ「分かった」と頷く。するとミカルはおもむろに俺の背へ手を差し入れ、体を起こすのを手伝ってくれた。
優しさすら感じる手つきに、思わず俺の背がぞわりと震えた。
「気安く触るな。一人で起きられる」
「しかし、その状態では両手を使えませんから、起き上がりにくいかと――」
「手が使えずとも体は起こせる。俺を二百歳の老人とでも思っているのか?」
俺が不快感を露にすると、ミカルは「失礼しました」と苦笑を浮かべる。
心なしか残念そうな気配に俺の心が煽られる。苛立ちで狂ってしまいそうな理性を落ち着かせながら、俺は体を起こし、部屋の窓際にあるテーブルとソファの元へ向かった。
目を覚ましたのは、宵の刻へ入り立ての頃――闇を生きる吸血鬼にとっては早朝に等しい――だった。
「……ん……」
見慣れぬ赤い天蓋が寝起きの視界に入ってくる。
ゆっくりと辺りを見渡すと、左右の視界に白いシーツが広がっており、立派な寝台へ寝かされていることを知る。
蝋燭が灯された部屋も造りがいい。大きな窓を遮る分厚い臙脂色のカーテン。淡い夕焼けのような色の明かりに染まった乳白色の壁。警戒心が強くても安堵感を覚えてしまう部屋だ。
来賓用の寝室だろうか? てっきり牢にでも入れられると思っていたのに。
どういうつもりなんだ、あの男は。
顔をしかめながら体を起こしかけ――手足が動かせないことに気づく。
顔だけ動かして手を覗き込めば、手首に聖石を連ねたものが絡められていた。
魔を抑え込む聖石。おそらく両手足に取り付けられたのだろう。俺を逃がさないために。
完全に捕らえられてしまったことを実感して息をついていると、飴色の扉が静かに開いた。
「ああ、目を覚まされましたか。おはようございます。気分はいかがですか?」
まるで待ち望んでいた遠方からの来賓でも迎えるような笑顔で、ミカルが俺に話しかけてくる。
つい昨日まで死闘を繰り広げていた相手に向ける顔じゃない。
……ようやく憎き宿敵を捕らえられたと歓喜しているのか、思わずそんな顔をしてしまうほど。
捕らえてさっさと殺さないところを見ると、どうやらジワジワといたぶり殺す気でいるのだろう。
好きなようにすればいい。この男に掴まった時点で、無事でいられるとは思っていない。
俺はフッと鼻で笑いながらミカルと目を合わせる。
「そうだな、ここ最近ずっと追われ続けてまともに休めていなかったからな。こんな寝心地のいい寝台で眠ることができて最高だ」
「気に入ってくれましたか。貴方のためにと思い、前々から職人に作らせた寝台ですから――おや、どうかしましたか?」
さらりと気になることを言われ、俺の頬が引きつった。
「……俺のために寝台を作らせていた?」
「ええ! ずっと貴方を我が屋敷へ迎え入れたかったのですよ。ようやく念願が叶いました」
高度な嫌みかと一瞬思う。だが瞳も表情も輝かせ、うっすらと頬を紅潮させながら答える様子から、心から喜んでいることが伝わってくる。
あからさまに歓迎されている。
人間をやめて二百年。ここまで理解しがたい者に直面したのは初めてだ。
得体の知れなさに心底警戒と困惑する俺をよそに、ミカルは寝台へ近づき、縁へ腰かけて俺の足首へと手を伸ばす。
「このような処置をして申し訳ありません。今、動けるようにしますから」
そう言いながらミカルは俺の足を封じていた聖石を外してくれる。
じゃらり、と解放された瞬間、足が浮き上がりそうなほどの軽さを覚えた。
「どうかあちらのテーブルで話をさせて頂けませんか? お願いします」
足に自由は与えたが、手は封じたまま。反撃の隙を与える気はないらしい。
丁寧な物腰ではあれど、対等な扱いはしていない。あくまで俺は囚われの身。
そのことに少し安堵感を覚えつつ「分かった」と頷く。するとミカルはおもむろに俺の背へ手を差し入れ、体を起こすのを手伝ってくれた。
優しさすら感じる手つきに、思わず俺の背がぞわりと震えた。
「気安く触るな。一人で起きられる」
「しかし、その状態では両手を使えませんから、起き上がりにくいかと――」
「手が使えずとも体は起こせる。俺を二百歳の老人とでも思っているのか?」
俺が不快感を露にすると、ミカルは「失礼しました」と苦笑を浮かべる。
心なしか残念そうな気配に俺の心が煽られる。苛立ちで狂ってしまいそうな理性を落ち着かせながら、俺は体を起こし、部屋の窓際にあるテーブルとソファの元へ向かった。
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