薔薇の溺愛~黒き吸血鬼は愛に沈む~

天岸 あおい

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一章 捕らわれた吸血鬼

カナイの過去

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 俺の前に紅茶を差し出すと、ミカルは当たり前のように隣へ座ってくる。
 距離が近い。この人の領域へ無遠慮に入ってくるのは性格か? それともわざとか? いずれにせよ虫唾が走る。

 両手を封印されていてもカップ程度なら持てる。受け取ってすぐに俺はソファの端へ身を寄せてミカルから体を離し、出された紅茶を口にする。
 鼻に抜けていく香りが甘やかで清々しい。紅茶だけは好ましい。

「それで、俺の何を話せばいい? まさか好きな食べ物とか、趣味とか、そんなくだらない話を聞きたい訳ではないのだろ?」

「ああ、それもいつか教えて下さると嬉しいですね」

「……正気か?」

「なんでも知りたいのですよ。貴方がくだらないと言ったことですら、私はカナイのことを知らないのですから」

 静かに紅茶をひと口飲み、ミカルが俺に顔を向ける。
 唇に優美な笑みを浮かべながらも、その目は真っすぐに俺を見据え、重い気配を潜ませている。どうやら本気で知りたいらしい。

 俺は顔を前に向けてミカルから視線を外す。
 そして虚空を見つめながら、遠い昔の自分を思い出した。

「俺は見ての通り、この大陸の東方にある島国の出だ。

 王を守るために力をつけ、学び、何代も忠誠を重ねてきた名家に生まれたのだがな……権力争いに巻き込まれて、両親は俺が十の頃に毒を盛られて亡くなった。
 そして後見人になると言い出した奴に、財をすべて奪われ、後継ぎだったはずの俺は奴隷として売られた。

 東方の人間はこっちでは珍しいからな。俺を盛り立てて育てるよりも、売り払ったほうが金になると思われたらしい。それが十四の頃だったな。

 始めは可愛い子供だと愛玩動物扱いで、日に何着も服を着替えさせられて面倒だった。
 まあ力仕事をしなくてもいい分、楽はできたが……大きくなったらこの顔と体格だ。可愛げなんかあるはずもない。もう用済みだと肉体労働者に格下げられた。

 同じ人間のはずなんだがな。俺は人間だった時、人間に苦しめられ続けた。

 そんな俺を助けてくれたのは……魔の者だった」

 話の区切りに、温くなった紅茶で喉を潤す。
 ふと隣を見やれば、真剣な眼差しのままミカルは俺の話に耳を傾けている。

 この話の何がコイツの興味を引くのだ? まったく理解できん。
 どこか頭の作りがおかしいとしか思えないな、と結論付けてから俺は話を続けた。

「荷物持ちに市場へ連れて来られた時、先代の吸血鬼の王が俺の黒髪に興味を持たれて、夜中に何度も屋敷へ忍び込んで俺を口説きに来ていた。

 今の完成された肉体のまま、その素晴らしい黒髪を堪能させてくれないか――あの人は黒を愛でる人だったからな。
 最初は怖くて逃げていたが、よくよく考えれば奴隷の所有者が変わるだけ。それなら待遇の良いほうを選ぶだけ。そう考えたから眷属になることを受け入れ、俺は魔の者として生きるようになったんだ」

 ずっと俺の話を聞くだけに専念していたミカルが、ようやく体を前に向けて紅茶をすする。ふぅ、と小さく息をついた後、口元に手を当てて唸った。

「そんな過去があったのですか……もし私も同じ目に遭えば、躊躇せずに人をやめますね」

「お前からの同情も共感もいらん。もしも、なんて話したところで実際はそうじゃない。無意味なだけだ」

「手厳しいですね。でも、まあ確かにその通り」

 突き放した俺の言動に嫌な顔せず、ミカルはにこやかに頷く。
 俺に少しでも話をさせたいのだろう。余計なことはもう言わないと、笑顔の無言が告げてくる。

 どうせ今日言わなくても、明日になれば言わされる。そうであれば口を閉ざす意味などない。俺はそのまま話を続けた。

「眷属なんて、吸血鬼の王の慰み者にしかならないんだろうと思っていたんだがな……あの方は俺を仲間として扱って下さった。知らぬ土地のことも、力の使い方も、歴史も、学問も、幅広く俺に教えて――。

 息子だと言って下さったんだ。他の魔の者に会えば、必ずそう紹介してくれた。
 同じ吸血鬼も、そうではない魔の者も、俺に対して優しかった。仲間だと歓迎してくれた。

 人に利用されるだけの俺が、人をやめただけで受け入れられた。
 ミカル。お前は魔の者に人へ戻る道を与えたがっているが、本当にそれを望む者はわずかでしかないと断言しよう。お前たちが思っているより、我らの繋がりは色濃く強固だ。

 俺は元人間。しかし人が恐れ、憎悪する魔の者が、救いの神であり居場所になった。この二百年、人の理を失ったことなど後悔していない。

 俺は彼らに救われた。
 お前たちが追い詰め、始末したあのお方から、俺は自由を与えられた。

 すべてを把握している訳ではないが、俺と似たような境遇の者は多い。
 果たしてお前の独りよがりな狙いを受け入れる者は、どれだけいるだろうな?」

 軽い挑発を仕掛けてみるが、ミカルの様子は変わらない。
 柔らかく微笑んだまま「そうでしょうね」と頷く。

「貴方がたの結束が固いことは、これまで身をもって味わってきましたよ。私が人の世界で生きる選択を用意しても、すぐには受け入れてもらえないことも覚悟しています。そもそも協会の人間を説得するだけでも一筋縄ではいきませんし」

「フン。その割には余裕があるな」

「余裕なんてありませんよ。ただの癖です。余裕があるように見せているだけ……今この時も、余裕なんか持てるはずがないでしょう。貴方が相手だというのに」
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